賢者の導き
男は静かに嘆いていた。
平和を望む男には、戦争の絶えない世界は息苦しいものだった。
だが、自分には力がない。
世界を変える程の力が。
だが、男には分かっていた。
その力を行使するという事は独裁と等しいと。
故に男にはなす術はなかった。
「…考えるのは、やめにしよう。」
男はかつて戦場に立ち、銃をとって戦っていた兵士だった。
昨日、酒を酌み交わした仲間が肉塊として帰ってきた事もあった。
目の前の兵士を撃ち殺した事も何度もあった。
その兵士にも、家族はいただろう。
だが、自分も生きたかった。
そんな人間の生への執念を利用した戦争を男は心底嫌っていた。
男は出来るだけ世俗から離れて暮らしたかったが、近代化の波に飲まれて、大勢の無機質な人々と共に街で暮らしている。
男は仕事に出かける。
いつものように家から外に出て、街を歩いた。
その瞬間、男に雷が落ちた。
男は突然、その生涯を終えることになった。
男は消えゆく意識の中で誰かの声を聞いた。
「お前に力を授けよう。」
その声ははっきりと聞こえる。
男は言った。
「そんなものはいらない。俺はただ平穏な日々が欲しいんだ…」
「…お前が望めば、改めて力を授けよう」
その声は遠のいていく。
「はっ!」
目が覚める。
周りを見回すと、そこには人々が作り出した文明の結晶達はなく、ただ神が作り出したままの自然が広がっている。
「ここは…」
男は立ち上がる。
ついさっき見ていたものとは、まるで違う光景に男の思考は止まってしまった。
しばらくして、自分が丘の上にいる事、そして下った先に集落らしき影が見える事が分かった。
「行ってみるか…」
行く宛のない男は、突き動かされるようにその方へと向かった。
丘を駆け下り、辿り着いた先には村があった。
男の住む都会の街並みに比べれば、随分と素朴だが確かに建物と人々がいた。
自分以外の人間の存在を確認して、男の緊張の糸は少しほぐれる。
「あの…」
男は勇気を出して、未だ得体の知れない存在である村人に話しかけた。
しかし、村人達は男のよく知る人間だった。
そればかりか男の身の上に同情し、この村での定住を提案した。
男は村人達の寛大さに感動する。
男はずっと平穏を、平和を望んでいた。
その世界が今、目の前の小さな村で実現されていた。
男はこの村で一生を過ごそうと決めた。
いくらか時間が経った。
男はまるで生まれた時からここにいたかのように、この村に馴染んでいた。
「村長さん、頼まれていた物、届けに行ってきましたよ。」
男は村長にそう報告する。
「あぁ、ありがとう。この歳になると村の中を歩くのですら一苦労でな。」
「いえ、礼を言うのはこっちですよ。本当にこの村の人には感謝してます。突然、見知らぬ世界に飛ばされて、訳も分からない中、私を助けてくれて。あなた達に会えてよかった。」
「…」
村長は喜んでいるのと同時に何か考え事もしている様子だった。
「…やはり、君の話を聞くに、君は転生者なのだろうな。」
「転生者?」
村長の言葉に男は疑問を浮かべる。
「この世界とは違う世界、『異世界』からやってくる者のことだ。人に召喚されるものもあれば、運命に招かれてくる者もおる。君はどちらだろうかな。」
「私は…転生者」
「転生者は特別な力を与えられると聞く。君にも多かれ少なかれあるだろう。…このような辺境の村のより、君の輝く地は他にあると思える。ここを出てそれを探してもいいのだぞ?」
「村長…、私はこの村で改めて一生を終えたいと思っています。私に特別な力があろうと関係ない。私はこの村の住人になりたい。」
男は自身の固い決意を村長に示した。
「…そうか。ならば何も言うまいよ。これからもよろしくな、………」
村長は村の住民として認める証を示すように、最後に男の名前を呼んだ。
「ありがとうございます。」
男は村長に頭を下げた。
…男は知らなかった。
男が感じていた平和というのは、ただこの村の中だけのものだという事を。
この世界でも、平穏などというものは崩れ得るものなのだという事を。
男の住んでいる村は、炎に包まれた。
そして、外から何者かが続々と入ってきて村人達を虐殺していく。
「なんだこれは…?」
男はなにが起こったのか分からなかった。
しかし、この光景を男は見たことがある。
かつて戦争に駆り出された時と同じ惨劇が今、目の前で起きている。
「………」
うめき声のような微かな音が聞こえた。
「…村長!」
もう、虫の息の村長が男に呼びかけていた。
「逃げろ…生きて……」
村長は侵略者の1人にとどめを刺された。
「村長!」
男は吠えた。
自身の夢見た楽園が目の前で壊れていった。
「けっ、死に損ないのジジイがよ。…お前も殺してやるよ。」
その侵略者は村長を葬った後、男に近づいてくる。
男は自身の無力を呪った。
そして、男は侵略者達を呪った。
憎むべき者どもを滅ぼすための力を望んだ。
その時、男の頭に聞き覚えのある声が聞こえた。
「力を望むか…?」
世界を渡る時に聞いた声だ。
「あぁ、寄越せ!」
男は力を欲していた。
故にその言葉を断る理由はない。
「良かろう。お主に力を与える。お主の力は…」
血飛沫が上がる。
男に聞きかかろうとした侵略者の体はバラバラに吹き飛んでいた。
侵略者達を率いている長は異変に気づく。
自分の部下の死体が所々にあったのだ。
ここの村民に殺される程の軟弱者は連れていなかった。
だが、原因はすぐに現れた。
男が、侵略者の長の目の前に立っていた。
「貴様が我が部下を…」
「答えろ」
長の言葉を男は聞かなかった。
「お前は誰かの手下か?」
「…そうだ、と言ったら。」
「名前を言え。」
「ふん、いいだろう。我は魔王様の配下が1人…」
侵略者の長の体は、吹き飛ばされていた。
「お主の力は『破壊』と『創造』だ。そして、お主はこれから元の名前を捨て、こう名乗れ。『セクメト』と。」
「魔王…」
長の言っていた言葉で、セクメトの倒すべき敵を理解する。
「いつか、そいつを滅殺する…!」
その日、『破壊者』であり『創造者』であり、そして『復讐者』であるセクメトはこの世界に誕生した。




