第二十六話
王国への移動が始まった。丈一たちは道すがらミッションをこなしていった。そして、丈一がこの世界に来て半年が経とうとするとき、丈一は五回目のミッションに招集された。
モンスター 闘技場の戦士
ランク ランダム
報酬 ランダム
「丈一!」
クラウディアが声をかけた。丈一はいつからかクラウディアの顔を見て、安心するようになっていた。
「クラウディア、君も参加するのか」
丈一が周囲を見渡すと、丈一を含めて五人が参加していた。場所はどこかの控室のようなところで、上に登る階段の先からはまばゆい光と共に喧騒が聞こえた。丈一が場所を推測する。
「ここは…」
「ここは闘技場だ。死にたくなかったらあたしの言うことを聞け」
小さな少女が丈一に被せて発言した。その少女のちらりと見える服の隙間からは生傷が見えた。
「サラ!」
丈一が聞き覚えのある声に振り向くと、そこにはハンマーがいた。ハンマーは森の妖精たちのミッションで同行した。ジョン、隼人の仲間の男だった。
「サラ、ずっと君のことを探してたんだ。こんなところで会えるなんてやっぱり運命だ」
クラウディアはハンマーの顔を見て辟易とした。
「ハンマー…。分からない?私はあなたから逃げてるのよ」
「君の記憶がまだ錯綜してるのは分かった。僕が君を保護する。これは君のためなんだ」
クラウディアに言い寄るハンマーに丈一が割って入った。
「まてまて、二人は一体どういう関係なんだ」
「恋人だ」
「違うわ」
二人の言い分が食い違う。ハンマーは執念深く、自分とサラは恋人だと言い張った。
「いいや、僕たちは確かに恋人だった。君が【運命 S】なんて訳の分からないスキルをもって蘇るまではね」
「だから、何度も説明したでしょう。残念だけど、サラと私は違う人間なの」
ハンマーが泣きそうな声で主張する。
「君は!今ここにいるじゃないか!?」
「おいっ!」
小さな少女がその身にらしからぬ怪力で部屋の壁を叩いた。
「おまえら、これから殺し合いが始まるんだぞ。なに痴話げんかしてんだ?」
部屋の外からひときわ大きな声が聞こえる。
『さぁ!さぁ!皆さんお待ちかね!人界vs悪界の時間がやってまいりました!皆さん!準備はいい
かぁ!』
大勢の声が重なり合って地響きとなるほどの歓声が湧きあがった。キューブがけたたましい音を出して、ミッションの始まりを告げる。丈一はこれまでとは異なるミッションに警戒度を引き上げる。
「くそっ。説明する時間もねぇのかよ」
部屋の隅で縮こまっていた四十代くらいの女がおずおずと少女に質問する。
「ごめんなさい。殺し合いって何かしら。私帰ってご飯作らないといけないの」
「ちっ。一人はずぶの素人かよ。あんたはあたしの後ろにいな」
『さぁ!注目の試合形式はぁ!勝ち抜き戦です!これは絶対敗者にとって断然有利な設定になりました!』
少女はそれを聞いて喜ぶ。
「やった!勝ち抜き戦ならやっと私も解放される!」
丈一は素早く状況を理解すると少女に尋ねる。
「君はこの闘技場、何回目だ?」
「四回目だ!今まではチームメイトが弱かったから負けてたけど、この試合形式なら、あたしが全勝すれ
ば勝てる!」
丈一はそれを聞いて今回のミッションはこの少女に任せようと思った。
『それでは!選手入場だぁ!』
「おまえら、行くぞ!」
丈一たちは少女についていき闘技場に出た。そこは円形の広場があり、大勢の観客が広場をぐるりと取り囲み丈一たちを見下ろしていた。丈一たちの向かい側に敵とみられる相手が出てきた。丈一は敵が悪界出身者だと予想していたが、見た目は人間とさほど変わらなかった。
『現時点でのオッズはこちらだ!悪界の勝利は九十九%。人界の勝利が一%!これは賭けが成立してないが運営はいいのか!?』
