原稿約100P分。昔に書いた小説。
プロローグ
七月二十七日。
これからが本番、と言われている猛暑はすでに去年の八月の平均気温を上回っていた。ますます悪化していく地球温暖化。昔と違って冷房を使うため、年間の消費電力も増えるだろう。このままだと人類は凄い速度で滅んでしまうのではないのだろうか、鹿野弘はそんなことを思いながら柳小学校の校舎内で唯一、冷房の効いている職員室へと足を早めた。
「あ、先生。さようなら。」
呼び出されていたのか、普通は来ないはずの職員室前廊下を生徒が歩いていた。
「はい、さよなら。」
立ち止まる余裕もない鹿野は早口にそう言って職員室のスライド式ドアを開けた。途端に冷たい空気が身体を通り抜ける。それはまるで体の中に篭もった熱気が全て体外に流れ出ていくような心地良さだった。
今年からこの小学校に採用された新任教師の鹿野は今年で二十六歳になる。昔からずっと野球をやっていたせいか、肌の色は普通の人よりもかなり黒い。鬱陶しいのと、周りの人間に良い印象を持たれるために髪の毛はいつも二センチほどに切ってもらっている。
「ふぅ、生き返った。」
一言、そう呟いて鹿野は職員室の入り口のすぐ近くにある自分の椅子へ腰を下ろす。すると、隣のデスクにいる下川綾乃に声をかけられた。
「今日は特に暑いですよね。」
下川は一つ年下であるが自分より長く教師を勤めている先輩教師である。大きな目とほど肩の辺りまでに真っ直ぐ伸びた黒い髪が印象的で気軽に話しかけれるような明るい性格をしている。
「ですよね。思わず廊下走っちゃいそうになりましたよ。」
苦笑しながら返答する。それと同時にデスクの整頓をしていた。今日は一学期の終業式だった。生徒と教師たちは待ちに待った夏休みを迎える。鹿野は一年生の担任をしていたため、かなり疲れていたので夏休みは鹿野にとって天国のようなものだった。
「廊下を走るのはだめだぞ。教師が規則を破ってどうする。」
この学校の教頭である伊藤正樹が苦笑しながら鹿野の肩にポン、と手を置く。
伊藤は鹿野の採用を校長に薦めてくれたありがたい年配教師である。もうすぐ定年退職らしいが詳しい年齢は聞かせてもらったことがなかった。羨ましいほど崩れにくい七三分けが特徴的な教師だ。
「そういえば皆さん夏休みどう過ごされるんですか?」
椅子を伊藤と下川の中心へ回転させ、二人に問う。一学期間一年生の担任をしてきたとはいえ、長期に渡る休み中の過ごし方まではまだ教えてもらっていない。ひょっとしたら教材の準備、勉強法の研究などをするため、という可能性も十分に考えられるのでさりげない会話の中で訊いておくのだ。
「俺は息子に勉強教えてやるつもりだ。」
伊藤がフッと口元を緩ませる。それに対して、下川は深く考え込んでいる様子だった。
「私は・・・・・・特に決まっていないかな。適当な時間に二学期のプリントでも作っておくつもり。」
どうやら皆、それぞれ過ごし方が違うようだ。とりあえず自由、ということなので鹿野は二人にばれないよう、ホッと安堵の息を吐いた。
「じゃあ僕は隣の市にでも小旅行してこようかな。」
軽く背伸びをしながら言う鹿野。だが、心の内では全く別のことのことを計画していた。
「休みボケしないように気をつけろよ。」
注意の言葉を放つ伊藤。それを聞いて鹿野は苦笑しながらその注意を頭の中にしっかりと記憶させる。
「去年の三学期にそれが駄目押しになって退職になった人もいましたよね。確か・・・・・・永森明先生です。生徒に勉強を教えようする気持ちは人一倍強いんですけどそのせいか授業に全く面白みがないんです。それで生徒たちが聞く気なくして逆に学力が下がっちゃっていたんです。」
下川は話の内容とは全く逆の笑顔で話す。こういう話は笑顔でしてはいけないのだがどうやら下川はそういうことを気にしていないらしい。
「それ言われると小学校の教師ってある意味高校とかの教師より難しい感じがしてきました。」
頬を引き攣らせながら言う鹿野。そして三人が笑いあったとき、スピーカーからザッと言うノイズが聴こえた。
『教師の皆さんはすぐに、職員室へ集合してください。』
それを聞いた鹿野はため息を吐いた。本日三回目の集合令である。一回目は終業式前、二回目は終業式後である。終業式後の集合で教師たちの帰宅についても全て説明されたはずなのだが・・・・・・。
放送から十分後、教師たちが全員集まり着席を済ませた。だが、放送を流した校長はまだ来ない。物々と、文句を言い始める者も出てきた。
「校長先生、何してるんですかね?」
鹿野も不満げな顔を浮かべながら、隣の下川にそう漏らす。席を立つわけにはいかないが、今すぐ帰りたい気分だった。
「呼んでおいて間違い、だったら嫌ですよね。」
眉を八の字にしながら言う下川。不思議なことに、その表情からは不満などは一切感じられなかった。だが、『何かの見間違いだろう。』と、思って深く考えることはしなかった。
「もしかして校長先生に何かあったんじゃ・・・・・・。」
『ドラマの見すぎ。』と、自分でも思いながらそんなことを口にする。そのとき、再びスピーカーからノイズが聴こえてきた。
『お集まりいただきありがとうございます。』
先ほどと同じ、校長の声だった。だが、誰もがそれに違和感を感じていた。
校長が放送で職員会議を行うなんてまず、ありえない。それは一学期間勤めていただけでも容易にわかることだった。
「何か理由があって校内放送を使っているんでしょうか。」
ざわめく職員室の中で鹿野が小さな声で呟く。だが終業式、それも放課後の今にそんなことが本当にあるなんて考えることはできなかった。
『落ち着いて、よく聴いてください。』
教師たちのざわめきを無視して、校長が静かに言う。その声からは、何かに脅えているように聴こえた。
『この小学校は、我々の手によって支配されました!』
スピーカーから流れる音声が校長から聞き慣れない男の声に変わると、教室が凍りついたかのように静まった。
監禁開始
一瞬、それよりも長い間、鹿野には男が何を何を言っているのかが全くわからなかった。学校を、職員室内に体育学校で指導を受けたような大人が十人ほどいる学校を支配するなんて聞いたことないからだ。どこからどうみても狂っているとしか言いようがないほどである。だが、今それが起こっている。誰も予想することができなかった犯罪がここで起こっているのだ。
「な、何の冗談ですか・・・・・・校長。」
これが、嘘だと信じたい鹿野は戸惑いながらスピーカーに向かって呟く。無意識の内に、声が震えていた。
『冗談じゃない。これは今、実際に起こっていることだ。』
監視までされているのか、スピーカーから答えが返ってきた。職員室にいる鹿野以外の教師たちは突然の出来事に声すら出なかった。
鹿野は昔、同じような事件に巻き込まれたことがあったからだ。小学三年生の頃、祖母と一緒に乗ったバスがジャックされたのである。
