地下牢の少年と、奴隷の少女。
※スピカの過去回です。ちょっと重めです。
スピカは生まれてすぐに母親から捨てられた。村の教会の前で泣いていたところをシスターに拾われ、教会で育てられることになる。
しかしある日、村に強盗が現れ、強盗は次々と村人を殺していった。教会のシスター達も例外ではない。ただ一人の例外は、スピカだった。スピカは「顔が整っているから」という理由で殺しを免れ、強盗の手によって奴隷商人に売り飛ばされた。
そこから5年ほど、スピカは奴隷商人の元で暮らした。
ある日、スピカは商人の元を逃げ出そうとして、体に傷をつけてしまった。商人は「これでは売り物にはならない」と怒り、スピカを二足三文でその辺の男に売り払った。
男の馬車に乗せられ、整備のされていない道を走る。しばらく経つと車から下ろされ、山の中を歩かされた。
男はスピカに仕事の内容を説明した。とある子供の世話をしてほしいのだ、と。期限は5年。これまでも世話係はいたが、数年周期で交代しているらしい。
山の奥に、一軒の屋敷があった。それなりの富豪でなければ住めないような、大きな屋敷だった。
男は屋敷の厨房で料理を作ると、スピカに渡した。男に案内され、地下の階段を下りる。
湿気が多く薄暗い、まさしく「地下牢」と呼ぶに相応しいその場所に、一人の少年がいた。少年は目を閉じている。眠っているような安らかな表情だったが、男が鍵を開けると、目を開け、ゆっくりと起き上がる。
綺麗な少年だ、と思った。今まで出会ってきた人の中でも、一番純粋で、綺麗な人だと思った。
*
それまでのスピカは、「自分以上に酷い人生を送っている者はいないだろう」と思っていた。しかし、地下牢に閉じ込められた彼は、自分以上に悲惨な生活を送っているようだった。
魔王の生まれ変わりだと疑われ、五感のほとんどを奪われ、そのうえで厳重に地下牢に閉じ込められる。
スピカが屋敷に来た時点で、もう何年もその暮らしをしているのだ。気が狂ってしまいそうな、途方もなく長い時間である。
「何故魔王だと分かっていながら生かしておくのですか」とスピカが尋ねると、男は「また生まれ変わられたら困るからだ」と答えた。延命魔法をかけられた彼は、寿命で死ぬことすらもできないらしかった。
一日に3回、少年のいる地下牢に食事を運ぶ。スピカは一日のほとんどを地下牢で過ごしていた。主人からは「異常な行動を発見したら報告しろ」と言われていたので、監視の目的だった。少なくとも最初のうちは。
少年は確かに普通の子供ではないようだ。まともな教育を受けずに育ったにしては、行動に知性がある。
地面に置かれた食事を手掴みで食べることに抵抗があるような素振りを見せたので、スピカは翌日からスプーンをつけてやることにした。すると、少年はスピカにお礼をするように頭を下げたのだ。
スピカが地下牢に行くと、少年は大抵運動をしている。生まれつき目が見えないとは思えないほどに、体の扱い方を理解している動きだった。
案の定、そういった行動のせいで「魔王の生まれ変わり」であることは確定事項として扱われ、主人からは恐れられているようだ。
しかし、スピカは不思議と少年に恐れを感じなかった。それどころか、次第に少年と同じ時間を過ごすことに安らぎを覚えるようになった。
きっと、私は嬉しいのだ。スピカはそう思った。
本来の自分でいられる場所を、ようやく見つけられた気がした。
*
スピカがいつものように食事を運びに来た時、少年の様子がおかしかった。スピカが鍵を開けて牢屋に入ると、一瞬身構えるような動きをしたのだ。
不思議に思って顔を上げた時、少年と目が合った。
白く濁っていた瞳が、淡く透き通り、爛々と輝いている。
その瞬間スピカは、少年が視力を取り戻したのだと悟った。
一歩後ずさる。主人に報告しに行くべきか。行かなければ、ちゃんと報告しなかったとして罰を受けるのは自分だ。しかし、報告してしまえば、一体この少年はどうなってしまうだろう。
今度は魔法ではなく、目を潰すことで視力を奪うかもしれない。
せっかくの綺麗な瞳がなくなってしまうことを、スピカは恐ろしく感じた。
どうするべきか迷っていると、少年がスピカに向かって手を伸ばしてきた。そして……ふに、と、ある場所に手が当たる感覚がする。
(こ、この子、私の胸に_____!)
顔がかっと赤くなった。羞恥からか怒りからかは分からない。だが、この人も他の男と同じなのかと、思わず失望しかけた。
しかし、少年はスピカに向けて伸ばした手を、もう片方の手で掴んだ。必死の形相で、手を引き剥がそうとしている。
(……もしかして、思うように体が動かないの?)
視力が蘇った反動か、あるいはそれ以外の理由か。少年には、何らかの事情があるようだった。
少年は何度もスピカの方を見て、申し訳なさそうに頭を下げる。そんな姿を見ていると、不思議な感情が湧き上がってきて、スピカは衝動的に少年を抱きしめていた。
「大丈夫。大丈夫だよ」
何度も、あやすように同じ言葉を繰り返す。少年が落ち着いたタイミングを見計らって体を離すと、少年は茹で蛸のように顔を真っ赤にさせ、口を何度も開閉させていた。
可愛い子だ、と思った。