『運営はゴーサインを出しました!ほとんどエキシビションマッチだが、勝負が今始まる!』
少女が出場しようとするのを丈一は止めた。
「待ってくれ。敵はどうやら君より強そうだぞ」
そう言われた少女は不機嫌そうに眉を顰める。
「あたしは強い。黙ってみてな」
「いや、このままだと君は負けるぞ。俺が出る」
少女は舌打ちをした。
「あんたも見た目だけで人を判断する輩か。はぁ。あんたみたいな偽善者をたくさんみてきたよ。全員死んだけどね。もう一回だけ言う。黙ってみてな」
そういうと少女は有無を言わさぬ足取りで広場に出ていった。相手は四十代くらいの筋骨隆々な男だった。丈一の見立てでは少女に勝ち目はなかった。少女は刀を携えて広場に出た。爆発したかのような歓声が聞こえる。
「ふぅ…」
少女は相手を前にして力を抜いた。相手は少女の姿を見て下卑た笑いを浮かべている。
「おいおい、お嬢ちゃん。本気で俺に勝つつもりかい?」
少女は吐き捨てるように言った。
「シャット、アップ…」
男は口笛を吹く。
「ひゅ~。かっこいいねぇ」
『勝負のゴングが今鳴ったぁ!』
両者はゴングが鳴っても一歩も動かなかった。少女は重心を低くして、鞘に手を添えた。
「なぁ、サラ、一緒に帰ろう」
ハンマーはクラウディアに縋りつく。
「いい加減にしろ。ハンマー。それ以上やってもお互いが嫌な思いをするだけだ」
ハンマーが顔を赤くして丈一に詰め寄る。
「真顔君。君には関係ないだろう!」
「いや、関係ある。クラウディアは大事な友人だ」
ハンマーは丈一の陰に隠れるクラウディアを見てショックを受ける。
「サラ…。やはり君は僕よりそんな男を選ぶのか?ありえない!そんな男のどこがいいんだ!」
「ハンマー。ごめんなさい。もう私とーーー」
「認めないっ!真顔、サラを返せ。僕に渡せ!」
丈一は首を振った。
「渡せない。お前には同情するが、クラウディアの意思を尊重する」
クラウディアは丈一に申し訳なさそうな顔をする。
「ごめんなさい。迷惑かけて」
「君のことなら迷惑なんかじゃない」
ハンマーはそのやり取りを見ると、床にへたり込んだ。
「嘘だ…。そんな…」
ハンマーは床に視線を落とす。丈一は試合のほうに意識を戻す。膠着していた状態がまさに動き出そうとしているところだった。男が少女の間合いに侵入したとき、少女の抜刀術が炸裂した。目にもとまらぬ速さで放たれた一閃は、男の反応スピードを超えていた。
「新真信心流・抜刀」
しかし、その刃は男の命に届かなかった。男は圧倒的な源力量に任せて強引に刀を防ぐと、少女の顔を力任せに殴りつけた。
『おっとぉ!ラビットの痛烈なパンチが絶対敗者キリコを捉えたぁ!すかさずラッシュ!ラッシュ!ラッシュ!殴る蹴るのオンパレードだぁ!』
キリコは抵抗すら許されず、傷を負わされる。ラビットは敢えて手加減をしてキリコを痛めつけているようだ。それを見た観客のボルテージが上がる。キリコはされるがままにするしかないようだ。
「…せ」
「…せ」
「殺せ…」
「…殺せ!」
「殺せ!殺せ!殺せ!」
観客たちの声がそろい、興奮はピークに達した。
『ラビットは果たしてどのようなフィナーレを飾るのかぁ!』
ラビットは少女の顔面を掴むと空に掲げた。
「殺せ!殺せ!殺せ!」
「殺せ!殺せ!殺せ!」
「殺せ!殺せ!殺せ!」
ラビットは狂気的な歓声を一身に受けると、満足げに笑った。そしてキリコをそのまま地面に叩きつけようとしたとき、場内に白い閃光が走った。熱狂していた観客が言葉を奪われる。
「この世界は歪んでるな…」
丈一が抜いた刀を納めると、ラビットの手から奪ったキリコをクラウディアに渡す。丈一はキリコについてきたラビットの斬り落とされた腕を適当にはがし、地面に投げ捨てた。