犯人は三十七歳無職の男で、生活費に困って犯行に及んだらしい。男は市販のモデルガンを改造して、乗客を六人も撃ち殺した。鹿野の祖母も男に撃ち殺された。三時間に及ぶ逃亡撃の末、男は逮捕され無事、刑務所へ入れられたが鹿野はどうも心の中がスッキリしなかった。何故人を殺しても男は死刑にならなかったのだろう。人を殺したのだから被害者と同じことをされるべきじゃないのだろうか。幼かった鹿野にも日本の裁判が生ぬるいということが理解できた。中学に入る前までは犯罪者をつくらないようにと教師を目指すようにまでなっていた。まさに幼い頃の鹿野の人生と心を大きく変えた事件であった。そして今、『もう二度とあの日と同じような悲しみを繰り返さない』という思いが鹿野を動かしているのであった。
「何が・・・・・・目的なんですか?」
スピーカーに鋭い目つきを向けながらさきほどよりも冷静に言う。
すると男は、鹿野をからかうように笑いを漏らした。
『そんなに怖い顔をしなくてもいい。簡単のことだから。』
その一言を聴いて、思わず肩からスッと力が抜ける。だが、次に男が発したのはとんでもない一言だった。
『これから君たちには我々が捕まるまでの間一人だけ生き残りを決めて欲しい。』
「なっ!」
教師の誰もが驚きを隠せなかった。男は自分たちに死ね、と言っているからである。
「そんなことできるわけないじゃないですか!」
当然、鹿野が訴えるように大声を上げる。落ち着いてきたのか、周囲からも「そうだ、そうだ。」という反対の声も聞こえてきた。しかし、男は人の命などどうでもいいかのように静かに言い放った。
『自分たちの状況がわかっているのか? 君たちは我々によって自由を制限されているのだぞ? 君たちが我々の考えに意見する権利など存在しない。』
それはまさしく犯罪者の言葉であった。聴いた瞬間、鹿野の背筋に冷や汗が走った。
『言っておくが廊下には数名の仲間を配置している。脱出しようとすれば撃ち殺すぞ。』
もう一度、脅しをかけて男は強引に会話を切る。ノイズだけが静かな職員室に響いた。
会話が切れてから何分経ったのだろうか。職員室の教師たちは皆、絶望に浸っていた。監視されてるため携帯電話も、パソコンのメールも駄目。大声で叫んでも撃ち殺されるだけだろう。まさに、どこかの国の拷問のようだった。そんなとき、一人の教師が口を開いた。
「あの、もう犯人に従って生き残る方を決めませんか?」
口を開いたのは加賀明人だった。彼はベテランで腕がたつ教師である。頭のいいイメージを持たせる眼鏡と、いつもワックスできっちりと整えられているオールバックの髪形が印象的だ。まさか彼がこんなときに「従おう」などと言うとは思っていなかったので、教師たちは一斉に顔を上げた。
「駄目です。まだ早すぎます。」
鹿野が額に汗を垂らしながら反論する。だが、加賀はその意見に賛成しなかった。
「こんな状況に立たされて早いも遅いもないだろう。犯人に抵抗する力がない、ということがわかったら無駄な足掻きをせずに従った方がいい。」
おそらく、鹿野のような新米教師に反論されたのが気に喰わないのだろう。眉間にしわを寄せている。だが、表情全体を見るとその顔は妙に冷静のような気がした。
「そんな簡単に人の生死を決めるわけにはいきません。じっくり考えてから行動に移したほうがいいです。」
今度は生死、という言葉を混ぜて反論する。失うものの重さを軽く考えていたのか、加賀は椅子に座って他の案を考え始めた。
とりあえず、どういう方法でこの状況を何とかするか考えないといけない。それも、成功する確率がかなり高くないと実行するなんて怖くてとてもできない。
床の辺りに真剣な目を向けながらその場を行ったりきたりする。すると、エアコンのリモコンが目に入った。
そういえばここに閉じ込められて少しだけだが暑くなったような気がする。ただでさえこんな状況に立っているのだ、室内環境くらいは整えておかないと出てくる案も出てこない。
少々汗ばんだ手で、リモコンを操作する。だが、エアコンには全く反応がなかった。
おかしい。普通なら「ピッ」という音がするはずなのだが。
苛つきながらも再度、ボタンを押す。だが、やはり反応はなかった。
「もしかして・・・・・・。」
鹿野は口に手を当てながらこの学校に始めてきたときの出来事を思い出す。
そうだ。確か学校の電流は全て、放送室で管理されているんだ。男たちがこちらに電気を送らせていないのか・・・・・・。
ガックリと肩を落とし、窓へ向かう。そして窓の鍵を開けようとしたそのとき、男の怒声が職員室に響いた。
『窓は開けるな!』
突然のことだったので鹿野は小さく「ヒッ」と、情けない声を上げる。すると、さきほどの怒声が嘘だったかのような声で喋り始めた。
『窓は開けるな。開けるとそこから逃げるだろ?』
そうか、その手があった、と思いながら、鹿野は自分の席へ戻っていった。
『ちなみに、そちらからは見えないだろうが外の窓の真下にある小さなスペースにも仲間を配置してある。』
それを聞いたとき、鹿野はあることに気づいた。
どうもこの男には説明不十分なところがある。初めてなら誰でもそうなるのだろうか。犯行もテレビ番組の撮影などと同じように、いくら事前したりしたとはいえ、本番になるとやはり緊張してしまうのだろうか。だとしたら、この男に動揺を与えてその隙に脱出する、なんてことが可能なんじゃないのだろうか。失敗する確率は高いとも低いとも言えない。ただ、やり方によっては確率が跳ね上がる。ならば、やるしかない。
鹿野は頭の中でそう考え、周囲を見渡した。
自分を含め、全員で十二人。男性教師五人と女性教師七人。その男性教師のうち、体が動きそうなのは二人。とりあえず一人に行動してもらおう。
よし、と心の中で呟き体が動きそうな男性教師二人のうちの一人である山中翔太のいるデスクへと向かった。
山中は、低学年の体育を担当しているこの学校で一番若い教師である。子供と接するのがうまく、生徒たちにも愛称で呼ばれるほど親しまれている。教師とはいえないほどのアイドル顔が特徴的だ。
「山中先生、ちょっといいですか?」
監視されているので、注意しながら小声で話しかける。すると、山中は未だに落ち着かない声で「はい」と、呟いた。
「単刀直入に言います。犯人の動揺を招くため、あそこから脱出を試みてください。」
そう言いながら校長室へと繋がる高級そうな木の扉を指す。山中はひどく驚いた顔をしていた。
「ま、待ってください!」
突然の頼みごとに山中は思わず声を上げながら立ち上がる。だが、聞かれてはまずいと思ったのか、すぐに座り小声で話し始めた。
「何で僕がやらないといけないんですか。それにリスクが大きすぎますよ。」
反対する山中。だが、ここで退く鹿野ではなかった。
「大丈夫ですよ。殺されることはありません。」
鹿野はそう言い聞かせ、山中に詳しく説明を始めたのだった。
しかたなく鹿野の考えに賛成した山中が校長室へ入ると、再び男の怒声が職員室中に響いた。
『お、おい! どこへ行く!』
やはりこのような事態は流石にないと考えていたのか、犯人の声は焦っているかのように聴こえた。だが、そんな怒声を聴いても山中は職員室に戻っては来ない。そう指示したからである。
よし・・・・・・いいぞ。これなら考えたとおり、いやそれよりもうまく脱出に成功しそうだ。
皆が校長室に注目している中、鹿野は一人で薄く笑みを浮かべる。
『みんな! 奴を止めてくれ!』
