第三十話
丈一は黒いキューブから黒い箱を取り出した。箱の中には黒いオーブが入っていた。そのオーブは抵抗なく丈一の胸に吸収される。丈一はステータスを確認した。
ステータス【聖人】
職業 なし
スキル 【◆◆化 0%】
武器 【白刀 A】
魔法 なし
丈一は様子のおかしいスキルの記載に、反射的に外れを引いたと思った。丈一は【◆◆化 0%】の詳細を手短に確認する。
「魔神クロノスが空条丈一に与えたスキル。使用するたびにパーセンテージが上昇し、◆◆に近づく。引き換えに魔力を得る」
丈一はそれを見て、迷いなくスキルの使用を決断した。丈一の体から、黒いオーラが出てゆらゆらと揺れる。喪服の男たちの間に衝撃が走る。ヴラドが言葉を漏らす。
「お前、それは魔力…なのか…?」
スキルのパーセンテージが0%から1%に上昇した。丈一の心臓が強く脈打つ。丈一は新しい力の使い方をすぐに理解した。
操作方法は同じで、燃料だけが変わったようだと丈一は感じた。源力のように魔力を入れる器のようなものがないため、常に魔力は外に垂れ流される。丈一はあふれ出る魔力を身体強化に変える。襲い掛かってくる喪服の一人を刀の柄で殴ると、豆腐を潰したみたいにぐちゃぐちゃになって喪服は死んだ。
「やべぇ!わけわかんねぇけど、魔力を使ってやがる!」
丈一は刀で敵を斬った。敵が斜めに両断される。しかし、手ごたえがなさ過ぎて、逆に使いづらい。どうやらこの魔力という燃料はエネルギー効率が源力と比べてずっと良いらしい。
「ヴラド!ボスが居ねぇけどいいよな?」
「ああ。非常事態だ。使え!」
ヴラドを除く四人が魔力を使用する。目尻が上がり、口は三日月の様に避ける。男たちの目は夜の闇に光り、スーツを裂いて羽のようなものが生える。
「サルが魔力を使ったところで、所詮その程度だろ!?お前には魔人特有の強靭な体がない!貧弱なサルに生まれたことを後悔しろ!」
男たちが口を開いて、超音波を丈一に浴びせる。丈一はそれを魔力で防ぐが、見る見るうちに防御が削られていく。スキルはそれに合わせてパーセンテージを1%から5%に上昇させる。丈一の魔力が補充された。丈一は絶え間なく溢れていく魔力を身体強化に回していく。
しかし、肉体は与えられた過剰な力に悲鳴を上げ始める。白刀がその様子を見て、丈一に言った。
『トチ狂っても、私に魔力を注入するなよ。それは機械に電池がないからと言って火で機械を動かそうとするのと同じだからな』
丈一はあふれ出す魔力を持て余した。喪服の男たちは蝙蝠の魔物に変身することで魔力の出力先を得ている。男に言われた通り、丈一には出力先がない。心臓が激しく拍動する。丈一はたまらず胸を押さえた。丈一はその時、違和感を覚えた。
触られる感触がない部分がある。それに気づき、胸のあたりを見ると、ちょうど心臓の辺りにビー玉程度の穴が開いていた。恐る恐る手を入れてみると、心臓を通過して、背中側まで貫通した。心臓は今も鼓動を続けている。丈一は超音波によって追い詰められているにもかかわらず、場違いな感想が浮かんだ。
「この穴はもう完全に虚だな…」
丈一はそこから着想を得た。手を銃の形にして魔力を指先に集める。拡散していく魔力を抑えるためには両手では足りなかった。その時丈一はあっさりと自分が人の形をとることを辞めた。魔力は丈一の体内を駆け巡り、丈一の細胞を変化させる。左腕の手首より少し下に小さな紫の凸が表と裏の位置に二つできた。
それらは魔力を吸い上げると急速に成長して、前腕の三分の一ほどの長さに成長すると、指先に魔力を集中させ、与えられた魔力を紫のおどろおどろしいビー玉に変えた。丈一は願いを込めて、左手を構え直し、放つ。
