悪気がないほどたちが悪い。神様、お前のことだよ。
眠りに落ちる直前まで、俺は神の名前を念じ続けた。その甲斐あって、再び目を覚ました時、俺は例の草原に立たされていた。
もちろん、神様も近くにいる。
「おい! どういうことなんだよ、あれは!」
神様は長い神をサラサラっと揺らし、首をかしげる。
「何のことかしら?」
「何もかもだよ! あの女の子の頭にあった謎の文字も、俺の目の前に現れた変な板も、体の制御が効かなくなったのも! お前、俺に何をしやがった!」
俺が詰め寄ると、神様はムムムッと言いたげに眉を寄せ、頬を膨らませる。
「だって、選べなかったんだもの」
「選べなかった? 何のことだよ」
「願いごと。あなた、あの時願ったことが何か覚えてる?」
「あの時って、そりゃ、ヴァレンティナに復讐してやるって話だろ」
「その前よう、その前」
その前って、まさか……。
『ハーレムを作って、ありとあらゆる女性からモテモテになること』
俺の首筋を汗が流れる。
「復讐も、ハーレムも、願いの強さが拮抗してたせいで、どっちの願いを叶えるか選べなかったの。だから、どうせならどっちも叶えてあげようと思ったのよ。私、優しくて人間思いな神様でしょ?」
神様が右手を掲げると、神様の頭上に謎の記号が現れた。あの少女の頭にもあったやつだ。
「これは、好感度メーターよ」
「コウカンドめぇたぁ?」
「以前、別の世界からこの世界に転生してきた子に聞いたんだけど、その世界には、『ギャルゲー』って呼ばれるものがあるらしくってね」
「???」
「どの選択肢を選ぶかによって、主人公の言動が変わって、キャラクターごとに設定されてる好感度が上がったり下がったりして、個別のルートにいけるらしいの! すごく楽しそうよねぇ」
神様は両手を胸の前で組み、キラキラと目を輝かせている。
……何言ってるか、全然分からない。
俺が困惑していると、神様はもう一度右手を掲げた。すると、目の前に3枚の板が現れた。
「これが選択肢。どれかひとつを選ぶと……」
神様が、真ん中の板に触れる。俺の体が勝手に動き出し、神様の前に立たされる。髪に鼻先が触れるほどの近さだ。
菓子のような甘い香りに、頭がクラクラする。
神様の頭上に書かれている文字が変化すると同時に、
『エルルの好感度が+2付与されました♪』
また、あの声が頭の中で響く。
「という感じでね」
神様が手を叩くと、頭上の文字が消えた。
「選択肢を選ぶことで、好感度を獲得する。一定の好感度を獲得したら、報酬として、あなたの体にかけられた封印魔法を少しずつ解除してあげる。……どうかしら? なかなか素敵な案だと思わない?」
俺の体が震える。恐怖や警戒心じゃない。怒りだ。
「素敵な案、なわけがあるかぁ!!」
ふざけやがって。こいつ、絶対俺で遊んでやがる。
「ハーレムを作りたいなんて本気で願ってるわけないことくらい分かるだろ! そりゃ女の子と仲良くなりたいな、とか、前世では彼女なんてできなかったから今度は作れたら良いな、とかそういうのはあるよ。でも、それより先に、俺は普通になりたいの! 前世からのしがらみやら何やらを全部取っ払って、今世ではハッピーな生活を送りたいの!」
俺の剣幕に流石にびっくりしたのか、神様はきょとんと目を見開いている。
「ツッコミどころその1! 分かる言語で書け! 知らない言語で書かれたら、選択肢を選びようがないだろ!」
「こ、これは人間界で使われている文字なの。だからそこは頑張って文字を覚えてもらってね……」
訳分からん能力は与えてくる癖に、何でそこは努力枠なんだよ。
「ツッコミどころその2! そもそも何で報酬を小出しにしてくるんだよ。変な遊び心とかいらないから、普通に全部、いっぺんに渡してくれよ」
神様は長い髪の毛の先を指先で弄る。
「それはぁ、私としてはあなたをまだ信用しきれてないから、本当に人類の敵にならないかを、段階を踏んで確認させてもらおうと思ってぇ……」
そこまで信用できてないなら、そもそも俺の願いなんて叶えなきゃ良いだろ。いや、これは当事者である俺が言うのはおかしいかもしれないけどさ。