男は必死に仲間へと指示をだす。廊下のスピーカーからも聴こえるようにしているのか、すぐに足音が聴こえた。
もうそろそろだろうか・・・・・・。
耳に全神経を集中させながら心の中でそう呟く。わずかに中が見える扉と壁の隙間を覗くと、おそらく男の仲間であろう覆面を被った集団が山中と話をしていた。
仲間の数は四人か。想像以上に多い。人の身体能力には差があるから少しでも油断すれば簡単に追いつかれるな。
そんな不安を抱きながら鹿野は教師たち全員に手で「ついてきてください」と、合図する。
「どういうことだ?」
加賀がこちらに歩きながら訊く。だがその質問には答えず、口に人差し指を立てた。
教師たちを自分の後ろに並ばせると、そっと廊下へ繋がるスライド式ドアを開けた。そこから、にょっと首だけをだして校長室側を見る。男の仲間は、いなかった。
全員校長室へ向かったのか。なら・・・・・・。
鹿野は再び、教師たちに合図をだす。そして、足音をたてないようにして職員室から校長室とは反対側にある扉へ足を進めた。
あの扉は校庭へ繋がっている扉である。あれを開けられれば、脱出できる。山中もその隙に別の扉から逃げる、という作戦である。この作戦を失敗したときはもう、打つ手がなくなってしまうがこれならその心配もいらないな。
そう思い扉の取っ手を掴んで引く。だが、扉はビクともしなかった。見ると、扉には外からチェーンがかけられていた。
「嘘だろっ!」
思わず声を上げてしまう。すると、校長室から覆面を被った男が数名出てきた。手には、銃が握られていた。
「に、逃げろ!」
敬語を使うのも忘れて鹿野たちは扉の隣にある階段を駆け上った。
逃走
階段を駆け上ってから三分は経っただろうか。鹿野にとってその三分間はかなり長く感じられた。
とりあえずだが撒いたか・・・・・・。
息を切らしながら廊下を確認する。自分は今、音楽室にいる。バラバラになって逃げたので一人だ。
他の先生たちはうまく撒いたのだろうか。山中先生がどうなったかが心配だ・・・・・・。だが、まずこの状況を何とかしないといけない。思っていたより犯人グループの数が多いからである。廊下に四人、外に四人そして放送室に二人。だいたいで考えてみればこんな感じだろうか。おそらく、これよりも多いのだろう。となれば自分たちが捕まる確率がかなり高くなってくる。いや、確率じゃない。今のまま逃げ回っていれば確実に捕まるのだ。
「そうだ、携帯。」
監視されていない、ということに気づいて鹿野は慌ててポケットから携帯電話を取り出して百十番に発信する。
『はい、警察です。何かありましたか?』
日頃から教え込まれているのだろうか、すぐに警官が電話に出た。
「学校に、学校に閉じ込められました。」
大声を上げないように気をつけながら、警官に伝える。だが、そう簡単には信じてもらえなかった。
『あの、もう少し詳しく説明してもらえませんかね?』
事件が起きた、というのを伝えられたのにも関わらず警官は変わらない口調で問う。鹿野はそれにムッとなりながらも就業式から今の状況までに起きた出来事を話そうとした。しかし、ふと廊下から足音が聴こえてくるのを感じ、携帯を閉じた。
まずい・・・・・・。誰かが探しに来た。足音がゆったりしているのでおそらく他の先生たちではないだろう。ならば一刻もはやいとこ逃げないと。
柱のある壁の中央に移動しながら教室全体を見渡す。さきほどの職員室のような扉は、ない。下には仲間がいるらしいし二階といえど場合によれば大怪我をするかもしれないので窓からの脱出も不可能だ。
遠くへ行くのを待つしかないな。
鹿野はそう思い、息を殺して足音に集中した。ぺたぺた、という一定のリズムで移動していく足音を聴いていると、全身が汗を掻き始めた。
早く・・・・・・早くどこかへ行ってくれ。
恐怖と緊張で心臓がバクバクと音をたてる。鹿野にはそれが廊下にも聴こえているような気がしてたまらなかった。そして次の瞬間、足音が止まった。
やはりだめか・・・・・・。
そう思いながら足音が止まった地点とは反対側、教卓側のドアへそっと移動する。
タイミングが命だな。あっちがドアを開けて教室に入ってきた瞬間にこっちが廊下に出る。おそらく姿を見られるのは確実だが今は逃げられさえすればそれでいい。
鹿野は息を吐いたときの音に注意しながら深く、深呼吸をした。そのとき教室はまるで別世界にあるかのような静けさだった。鹿野には、その静けさが恐怖を表しているかのように思えた。そして、勢いよくドアが開いた。
職員室がある北館とは反対側、南館の二階にある廊下では両者互角の逃走劇が繰り広げられていた。
「くそっ!」
中学校の頃に二年、陸上部だったとはいえ十何年かぶりに走るのは流石にきつい。だが、今は逃げないと殺される。
中学生時代に教えてもらったフォームを使い、全力で走る加賀。覆面の男はそれと同じか、それよりほんの少し遅いくらいの速度で走っているものの、やはり銃を構えたままでは走り辛い様子だった。
「ふ、ふざけやがって。」
呻くような低い声で覆面の男は息を切らしながらそう漏らす。今は夏だ。当然、覆面を被った状態で走っていると体温がかなり上昇してくる。犯罪者といえど、一人の人間なのだ。体調が悪くなったりするのは一般人と変わらない。だが、それは加賀も同じだった。加賀は、教師になった頃からいつもスーツで仕事をこなすようにしているのだ。
二人はそのままの距離を保ちながら三階へと続く階段を駆け上る。そして最後の段を越えたとき、加賀の足がもつれた。
「なっ!」
逃げる、ということを意識しすぎて足元に注意していなかったのだ。そのまま体勢を立て直すことができず、加賀は前のめりに転ぶ。もう、立ち上がって再び逃げ出す気力はなかった。そして、覆面の男に腕を掴まれた。
「手間かけさせやがって!」
覆面の男が、汗でびしょびしょになった手袋で覆面を取りながら声を荒げる。その瞬間、加賀の背筋に冷や汗が走った。ただ、それが捕まった、というのからくる冷や汗ではないのは自分でもわかった。
「小石・・・・・・?」
思わず加賀がそう呟く。すると、覆面を被っていた男は目を丸くして掴んでいた加賀の腕をそっと離した。
「明人・・・・・・明人なのか?」
そしてお互い目を見詰め合った次の瞬間、笑いあった。
「まさかこんなところでまた会うとは思わなかった!」
覆面を被っていた男の正体は小石裕也、加賀が中学時代に陸上で競い合っていた友人であった。昔から変わらない角刈りが印象的で加賀より少し背が高い。お互い、三年前の同窓会で別れたきり会っていなかった。
「でもお前がどうしてこんなことをしているんだ?」
それが一番、気掛かりでしかたなかった。
一方、そのころ放送室では主犯の男の怒声が響いていた。
「どうしてあんな手に引っ掛かったんだ!」
苛つきに我慢できず、マイクの横に山積みにされているCDを右手で思いっきり崩す。
職員室からの脱出を許したせいで計画が一気に台無しだ。だいたいあの手なら中学生、いや小学生でも警戒する。こいつらはどれだけ頭が回らないのだ。わざわざ家にまで行って計画を伝えたと言うのに・・・・・・。
主犯の男は自分の髪の毛をぐしゃぐしゃと掻く。傍にいた犯行グループの男はそれが可笑しくてたまらなかったが、決して表情にはださなかった。
