第三話
リックはサラリーマンの男をなだめようとして声をかけるが、男は聞く耳を持たない。リックは苦渋の決断だったが、丈一たちと別れてこの場に残ることを決断した。シェリーもこの場から動かない選択をした。
残されたシェリー、リックは興奮したサラリーマンをひとしきり宥めていた。サラリーマンはリックとシェリーに何度も同じことを尋ねた。サラリーマンは観念したように言った。
「なぁ。もうこれ以上やめないか」
リックやシェリーの顔を睨みつけて、両手を上げた。
「君たち仕掛け人の大根演技はもうこりごり!降参だ!」
リックは何度も繰り返したこのやり取りにしぶとく返答し続けた。
「だから、俺たちは仕掛け人でも何でもないって」
サラリーマンの男はシェリーに疑いの目を向けた。
「そもそも、本当にあれは死体なのか?」
シェリーは疑われたことを気にも留めていない様子で手をひらひらさせた。
「気になるならどうぞ」
サラリーマンはシェリーにそう言われると、恐る恐る倒れている男に近づき、その胸に手を当てた。男は数秒そうしていたが、らちが明かないといった様子で、男の胸を暴き頭を胸に直接つけた。
男の顔はだんだん青ざめていった。肌の質感や体臭からそれが人形でなく死体であることを確認すると、飛び上がって尻もちをついた。
「ほ、本物!?」
リックはため息をついた。
「いい加減これがバラエティー番組とかそういったもんじゃないことは分かっただろ」
リックはそういうとシェリーとサラリーマンを広場の中央に集めた。リックたちは輪を作るように座った。
「そろそろマジな話しようぜ」
リックは内心焦っていた。突然ここに現れたと思ったら、あたりは夜で、居合わせた人物も自分勝手に動き出す。ホントなら今頃、弟に飯を作ってやらないといけないのに。そう考えているとシェリーが手を挙げた。
「考えられる選択肢としては、私たち全員拉致されたってこと。何のために?それはきっとあのひげ面の騎士みたいな恰好をした男が言ってたみたいにモンスターを倒すため。信じがたいけど、今わかってることはそれぐらいよ」
リックは冷静に状況を分析するシェリーを頼もしく感じた。リックが二人に呼びかける。
「みんな。ここに来るまで何してた?それが何かのヒントになるかも」
リックはそう言いながら自分の過去を振り返った。
(いつも通り学校に行って、授業を受けて、バイトして、電車に乗って帰るところだった。いつも通り電車を待ってたら、おっさんが一人線路に落ちて、意識を失ったんだ。周りの人が誰も助けようとしないから、しかたなくホームから降りて、おっさんを...。あれ?そこで記憶が途切れてるな)
「僕はいつもどおり接待の飲み会をしたあと、家に帰る途中だった。べろべろに酔っぱらっててあんまり定かじゃないが、家に帰る途中の歩道橋で足を踏み外したような感覚だけ覚えてる」
「私は空襲のサイレンと、爆発音がして死んだと思ったらここにいたわ」
リックは目を見開く。
「空襲だって?戦争地帯にいたのか?」
シェリーは頷いた。
「国境なき医師団って知ってる?それの一人だったの」
リックはシェリーが医者だと聞いてどこか納得した様子だった。
三人は他にも様々な可能性を提示しあい話し合ったが、最初にシェリーが話したこと以上の結論は出な
かった。
サラリーマンは自分の置かれている状況をかろうじて理解し震えながら言った。
「今もし、そのモンスターが来たら僕たちどうするんだ?」
リックは今更ながら現状を理解したサラリーマンに対してこみあげてきた怒りをぐっとこらえ、できるだけ感情を排除していった。
「だから、みんなで固まるべきだと俺は言ったんだ」
サラリーマンはばつの悪そうな顔で下を向いた。夜は明けるどころか、どんどん深まってきて、最初に仰ぎ見た月たちは今リックたちの頭上にある。
風は強くなっていき、木々を揺らす音は丈一たちがいたころに比べてかなり大きく、それは時折リックたちを圧倒した。リックはサラリーマンの言葉を考える。
(今もし、ここにモンスターが来たらどうするんだ。俺の武器は【倫理の盾 C】。この盾でみんなを守れるだろうか)
リックが一人で悩んでいると、丈一たちがすすんで行った道の方向から足音が聞こえた。茂みをかき分ける音が段々近づいてくる。リックたちは固まり、武器を構えた。風がより一層強く吹いたとき、音の正体が現れた。
(くる!)