「ツッコミどころその3! そもそも好感度っていうのがなんなのか_____」
と俺が言いかけた時、神様の様子がおかしいことに気がついた。
神様は俯いて、体をぷるぷると震わせている。かと思ったら突然顔を上げて、
「酷いわ! そこまで文句言わなくたって良いじゃないの!」
と大声で泣き出してしまった。
「うぅ、私だって、私だってぇ、頑張って、神様やってるのにぃ……」
「ちょ、ぇ、神様?」
神様は両手で涙を拭いながら、子供のようにしゃがみ込んでしまう。
ちょっと待ってくれよ。
俺は文句を言ってやろうと思っただけで、女性を泣かせる趣味なんて持ってないぞ。
「ご、ごめんね神様。俺、そんなに言い方酷かった?」
「わ、私はただ、クオーレ様に少しでも今の人生を楽しんでほしかったから、たくさん願いを叶えてあげようと思ったのよ、それなのに、それなのに……」
「その考えは嬉しいけど、自分の人生の楽しみは自分で決めるからさ、そこまで頑張ってもらわなくても_____」
せっかく泣き止みそうだった神様が、そこでまたぶり返しそうになったので、俺は慌てて謝罪した。
*
膝を抱えてしゃがみ込む神様の隣に、俺も並んで座る。
「泣き止んだか?」
神様は頷いて、鼻をすすった。目が赤くなっている。せっかくの美人が台無しだ。
「……クオーレ様、私」
「なんだよ」
「私、本当は神様じゃないの」
「え?」
頭の中がはてなで埋め尽くされる。
「本当の神様は、私のお姉ちゃんなの。だけどお姉ちゃんが産休に入っちゃったから、後継ぎの第二候補である私が、臨時でお姉ちゃんのお仕事を請け負うことになっちゃって……」
神様って世襲制なのかよ。というか、産休とかあるんだ……。
魔王城の眷属は俺以外みんな女性だったけど、魔王様第一主義の仕事中毒ばっかだったから、そんな制度はなかったな。
「だから、お姉ちゃんに負けないくらい立派な神様になろうって思ったんだけど、上手くいかないのよ……頑張ろうとすればするほど、空回りしちゃって……」
神様はそう言うなり、膝に顔を埋めてしまう。
「ごめんなさい、クオーレ様……」
見た目はすごく大人びている神様が、その時は子供みたいに見えてしまった。
初対面の時から恐怖を感じないとは思っていたが、もしかしたら他の奴らとは違う何かを感じ取っていたのかもしれない。
「謝らなくて良いよ。神様も悪気があって、あんなことをしたわけじゃないって分かったしよ」
「クオーレ様……」
それに、はっきり言ってしまえば、悪いことばかりではなかった。何故かは知らないが、あの少女にも抱きしめてもらえたし。
可愛い子だったな、あの子。
「ちょっと。誰のこと考えているのかしら?」
神様が唇を尖らせる。
「こんな美人を前にして、他の人のことを考えるなんて、随分と余裕があるのね」
そっちこそ、さっきまであんなに泣いていたのに、やけに切り替えが早いじゃないか。
「ひとつ聞いて良いか?」
「何かしら?」
「あんたは願いを叶えるって言ってたよな。願いの撤回はできないのか?」
「お姉ちゃんだったらできたかもしれないけど……ごめんなさい。今の私にはそんな力はないわ。でも、その代わり、追加することはできるかもしれないわよ」
「追加?」
「ええ。あくまでも今の願いや能力は変えずに、そこにプラスする形でってことね」
「なるほどな……」
「ごめんなさい、クオーレ様」
「だから、そんなに謝らなくたって良いって」
神様を見ていると、以前の俺を思い出す。上級眷属にこき使われ、謝ってばかりだった昔の俺を。
だからだろうか。神様をあまり悲しませたくないと思ってしまうのは。
「じゃあ、ちょっと能力を追加してもらっても良いか? 今のままじゃ何をするにも大変だからさ、せめて文字は読めるようにしてほしいんだ」
できるか? と尋ねると、神様は花が咲くように表情を明るくした。
「できるわ! それくらいだったら、私にもできる!」
まあ、元気になったみたいで良かったよ。
明日からは、毎日21時10分に1話更新します。




