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アスタナ、崩壊  作者: サムライソード
勇者誕生
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第四話

 丈一は何匹目かの亜人、否、ゴブリンにとどめを刺すところだった。丈一は道に転がるその死体をゴブリンと呼ぶことにした。それは亜人というにはあまりにも浅慮で自制がなかったからだ。


 ゴブリンは丸腰で一人の丈一を見つけると喜び勇んで突撃し、その錆びたナイフを振りかざした。粗末なものは、太い木の枝をこん棒のように振り回し、丈一にとびかかった。


 丈一はそのすべてを実体化させた刀で斬り裂いた。何度か血の華を咲かせると丈一はすぐに一太刀でゴブリンを制することが可能になった。


 さきほど襲い掛かかってきたゴブリンの集団も丈一はスムーズに駆逐した。二匹同時に襲い掛かかってきた場合は片方を蹴り飛ばし、一対一を作る。


 ゴブリンに刃を立てる時、丈一は何故かまな板の上の魚の頭を強めの力で落とすさまを思い浮かべた。


 丈一は道の先を見据えた。そこには濃く立ち込める紫の煙が丈一の行く手を阻んでいた。丈一が追っていた先導者の痕跡も煙を避けて道を外れ鬱蒼とした森の中に続いていた。


 丈一は少し考えた。今、丈一がゴブリンたちを蹴散らせているのは、道の見通しの良さのおかげに他ならなかった。森の中は夜の闇を湛えていた。


 一人で森を突っ切るよりは引き返して、広場から伸びていた丈一が進んだ道とは逆方向の道を進んだ方が戦略的だ。


 そう丈一が考えた時、来た道の奥から学生服の男、リックが走ってくるのが見えた。ただならぬリックの様子に丈一は刀を下ろし、刀を燐光へと変えて、駆け寄った。


 すると、リックは息を切らしながら、丈一の様子を確認すると、丈一に言った。


「丈一さん!大丈夫か?服が血まみれじゃないか」


 丈一は返り血を浴びることに慣れ過ぎて服を真っ赤に染めていたことを指摘されるまで忘れていた。丈一は適当に片手をあげて大丈夫だと答えるとリックの顔が青ざめていることに気が付いた。


「そっちこそ大丈夫か?顔色がどうも変だぞ」


 リックは答える。


「あぁ、道に大量の子供の死体があったんだ。おそらくモンスターの仕業なんだろうな。そうだ!丈一さん。ヘンゼルが危険なモンスターに丈一さんがやられてるって言ってたけど、そいつは今どこにいる!?」


「危険なモンスター?別に危険な奴は特にいなかったし、ヘンゼルなら途中で広場に戻るっていったきり知らないぞ?」


 丈一は大量の子供の死体と聞いて心当たりがなかった為、少し疑問に思ったが、それよりもヘンゼルの動向を不穏に感じた。リックは顎まで伝った汗を不快そうに拭いた。


「どういうことだ?ヘンゼルが嘘ついたってことか?何のために?」


「分からないが、もしその危険なモンスターとやらがいるなら、今はここよりも広場の方が危ないんじゃないか?」


「なんでそう思うんだ?」


 丈一は自分の思考をリックに開示した。


「広場から俺がいた場所までそんなに距離離れてなかっただろ?俺は直感で、広場を中心にしてプレイエリアは広がってると思っていたんだが、さっきエリアの端までいって観察してみたら、やっぱり紫の煙は円に沿う形で立ち込めていた。つまり、円の半径を広場からここまでだとすると、プレイエリアは思いのほか小さいことになる。それか広場が円の中心じゃないのか。その場合、森の奥はここと逆方向の道に繋がっているのかもしれない。分かるか?円が楕円だったって言うことだ。他にはプレイエリアがぐにゃぐにゃな場合も考えられる。その場合ーーー」


 リックは表情を硬直させている。


「...すまない。分からないか。とにかくこっちよりあっちのほうがモンスターはいる可能性高そうだなって思っただけだ」


 リックは頭にはてなを浮かべながら聞いていたが、今までの丈一の行動を加味し、丈一のことを信じて広場に戻ることを決めた。


 リックは広場に戻る途中凄惨な死体を見るたびに吐きそうになっていた。五人の死体の冥福を祈りながら、広場に戻ると、リックの目に飛び込んだのはこの短時間で見慣れた死体だった。


