第二十五話
それから二日経って、ザインが帰ってきた。キューブはどこか満足そうにミッションの結果を表示した。
【生存】
…
安藤 35点
…
…
ウィンク 92点
…
クラウディア 18点
…
サイレント 270点
ザイン 215点
…
シェリー 0点
…
丈一 42点
…
【死亡】
…
…
リック
100点報酬
死者を復活させる。
新しい力を得る。
元の世界に戻る。
丈一は死亡欄を上から一つずつ確認し、リックの名前があるのを確認すると、わずかに残っていた希望すらも断ち切られた。
ザインが再び全員を集めた。ザインが言った。
「皆、よく無事に生き残った。リックが亡くなってしまったのは、心の底から残念に思う。黙とうを捧げよう」
その場の全員がリックの冥福を祈った。
「事情は聞いている。リックの蘇生は叶わないものとして、得たポイントの使い道を決めるぞ」
ザインは感情を排して淡々と続ける。
「まずサイレントの二百点だが、これは当然サイレントの自由に使ってもらっていい。だれか生き返らせたいやつはいるか?それとも帰るか?」
「…」
サイレントは無言でキューブに手を伸ばす。サイレントは二つの白い箱を両手で取り出した。サイレント
の新しい能力は【ブーツ E】【熊のぬいぐるみ N】だった。ザインはあきれ果てる。
「新しい能力が【熊のぬいぐるみ N】とはな…。まぁ、個人の自由だ。好きにするといい」
サイレントは新しいブーツを履き、小さな熊のぬいぐるみを抱えると、見るからにご満悦だった。ザインが場を仕切り直す。
「さて、俺の二百点だが、百点は俺自身の強化に、残りの百点の使い道はみんなで決めようと思っている。その理由を語らせてくれ。まず、百点をとると大幅に源力が増加するのはみんな知ってるよな」
「俺はこれで際限なく源力は増えていくと思っていた。しかし、総獲得点数が二百点を超えると、百点による源力の増加がぴたりと止まったんだ。天界であったやつらに聞くと、それが人の限界らしい」
「例えば、クリア無しの丈一の源力量を百だとすると、二回クリアのサイレントの源力量は三百だ。そして、三回クリアの俺も源力量は三百で頭打ちだ」
「となると、リソースの配分だが、俺の現在持ってる【勇者 A】で百、【フォース N】で百、あと新しい能力をゲットして百。それ以上に新しい能力を付け加えても割り当てる源力がない。だから、この百点の使い道をみんなで考えたいんだ」
安藤はザインの話を聞いて、具体的な選択肢を提示した。
「ひ、一つ一つ見ていこう。まず元の世界に帰りたい人はいるかい?」
手を挙げる者はいなかった。
「だ、だよね。じゃあ次、新しい力だけど、これは丈一かシェリーに充てたらいいんじゃないかな?」
丈一はそれを聞いて、断った。
「いや、俺は源力を白刀で変換することで源力量が百でも、二百くらいの出力はある。使うならシェリーだ」
シェリーは閉じていた口を開いた。
「他の選択肢も見てから決めましょう」
「わ、分かった。最後の選択肢だけど、強い味方を蘇生するっていうのはどうかな。常套手段らしいけどーーー」
「駄目だ」
丈一が安藤を遮る。
「それは駄目だ…」
丈一は震える声でそう告げた。丈一には修二が思い出されていた。ボロ雑巾のように使い捨てられる修二
の姿を思い出して、丈一はなぜか急に苦しくなっていた。ザインが丈一に問う。
「なぜだ?合理的だと思うが?」
丈一はザインの問いかけに駄目だの一点張りだった。
「丈一…。らしくないぞ。仲間を守るための必要な選択だ」
安藤が追従する。
「そ、そうだよ。丈一君。皆やってることだよ」
丈一が反駁した。
「皆やってるから問題なんだ…。使いつぶされるそいつの気持ちはどうなる?」
ザインが鼻で笑った。
「可哀そう、だからやめるのか。はっ。これは命がけの戦いなんだぞ。随分、ぬるくなったな。それなら、死んだ仲間は幸せか?蘇りは死者の冒涜か?違うだろ、これはワンモアチャンスだ。丈一、お前は蘇りを否定している。お前は間違っている」
丈一は金づちで頭を打たれたような衝撃を受ける。
