第二十七話
王国までの道のりは順調に進んでいった。ある夜、丈一はクラウディアに呼ばれた。
「ハンマーのことだけど…」
丈一はクラウディアが気に病んでることを知り、それをフォローしようとした。
「ハンマーのことなら君が気に病むことじゃない」
クラウディアは丈一が慰めてくれているのを知りながら、それを否定した。
「いえ…。私のせいなの」
譲らないクラウディアに丈一は尋ねる。
「何か理由があるんだな?」
クラウディアはぽつぽつと話し始めた。
「私は実は霊界で生まれたの」
「霊界ってね。恐ろしく寂しいところなの。身体はないのに、何故か芯から冷えていて、一瞬が一年に感じられるような暗くて冷たいところ。そこでただ漂うだけの存在だったのが、私、クラウディアよ」
「でも、そんなある日、霊界に小さな穴が開いているのを見つけたの。そこからは暖かくて和やかな空気を感じて、私の心はそこにいるだけで満たされた」
「そして、ある時その小さな穴から強い力で無理やり引っ張られて、気づいたら人の体を持って人界に生まれてた。それは隼人が彼の仲間であるサラを蘇らせた瞬間だったわ」
「つまり、私はクラウディアの魂を持ちながらサラの肉体を持って生まれたというわけ。本来はこの体にはサラの魂が入るはずだった。私はサラの体を奪ったのよ」
「私には【運命 S】があった。起こるか分からない未来を見続けて、これが使命なんだと思った。使命のためならサラのことは、ハンマーのことはしょうがないって、必要な犠牲なんだって思ってた」
「でも違った。ハンマーはサラのことを愛していた。きっとサラもそう。人の愛を斬り裂くことがどれだけ罪深いことか、私は分かってなかった。それが分かったのはきっとあなたのおかげ。私は最低の女なのーーー」
丈一はクラウディアの言葉を強引に遮った。
「俺は、今までずっと一人で生きてきた」
「親も、世間的には友と呼べる奴もいる普通の人生だったが、自分は一人なんだっていう観念から逃れることはできなかった」
「俺は弱い奴だった。他人からの評価におびえて、自分に失望し、プライドは高いくせに、自分はゴミムシ以下の存在だと考えてた」
「だから、俺は自分の中に閉じこもった。傷つくのが嫌だったんだ。無料の携帯小説を読んで、もし自分が主人公だったらって妄想して、経験を積んだ気になって、寝て、起きて、を繰り返した。部屋の中では時間が過ぎていくごとに焦りが募っていった」
「俺は現実を認めず、それから逃げ続けた」
「俺は虚構の中で、理想の自分を創り出した。だれよりも強さを追い求め、自分のことを何よりも優先させる自分勝手だが、人殺しも躊躇しない芯のある男を生み出した」
「俺はそいつを主人公とする小説を書いた。この世界に来る前の記憶はその書き出しで途切れている。だから、俺にとってこれは活字上の出来事にすぎない。空想の世界で強い丈一として活躍する物語を演じているだけだ。そう思っていた」
「でもリックが死んで、俺はあいつの最後の言葉すら受け取れなくて、自分は弱いんだって、深く思い悩んだ。そのとき傍にいてくれたのは君だった」
「君と話して、笑いあった。ハンマーが君の前に現れたとき、俺は嫌な気持ちになった。渡せと言われた時、君の意思とは関係なく渡したくないと思った」
「俺は君と出会えて、この世界がフィクションなんかじゃないって気づくことができた。俺は君を愛してる。最低だろうが、何だろうが、愛してしまったんだ」
クラウディアは頬を伝う涙を抑えられなかった。丈一はクラウディアと手を重ねようとした。しかしクラウディアはそれを拒んだ。クラウディアは弁明する。
「ごめんなさい…。私よく考えてみたの…。この体はサラのだから、こういうのはサラが嫌がるんじゃないかって」
「そうか…それもそうだな」
丈一はその時、闘技場で悪人と戦ったときのホワイトアウトの言葉を思い出した。魂は切ることができる。ということは知覚することができる。丈一は内なる自分に目を向けた。それは自分を偽っている時では知覚できないものだった。
