ラッキースケベは突然に。
目を覚ました俺が最初に見たのは、いつもの暗闇……ではなく、灰色の石壁だった。
俺、目が見えてる。
自分の体を見回す。夢の中で見た通りの細っこい体だ。もちろん筋トレも今まで通りできる。
それから……ああ、やっぱりあった。心臓に貼りついている刻印_____俺が魔王、ヴァレンティナの眷属であることの証。
刻印を消す条件はふたつある。
ひとつは、主人が、自分の意思で主従関係を切りたいと望んだ時。
もうひとつは、主人が死んだ時。
刻印が消えていないということは、ヴァレンティナはまだ生きているし、俺との主従関係をやめるつもりもないということだ。
ヴァレンティナが何を考えてんのか分からない。
俺は低級眷属で、死ぬのが怖くて死んだフリで誤魔化そうとする雑魚なんだぞ。
俺を眷属にしたままにしておくことで、あっちに得があるとは到底思えないがな……。
何度も瞬きを繰り返し、牢屋を見回し、少しずつ、これが現実であることを受け入れる。
さっきの夢は嘘じゃなかった。俺が人間に生まれ変わったことも、魔王の生まれ変わりと勘違いされていることも、事実ということだ。
そして、あいつが本物の神様らしいってことも……。
しかし、「目が見えるようになる」だなんて、思っていたよりも規模が小さいな。神様なら、五感の全部を回復するくらいしてくれたって良いのに。
確かに目は見えるようになったが、依然として耳は聞こえないし、声も出せないし、これじゃあ以前とあんま変わらないぞ。
でも、考えてもしょうがないか。久しぶりに視力を取り戻したんだ。一旦は喜ぶべきだな。
さて、俺はこれからどうしたものか。
案1。隙をついて逃げ出す。魔法も使えないこの状況で、できることは何もない。野生の動物に食われるのがオチだ。
案2。この牢屋で飼われ続ける。復讐なんて面倒なことはやめて、ここで飼い殺しされるのも、選択としてはある。あるだけで、絶対に選びたくはないが。
案3。とりあえず筋トレをする。
うん、筋トレをしよう!
俺が腕立て伏せをしていると、誰かがこちらに向かって歩いてくるのが、床の振動で分かった。顔を横に向ける。牢屋の前に、一人の少女が現れた。
人間だから、恐らく前世の俺よりは年下だろう。だが、外見的には前世の俺と同じくらいか、少し下。そして、今世の俺にとっては年上である。
……ん? なんだあれ。
と、そこで俺はあるものに気がついた。
少女は、長くてふわっとした茶色い髪を、紐でひとつにまとめている。綺麗な髪だ。いや、問題はそこじゃない。
少女の頭上に、妙なものがふよふよと浮かんでいるのだ。
記号……いや、あれは文字か? 読むことはできないが、何かしら意味がありそうなのは分かる。
とか何とか思いながら少女の頭上を凝視していたところ、少女は鍵を使って牢屋に入ってきた。俺が身構えていると、少女はゆっくりと俺の方へ歩いてきて、食事の入った皿を置く。
目が合う。少女はハッと目を見開き、俺から距離を取る。
俺が視力を取り戻したことがバレてしまったらしい。
その瞬間、目の前に3つの長方形の板のようなものが現れる。縦に並べられた横長の板には、それぞれ、頭上の文字と似たようなものが記されている。
な、なんだこれ。マジでなんだこれ。何がなんだかさっぱり分からない。
もしかして触れるのか、これ。
俺は手を伸ばして、一番上の板に触った。すると、触った板が光り、3つの板は消失した。
え、なんだ、どういうこと_____
疑問を覚える間も与えられず、俺の体が勝手に、操られているみたいに動く。伸びた2本の腕が、少女の方へと伸ばされ_____
ふにっ
や、柔らかい。……じゃなくて、何だよこれ!
止まれよ! おい、止まれってば!
手は相変わらず、俺の意思に反して動いている。顔を真っ赤にさせた少女の頭上で、暗号みたいな文字が形を変え、頭の中で謎の声が聞こえた。
『スピカの好感度が+1、付与されました』




