第二十三話
先に踏み込んだのは丈一だった。丈一のすべてをかけた研ぎ澄まされた一撃は、誠一の肉を断ち、骨を断った。
しかしそれは致命傷には至らなかった。誠一は利き手とは逆の手を丈一に差し出し、ごく一瞬の勝利の感触を味わわせた。
その無意識レベルで緩んだ丈一の意識を誠一は静かに刈り取った。一閃。ぼとりっ、と跳ね上げられた丈一の首は地面に落ちた。
誠一が意識を隼人に返すと、隼人は極限まで集中した脳みそが息継ぎを求めるかのように、一瞬意識が暗くなりかけた。
隼人は腕の痛みと気合で意識の消失を防ぐと、着ていた服で止血をした。自己回復のための源力すら残されていなかった。隼人が言った。
「俺の負けだ…。お前に頼った時点で、俺は負けてたんだ」
『ドアホ!どんな世界でもなぁ!最後に生き残ったやつの勝ちやねん!それを侮辱するのは絶ッ対に許さんぞ!』
黒刀は隼人に怒声を浴びせた。隼人はしばらく呆然としていたが、丈一が死んで離した白刀を拾い上げると、本当に壊すか悩んだ。
『どないする?隼人。壊すよりも使った方がええんちゃうか?熾刀はあの通り使い物にならへんのやし』
「…あずさの忘れ形見だしな。あの時は衝動的に壊そうとしたけど、丈一が仲間になってくれたら、大幅な戦力アップだ。丈一に返そう。あのバカ。本当に死ぬまで負けを認めなかったな。蘇らせて一発殴ってやる」
『…』
『なんやかんや一件落着でよかったわぁ。もちろん隼人は後で大説教やけどな!せや!ホワイトアウト!あんたも黙っとらんで挨拶し!最近の若いもんは挨拶もできんのか!のう隼人!……隼人?』
『…』
隼人は一歩目を踏み出すことができなかった。すでに視界は赤く染まり、意識は混濁していた。
『ほう。こうなるのか』
白刀が静かにその様子を観察していた。
『まさかっ…毒か!?』
黒刀がいち早く異変の正体に気づく。あの時丈一は身体強化に一縷の望みをかけず、白刀に毒を込めてい
た。丈一の言葉通り、死んでも勝つために。
『己の力量を正しく測り、自分よりも強いものを相打ちとはいえ、倒して見せた。これはどうだろうな。丈一的にはしてやったりといったところか。まぁ、丈一の勝ちでいいか』
白刀は勝敗を告げた。
『あのバカ…!最悪の選択をしよった!イカれとる!…イカれとる!そこまでして勝ちたいか…!己の命すら捨てても!』
隼人は地面に倒れこみ、手を伸ばした。しかし、無情にもその伸ばされた手は虚空を掴むに過ぎなかった。
「お、おーい。あんた大丈夫か…?うっ!これは死体!?おえぇぇ!」
隼人は最後に誰か男の声を聞いた気がした。
「リック、気合い入れて防げよ!」
リックは今日何度目かの死の予感ももはや慣れてしまった。敵のビームからアウラを死ぬ気で守る。
リックは百点経験を得て、魂の契約もし、武器も強化して、自分がそれなりに強くなったかと自惚れたが、そんな余裕は一瞬で消し飛んだ。
それは怪獣大戦争の名を冠するにふさわしい戦いだった。魔人、龍人、悪人の戦いに身を割って入り、敵も味方も分からない中で、リックにできたことはただアウラを守ることだった。アウラの仲間が敵の首を飛ばし、歓喜の声を上げる。
「やったぞ!リック!ドミニオンを倒したぞ!一気に五百点だ!」
リックは悲鳴に近い声をあげて、アウラに縋りつく。
「アウラ、五百点もゲットしたなら、もう帰ろうぜ!」
「うるさいぞリック。私はキューブで仲間の育成をしなければならんのだ。どれどれ、タンクの予備も育ったし、ファイターの育成に力を入れるか。ヒーラーは一旦後回しだな…」
アウラはぶつぶつと仲間の育成を始めて聞く耳を持たない。
「アウラ!聞いてんのか!後一体だけだからな!」
