第八話
リックは安藤に教わったやり方でキューブを操作すると、残り時間を表示させた。投影された残り時間を見るとこの洞窟を十分に探索できるだけの時間は残っていた。丈一は二人の了承を得ると、残っているであろうボスを探しに三人で歩いた。ボスはすぐに見つかった。
直進した先の竪穴を降りると広々とした空間にたどり着いた。その中央に蝙蝠と言うにはあまりに巨大な何かがいた。リックが思わず言葉を漏らす。
「ドラゴンだ…」
一番先に案を出したのはシェリーだった。
「無理よ。あんなの倒せるわけない。時間切れまで待ちましょう」
シェリーは顔面を蒼白にして言った。リックはシェリーの案に完全に同意していたが、丈一が素直にその案を受け入れるとは思えなかった。
「俺は強い。だから、あんなトカゲも倒せる。お前らは好きにしろ。逃げたきゃ逃げればいい」
案の定、好戦的な様子の丈一に、リックは呆れてものも言えなくなる。辛うじて言葉を絞り出す。
「丈一さん。あんな化け物、今の俺たちじゃ無理だ」
丈一は既に黒い羽根に覆われて光沢を放つドラゴンを見据えていた。丈一はゆっくりと歩きだす。
「なぁ、おい!」
リックが肩を掴むが弾かれる。
「少しは言うこと聞けって!」
リックの切実な叫びも丈一には届かなかった。丈一は矮小な人間などまるで興味がない様子のドラゴンに駆け出していった。丈一はその隙を見てドラゴンの両翼を掻い潜り、首に刀を突き刺す。
ドラゴンは痛みに目を見開き、いきなり暴れまわった。丈一はしっかりと刀を掴み、傷口を無理やり広げると、素早く両手を離しドラゴンから距離をとった。大型トラックが事故を起こしたような音と地響きが洞窟に伝わる。
丈一はそんな荒れ狂う状況の中でザインの言葉を思い出していた。
「お前たちはこの世界に来る途中である程度強化されている。それ以上にモンスターが強くて気づきにくいが、腕力から動体視力まで意識すればすぐに違いが分かるはずだ」
(そして、その力は窮地に陥るほど発揮される)
丈一は両翼をふりまわしながら、こちらに近づいてくる地響きに武者震いした。その目は完全にドラゴンの動きを見切っていた。
丈一はひらひらと攻撃をかわしドラゴンの足元で、思いっきり踏み込むと、一般人とは桁違いなジャンプ力でドラゴンの右目を抉った。ドラゴンは憤怒の攻撃を丈一に浴びせる。
しかし丈一は既にその動きすらを見切って着実にドラゴンにダメージを与えていった。ドラゴンは地団太を踏む。洞窟の天井からパラパラと小石が落ちた。ドラゴンはまるで宙に舞う羽を叩き潰そうとしているような気分だった。
「まじかよ…」
リックとシェリーは固唾をのんで丈一がドラゴンを追い詰めていく様子を見守った。明らかな優勢の中で、突然、丈一は意識の外から攻撃を喰らった。
その衝撃は丈一を吹き飛ばし、石礫が丈一の体を抉った。突如として吹き飛ばされた丈一にドラゴンもまた驚いていた。丈一は素早く立ち上がるが、体にダメージが残っているのは明らかだった。
丈一はドラゴンに近づくが動きを見切れず、吹き飛ばされる。それに気づいたのは遠くから観察していたリックだった。
「尻尾だ。あのドラゴンの無意識な尻尾の動きが丈一さんに当たってるんだ!」
丈一は何度も吹き飛ばされる。それでも丈一は何度も立ち上がった。リックは丈一の様子を注視していた。すると丈一の顔にはあの笑みが張り付いていたことに気が付いた。その時リックは丈一と言う存在が根本から自分と違う存在であることを理解し、初めて確かな恐れを感じた。
そして一つの確信を得た。
(こんなイカレた世界で、生き残るのは、100点をとるのは、きっとこの悪魔だ)
そして、気づいたときには駆け出していた。リックは盾を発現させると、その大きさがリックを覆うほどの大きさになっていることに気が付いた。
大きさの割に非常に軽く、リックは一抹の不安を感じたが、己の直感を信じて、大楯で丈一とドラゴンの間に割り込んだ。
受け止めたその衝撃は、リックに電車で轢かれる情景を思い出させるほどだった。それでもリックは地面に踏ん張り丈一を守り通した。
ランドルフとの練習では簡単に敗れた盾が丈一を守るときには正常に機能した。リックはやはりと思った。
(俺の【倫理の盾 C】は倫理に反する行為をするほど硬くなる。俺にとって悪魔を守るのは倫理に外れる行為だ!)
