第六話
草原を撫ぜた一陣の風が丈一の下にたどり着くと、丈一は再び意識を取り戻した。目の前には二人の男が立っていた。丈一が辺りを見回すと、そこは廃村のようだった。背の高い方の男が、口を開く。
「ランドルフ!よく無事に帰ってきた!それに三人も!」
ランドルフはそれを聞き、片手をあげて答える。
「あぁ。だがファームは駄目だった」
男は目を伏せて、ファームの死を悼む。背の低い方の男が特徴的などもり方で丈一たちに呼びかけた。
「お、お疲れ様。みんなよく無事に生き残れたね。きょうはもう寝た方がいい」
男はそう言って、丈一たちをそれぞれの宿に連れて行った。丈一たちはそれに素直に従った。日常から大きく乖離した状況とあの場に充満していた死の気配から逃れるためか、身体は安らぎを求めていた。
次の日、丈一は日が昇る前に目を覚ました。昨日深夜に寝て、早朝に目覚めたのなら数時間ほどしか眠らなかったようだ。それでも熟眠感はしっかりあり、一度起きると目がすっかり冴えてしまった。
丈一は窓から朝日が昇る様子をしばらく眺めていたが、ふと思い立って外に出た。朝日が廃れた村に染み渡り始めた時、丈一は昨日宿に連れてきた男が村の中心にいることに気づいた。
その男はキューブとパソコンを黒いケーブルでつなぎ、なにやら忙しくパソコンを叩いていた。その男は黒い髪の毛が自由に捻転するのをそのままにしていて、それはどこか鳥の巣を連想させた。丸い眼鏡を高い鼻にのせている。
男は丈一に気が付くと、タイピングする手を止めて丈一に向き直った。
「お、おはよう。ずいぶん早いね」
丈一は挨拶を返すと、すぐさまパソコンに繋がれたキューブに興味を持った。丈一がケーブルをちょこんとつまみ尋ねる。
「これをキューブにつないで何をしていたんだ?」
男は答えた。
「こ、これかい?これで今キューブの解析をしているんだ」
「キューブの解析?そんなことができるのか…」
丈一は深く感心すると、まだ名乗っていないことに気が付いた。
「俺は丈一。あんたは?」
「ぼ、ぼくは安藤。これからよろしくね」
二人は握手を結び、昨日のことやキューブについて話し合った。
「キューブの解析って何が分かるんだ?」
「キ、キューブは神の御業を超えた存在なんだ。解析って言ってもキューブの1%も分かってないよ」
神を超えた存在。キューブがこの世界の謎の中心にあることを丈一は安藤との会話を通じて理解した。
「ぼ、僕の初期ガチャは【パソコン E】でね。最初は絶望したよ。あぁ、初期ガチャって分からないか」
「いや、わかる。俺は【名前を失った刀 B】だった」
「な、名前を失った刀?。聞いたことがないな...。まぁ、細かいことはみんなの前で後で話そう。そろそろみんな起きるころだね」
安藤はそういうと、リック、シェリーを集め、三人を村の集会所に連れて行った。
集会所では昨日の男とランドルフがすでに座っていた。リック、丈一、シェリー、安藤が席に着くと、男が口火を切った。
「諸君。まずはハッピーバースデー。俺の名前はザイン。よろしくな」
シェリーが眉を顰める。
「いったい誰の誕生日なの?」
「当然、君たちだ」
男は黒髪をオールバックにしていて、その目は鋭利に開いていた。自信の表れか、わずかに顎を上げて喋る様子は、どこか人を小馬鹿にしているようにも見えた。リックは朝から押し黙っていた口を開く。
「ハッピーバースデーだか、勇者一行だか知らねぇけど、知ってることは全部話してもらう」
ザインは鷹揚に頷いた。
「もちろんだ。だが、まず受け止めてもらいたいのが、君たちはすでに死んでいるということだ。その証拠に君たちはメシを食う必要も、寝る必要も、排泄も必要ない身体になっている。もちろん大半の参加者はストレスを軽減するために寝たりしているが、生きていく分には非常に便利な体になっている」
丈一はそれを静かに受け止めた。丈一が横目で見ると、シェリーは丈一の予想よりも素直にその事実を受け入れているようだったが、案の定リックは狼狽している。リックが吐き捨てるように言った。