「どうする・・・・・・どうすればいい。」
このままではせっかく立てた計画が無に終わる。それだけは、それだけは許されない。この計画を無にすると今後の社会にどれだけ影響するか・・・・・・。
そんなことを考えていると、ふと一人の人物が視界に映った。
「そうか・・・・・・。こいつを使えばいいんだ。切り捨てることしかできない、能無しを。」
主犯の男はそう言って、不気味に微笑んだ。ある男がとんでもないことを企てているとも知らずに。
ドアが開く音を聴き取った鹿野はそれに少し遅れて、立ち上がりながら教卓側のドアを開いた。
「い、いたぞ!」
やはり姿を見られたのか、覆面の男が低い声を発した。だが、鹿野は気にも留めず廊下の端にある階段へと走り出す。
まだ二十代とはいえ普段走らないからいきなり全力で走るのはきついな。だが、犯人の仲間をふり切れるだけマシだ。
そう思い覆面の男との距離を確認する。そのとき鹿野の視界に覆面の男が持っている銃が入った。
やはり撃ってこないのか。それともただのモデルガンなのか。どちらにせよこれで誰かが殺される、という心配は少なくなった。
ホッと安堵の息を吐いて三階へ続く階段を駆け上ろうとしたそのとき、隣にある一階へ続く下り階段から覆面の男がもう一人、駆け上ってきた。
「二人目かよっ!」
ビクッとして、焦りながらも三階へと続く階段を駆け上る。暑さのためなのかずっと緊張状態を保っていたせいなのかはわからないが体力が早くも底を突いていた。だが、足を止めることは許されない。
まずい。このままでは何もできないまま捕まってしまう。
そう思いながら三階の廊下を走る。そのとき、校舎中に男の声が響いた。
『逃走した教師たち、すぐ職員室に集まれ。ひとつ、言っておくが逆らえば校長の首が飛ぶことになるぞ。』
それを聴いた瞬間、鹿野の足が止まった。逃走を諦めたとわかった覆面の男たちも走るのをやめてゆっくりと歩き始めた。
そうだ。犯人たちは校長先生を人質に取っているんだ。犯人たち全員が持っている銃全てがモデルガンだとわかっていない今は行くしかないな。
「卑怯な手を使いやがって。」
小さく舌打ちをする。脱出する、ということしか考えていなかったのだ。
加賀の言うとおり、従うしかなかったのだろうか。誰かが警察に通報していたとしても校長先生を人質にとっているから無駄だろうし。
鹿野はがっくりと肩を落とす。そのとき、誰かに右肩にポン、と叩かれた。
「は・・・・・・原先生。」
振り返った先に立っていたのは閉じ込められる前、下川が話していた永森と同じく鹿野と入れ替わりに辞めた原佳代だった。
原はベテラン教師であるが、時代により少しずつ変わっていく教育方法の変化についていけず校長先生からクビを宣告されたのだ。ちょうどいい長さのショートヘアーが印象的で親しみやすい性格をしている。
「原先生が・・・・・・どうしてここに?」
服を見てみると、犯人たちと同じ服装をしている。手には、さきほどまで被っていたのであろう覆面がぐしゃぐしゃに握られていた。
いったい、いったいどういうことなんだ。もしかして犯行グループは全員クビにされた教師たちなのか・・・・・・。
そして、原は今回の犯行の動機を話し始めた。
発砲
すでに開いている職員室のスライド式ドアから中に入ると、すでに五人もの教師たちが困惑した顔で椅子に座っていた。脱出したときからドアを開けていたとはいえ廊下とはかなり気温差があり、入った瞬間にくらっと目眩を引き起こした。
「大丈夫ですか!」
近くにいた下川が壁に倒れ掛かった鹿野の元へと駆け寄る。だがその足取りはかなりふらついていた。
「大丈夫です・・・・・・心配ありません。」
今になって疲れも出てきたのか、全身にいつもの三割程度しか力が入らない。今寝ると二日は起きてこないかもしれない、と思うほどだった。
「それよりも・・・・・・みなさん、犯人の仲間からこの事件のこと聞きましたか?」
鹿野は表情を強張らせて言う。それとほぼ同時に、加賀が職員室に入ってきた。
「よかった、無事だったんですね。」
精一杯の笑みを浮かべて言う。だが、加賀は鹿野に目もくれず自分の椅子に腰掛けた。
無視・・・・・・。相当疲れているのだろうか。それとも、犯人がわかってショックを受けているのか。
そう思っていると、スピーカーから男の荒い声が聴こえてきた。
『あと一分だ! あと一分以内に職員室へ来なかった奴は射殺する!』
射殺。その言葉を聴いた瞬間、背筋に冷や汗が走った。
原先生の言っていたことが正しければ犯人たちが持っている銃は本物である。現に、自分のズボンの右ポケットには原先生から渡された銃が入っている。今職員室にいる教師は自分を含めて七人。最悪の場合、五人の教師が殺されることになる。
そう思いながら腕時計を見る。男が時間を制限してからもう五十五秒が経っていた。
あと、五秒。
無意識のうちに手が震えていた。そして、四、三、二と心の中でカウントダウンする。零、と唱えたそのとき、男が再び声を荒げた。
『では今職員室外にいるものは全員、射殺する!』
それを聴いた瞬間、鹿野は全身が硬直した。
五人か・・・・・・。だが、まだその五人が生きられるチャンスはある。原先生を信じて待とう。
男がスピーカーから射殺を伝えた。これからは死ぬ気で逃げないといけない。いや、伝えられる前も死ぬ気だった。どちらにせよ、捕まるわけには行かない。
山中は心の中で強くそう思いながら周囲を見渡した。
今、自分がいるのは南館四階にある三年二組の教室。見つかるのは時間の問題だろう。いくら体育の教師とはいえ、待ち伏せや挟み撃ちをされれば捕まる。いや、足の速さは関係ない。犯人たちは銃を持っている。校長室で話していたときに見た男たちが持っていたのは全て、長い狙い撃ちタイプだった。おそらく動かしながらじゃ狙いが定まらないだろう。ならば左右に逃げてなんとかなるかもしれない。
頭の中でそう分析した山中はいつも持ち歩いている校舎の案内図をポケットから取り出した。これはどんなルートを通れば最短で体育館、運動場に着けるか、というのをメモしたものである。できるだけ体を動かすの時間を長くしたい山中にとって大切なものだ。
逃げているだけじゃ脱出は不可能だ。ガラスを割ったるでもして出口を作らなければいけない。だが、最近あった改装工事でガラスが全て強化ガラスに作り変えてある。パッとみただけではまるでプラスチックのようだが衝撃を吸収する力があり、何か道具を使ったりしない限り割れないらしい。
「金槌を使えば何とかなるかもしれない。」
ふと、最近見た推理ドラマを思い出す。確かその中のワンシーンに犯人が金槌でガラスを割るシーンがあった。
金槌、となると図工室だな。
右手の人差し指で案内図を辿りながら図工室、と書かれた枠を探す。見てみると、図工室は南館二階だった。
ここは南館の四階。図工室にたどり着くまでには二回も階段を使用しなければいけないのか。
憂鬱に思いながらも案内図をポケットにしまい、教卓側のドアを開けて廊下に出る。見渡してみても、廊下には人っ子一人いなかった。
よし、今ならいける。