その正体は血まみれのヘンゼルであった。リックたちは突如現れた血まみれに驚いたが、すぐにヘンゼルだとわかると肩の力を抜いた。ヘンゼルは三人を見定めると、三人に向かって叫んだ。
「やべぇモンスターが現れやがった!丈一さんがやられそうなんだ!リック!助けに行ってやってくれ!」
リックがシェリーと目を合わせると、シェリーは頷いた。リックは盾を構えながら走った。
「俺が行く!シェリーさんはヘンゼルを!みんなは離れないように!」
リックはすぐに森の奥へと姿を消した。シェリーは血まみれのヘンゼルに駆け寄る。
「けがは?」
ヘンゼルは首を振った。
「見た目ほどたいしたけがはしてないが、念のため回復してもらえるかい」
シェリーは了承するとヘンゼルを広場の中心に寝かせ、けがの状況を確認したが、ヘンゼルの言う通り大したけがはしていないようだった。
サラリーマンは血まみれのヘンゼルに度肝を抜かれていたが、自分が正しかったことを確認すると、ヘンゼルたちを嘲った。
「馬鹿が!夜の森なんかをうろつくからそうなるんだ!どうせ熊かなんかにやられたんだろう!」
シェリーを指さしてサラリーマンは罵る。
「大根役者どもめ!ぜんぶよくできたトリックなんだろ!それか催眠術か!」
ヘンゼルは聞き流していたが、その様子を目に付けたサラリーマンに絡まれる。
「おい!フリーター!」
ヘンゼルは苛立たし気に眉を顰める。
「フリーターってなんだよその口の利き方」
サラリーマンは帰ってきた反応に口元をゆがめ言った。
「フリーターじゃないなら何の仕事してるんだ?言ってみろ!」
ヘンゼルは吐き捨てるように言う。
「ピザ屋のバイトだよ」
サラリーマンは喜色を浮かべてヘンゼルに詰め寄った。
「僕はな、お前とは違って年収1000万の社会人なんだ!どんなモンスターが居たっていうんだ言ってみろよ!」
一瞬沈黙が場を支配した。シェリーがヘンゼルの顔色を伺ったが、その表情を察することはできなかった。
ヘンゼルは数秒、何かを考えると、追加で口撃を仕掛けようとしたサラリーマンを遮った。ヘンゼルはゆらりと立ち上がると、サラリーマンの男に一歩ずつ近づいて行った。
「どんなモンスターがいたかって?教えてやるよ」
サラリーマンの赤い顔とヘンゼルの血塗れな頭が近づいていく。サラリーマンは何かを言おうとして唇を震わせていたが、結局口から意味のある言葉が漏れ出ることはなかった。
シェリーは不穏な雰囲気を感じ取り、立ち上がろうとした瞬間、二人の体が重なった。ドスッといった鈍い音に被せてヘンゼルが言った。
「お前みたいな不細工だったよ」
ヘンゼルは渾身の力を込めて腹に刺したナイフを横に薙いだ。サラリーマンは膝から崩れ落ち、零れ落ちた自分の臓物を抱いて倒れた。
それは丈一に似て静かな凶行だった。シェリーはサラリーマンの男に駆け寄り、燐光を集めてサラリーマンの腹部を回復させようとしたが、噴出する血液を抑えきることはできなかった。ヘンゼルは感慨深そうにナイフを月に掲げた。
「殺しっていうのは思ったよりも気持ちがいいもんなんだな」
シェリーはヘンゼルに詰問する。
「あなた一体どういうつもり!?」
ヘンゼルは血に染まったナイフを服のまだ汚れていない部分できれいにふき取りながら言った。
「どうもこうもねぇよ。この状況を見てみろよ!人が一人死んでも、ネタバラシも何もない!ただイカレた森と女が一人。やることは一つだろ」
ヘンゼルは妙な落ち着きを払ったままシェリーに近づいたので、シェリーは少し反応が遅れた。その一瞬で十分だった。
ヘンゼルは大きく踏み込み、凶刃をシェリーに放つ。シェリーはかろうじて腕でガードしたが、斬り傷がシェリーの袖を割いて皮膚に刻まれた。シェリーは思いのほか浅い傷に落ち着きを取り戻し、すぐさまヘンゼルに背を向けて走り出そうとした。
反転したシェリーだったが脚に力を込めることができず、無様に地面に転がった。
「な、なんで...?」
シェリーは起き上がろうとするがピクリとも動けない。ヘンゼルが満足そうに笑みを浮かべながら、シェリーの髪をつかむ。
「【欲求のナイフ C】。所有者が最も興味のある対象に傷を与えた場合、一定期間の間対象を麻痺させる。こいつはいいや!下手なドラッグよりも使いやすいぜ」
シェリーはヘンゼルに憎悪の表情を浮かべようとしたが、顔の筋肉は弛緩しており、無力な唾液が口元を伝うだけだった。
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