願いはひとつ。魔王への復讐だ
「神だと? もしかして、人間が信仰しているという、あの神のことか?」
そう言って、俺は喉を押さえる。
「俺、声が……」
でも、何かがおかしい。
確かに声は出ている。
だがまるで、自分のものではないような、違和感のある声だ。
「クオーレ様。あなたは生まれ変わったのよ」
「……生まれ変わり?」
「魔王、ヴァレンティナの身代わりとなり殺されたあなたは、人間に生まれ変わったの」
転生。その存在自体は見聞きしたことがある。
薄々、そんな気はしていた。俺は死んで、生き返ったのだと。だから誰も助けには来ないのだと。
だが、人間に生まれ変わったとは思っていなかったな。それに、魔族でないとしたら尚更、何故俺を閉じ込めている奴がいるのかも分からない。
神が手を振ると、俺の足元にに小さな水溜りが生まれた。そこに映るのは、見たこともない少年だった。黒髪に、つぶらな目をした地味な子供。前世の俺には劣るが、なかなか将来有望な外見だ。
俺が口を開くのに合わせて、水溜りに映る少年も口を開く。
「転生は私には干渉できない現象なの。だから、たまに不思議なことが起きる。たとえばクオーレ様のように、前世の記憶を持ったまま生まれ変わったりする、とかね」
神は、透き通るような綺麗な声で、俺の置かれている状況を説明する。
生まれ変わった俺は、一人の占い師により「この子は魔王の生まれ変わりだ」と断定された。魔王の復活を恐れた両親は、占い師に頼み、「声」「視力」「聴力」を俺から奪い、地下の牢獄に幽閉した。
「ヘイ! ストップストップ!」
「あら、どうしたの? まだ説明の途中よ」
「いやいや、待ってくれよ。おかしいだろ。俺は確かに魔王の眷属ではあったけど、魔王本人ではないからな」
「そうね」
そうね、じゃないだろ。
「何で占い師さんは、俺のことを魔王だなんて勘違いしたんだ?」
神様は肩をすくめる。
「さあ? 何故かしら?」
クソ。スッゲー美人なのにめちゃくちゃ腹が立ってくる! 美人なのに! 胸デカいのに!
「どうどう。そんなに怒らないで」
「俺をそこらの犬と同じ扱いすんじゃねぇ!」
「まあまあ、お待ちなさい。決定的なことは分からないけど、いくつか理由は推測できるのよ。それを今から説明してあげるから、そう怖い顔をなさらないで」
その言い方に、尚更カチンとくる。誰が俺をここまで怒らせてると思ってんだ。
「……理由って?」
でも、反抗してばかりじゃ話が進まないので、話を聞くことにする。べ、別に、神様の言うことに従っているわけじゃないんだからね!
「まずひとつは、あなたの胸にある刻印ね」
刻印……? まさか、あれのことか?