「俺は…間違っている…?」
丈一は自身が口に出した言葉を咀嚼した。丈一は自身の根幹を強く揺さぶられた気がした。
「俺は…間違ってるかもしれない…」
丈一が弱弱しくそう呟くと、シェリーが言った。
「私が百点を使うわ。それに新しく蘇生された人はスキルも源力量も点数もリセットされるんでしょ?」
「そ、そうだけど」
「じゃあ決まりね」
シェリーは強引に議論を打ち切った。ザインは不服そうにしながらもそれを認めた。
「…まぁ、良いだろう。じゃあ、本題だ。俺たちのこれからについてだ。俺たちは王国を目指し、そこで仲間を集めて、魔王を打ち砕き、この世界を救う!」
ザインはそう言い切った自分に陶酔した。ウィンクが尋ねる。
「その理由は?」
ザインがそれをけなした。
「理由…?痴呆みたいな質問をするなよ。俺が勇者だからに決まってる」
ウィンクは納得しきっていない様子で質問する。
「それは本当にあなたがしないといけないことなの?」
ザインがイラつく。
「くどいぞ。お前は俺の女なんだから黙ってついてくればいい」
ウィンクはそれを言われて黙り込む。
安藤がザインの補足をする。
「お、王国では、今、兵隊の募集をしているんだ。主に全天戦争を潜り抜けた猛者を求めてね。本当は転移で行きたいけど、あまりにも遠すぎて誤差が怖いから、短距離の転移を繰り返していくことにする。具体的にはザインがキューブをもって走って、もう一個のキューブ、荒野の戦士たちのキューブだね。これを使って転移する」
丈一は次々と提示されていく今後のプランにいまいち実感が掴めないまま承諾していった。一通り説明が終わるとウィンクは村井に尋ねた。
「私はついていくけど、村井さんはどうするの?」
村井は唸りながら答える。
「うん…。なんかこの場所でやらないといけないことがあった気がしたんだけど、思い出せないや。よくわからないからついていくよ」
ウィンクは相変わらず村井のふわふわとした返答をおかしく思いながらついてくると聞いて、安心した。
話し合いが終わると、丈一はいつもの修行場所で村井に呼び出された。
「丈一君。どうだったかな?戦争は。どうやら一皮むけたようだけど…」
村井は丈一のたたずまいから丈一の変化を察知していた。丈一はリックのことを思い出す。
「最悪だ。友を失い、自分まで失うところだった」
「一回、死んだのかい?いいな、臨死体験はどうだった?」
丈一は無言で返す。
「…」
村井は黙り込んだ丈一に気づかず、楽しそうに続ける。
「君がいなくなってからね。一人で修行したけど、やっぱり駄目だったよ。研鑽しあえる奴がいないとね。でもでも、逆に言えば?丈一君がいる限り僕はまだまだ強くなれるってことだ」
「…」
「早速、戦争で成長した君の剣技を見せてくれよ。ほらほら、構えて!」
丈一がぽつりとこぼした。
「分からないんだ」
「え?」
「分からないんだ。命を奪う行為の意味が」
村井の表情が固まる。三秒ほど言葉に詰まり、でてきた言葉は困惑と怒りがまじりあったような声だった。
「はぁ?何言ってんの?」
丈一は続ける。
「俺が殺せば、敵も殺す。敵が殺した以上に俺が殺す。殺す。殺す。その殺し合いの螺旋を廻り続けて、一体何になるんだ?」
村井がそれを聞いて、徐々に怒りがこみあげてきた。
「…僕らは死神と踊ることを生きがいとしてたはずだ。僕らは同志だった。しかし、君は変わった」
「変わった…のか…?」
「ああ。変わった。君はうじうじとそんなことを考えて弱くなった」
丈一は衝撃を受ける。
「俺が弱い…?」
「そうだ。丈一、構えなさい」
丈一は言われた言葉の意味を十分に理解できないまま、言われるがままに構えた。二人の闘気が急速に練り上げられていく。それが臨界点に達したとき、二人は駆けだした。刀身の煌めきだけがその場に残された。倒れたのは丈一だった。村井は失望しきった顔で丈一を見下ろす。
「少し頭を冷やしなさい。修行は終わりにしよう」
倒れこんだ丈一は、様子を見に来たクラウディアに見つかるまで、目を覚まさなかった。丈一が空き家で目を覚ますと、傍でクラウディアが本を読んでいた。クラウディアは、丈一が目を覚ましたことに気が付いた。