「なんだ?じゃあここは地獄か何かなのか?」
ザインは鼻で笑い、言った。
「あながち間違っていない。ただ地獄の中でも現世に帰れる蜘蛛の糸が垂れた地獄だ。100点報酬は見ただろう?帰りたければモンスターを倒して100点をとることだ」
リックが声のトーンを落としてザインに問う。
「モンスターっていうのはなんだ?」
それに安藤が答えた。
「モ、モンスターっていうのは魔界から来る敵の兵隊だね」
リックは安藤の言葉を咀嚼すると、自分でその意味を再確認するかのように言葉をひねり出した。
「帰るためには殺さないといけない…」
シェリーがたおやかに手を挙げて質問する。
「ミッションって何?」
ザインが端的に答える。
「ミッションはランダムな周期で招集されて、指定されたモンスターを倒す任務だ。ミッションにはランクがあってA、B、C、D、Eの順番で強い」
「失敗したらどうなるの?」
順番といった様子でランドルフが答えた。
「一回目は全ポイント没収。連続で二回はデスペナルティーだ」
ザインがシェリーの質問に付け加える。
「目的は何か?それは魔王を倒すことだ」
ザインは口元を綻ばせながら面々に告げた。丈一はシェリーやリックの質問が終わるのを待っていた。シェリーとリックが険しい顔をして黙り込んだのを確認すると、丈一は内に秘めた興奮が表出しないように最大限注意しながら、質問した。
「あんたらのステータスを教えてくれないか?」
「も、もちろん。僕の名前は安藤。武器は【パソコン E】だけだよ。ポイントは35点」
「俺の名前はランドルフ。武器は【新緑の槍 C】だ。ポイントは43点。安藤をついに抜いたな」
安藤はそれを聞いて、ランドルフの上昇志向を好ましく思いながら、少し笑った。
「最後は俺ことザインだ。職業は【勇者 A】のみだ。ポイントは83点。以上の三人が勇者一行だ」
丈一はザインの職業【勇者】を聞いて天地が揺れるような激しい動揺を感じた。それは自身が主人公だと思っていた劇を全く知らない余所者が急にやってきて、主人公の座を奪ってしまったかのような、自分だけの玉座を無理やり簒奪されたかのような、居心地の悪さだった。
(勇者なんて、見るからに主人公キャラじゃないか…。これじゃあまるで俺がその他大勢みたいだ)
ザインが丈一たちに次はお前たちの番だと促した。丈一は舌打ちをして自身の不機嫌さと失望を露にしながら余計なことは語らずに答える。
「俺は丈一。スキルは【怜悧な直感 C】。武器は【名前を失った刀 B】だ」
リックは何か思いつめたような顔をしていたが、丈一が答えると重々しく口を開いた。
「俺はリック。【ブレイブハート D】と、【倫理の盾 C】」
シェリーが続ける。
「シェリー。【光輪 A】よ」
安藤が驚く。パソコンを叩き、とある画面を表示してザインに見せた。ザインは目を見開く。
「【光輪 A】。回復スキルじゃないか!」
ザインは喜色を浮かべる。ランドルフがその様子を見て釘刺すようにザインを戒めた。
「ザイン。どんなに優秀なスキルでも二回目で九割死ぬんだ。あまり期待するなよ」
ザインは咳払いして答える。
「ああ。そうだな。諸君、そういうことだ。頑張れよ」
ザインはそういって席を立ち、ランドルフを連れて外に出た。
「ち、ちょっと!ザインどこ行くんだい?」
「あとは安藤デジタル大臣にまかせた。諸君生活に必要なものは大体キューブから無料で手に入るから活用するように。以上」
残された安藤はぶつぶつと文句を言いながらも、三人に笑顔で話しかけた。
「に、二回目で九割が死ぬけど、三回目の生存率は五割だよ、ってフォローになってないか」
安藤は頭を掻いた。リックは相変わらず黙り込んでいる。その様子を見たシェリーが呆れながら言う。
「私たちはまずその二回目を生き残ることだけを考えろってわけね。分かった?リック」
リックは不意を突かれて驚いた。シェリーの言葉を遅れて理解すると、はっと顔を上げた。そして気まずそうに丈一を見ると口を開いた。
「悪かったよ…丈一さん。どうやらあんたは正しかったらしい…」
「別に気にしてない」