ありのままの自分を受け入れることで丈一は魂の輪郭を手に入れた。丈一は魂を操作して、クラウディアの魂に寄り添わせた。クラウディアは魂と魂が繋がりあうことで生まれる温かみを感じた。
「これが本当の温もり…」
丈一とクラウディアは夜が明けるまで二人でずっとそうしていた。
丈一たちはついに王国を目に収めるところまでたどり着いた。小高い山から見下ろすと王国は活気に満ちていることが分かった。亡命したもの、元々この世界にいたネイティブ、参加者すべてを含めて一万人は居そうだった。そしてその丘には待ち構えているものがいた。
「あら、連絡が取れないと思ったら、二人してなにをしているのかしら」
それは大きな蝶を頭に彫った男、ポーラだった。丈一は久しぶりの再会に驚いた。
「ポーラ、生きていたんだな」
「えぇ。丈一、強くなったのね」
「魔王との戦いはどうだったんだ?」
ポーラが顔を暗くする。
「修二が裏切ったの」
丈一は思いもがけない言葉に動揺を隠せなかった。
「裏切ったって…」
「だから、新しい勇者を迎えに来たのよ」
ザインが嬉々として話に混じる。
「そうだ。俺が勇者だ。ようやく迎えが来たか」
ポーラはそのザインの様子を見て固まる。
「あなた…何言ってるの?」
「…?勇者を迎えに来たんだろ。俺が勇者だ」
そういってザインはステータスを表示し職業【勇者 A】を見せた。ポーラはそれをみて嘲笑する。
「フフフッ。アハハハ。そんなことになるのね。これは傑作」
丈一が疑問を呈する。
「なにがそんなに面白いんだ?」
「フフッ。いいのよ。丈一には関係ない話。行きましょ。仲間が待ってるわ」
ポーラと親しげに話す丈一をザインが剥がし、ポーラに再度訴える。
「なぜ、丈一とばかり話す?お前のお目当ては俺だろ!」
ポーラはそれをみて嗜虐心が湧いた。
「いいわ。教えてあげる。アスタナを救う勇者はあなたじゃなくて丈一よ」
「はぁぁぁ!?」
丈一はザインからこれまで聞いたことのない声を聞いた。
「なんで俺じゃなくて丈一なんだ!?」
「全部ネタばらししてあげる。あなたの職業は【勇者 A】なんかじゃないわ」
「じゃあ一体何だっていうんだ?」
「【詐欺師 C】よ。てっきり周りをだます職業だと思ってたけれど、自分のことをだます職業だったなんてね」
ザインは前後不覚になり、崩れ落ちる。
「嘘だ…俺は勇者だ…」
ザインが声を張り上げる。
「そうだよなぁ!みんな!俺がリーダーだからついてきたんだろ!?そうだ…。勇者じゃなくても、俺はみんなのリーダーだ!絆が!絆がある!」
痛々しいザインの様子から丈一たちは目を背ける。
「…」
「おいっ!何とか言えよ!なぁ!ウィンク!」
ウィンクはなぜか呆然とポーラの頭を見ている。
「あの蝶のタトゥー…。あなたの胸のタトゥーとそっくり…」
ポーラが意味ありげに笑う。
「ある意味、勇者を連れてくるっていう役割は果たしたわけね」
ザインは胸のタトゥーを確認する。
「そんな…まさか…!」
「そのまさかよ。あなたは私が派遣した憂国の蝶の一人。言ってみればスパイね」
ザインのステータス表示が【勇者 A】から【詐欺師 C】に変化していく。
「なにもそんなに悲観しなくてもいいじゃない。これからは詐欺師のザインとして働けばいいのよ」
安藤が言葉を絞り出す。
「せ、世界を救うのが僕らの使命なんだろ?勇者じゃなくたっていいじゃないか」
「駄目だ!俺はこの世界の主人公なんだ!そうじゃなかったらただのくそニートじゃないか!」
ザインは独白する。
「俺は、どうしようもなかった自分とは決別して、異世界転移して、神様からチート貰って、世界を救うはずなんだ!それなのに…貰えたのは主人公らしくない職業で、入った組織でも弱すぎて地方に飛ばされて、勇者なんて現れるわけなくて…って違う違う!俺が勇者なんだ!丈一なんかじゃない!みんな信じてくれ!」