そう思って階段へと、足を進める山中。見つかっていない、とわかっているものの、足は今にも走り出しそうだった。
「いたぞ!」
向かっている階段とは反対の階段から男の声が響く。その声を聞いた瞬間、山中は走り出した。
「マジかよ!」
まさかこんなにも簡単に見つかるとは思っていなかった。想像以上に仲間の数が多いぞ。
「待て!」
追ってきた覆面の男は相当足が速いのか、階段に着くわずかな間で山中との距離を一気に詰めてきた。
ありえない。俺は体育教師だぞ。陸上の県大会にも出場したし、今もトレーニングを重ねているというのに何故差が縮まるんだ。
「捕まってたまるか!」
息を切らしながらもそう叫んで、階段を何段も飛ばしながら駆け上っていく。それに合わせるかのように覆面の男も階段を駆け上ってくる。まるで、恐怖の塊が迫ってくるかのように。
両者が階段を登りきっていたころには覆面の男との距離も三十センチほどに縮まっていた。もう手を伸ばされれば服を掴まれるのではないのか、というくらい差は短かった。
だめか。もう、捕まるしかないな。
そう思ったとき、覆面の男が山中の服をぎゅっと掴んだ。そして、ある疑問点に気づいた。
日が傾き始めた。教室には窓から夕日が差し込んでいる。カーテンを閉めている放送室にも隙間からところどころ明るい箇所ができていた。
仲間が脱走者を逃がすことなく殺害するとして残るのは残り七人。警察はまだ来ていない。こうなれば自分で通報するのもいいかもしれない。とにかく一刻も早くテレビカメラを回して欲しい。そして醜いこの世に訴えかける・・・・・・。
主犯の男の頭ではもうすでにこの事件の終わりまでが完成していた。
途中で少し狂ってしまったが最終的に目標は達成される。それは変わらない。たとえ警察が来たとしても臆することはないしむしろ喜ばしい。まさに完璧な犯罪者である。この事件の後、日本が大きく動くだろう、
「くくく・・・・・・ははははは!」
想像すると笑いが止まらなくなっていた。だが、数時間後には、この想像が全て現実のものとなる。それも自分の手によって。
「どうして・・・・・・どうしてあなたがこんなことを?」
傍で縛り上げられている校長が苦しそうにしながら小さく言う。それを聞いた主犯の男は校長を右足で思いっきり蹴った。
「ふざけるな! お前のせいで俺たちは職を失ったんだ!」
大声でそう言いながら主犯の男は校長を何度も蹴る。顔面などの部位に当たっても気にせず校長を痛めつけた。
「やめてください、流石にもう死んでしまいます!」
怒りで興奮が最高潮に達してたとき、一人の仲間が割って入ってきた。自分と同じく校長を恨んだ人間が校長を守っている姿を見た主犯の男はその男に怒りを押し付けた。
「うるさい! こんな奴死んだほうがマシだ!」
狭い放送室内で頭が痛くなるほどの怒声を上げる。自然と、手は汗ばんでいた。
「そ、そうじゃなくて! 人質が死ぬと困るんです!」
仲間は訴えかけるようにして大声で主犯の男に話しかける。だが。それは主犯の男の苛つきをさらに大きくするだけだった。
「ならお前が死ね!」
そう叫び、一つだけ他国で手に入れたマシンガンの引き金を引いた。途端に銃声が響き渡る。弾丸は窓ガラスをも貫いた。
「うあああああああああ!」
仲間は踊るようにして崩れ落ちていく。それを見た主犯の男は満足そうに微笑んだ。
「逆らうからいけないんだ。」
それだけ呟くと、入り口のドアに配置させている仲間に鋭い目つきを向けた。すると、仲間は脅えるかのように目を逸らした。
「この学校は俺の者だ。」
職員室の監視モニターを見ながらそっと呟いた。
主犯の男の手によって一人の仲間が殺されると、職員室内の教師たちは次は誰が殺されるのか、とハラハラしていた。
「さっきの銃声は凄く近くから聞こえた・・・・・・。もしかして放送室か?」
鹿野は静かに呟く。そしてまた、自分の無力さを感じた。
原先生に頼りすぎていた。だが、職員室から出るわけにもいかない。俺は、何もできない。・・・・・・もしかして校長先生が殺されたのだろうか。放送室で発砲されたというのも十分に考えられる。
「くそっ! どうすれば!」
髪の毛を両手でぐしゃぐしゃとしながら苛立ちの声を上げる。自分のいないところで誰かが死ぬのはかなり辛かった。
相手がとっている行動の意味が全くわからない。何故人質である校長を殺すのだろうか。仲間を殺したとしても同じくらいわからない。やはり犯罪を犯した人間は狂いきっているのだろうか。いや、それはない。原先生は全く狂っていない、初めて会ったときと同じだ。
原と鹿野が初めてあったのは教師になろう、と思った一ヶ月前のことだった。そのころの鹿野は資格も何も持っていない無職であった。元々、学力が必要となる職業には就こうと思っていなかったからである。本気で野球に取り込み、プロの野球選手になろうと考えていたのだ。だが、現実は厳しかった。必死に練習し、試合も全力で挑んだものの、二回戦で負けてしまった。当然、相手も練習をして来ているため負けることはあるだろう。だが、鹿野は全ての時間を野球に捧げていたのだ、勝てないのがおかしくも思える。その後のドラフト会議でも自分の名前は呼ばれなかった。高校を卒業しても、その悔しさは晴れなかった。まともに就職活動もせず、ただ絶望していた。そして一年後の秋、両親は自分を捨てた。家から追い出されたのである。おそらく、生活費を出してやらないと生きていけないような息子は必要ないからであろう。その日から、死にたくなるような地獄の生活が始まった。生活費が全くないため、野宿をしたりゴミ箱を漁ったりなどというホームレス生活をしていた。そしてある日、原が自分に手を差し伸べてくれた。三日分の生活費を与え、アルバイトを紹介してくれたりもした。するといつからか、原と同じ教師に憧れるようになっていた。原の教えもあってか、数年後には憧れた教師になることができた。だが、それと同時に原の退職が決まった。それからは一切連絡を取らず、再開したのが今日だ。
過去を思い出していると、無意識のうちに涙が浮かんでいた。親から捨てられたのは本当に辛かった。
今は・・・・・・過去を振り返っている場合じゃないな。原先生への恩返しとして言われたとおりにしていないと。
他の教師たちに気づかれないよう、右手の甲で涙を拭いてスピーカーを睨み付けた。
山中を捕まえた覆面の男はそのまま山中を逃がさないようにして自分の覆面を脱いだ。
「っぷあ! 苦しかった!」
覆面を脱いだ男の顔には見覚えがあった。その男は二年前に事件の責任をとって七月にクビになった人物だ。
「亀井・・・・・・先生。」
目を丸くして男の名前を呟く。その声に反応して亀井志信はそっと山中に顔を向けた。
「よう、久しぶりだな。」
亀井は山中より一つ年上の元体育教師だ。明るくていい教師なのだが二年前の六月下旬に水泳が行われたとき、一人の生徒がある男子生徒をプールの底に沈めているのに気づかずその男子生徒を殺してしまった。亀井はあまり悪くないのだが、学校の名誉を考えた校長がクビにした教師だ。
「久しぶりって、何でここにいるんですか!」
突然の再会に驚いて大声を上げる。それを見た亀井は口に人差し指を立てて「静かにしろ。」と、合図した。