「生きてる…?」
キリコが不思議そうに丈一を見つめる。丈一はキリコを称えた。
「見事な抜刀術だった。あとは任せてくれ」
丈一は広場に戻っていった。広場はブーイングで溢れかえっていた。丈一が斬り取ったはずの男の腕も再生していた。
「自己再生か…」
それは源力操作の高等テクニックだった。
『おぉっとぉ!これは人界チームの反則だぁ!現在運営が審議中!無能な運営はどういう判断をするのだろうかぁ!』
ラビットは憤怒の形相を浮かべている。
「ヒトカスがぁ!水を差しやがって!ぶっ殺すぞ!」
白刀が口を開いた。
『丈一、こいつお前の六倍は源力量あるぞ。外れを引いたな。勝てるのか?』
丈一はその問いに答えない。ラビットが吠える。
「俺はなぁ!お前みたいなヒトカスを千人以上殺して悪界に堕ちたんだ!」
丈一はそれを聞いて薄く笑う。
「助かるよ」
「あぁ?何がだ?」
丈一は重心を低くして刀に手を添えた。
「分かりやすいクズは殺す理由を探さないで済む」
ラビットの血管ははちきれんばかりに浮き上がっていた。
「殺す!」
表面上は熱くても、ラビットの思考は冷たく冴えていた。
(魂の第一公準すら理解していない猿に殺されることはない。ガキと同じ構えをしていることから、またさっきの焼き直しをするつもりだろう。源力量からみても、こいつに俺の防御を突破できる出力はない。
気を付けるべきは異様な雰囲気を放つあの刀のみ!万が一に備えて、直接受けずに源力で受け流す!)
ラビットは思索を巡らせると、大股で丈一の間合いに入っていった。丈一が居合を放つ。その姿を見ていたキリコはあまりの美しさに目を奪われた。
まるで死神の鎌のような鈍い輝きに、流れるような体の運び、ムラのない源力操作。キリコはその一撃に神が宿るのを見たかのようだった。ラビットは馬鹿正直に斬り込んできた丈一を見て笑い、源力操作で刀を滑らせる。丈一の浮き上がった体に全力の拳を与える。
(獲った!)
丈一はそれを受けて苦し気に呻く。ラビットはその刹那、あまりにも軽い手ごたえに違和感を覚える。瞬間、丈一の体が霧散した。その陰から、居合の構えを取ったままの丈一が現れた。
(しまっーーー)
丈一は今度こそ刀を引き抜いた。刀はさきほどと全く同じ軌道を辿って、ラビットの腹を斬り裂いた。ラビットは拳に集中した源力を腹に回そうとしたが、神速の居合に追いつくことはなかった。
「村井流・抜刀未遂」
丈一は、すぐに横に割いたラビットを二の太刀で縦に割った。そして、死体を四方八方、観客席に投げつけた。白刀が言う。
『分かっていると思うが、その程度ではすぐに再生するぞ。源力が尽きるまで相手に付き合うか。魂ごと切らなければ意味がない』
「あぁ。あくまでこれは時間稼ぎだ」
『ま、ま、まさかの!まさかの!ラビットの敗北だぁ!』
場内は異様な雰囲気に包まれた。怒号を飛ばすもの、丈一の居合に魅せられたもの、ラビットの敗北に衝撃を受けるもの。ざわついた場内を実況者が抑える。
『たったいま!人界チームの反則のペナルティが決まりました!エクスキューション…。エクスキューションです!』
場内が歓喜に沸く。悪界チームの四人が広場に上がり、丈一を囲んだ。
『人界チームを殺害したものには賞金五千ポイントが付与されます!』
丈一は全員の攻撃を避けながら、安藤が作成した通信機を手に取る。
『参加者は観客の皆さまです!奮って、いや、狂ってご参加ください!』
観客が我先にと広場に押し寄せる。地響きと怪獣の声のような怒号に広場は支配された。
「安藤!ゲートを開いてくれ!」
『り、了解』
アスタナにいた安藤が応答する。
『い、一分耐えて』