 サラリーマンはうずくまって臓腑をこぼし絶命していた。その先ではヘンゼルがシェリーの服を裂いていた。ヘンゼルは舌打ちした。


「おいおいおい。早すぎるだろ。まだ準備中なんだが」


 丈一はシェリーの首元に添えられたナイフと斬り裂かれた着衣を見て、状況をすぐに理解した。そしてピクリとも動かないシェリーを見て、到着が遅れたことを悟った。


 丈一は刀を宙から抜くと、ヘンゼルに向かっていった。ヘンゼルは慌ててナイフをシェリーの首元に押し当てる。


「止まれ!こいつはまだ生きてるぞ!」


 丈一は足を止めると、シェリーに外傷がないことに気づいた。そしてシェリーのわずかな呼吸を感じ取った。


 リックは目の前の死体とヘンゼルの言動にサラリーマンはヘンゼルによって殺され、シェリーがその身を脅かされていることにようやく気づき、叫んだ。


「シェリーさんを離せ!ゲス野郎!」


 丈一が詰め寄ろうとするリックを制した。ヘンゼルは血に染まった丈一を見て顔をゆがめる。


「丈一さん。ずいぶん景気のいい格好してるじゃねぇか。何匹殺ったんだ?」


 丈一はヘンゼルを極力刺激しないように、落ち着いた声で答えた。


「さぁ。数えてないが五匹くらいじゃないか?」


 リックはその答えを聞いて、今まで目を背けてきた事実に直面することになった。道に倒れていた五人の子供の死体。丈一の血まみれな服。そして手に持っている鋭利な刀。


「あの子供たちを殺したのはお前だったのか!」


 リックは激昂して、丈一の胸ぐらを掴みがかった。丈一は困惑しながらも抵抗した。


「いや!子どもなんか殺してないぞ。俺が殺したのはゴブリンだけだ」

 

 ヘンゼルがそれを聞いて笑う。


「ははっ!いいぞいいぞ。丈一さんはな、相手が子供だろうが何だろうが、モンスターなら殺せちまうんだ」


 丈一は内心焦りながら、リックの相手をする。殴りかかってくるリックをなんとか捌きながら、鞘のついた刀でリックの鎖骨を叩きつけると、リックは痛みに怯んで蹲った。


 骨を折った感触がした。ヘンゼルは機嫌よさげに口笛を吹いた。


「さすが!丈一さん。あんたは紛れもなくこっち側だよ!俺もあんたの真似して殺ってみたけど、案外あっけなかったわ!」


 丈一はそういいながらシェリーの身体を弄るヘンゼルに刀を向けた。ヘンゼルはおどけて言う。


「そうだ、丈一さん!二人でやっちまおうぜ!まさかそれだけ殺しといて女一人に躊躇しねえよな」


 リックは蹲りながら声を絞り出す。


「ま、まて!やめろ!」


 リックは最悪の状況をイメージする。シリアルキラーと強姦魔が手を組んだら、間違いなく自分もシェリーも生きて帰ることは叶わなくなるだろう。


 そう考えたリックは丈一の顏を縋るように覗き見た。丈一はゆっくりと刀を挙げた。リックの中でこの短時間で五人も殺した丈一ならこの誘いに乗りかねないという疑念が確信に変わった。丈一は口を開く。


「生憎、アンチヒーローものは嫌いでね」


 そういうと丈一は両手を上げて降参のポーズをとった。リックとヘンゼルは予想を外れて、他者を守る選択をした丈一に呆気をとられた。ヘンゼルが興味深そうに言う。


「へぇ。あんたそういうキャラなんだ」


 丈一はヘンゼル、そしてその先のものを見据えると、ヘンゼルに呼びかけた。


「ヘンゼル、俺とリックがなんでこんなに早く戻ってこれたか分かるか?」


 ヘンゼルは確かにそのことが気になっていた。丈一と別れたヘンゼルはてっきり丈一は森の奥へと姿を消し、それを追ったリックも森の奥へと消えたと考えていた。


 しかし、実際はヘンゼルがシェリーに手を出す寸前で戻ってきた。考え込むヘンゼルに丈一はすぐさまその答えを明かした。


「道の先がすぐに紫の煙で塞がれたんだ。お前と別れて適当にゴブリンを殺してたらな」


 ヘンゼルは拍子抜けした様子で言った。


「なんだ、だからすぐ戻ってこれたのか。ついてねぇな」


 そして、と言いながら丈一は何かに気づき激しく動揺するリックを隠すためにリックに手を貸すふりをする。


「これはさっき言ったことだが、すぐに道が塞がれた理由はプレイエリアが俺の直感よりも小さいだけか、それか広場を中心とした円が楕円になっていて、森の奥がちょうど逆側、ヘンゼルのほうになっているかどっちかだと俺は考えている」