いったい、どういうことなんだ。何故辞めたはずの亀井先生がここにいるんだ。
「とりあえず移動しよう。従っている奴らが来る。」
亀井はそう呟いて慎重に廊下を歩き始めた。
粘り
犯人たちが学校を支配して半日が経った。辺りはすっかり暗くなり明かりを点けていない廊下や教室は不気味な静けさを漂わせている。
亀井が山中を連れてきた場所は屋上であった。おそらく、普段から使われていない、というところから逃げ場所に最適だと思ったのだろう。ドアを開けると心地よい風が体を通り抜けた。
「二人目、連れてきました!」
屋上に出ていきなり、大声を出す亀井。その先には原と一人の女性教師が立っていた。
「お疲れ様です。」
全く意味がわからなかった。学校を辞めたはずの二人が犯人たちと同じ服装をして教師たちを守っている・・・・・・どういうことなのだろうか。
「あ、あの・・・・・・。」
おどおどとした声を上げる山中。それを見た原はフッと小さく微笑んだ。
「すいません、いきなり連れてきてしまって。でもこうするしかないんです。」
さらに意味がわからなくなった。こうするしかない、とはいったいどういうことなのだろうか。
「二人が何故・・・・・・この事件に関わっているんですか?」
そう呟いて原に鋭い目つきを向ける。元は教師仲間だったとしても犯罪者なのである。何をしようとしているかは訊かないといけない。
「永森明先生は、覚えてますよね? あの先生に誘われたんですよ。」
山中の気持ちを悟ったのか、真剣な目つきで話し始める原。亀井はもう屋上にいなかった。
「校長先生にクビにされたとき、永森先生は異常なほど校長先生を恨んでたんです。それで永森先生は学校をクビになった教師たちで支配して校長先生への復讐をしようとしているんです。私もとりあえず参加しましたが、いざ実行してから罪悪感が生まれてしまって・・・・・・。それで私と同じように罪悪感がある者たちを集めてこの計画を潰そうとしているんですよ。」
永森先生がこの計画の主犯・・・・・・。そんな、ありえない。クビにされただけで人を殺すなんて。
気がつくと、手は拳の形になっていた。
山中が主犯の正体を知ったとき、放送室にいる永森は自分の計画を壊そうとしている人物がいることを知った。
「逆らおうとしている奴らのリーダーは誰だ?」
永森は怒りで声が震えていた。それぐらい苛ついているのだ。自分に逆らう者が次から次へと現れてくる、それが鬱陶しくてたまらなかった。
「原です。おそらく奴の存在は職員室にいる教師たちにも伝わっていると思います。」
仲間が秘書のようにそう伝える。それを聞いた永森は放送室の壁を思いっきり殴った。だがそれは痛みでさらに苛立ちを大きくするだけだった。
「今・・・・・・どこにいるかわかるか?」
仲間に鋭い目つきを向けて訊く。だが、脅える様子は全く見せず答えた。
「おそらく屋上です。脱走した山中と一緒にいるのを見た、という証言がありました。」
原・・・・・・どこまで俺に逆らえば気が済むんだ。そうだ、奴も職員室に入れる、というのはどうだろう。いや、生かしておけばまた何か行動を起こす。やはり殺しておくか。
「渡り廊下周辺に配置している奴らを向かわせろ。原は見つけしだい、射殺してくれ。」
怒りの混じった声でそう言うと仲間は小走りで放送室を出た。そしてそれとほぼ同時にパトカーのサイレンが響き渡った。
『この学校は完全に包囲した! これ以上、無駄な抵抗はせずにおとなしく出て来い!』
銃弾で貫かれガラスが割れてしまった窓から外を見ると、校庭に九台ほどのパトカーが止まっており、ぞろぞろと野次馬たちが集まっていた。
「ようやく来たか・・・・・・。」
このときをいったいどれだけ待ちわびていたか。数も予想以上だ。これだけの騒ぎになっているならテレビカメラも当然のように回っているだろう。
永森は不気味な笑いを浮かべながら傍の黒い籠から生徒朝会用のマイクを取り出してスイッチを入れた。
『うるさい! 次に同じようなことを言ったら学校内にいる人質を全員殺すぞ!』
パトカーに向かってそう叫ぶと校庭が水を打ったように静まりかえった。
とりあえずこれで生意気な口を叩いてこないだろう。今は無視して原を捕まえよう。
そう思い、マイクを籠に戻す。校庭では犯人の説得役であろう男と警官がひそひそと話し合っていた。
説得など無駄だ。自分には通用しない。どうせ綺麗事ばかり並べてくるのだろう。今計画を諦めてもプラスになることなど何一つないのだ。捕まって刑務所行きになるだけである。
説得役の男に少し苛つきながら、マシンガンを見る。
これで警察たちを撃ったらどうなるだろう。・・・・・・いや、だめだ。それでは他の犯罪者と全く変わらない。
永森はため息を吐きながら外を眺めたのだった。
あと少し日付が変わる。だが、職員室の鹿野たちはそんなこと気にもしなかった。事件開始から半日以上が経過しても、事件以外のことを考えられないほど死ぬかもしれない、という恐怖が頭の中で渦巻いているのだ。
「警察・・・・・・来ましたね。」
鹿野が静かに呟く。だが、教師たちは全く聞いてないようだった。
窓の外を眺めていると、小学三年生のときと同じ言葉が頭に浮かんできた。
国は役に立たない。刑が優しすぎる法律。人質がいると全く動けなくなってしまう警察。それらは死人を出したくない、という思いから生まれたものなのだろうが犯罪者を生み出す原因となっている。
そう思っていると突然、目の前が黄色に染まった。
「っ!」
ついにここまで体調が悪くなってきた。この暑さだ、これくらいは覚悟していたがいざなってみると辛い。
鹿野は耐え切れずその場で横になる。床に寝ている状態だが今は仕方がない。
「大丈夫ですか・・・・・・?」
下川が心配して傍に駆け寄る。だが、心配がる下川もかなり辛そうだ。
「大丈夫です・・・・・・。僕より自分のことを心配してください。」
まずい、全員そろそろ限界だ。この様子じゃ二十時間後くらいに意識を失うかもしれない。冷房も点かないし窓は開けられない。各教室に扇風機が設置してあるがここじゃそれも意味がない。食事も全くしていないし射殺される前に死ぬ可能性だってある。
「みなさん、食べ物と飲み物を伊藤教頭先生のデスクに出してください!」
まだ少しだるい体を起こして精一杯の声で言う。とにかく今は休んでいる場合ではなかった。
この状況を何とかするには栄養を取っておかないといけない。
そう思いながら自分のカバンの中から少量のガムとお茶を取り出す。終業式は午前中で終わるので弁当を持ってきてはいなかった。
「これで・・・・・・全部ですね。」
集まったのは自分が持っていた少量のガム、およそ三リットルほどのお茶、二口サイズのパン三つだけだった。普段何気なく食べている食料たちがこんなにありがたい、と言うことを実感してしまったほど少ない。
「と、とりあえず一口だけでも食べておきましょう。これ以上の時間、何も食べていないのは流石に危険すぎます。」
そう言いながら自分のガムを一つだけ取って口に入れる。幸い、教師たちは全員言い争ったりせず遠慮がちに食べていた。
節約すると言っても最終的にはなくなってしまう。できるだけ早くこの事件を終わらせないといけない。しかし・・・・・・原先生の言う主犯、永森先生を殺しただけでは終わらない。