丈一はもう見ていられなかった。そこでみっともなくわめいていたのは現実を認めなかった自分の映し鏡だった。丈一はポーラのある言葉に引っかかっていた。
「二人してって言ってたよな…?」
ポーラは言った。
「そうよ。こっちの方は呆れ果てて、もう笑えないわ」
丈一は村井との修行を思い出していた。村井は背中に人が立つのを嫌っていた。それはまるで何かを隠すみたいに。
「村井壮太。ぼけちゃったら任務なんて関係ないわよね」
その老人はそれを聞いても毅然としていた。
「ごめん、何のことかわからないや」
ウィンクが村井の服を破る。その背中には大きな蝶のタトゥーが入っていた。
「まっ。別にいいんじゃない。皆これから仲間なんだし」
ポーラが雑にまとめると、皆を王国まで案内しようとした。それを遮ったのはクラウディアだった。
「待って。丈一。行ってはいけない」
クラウディアは苦しげな表情で汗ばんでおり、その瞳は金色に輝いていた。丈一は尋常じゃないクラウディアの様子を見て足を止める。
「どうしたんだ?クラウディア…。体調が悪いのか?」
クラウディアは強く丈一の腕をつかむ。
「私は、いや、【運命 S】はこの日、この時のために生まれた」
クラウディアは力強い目でポーラを睨んだ。
「丈一は連れて行かせない」
ポーラは予想もしてなかった展開に戸惑う。
「クラウディアちゃん。いったい何を言ってるの?これは予言の通りで、丈一は世界を救うのよ」
クラウディアは言う。
「いえ、このまま行くと丈一は世界を滅ぼすわ。すべて魔王の策略だったの」
「その策略っていうのは?」
「言えない。私たちは今【未来視】に見られてる」
「はっ?未来視?」
「今ここで引き返すのが最善なの。お願い、ポーラさん。信じて」
ポーラはしばらく考え込む。クラウディアの【運命 S】というスキルは確かにイレギュラーだった。予言の書と【運命 S】を天秤にかける。クラウディアへの信頼と世界の命運を推し量る。ポーラはすべての可能性を真摯に探った。
しかしその時、丈一の腕を離さないクラウディアの様子が目に入った。丈一は腕を振り払わず、突飛なクラウディアの言うことを信じ込んでいる様子だった。ポーラはそれを見て、なぜか言語化することができない不快な気分に襲われた。
「あなたの言っていることには根拠がないわ」
ポーラはそういうと、自分の思考がクリアになるのを感じた。
「根拠ならこの【運命 S】が…」
ポーラが遮る。
「そもそもSランクのスキルなんて存在しないはずなの。神はA~Eまでにしか力の区分分けはしてないわ。そのスキル、本物かしら?」
クラウディアが断言する。
「本物よ」
ポーラは矛先を変えた。
「丈一、あなたこれまでこのスキルが機能してるところ見た?」
丈一は言葉に窮する。
「それは…」
ポーラは自分の考えを強固なものにしていく。
「予言の書は今まで外れたことがない。つまり実績があるの。それに比べて、丈一が仲間になるこの重要なタイミングで、小娘にいきなり未来が変わったて言われても、信じられないわ」
ポーラの考えは徐々に邪推を交えたものになる。
「彼氏と離れたくないから、ほら吹いてるんじゃないの?愛した人がどんどん遠いところに行くときの寂しさは私にも理解できるけど」
クラウディアは否定する。
「そんなのじゃない、今、私の言うことを聞かなかったら必ず後悔する」
「あら、今度は脅しかしら。好きにしなさい。どのみち私は丈一を連れていくわ」
二人の間を一瞬静寂が通った。二人の声が重なる。
「「丈一」」
クラウディアは縋りつくように言う
「お願い。私を信じて、一緒に帰って」
ポーラは毅然とした態度で言った。
「あなたの使命の重さを認識しなさい。あなたが世界を救うのよ」
丈一は決断を迫られた。
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