丈一はどこもかしこも敵しかいない状況に眩暈がした。丈一は攻撃を弾き、控室まで退く。丈一は懸命に控室に押し寄せる観客を捌き続けた。地面にへたり込んでいたハンマーがふらふらと立ち上がり、群衆に向かって歩いていく。丈一がそれに気づき、声をかける。
「おい!ハンマー!何してる!」
「君は下がっていろ」
丈一は背中側に急激に引っ張られる。丈一は予想だにしていなかった行動に不意を突かれ、壁に叩きつけ
られる。
「ぐっ。【重力操作 N】か」
ハンマーは押し寄せる群衆を宙に浮かせると【戦槌 B】で殴りつけていった。ハンマーは自暴自棄だった。ハンマーはあふれ出る感情を源力に変えて、敵を吹き飛ばした。群衆は突っ込んできたハンマーに嬉々として詰め寄る。
「重力操作ぁ!」
ハンマーは源力をすべて使って、周囲の敵を押しつぶした。それでも敵は際限なく押し寄せる。
(サラ、君は蘇ってから何かをずっと探していた)
源力の底をついたハンマーは命を削り始めた。ハンマーから白い煙が立ち上る。丈一はリックから教えてもらったそれを知っていた。
「オーバーフロー…」
(その探してた何かが、彼だというんだね)
ハンマーは黒い球体を創り出す。観客たちはその引力に飲み込まれていった。
「…なんで、なんで僕じゃないんだ…ねぇ、サラ」
ハンマーはそう言い残すと、群衆に飲み込まれた。ゲートが開く。丈一は全員を連れてゲートに飛び込んだ。
「安藤!」
安藤は丈一の声を聞いて、ゲートを閉じた。丈一は敵が追ってきてないか確認すると、ハンマー以外の全員の無事を確認し、安堵の息を吐いた。丈一が安藤に礼を言う。
「助かった」
「ぶ、無事でなによりだよ。でもまさか通信機がいきなり活躍するとはね」
丈一は懐から取り出した通信機を確かめる。
「あぁ。ミッション先でも通じるとはな。相変わらずのチートっぷりだ。安藤」
キューブが結果を表示する。
ミッション失敗
【生存】
丈一 0点(-42)
クラウディア 0点(-18)
キリコ 0点(-4)
京子 0点
【死亡】
ハンマー
丈一はため息を吐く。
「ミッション失敗か…。生きて帰れただけ御の字だよな」
クラウディアは下を向いて黙っていた。
「丈一、あとで話があるの…」
「あぁ、ゆっくり話そう」
キリコは無事、ミッション終了時の回復の恩恵で傷を癒していた。キリコはスタスタと丈一に向かって歩いていくと、言い放った。
「お前!あたしの師匠にしてやる!」
丈一は一瞬思考をフリーズさせたが、意味を理解すると少し笑った。
「口の利き方から出直してこい」
「口の利き方…?」
丈一は生き残った四十代くらいの女にこの世界について説明した。女はそれを聞いて衝撃を受けたようだったが、静かに気持ちを静めると、覚悟を決めた。
「百点を取るまで家族の下には帰れないってことね」
丈一は状況を瞬時に受け止めた女に驚いた。
「私の名前は京子。専業主婦よ。取り乱したっていいことないしね」
丈一はキリコに行くあてを尋ねた。
「あんたについていくって言いたいけど、一旦、仲間の下に帰らないとね」
「そうか、気を付けてな」
丈一がキリコを見送ろうとしたとき、京子が驚いて丈一を見た。
「こんな小さい子を一人にするの?」
丈一はキリコのことを強者と認めていたので、問題ないと考えていたが、よくよく考えると確かにキリコは少女であった。丈一が付いていこうかと迷い始めたとき、京子が付いていくと言った。
「いらないよ、京子。あんたは丈一たちに守ってもらいな」
「いけません!そんな年で一人旅なんて危ないに決まってます!あと丈一じゃなくて丈一さんね!」
二人はそんな調子で旅立っていった。
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