「え・・・・・・?」
一瞬、自分が恐ろしくなった。
いつから・・・・・・いつから頭の中で永森先生を殺す、ということになっているんだ。犯罪者も一人の人間だ。殺したら自分も犯罪者になってしまう。・・・・・・これはずっと心の裏側にあり続けた自分の犯罪者に対する怒りなのだろうか。小学生のとき初めて犯罪者を見たときからずっと抱き続けている怒り・・・・・・。もしさっきの感情がそれだとすると自分はそれを抑えられないだろう。
「早く終わってくれ・・・・・・。」
祈ることしかできない自分を恨みながらただそう祈った。
たった今、日付が変わった。だが今はそんなことを気にしているほどの余裕はない。この事件の主犯が永森だと知ってしまった今、山中の頭の中ではずっとそれだけが渦巻いていた。
「原先生、これは・・・・・・冗談ではないんですよね?」
信じたくなかった。自分の知り合いが犯罪者になってしまった、ということを。だが、原はそんな山中の気持ちを裏切るように静かに言った。
「冗談ではありません。残念ながら本当のことです。」
原がそう言ったのとほぼ同時にどう、と一瞬だけ風が強まる。その風に流されてどこかへ飛んで行きたいほど辛かった。
「何で、何であの人が・・・・・・くそっ!」
涙ぐんだ目を右手の甲でこする。もうこの場にはいられなかった。涙が止まらない。特別、仲がよかったわけでもないというのに。
「すいません。ちょっとトイレに行ってきます。」
泣いている姿を見せたくなく、嘘をついてこの場を立ち去ろうと屋上の出口へと歩み寄る。そしてドアノブに触れようとした瞬間、男の大声が耳を通り抜けた。
「見つけたぞ!」
全く、考えもしなかった。悲しみで緊張が緩んでいたのだ。今ここが、支配されているということを忘れていたのだ。
「くそっ! どけ!」
だが、心とは関係なしに体は動いた。男を強引にどかし、階段をジャンプして一気に降りる。そのとき、あることに気づいた。
「原先生!」
屋上には自分だけではなく原と一名の教師がいたのだ。振り返ってみてもそこに原たちはいなかった。
「そんな・・・・・・。」
目を丸くして驚く。自分の知り合いたちがどんどん悪い道に進んでいくのが悔しくて仕方なかった。
いくら原先生が男と同じ銃を持っているからって無茶すぎる。相手は容赦なしに撃ってくるのだというのに。どうする・・・・・・行くか、それとも行かないか。・・・・・・だめだ。自分には行く勇気なんてないし行っても撃ち殺されるだけだ。
少しの間唸って考えたが山中は目を瞑ってその場を後にした。
自分は、最低な人間だ。
心の中でもそう自覚していた。だが、打つ手がないのだ。自分の周りにいる人間が自分から離れていくのをただ見るしかないのだ。
決着
校庭にいる野次馬たちが一向に進展しない事件に飽きてぞろぞろと帰り始めた。だが、こちらは帰るわけにはいかなかった、やることが、まだ残っているのだ。
「もうあと一人か。」
職員室から脱走した五人の教師たちの一人、秋沼隆一を射殺した男は首と頬についた返り血を手の甲を拭きながらそう呟く。既に二人を射殺していたのでかなりの量なのである。ときどき感じるべっとりとした血の感覚が気持ち悪くて仕方がない。
それにしても案外うまくいっているな。・・・・・・誰にも話していないしそんな素振りを見せていないから当たり前なのだろうか。まあ、こんなことを深く考えたって仕方がないのだが。
「あと二人なら別に急ぐことないしゆっくり歩いていこうか。」
男はさっきと変わらないトーンでそう呟く。すると、ポケットの携帯電話が振動した。
「もしもし、どうかしましたか?」
素早く取り出し呟きとは全く違う低い声で電話に出る。だが、相手はそれほど慌ててはいなかったようだ。
『いや、ただ脱走者の四人目を殺したから電話しておこうと思って。』
その返答に、男はムッとなった。自分が職員室からの脱走者全員を射殺しようと考えていたのだ。
「他に、何かありますか?」
『あぁ。今、裏切り者の原に銃を突きつけているんだよ。』
電話相手の男は、そう話しながら高らかな笑い声を上げる。それを聞いた男は顔を顰めた。
原が、殺されるのか。これじゃ考えていた完璧なシチュエーションが実現できなくなってしまうじゃないか。
「どう? 原の奴脅えてる?」
何とか、原が逃げれる隙を作らないといけない。
『いいや。いつでも殺せ、と言う感・・・・・・ぐああっ!』
電話相手の男が言い切る直前、銃声と電話相手の男の叫び声が携帯電話のスピーカーから目一杯聴こえた。そして、それと同時に電話はプツリ、と途絶えた。
「流石だな。生きる執念はそこらへんの奴の何倍もある。」
男はにやりと笑いながら携帯電話を閉じる。
危なかった。だがこれで、全てがうまくいくはずだ。
そう思ったとき、視界の端の方にある人物が映った。男は、それを見逃しはしなかった。
「最後の一人は山中先生か。やっぱり体育教師だな。」
一瞬だけ軽く笑って、真剣な顔へ変える。最後の一人は全力で撃ち殺しに行きたいのだ。
「よし・・・・・・。」
ほどよい緊張状態をつくり、陸上競技のように深呼吸をする。そして、次の瞬間に勢いよく走り出した。体力消費を抑えるため警戒しながら軽めに走っているのか、すぐに山中の顔がはっきりとしてきた。
「またかよ!」
気づかれた。思ったよりも早い。
当然のごとく、男を見た山中も勢いよく走り出す。だが、そこはもう射程距離内だった。
「全く別のも買っていて正解だったな。」
男はそう言いながら腰に提げてるケースから小型の拳銃を取り出し、山中に向かって撃った。
静寂が続く職員室内。苦痛、と言っていいほどの蒸し暑さが渦巻いている。だが、教師たちはもう慣れてしまったのかそれとも体が気温を感じないほどに壊れてしまったのか、それほど暑くも感じなかった。そして、スピーカーから永森の声が流れた。
『職員室内にいる教師たちに残念なお知らせだ。』
永森は何故か、笑い声を漏らしている。悪い予感しかしなかった。
『職員室からの脱走者五名が全員、撃ち殺された。』
それを聴いた瞬間、体の中に衝撃が走った。立ちすくんだまま、動けないほど。
五名・・・・・・全員。自分が指示を出した山中もその中の一人だ。これは自分の指示からなってしまった。俺の、責任だ。
もう、心の底にある怒りの感情を止めることはできない。いや、止めようともしなかった。
「永森! ふざけるな! 撃ち殺されたじゃなくてお前が、お前の仲間が撃ち殺したんだろ!」
スピーカーに向かって大声で叫ぶ。すると、他の教師たちは全員目を丸くして驚いていた。狩野は教師たちの前で一度も怒ったことがないのだ。勿論、生徒にもだ。だが今、そんな狩野がいきなり怒声を上げたのだ、驚いて当然だろう。
狩野の怒声とは反対に、返ってきたのは高らかな笑い声だった。
『ははっ。怒れるだけ怒っていてくれよ。どうせお前たちは何もできない。』
瞬間、鳥が翼をもがれたような痛みが狩野の心の中を通り抜けた。
自分は何もすることができない。それは今一番自分が苦しまされている変えることができない事実だった。
くそ・・・・・・何で、何でだ!