 ヘンゼルが急に声を張り上げ、語りだした丈一に警戒心を高める。


「プレイエリア?森の奥?それが一体何だってんだ?」


 丈一はリックをむりやり立たせると、もう一度刀を構えた。


「別に、この会話に意味はない。ただ危険なモンスターっていうのは大抵森の奥から現れるもんだろ?」


 ヘンゼルは背後から聞こえる足音に反応が遅れた。振り返るとそこには体長二メートルはありそうな緑色の肌をした大男が立っていた。


 やられたとヘンゼルは思った。丈一はこいつの存在を隠すためにペラペラ喋っていたのか。


 ヘンゼルは先手を取ることを選んだ。シェリーを地面に転がしナイフで大男の腹部を突き刺した。ヘンゼルは確かな手ごたえを元にナイフを横に薙ごうとしたが、それは叶わなかった。


 鋼のような筋肉がナイフを固めていたのだ。ヘンゼルが大男の無反応さに驚き反射的にその顔を見た。そこには憤怒の色に染まった形相が浮かび上がっていた。ヘンゼルはナイフを手放しあとずさる。


「ははっ。化物...」


 大男はナイフが刺さったまま、ストレッチするかのように、肩甲骨をよせて両手を開いた。両手を広げた大男の大きさは平均的な人のサイズを優に超えており、見る者に威圧感を与える威嚇だった。


 しかしその一秒後、それがただの威嚇ではないことが分かる。丈一は風を切る音が聞こえたのとほぼ同時に何かがはじける音が聞こえた。


 その音はヘンゼル、否、ヘンゼルだったものから出た音だった。ヘンゼルの頭部は果物が潰されたように原型を失っており、ヘンゼルは糸が切れたように地面に倒れた。大男は大きく拍手をするようにありえないスピードでヘンゼルの頭部を叩いたのだった。


 丈一は刀を抜いた。


(刺突は効いていないのか?どうも頑丈そうだな。ホブゴブリンといったところか)


 ホブゴブリンは寝転がっているシェリーには、興味を示さず、足でヘンゼルの死体をどかすとまっすぐ丈一に向かっていった。


 リックが苦しげな顔をしながら丈一の肩を掴む。その手には片手で扱えそうなくらいの大きさの盾が握られていた。リックが丈一の前に出る。


「あんたは逃げろ…。あの大男は俺が食い止める…」


「ふざけるな。リック、お前こそ下がっていろ」


 リックが盾を掲げるとホブゴブリンは走り出した。ホブゴブリンは拳を振り上げ勢いをつけてリックを盾ごと殴り飛ばした。リックの盾はあっけなく砕け散り、リックは地面に転がされた。


 丈一は拳を振りぬいたホブゴブリンの首筋に刀を合わせて振り切った。しかし刀は頸椎を断つ前にその分厚い筋肉に挟まれて止まった。ホブゴブリンは首で挟んでいる刀を顎で振って丈一ごと引っ張ると、体制を崩した丈一の脇腹を怪力で殴りつけた。


「ゴホッ!」


 丈一は思わず声を漏らす。片膝をついた丈一は吐血した。地面が大きく揺らいだように丈一は感じた。ホブゴブリンは首を横に少し傾けて刀を挟みながら丈一の頭を掴む。


 丈一はあまりの痛みに抵抗できないまま、身体を宙に持っていかれた。ホブゴブリンは丈一を持ち上げると、丈一の血に染まった服を見て、涙を流した。


「ガァァァ!!オマエガ!!!オマエガ!!」


 ホブゴブリンは唾を飛ばし、丈一に咆哮をぶつける。丈一はその隙をついて刀を奪い返すと両手で柄を掴み、ホブゴブリンの怒りで隆起した太い動脈らしきものを斬り裂いた。


 火事場の馬鹿力か、元々の刀の持っていた力が表出したのか、それが決定打となった。ホブゴブリンは丈一を離し、首元を抑えて、地面に崩れ落ちた。


 勢いよく漏れ出る鮮やかな赤色で緑色の体色が染め上がるころ、ホブゴブリンは動かなくなった。キューブからアラームのようなけたたましい音が鳴ったのを丈一は沈む意識の中、目を閉じて聞いていた。


 シェリー、リック、丈一の三人が広場の中央に転移させられた。


 意識を取り戻した時、丈一の目の前にはキューブが浮かび上がっていた。左右を見渡すとリックとシェリーが同じような顔をしていた。それはまるで悪夢から目覚めたかのような顔つきだった。


 二人は丈一同様、互いの顔を見合わせると、悪夢が終わっていなかったことに気が付く。突如として目の前に騎士の鎧をまとった男が現れた。男は三人の顔をみて、満足げに頷くと言った。


「3人も残ったのか!上出来だな!」

読んでくださりありがとうございます。


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