「あっ、ごめんなさい…。」
そう言ってクラウディアはシェリーを呼びに行こうとした。丈一がそれを呼び止める。
「待ってくれ…。ずっとここにいてくれたのか?」
クラウディアが顔を赤らめる。
「ごめんなさい。気持ち悪いよね」
丈一がそれを否定する。
「いやっ。そんなことない」
二人の間に気まずい沈黙が流れる。丈一は手持無沙汰にクラウディアが持っていた本を指さす。
「本なんかあったんだな」
クラウディアはいつもと違う丈一の様子に戸惑う。
「え、えぇ。そんな大した本じゃないけど…」
丈一はその本にどこか見覚えがあり、クラウディアから借りる。
「これ…。たしか携帯小説サイトで連載されてたやつだよな」
クラウディアは驚いた。
「知ってるの!?」
「あぁ、ラストまで読んだか?」
「えぇ。読んだわ。最後主人公が家族に囲まれて老衰で死ぬのよね」
「そういえば、そういう内容だったな…」
クラウディアは興奮した様子で話す。
「主人公がちょっと駄目な所がいいのよね」
「だよな。強いんだけど弱いみたいな」
「そうそれ!」
二人の間にあった沈黙は気づけば消えて、二人はわだかまりなく談笑できた。
クラウディアがぽつりとこぼす。
「私、この主人公みたいに死にたいの…」
丈一は言葉に窮する。
「って。ごめんなさい。私には無理よね。自分勝手で、人の気持ちなんてわからないから」
「そんなことはない」
丈一はそれを否定した。
「いや…。すまなかった。あの時の言葉は言い過ぎだった。今になって後悔している」
クラウディアは首を振った。
「ううん。いいの。私は最低な女。それは事実だから」
「人質を取った件に関しては、結果オーライなところもあったし、お互いに誤解していた部分があった。
それだけで、今はもう掘り返すのはよそう」
「それだけじゃないわ。隼人に修二君の蘇生を提案したのも私よ」
「それは…」
「それに隼人との契約も途中で投げ出したしね」
丈一は尋ねた。
「契約って何なんだ?」
「それは、隼人を勇者因子を持つ者に導く代わりに、身の安全を守ってもらうっていう契約。無責任だけど、実際に隼人が勇者因子を得たかは知らないわ」
「隼人は俺が殺した」
クラウディアは一瞬言葉を詰まらせた。
「そう…。でも、どこかそうなる気がしていたわ…」
クラウディアはしばらくの間黙して隼人の冥福を祈った。
丈一はクラウディアに向き直り言った。
「クラウディア。今まで冷たい態度を取ってしまっていて、すまなかった」
クラウディアはそれを聞いて驚く。
「いいのよ。気にしないで」
クラウディアは一気に変わった丈一の態度に疑問を抱く。
「丈一、変わったね。なんでかしら?」
丈一はそれを聞いて考え込む。
「変わったか…。それはきっと死ぬのが怖くなったからだ」
「怖くなった?」
「あぁ、もし今、死んだときすべてが宙にういたまま死ぬのが嫌になったんだ。遺した人たちのことだったり、いつ死んだって後悔はないと思ってたけど、それがきっと変わったんだ。上手く言葉にできないな」
「分かるわ。言いたいことは、なんとなく。強くなったのね」
丈一が聞き返す。
「強くなった?弱くなったんじゃなくて?」
クラウディアは丈一の様子に戸惑いながら答える。
「そうじゃない…?それってつまり周りの人のことを考えて、優しくなれたってことでしょ?」
「そういうことなのか」
クラウディアは少し言葉を考えて、言った。
「丈一、優しい人は、強いのよ」
丈一はなぜかその言葉が深く胸に刺さった。
「…良い言葉だな」
クラウディアは少し照れて言葉を返した。
「漫画の受け売りだけどね」
それから、二人は共に時間を重ねていった。丈一は修行をしていた時間を、自分を見つめ直す時間に変えた。丈一が深く悩んでいるときに、傍にいたのはクラウディアだった。二人は次第に互いのことを深く理解したいと思うようになっていった。
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