狩野は涙とともに膝から崩れ落ちる。もう、顔を上げることもできなかった。自分の無力さを他人に笑われ、その無力さのせいで大切な人たちが殺されていく。反論することもできなかった。そして、耳の鼓膜を突き破るような銃声が職員室に響き渡った。
『っあああああああああ!』
スピーカーの奥から永森ではない男の叫び声が聴こえてくる。次の瞬間、聞き覚えのある、誰よりも頼りにしている教師の声が狩野の体いっぱいに響いた。
『これで、終わりにしましょう。』
原・・・・・・先生。
狩野はゆっくりと重い頭を持ち上げた。
渇いた銃声が撃った自分の体にも振動となってじんじんと伝わってくる。永森は「国外で大量販売されているのを買った」と言っていたが、その威力はすさまじいものだった。
「原・・・・・・くそっ! まだ生きていやがったのか!」
途端に永森の口調が変わり、傍のマシンガンを掴もうとする。原は、素早く永森の首に銃を突きつけた。
「抵抗はしないでください。」
冷静に、怒りの興奮を抑えた口調で話す。すると、永森は命令どおりに固まった。
「そのまま、両手を挙げてゆっくりと出入り口に移動してください。」
銃を突きつけたまま、永森に移動の指示を出す。一瞬、永森の口から「ひっ!」という脅えた声が漏れた。
「では、校庭に行きましょう。」
そう言った瞬間、永森の足が原の顔面に勢いよく向かってきた。
「ぐあっ!」
まともに正面から喰らってしまった原はその勢いと同じような速度で廊下に吹っ飛ばされた。
「ふざけるな! ここまで来てやめるわけにはいかないんだ!」
永森は素早く自分の銃を奪い、それの銃口を原に向けた。
・・・・・・しまった。もう少し後ろにいるべきだった!
だが、そう思っていたときにはもう遅い。先程と同じ渇いた銃声が廊下に響いた。
「っあああああああああ!」
目を瞑りながら銃声と同じくらいの大きな叫び声を上げる。だが、不思議なことに痛みは全く感じていなかった。
目を開けると、自分ではなく永森が倒れていた。
「いったい・・・・・・どういうことなの?」
驚きながらもきょろきょろと辺りを見渡す。自分の後ろを振り向くと、亀井が銃を持って立っていた。
「まさか、亀井先生が?」
きょとん、とした顔で呟くように訊く。すると亀井は少量の汗を頬に浮かべながらこくり、と頷いた。
そして、放送室のマイクへ駆け寄った。
「みなさんもう大丈夫です! 主犯の永森先生を撃ちました!」
内容は残酷であまり喜べないものだったが職員室内の教師、自分たちにとってはかなりの喜びだ。
・・・・・・終わった。やっと。これから刑務所に入らないといけないけどそれは気にしないでおこう。
原は安堵の息を漏らす。その瞬間、再び銃声が響いた。
「がっ・・・・・・はぁ!」
突然の出来事に、叫ぶこともできずその場で血を吐く。今何が起こっているのか、全くわからなかった。
「終わった、と思われてちゃ困るな。あんたを殺すまで。」
背後から聞こえるのは亀井の声。だが、あまりの痛みに振り向くこともできなかった。
「か、めい・・・・・・。」
力を振り絞り、なんとか名前だけ呟く。そして、二発目の銃弾が頭の中を貫通した。
事件が終わったという喜びはただの一瞬に過ぎなかった。次の瞬間に聴こえた銃声、原が呟いた「亀井」、という名前。その二つの恐怖が職員室を覆った。
「か・・・・・・めい? 亀井?」
ずっと黙り込んでいた伊藤が原が口にした名から知り合いの人物を頭に浮かべる。狩野は亀井の顔をしらなくても口調からどういう人物かがはっきりとわかった。
『そうだ。そして俺はこの学校の元教師であり、この計画の製作者だ。』
スピーカーから聴こえる、亀井の声が職員室に響く。それを聴いたとき、全身を何ともいえない痛みが伝った。
「吹きこんだのか・・・・・・?」
さっきまで出なかった汗が一気に噴きだす。その瞬間、この計画の全てがわかった。
俺たちは、こいつの手の中で踊らされていたのか・・・・・・!
額に青筋が浮かびでる。もう我慢などしていられなかった。
『でも主犯は永森だ。無理やりやらされた、とでも言っておけば俺はそれほど重罪にはならない。』
狂っている。こいつは罪の意識など全く持っていない。それどころか、楽しんでいる。
狩野は拳を握り、無言で職員室を飛び出した。
エピローグ
太陽がほんの少しだけ頭を出し始めたとき、事件はようやく本当の終わりを迎えた。
結局、校長を守ることはできなかった。五名の教師が死亡し、生き残った教師たちの心に、恐怖が植えつけられただけで終わってしまった。校舎にはところどころにべっとりとした血がつき、元教師たちの死体などが転がっている。おそらく、この学校を再開させるのは難しいだろう。ましてや小学校でこんな事件が起きたのだ、自分たちのせいでこんなことになってしまったのではなくても、保護者たちは生徒を他の学校を移させるだろう。
「原先生・・・・・・。」
狩野は目に涙を浮かべ、校庭から警察でいっぱいになっている校舎を眺める。そのとき、悲しみが一気に溢れてきた。
何もかも、奪われてしまった。絶望していたときの恩人も、生きていく気力も。自分たちから全てを奪った亀井は、平気な顔をしてどこかへ逃げている。警察が突入したときにはもういなかったのだ。自分たちがこうしているときも、亀井は自分たちを笑っているのかもしれない。
「くそ・・・・・・!」
呟いた途端、目に溜まっていた涙が溢れ出す。堪えることもできなかった。
悔しい。自分はあの場で何もできなかった。いや、状況を悪化させてしまった。これではあのときといっしょじゃないか。
そう思い、自分の頬を抓って無理やり涙を止める。そして、ゆっくりと立ち上がった。
このままでは、終われない。終わらせてはいけない。もう過去と同じような過ちを繰り返すわけにはいかない。
警察を横目に、狩野はゆっくりと学校をでたのだった。
やっぱりだめかな。
自分で書いててあれなんだけどやっぱり読みづらい
よければ昔の自分に感想ください(笑)