丈一の言葉にリックは見るからに落ち込む。
「気にしてない、か」
シェリーがむりやり男二人の手を引いて握手させた。
「はい。これで仲直りね」
リックは丈一の手を握り、丈一の目をまっすぐ見つめながら言う。
「それでも、俺はモンスターを殺すことは肯定できない」
丈一はリックの目をみながら言う。
「どうでもいい」
リックは怒りで顔を赤くし、丈一に殴りかかった。丈一は二回目の対リック戦にうんざりしながら素早く刀を鞘ごと実体化させ、リックの喉をついた。椅子をなぎ倒しながら尻もちをつく。
「丈一さん!」
シェリーはリックに駆け寄り、スキルでリックの喉元を治療すると、丈一を責めるように言った。丈一は反論する。
「殴りかかってきたのはリックだろ」
安藤が手を額に当て、あちゃーといいながら、リックに言う。
「い、今のは丈一君が悪いよ。リスペクトがなさすぎだね」
丈一は自分を非難する雰囲気を察し、しょうがないので謝罪した。
「悪かったリック」
そういって差し伸べた手をリックは弾いた。
「どうでもいい。それがあんたの本音だろ」
そういって丈一を睨みつけるリックに安藤が言う。
「り、リック君は元の世界に戻りたいんだろ?」
リックがいきりたった。
「もちろんだ!俺には地球に残してきた弟がいる」
「じ、じゃあモンスターを倒さずにどうやって帰るんだい?」
そういうとリックは詰まりながら答える。
「そ、それは、なにか他の道が…」
「り、リック君。君はこのままだったら確実に死ぬよ」
丈一はそのやり取りを興味なさげに見届けると、刀を持って集会所の外に出た。誰も丈一を止める者はいなかった。
外は気持ちの良い青空が広がっていた。異世界でも空は気持ち良く青いんだなと丈一は感心した。丈一は高台に上り、辺りに広がる草原を見渡していると、草原の奥から運ばれてきた新しい風が届いた。
丈一は村の空き地で訓練しているランドルフとザインを見つけた。丈一はそのまま空地へ足を運んだ。ザインは丈一に気づき、剣を光に包んで霧散させた。
ランドルフが丈一に気づかず、槍を振り回していると、丈一はそれを何でもないように避けた。ザインがそれを見て少し笑う。
「ランドルフ!丈一に今躱されたぞ」
ランドルフはすぐさま丈一に気が付くと、槍を構えた。
「生意気な奴め、分かってて飛び込んできやがったな。構えろ」
丈一は不敵に笑うと、刀を取り出す。
「ランドルフ、悪いが俺はザインの方に興味があってな」
「ぬかせ、まずは俺からだ」
ランドルフは一閃、突きを丈一に放つ。手心を加えていない一撃に丈一は内心冷や汗をかきながらも、避ける。丈一はリーチの差に手こずりながらも、槍を弾き、ランドルフに肉薄する。
ランドルフは距離を詰められて、苦し気な様子を見せた。その隙を見逃さず丈一は鞘をつけたままの刀でランドルフの脳天目掛けて振りあげた。が、その刹那、ランドルフが微かに笑った。
「ウィンドブースト!」
ランドルフがそう言い放つと、ランドルフの槍が翡翠色に仄かに発光をした。発光した槍は高速でランドルフの手から離れると丈一の振り上げられた刀を弾き飛ばした。
丈一は槍の突然の動きに虚を突かれ刀を手放してしまう。ランドルフはすぐさま格闘戦に切り替えて、丈一を殴りつけた。
強烈な一撃を頬に喰らった丈一は意識を失いかけるも、歯をくいしばって耐えた。丈一が口内の血を吐き捨てながら言う。
「【新緑の槍 C】。槍の速度にブーストをかけることができる能力ってとこか」
ランドルフは愉快そうに笑うと槍を形成し、構えなおした。
「正解だ。手加減として初撃にブーストかけるのはやめておいたぞ」
ザインがツッコむ。
「いや、それしたら丈一が死ぬだろ」
「構わない。初見殺しだろうがなんだろうが、なんだって来い。それで死んだらそこまでだ」
ランドルフは丈一の覚悟を聞いてほんの少し身が竦んだ。丈一の言葉にはその言葉が本気であるという確かな覚悟があった。ザインはランドルフの様子を見咎めて交代を申し出た。
「理不尽さでいったら俺の方が上だろう」