「ゼロ・リターン」
放たれたビー玉は高速で敵に到達すると、魔獣の姿になった四人の前で爆発した。それは非常にコンパクトで静かな爆発だった。爆弾は男たちのうち一人を飲み込み、その男がいた場所に黒い液体だけを残した。それ以外は跡形も残らなかった。
ヴラドが一瞬で死んだ仲間の跡を信じられないものを見る目で見た。魔獣になった男たちが恐怖に怯える。
「やべぇ!ヴラド!ズラかるぞ!」
丈一は逃げ出す男を何人か斬り飛ばした。男たちはキューブに飛び込んでいく。残っていたのはヴラドのみだった。ヴラドは憤怒の形相に顔つきを変えた。
「貴様の名は…?」
ヴラドは人の姿のまま魔力を体に込めた。力任せな攻撃が通用しないことを悟ったからだ。ヴラドは怒りを強引に心の奥へと押し込むと、丈一に名を聞いた。
「丈一。空条丈一だ。お前は?」
「ヴラドだ。お前が殺したヴァンの兄だ」
二人は短く言葉を交わすと刀を構えた。二人にとって、それ以上の情報は不要だった。二人の刃が交差する。レベルの差は歴然だった。ヴラドは刀ごと、胸を斜めに斬られていた。ヴラドが地面に倒れこむ。丈一は刀を収めた。
ヴラドの息は残しておいた。ヴラドが呻く。
「丈一…。なぜだ、なぜ手を抜いた?」
丈一自身もなぜヴラドを生かしておいたのか理解できなかった。安藤を殺され、クラウディアを殺され、
復讐のための機械になったつもりだった。
「…こ、殺せ!」
丈一はその言葉を聞いてふと思い当たったことをそのまま口に出した。
「確かめてみたかったんだ…」
「…?」
「ヴラド、お前の死に際のセリフが弟とおなじかどうかをな」
ヴラドは一瞬置いて、丈一の言葉を理解すると激しく怒った。
「丈一、俺がお前を殺すーーー」
ヴラドは言い切る前にキューブによって強制転移させられた。残されたのはサイレントと丈一だった。丈
一は自虐気味に笑った。
「残されたのがこの二人だとはな」
サイレントは無言で納屋に入ると、スコップをもって穴を掘り始めた。丈一はそれを見て小さく頷く。
「そうだよな…。このままだと可哀そうだ」
丈一はクラウディアの体を持ち上げ、埋葬しようとした。その時クラウディアのポケットに何か固いものがあることに気が付いた。丈一がそれを弄ると、紙に包まれた宝石のついているペンダントを見つけた。紙にはこう書いてあった。
「丈一へ。このペンダントと一緒に、私の部屋の机の棚にある手紙を見て」
丈一はサイレントと共に安藤とクラウディアを埋葬した。二人で死者への祈りをささげると、丈一はサイレントに尋ねる。
「サイレント、お前はこれからどうするつもりだ?」
「…」
サイレントは無言を返す。丈一は少し寂しそうな顔をした。サイレントはそれを見て、意を決して口を開ける。
「…王国に行く。王国で兵隊さんになる」
丈一はそれを聞いて納得した。
「そうか、気を付けてな」
サイレントが尋ねる。
「…丈一は?」
丈一は弱弱しく首を振った。
「俺はクラウディアを蘇らせる。それが正しいのかどうか分からないが」
丈一は連戦のまま傷ついた体を癒す暇なく出発するサイレントに驚いたが、できる限り笑って別れようとした。丈一がサイレントに最後の質問を投げかけた。
「サイレントはなんであんまり喋らないんだ?」
サイレントはそれを聞かれて一瞬固まると、もじもじしながら言った。
「…シャイだから」
丈一とサイレントは拳を突き合わせて別れた。夜はもう既に明けていた。丈一はクラウディアが住んでいる空き家の階段を昇った。
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