丈一はリックの介入に驚いたが、ドラゴンの動きが止まった好機を逃さなかった。丈一はドラゴンの股の下を潜り抜け、尻尾を斬り飛ばすと、そのままドラゴンの背中によじ登り、細く伸びた首に何度も刃を突き立てた。
「ギャォォォォォ!」
ドラゴンは激しく抵抗したが、出血で広場が赤いペンキを塗ったようになると、次第に大人しくなっていった。丈一はドラゴンの沈黙を感じると這ってドラゴンから離れた。けたたましい音が鳴り響き、三人はキューブに呼び戻された。
リックとシェリーが元の広場に戻ったことを確認すると、緊張の糸が解けた。三人は腰が砕けたかのように広場に座り込み、生を実感した。
丈一は自分を守るという選択をしたリックの行動の意図が汲めず、黙り込んでいた。リックが丈一に近づいた。
「俺はモンスターを殺すことも、人を殺すことも認めない。だから嬉々としてモンスターを殺すあんたを認めることもない」
丈一がリックの発言に反論しようとするが、リックはそれを遮って言った。
「でも、俺は弟のために帰らないといけない。その為だったら俺はなんだってする。それがたとえ悪魔に魂を売ることでも」
丈一はリックのこちらを射抜くような覚悟を持った眼差しに貫かれた。
「丈一さん、俺はあんたの盾になる。あんたの傍に俺を置いてくれ」
丈一は差し出されたリックの右手と、彼のどこまでもまっすぐな瞳に気圧された。それでもドラゴンの攻撃を防いで見せたリックの行動になによりの誠意を感じて、リックと握手を交わした。
「俺の盾を気取るなら、それ相応の地獄を見てもらうぞ」
丈一はおどけて言う。
「望むところだ」
リックと丈一の固い握手を見て、シェリーが不貞腐れたように言う。
「あなたたち、今日私がいなかったら何回死んでると思ってるの」
不貞腐れるシェリーを見てリックは慌てて取り繕った。
「もちろんシェリーさんを守るのは変わらないよ!」
シェリーは慌てふためくリックを見てプッと笑う。
「冗談よ。二人が良い関係になってくれて嬉しいわ」
和やかな雰囲気が辺りを漂うと、丈一はキューブに触れた。
キューブに宙に浮いたまま映像を投射する。
【生存】
丈一 48点
リック 12点
シェリー 0点
【死亡】
なし
100点報酬
死者を復活させる。
新しい力を得る。
元の世界に戻る。
シェリーは自分の名前の隣にある0点という文字をなぞり肩を落とす。
「わかってはいたけれど、0点というのは辛いものね」
リックは初めて得たポイントの功罪を知りながらも、悪魔との契約料だと割り切ることにした。丈一がシェリーの様子を見て、提案を持ち掛けた。
「なぁ、シェリー。今回のポイントなんだが、俺と折半しないか?」
丈一がキューブを弄ると次のような画面が出た。
丈一の19点をシェリーに譲渡しますか?
シェリーはその画面を見ると慌てて、それを取り消した。シェリーは怒った様子で丈一に詰め寄る。
「あなた、何考えてるの!?ポイントに一番こだわってたのはあなたでしょう!?」
丈一は答えた。
「あぁ、もちろん。ポイントは欲しいが、それよりも俺はフェアに行きたい。さっきシェリーが言ったみたいに俺はシェリーの回復がなければ何度も死んでる。貢献に対する対価だ」
シェリーはその言葉を受け取ると、黙考したが、小さく首を振った。
「それでも駄目よ。受け取れないわ」
丈一が重ねて言葉を紡ごうとするのをシェリーは抑えた。
「今はポイントを分散させるべきではないと私は思う。だから心配しないで頂戴」
丈一はシェリーの判断を尊重した。三人はキューブを操作し廃村に戻ると出迎えてきたザインたちとの会話も早々に斬り上げて泥のように眠った。