ザインはそういうと剣を構え丈一に正対した。丈一も嬉々として刀を鞘付きで構える。丈一は先ほどとは違い相手の様子を観察した。ザインの職業は【勇者 A】。能力の検討がつかない。その様子を見ていたザインが口を開く。
「刀を抜け、丈一。俺の【勇者 A】は勇者っぽいことが大抵できる」
丈一はその言葉を聞くと抜刀し直感に従い、ザインに斬りかかった。ザインがその判断に驚きながら、バックステップで距離をとる。丈一は執拗に距離を詰めた。ザインは涼しげな顔でそれをさばき、呟いた。
「未知の能力に対して前に出れるのは良いことだ。だが…」
ザインは丈一に足払いをし、尻もちをつく丈一に剣を突きつけた。
「基礎がなってない。俺の勇者っぽい剣技を出すまでもないな」
丈一はそれでも諦めず、突きつけられた剣で頬を裂きながらもザインに一撃を浴びせようとした。ザインはそれを見て、丈一の諦めの悪さに好感を得ながらも、ここで彼我の実力差を見せることを決意した。
ザインは下から這うように迫る丈一の一撃を片手で受け止め、もう片方の手を剣を手放すことで自由にすると、意識を集中させ唱えた。
「ファイア」
そう唱えるとザインの手からサッカーボールほどの火の玉が丈一に向かって、飛び出す。丈一は顔面を炎で包んだ。丈一がまばゆい光と皮膚が焦げる匂いを感じた瞬間、炎は忽ち消えた。ザインが指を弾いて、火を消したようだ。
ザインは丈一の顔に手を当てると再び唱えた。
「ヒール」
暖かな光が丈一の顔に集まると損傷した箇所がゆっくりと治っていった。ランドルフが誇らしげにそれを眺める。
「ザインは魔法を使って敵を丸焼きにすることもできれば、ヒールを使って味方の回復もできる。それだけじゃない。まだまだ勇者っぽいことはいくらでもできる。まさに主人公にうってつけのジョブだな」
丈一はランドルフの言葉を聞いて優越感に浸るザインをみて憎しみに近い感情でザインを睨んだ。丈一は元々自分に用意されていた居場所をむりやり奪われたような感覚に陥っていた。
それは丈一のアイデンティティ、否、その存在自体を脅かすものだった。丈一はそれと同時になぜ自分にこのような感情が湧き出ているのか疑問に思ったが、それはすぐさまザインへの憎悪に塗り替えられた。
「この世界が物語だとしたら、主人公は俺だ。悔しかったら強くなることだな」
ザインはそんな様子の丈一を見ると鼻で笑った。
(この物語の主人公はお前じゃない俺だ!)
丈一は目でザインに向かって強く主張する。丈一は奥歯を噛み締める。怨嗟を放つように言い返した。
「言われなくとも」
丈一は強く刀を握りしめた。それから次のミッションまで、丈一、シェリー、リックは鍛え抜かれた。丈一はザインに噛みつき、リックはランドルフに転がされ、シェリーはひたすら走らされた。その中でも特に苦戦していたのはリックだった。ランドルフが吠える。
「どうした!そのしょぼい盾壊されたらもう終わりか」
地面に転がるリックに罵声を浴びせる。
「この役立たず!どうした!もう立てないか!今日はもう帰ってぐーすか寝るか!?あぁ!?」
リックが地面から起き上がりながら悪態をつく。
「クソッ…」
ランドルフはふらふらと立ち上がるリックを見て、苛立ちを隠さずにリックをなじった。
「ポテンシャルは悪くねぇから、その盾が駄目だ。脆過ぎる。Cなら何か能力があるだろ。【倫理の盾 C】の能力は?」
リックは割れた盾を再形成しながら、答える。
「こいつの能力は自分の倫理に反する行為をすると硬くなる能力だ。正直言って訳が分からねぇ。この盾で自分や人を守ろうとすると、倫理に則ることになるから、盾が脆くなる」
ランドルフは深いため息を吐く。
「リック。考えろ。どれだけ呪ってもツキは変わらない。安藤だって初期ガチャがEでもミッションを何回もクリアしている」
リックは盾を注視しながら考える。自分にとって倫理に反する行いとは、自分が恥ずべき行いとは何だ。答えは出ないまま、何度も夜が過ぎた。
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