俺はボロっちい布切れみたいな上着を脱いだ。神様が「きゃっ♡ エッチ♡」とか言って自分の目元を手で隠す。やかましい。
水溜りを鏡代わりにして見てみると、俺の予想通り、心臓の部分に、黒い墨で描かれた呪文のような刻印があった。
「眷属の証……」
「そう。それこそが、占い師があなたを魔王だと勘違いした原因のようね。占い師はクオーレ様の体の中にある多量の魔力を、その刻印を通じて感じ取ったんじゃないかしら。こんなに大量の魔力を持つ者なら、魔王に違いないって」
……なんとまあ、大雑把な考えですこと。
というか今の俺、そんなに魔力あるのかよ。
自分の体を見回してみる。せっかく筋トレしてたのに、そもそもの食事量が少ないせいであまりムキムキになっていない。細っこい体だ。
魔力が眠っているとは思えないがな。
まあ、筋骨隆々な見た目をしておいて魔力ゼロって言われるよりは良いか。
「ところで、神様は何で今更俺に会いにきたんだよ」
「クオーレ様に会いたかったから♡」
このノリ、いつまで続けるつもりなんだ。
「あ、今嘘だって思ったでしょ。でも本当よ。魔族から人間に転生した子なんて今まで見たことなかったから、一度お話ししてみたかったの」
「……神様とやらがわざわざ会いにくるようなもんでもない。俺は、魔王様に捨てられた、ただの役立たずな低級魔族だよ」
「でも、あなたの目はまだ死んでいない。使い捨ての存在じゃないってことは、クオーレ様が一番良く知ってるんじゃないかしら?」
肯定しても否定しても、恥ずかしいような気がして、俺は神様から目を逸らした。
草むらに寝っ転がる。そよ風が体を撫でる感覚が気持ち良い。
夢の中とは言え、こんなに明るい景色を見るのは久しぶりかもしれない。
低級魔族だった頃の景色は、灰色ばかりだった。そして今は、暗闇だ。
神様は俺の隣に座った。
「私は、私という存在を作った人間への『恩返し』として、あなた達が10歳になった時に、願いをひとつ叶えてあげることにしているの」
願いを、叶える。
ここまでで一番「神様」らしいセリフだ。
「どんな願いだって?」
「そう。何だって。具体的なものでも良いし、『こうなりたい』という思いがあれば、その願いが叶うような能力を与えることもできるわ」
「……俺にも?」
「もちろんよ。その願いを聞くために、あなたの夢に入らせてもらったんだから」
ただし、と神様は人差し指を唇の前で立てる。
「いくつかの条件があるから、ちゃんと聞いてね。ひとつ、願いを口にしてはいけない。これは他の人にも言っていることよ。そしてもうひとつ。これは、クオーレ様にだけ守ってほしい、特別なルール。……私はあくまでも人間の味方なの。だから、人類の存続を脅かすような願いは聞けないわ」
_____たとえば、『人類を一人残らず殺してください』とかね。
と、神様は、その綺麗な瞳を冷たく光らせる。
どいつもこいつも、美形ってのは無表情になると怖いんだ。あの魔王もそうだった。
いつも女に囲まれているくせに、鼻の下を伸ばすこともせず、澄ました顔をしていた魔王は、俺にとっては畏怖の存在だった。
「俺は神なんか信じてない」
「願いを叶えてあげたら信じてくれる?」
「それはどうだろうな。やってみないことには分かんないだろ」
俺は、神様に挑発的に笑いかける。
「あんたのこと、俺に信じさせてみろよ。本当に神様なら、そのくらい造作もないことだろ?」
「……ふふ」
神もまた楽しそうに笑うと、俺に向かって手を伸ばしてきた。
「さぁ、目を閉じて。頭の中で願いを唱えるのよ。私がやめて良いと言うまで続けてね」
俺は言われるがままに目を閉じる。
神の手が俺の額に触れた。氷のように冷たい指先が、段々と熱を帯び始める。
俺の、願い。
ハーレムを作って、ありとあらゆる女性からモテモテになること。
じゃなくて! もっと真面目に考えろよ、俺。
ああ、クソ。こんな時に限って、神様の豊満な胸ばっか脳裏に浮かんでくる。
やり直しだ。ハーレムなんて作ろうと思えばいつでも作れるさ。知らんけど。
とにかく、願いを叶えてくれるっつうなら、壮大なことの方が良い。
願い。俺の願い。
不満ならたくさんある。
暗いし、何も聞こえねぇし、気が狂いそうなくらい退屈だし……俺の周りには誰もいない。
だから、相手が変な神様とは言え、久々に自分以外の誰かと喋ることができたのは楽しかったんだ。
この10年で、「普通」であることがいかに幸せかを知った。目が見え、声が聞こえ、喋ることができる。当たり前だと思っていたものは、失ってみれば、本当にかけがえのない存在だった。
俺は、今度こそ人生をやり直したい。ハッピーになりたい。
そのためには、前世にケリをつけなくちゃいけねぇ。
……俺は。俺の願いは。
俺を見捨てた魔王、ヴァレンティナに復讐すること。
今度は俺の方から、あんたを捨ててやるよ。