「むっ。今が一番楽しいのにやめるのか。リック」
リックが声を張り上げた。
「勘弁してくれ!本当に次でラストだ!」
アウラが不承不承といった様子で頷いた。
「まぁ。許してやるか。お陰でタンクも復活したしな。よしっ。次はもう一度ドミニオンにいくぞ!死ぬ気で守れよリック!」
リックは人生で初めて声にならない悲鳴を出した。その後もリックは獅子奮迅の活躍をし、命辛々シェリーの下に帰ってきたころには、既に丸一日が過ぎていた。アウラはリックをシェリーの下まで送り届けるとようやくリックに暇を出した。
「リック。お前は優秀なタンクだ。最後までうちで働かないか?」
「断固として断る!」
リックは既に一生分の地獄を見ていた。
「しょうがないな。契約通りお前の活躍に応じた報酬を渡す。ほら百点だ」
リックはもらった百点を手にどこか釈然としなかった。
「明らかに俺百点以上の働きをしたよな…?」
アウラが欲深いリックを諫めるように言った。
「なんだ?最初の話だと百点があればいいとの話だったぞ」
リックは慌てて首肯する。
「そうだ。感謝してるよ。アウラ。この百点はあんたのおかげだ」
アウラはそれを当然だといった顔で受け取り、リックに告げた。
「ふんっ。まぁ精々楽しめよ。私は戦場に戻る」
そういったアウラはよっぽど戦場が楽しいのか、高速で空を飛んで消えていった。空から舞い降りたリックをみてシェリーが駆け寄る。
「リック!戻ってきたのね!」
リックがシェリーを見て安心したかのように笑う。
「あぁ!百点取って戻ってきたよ!シェリーさん!」
シェリーはリックに抱き着く。
「えっ!シェーーー」
「お願い…。今は黙ってこうさせて…」
リックは突然の出来事に慌てふためいていたが、シェリーが泣いていることに気が付くと、黙ってそのままにさせた。シェリーは泣き止むとリックからそっと離れ、晴れ晴れとした顔で笑った。
「おかえりなさい」
「うん…。ただいま!」
リックはシェリーを連れてキューブを持つ安藤の下に向かった。そこでは既に天界と人界をつなぐゲートができていて、大勢の人がゲートに押し寄せていた。
「安藤さん!完成したのか!?」
安藤はひどく驚いた様子でリックの顔を見る。
「り、リック君!生きて帰ってこれたのか!まさか百点を…?」
「そのまさかだ!」
安藤はそれを聞いて自分のことのように喜んだ。リックはキューブを握り締める。二回、百点をとったせいで異常に増えた源力に戸惑いながらもリストを出した。
リック 102点
100点報酬
死者を復活させる。
新しい力を得る。
元の世界に戻る。
リックが高らかに宣言する。
「キューブ!丈一を。空条丈一を蘇らせてくれ!」
キューブは何の反応も示さなかった。全員が丈一の復活を望んでいた。リックが何の反応も示さないことに焦り、もう一度声をかけようとしたとき、丈一はまるでもともとそこにいたかのようにそこにいた。丈一は普段と何も変わらない様子でそこに佇み、泣いている面々を見て驚いた。
「なんで泣いてるんだ…?」
「馬鹿野郎!」
リックはそう言って丈一を一発殴った。シェリーも殴った。安藤も殴った。丈一は過去の記憶を思い返す。
「そうか…。俺は隼人と戦って死んだのか。隼人は?」
丈一は白刀を取り出して答えを求める。
『死んだ』
白刀は答えた。
「なるほどな。隼人も俺も、死んだのか」
「死んだのかじゃないのよ」
シェリーが声を震わせながら言った。
「あなた、私たちがどれほどあなたのことを心配したと思ってるの!そしてあなたが死んでどれほど悲しんだと思ってるの!」
シェリーは怒りに戦慄きながら続ける。
「あなたが死んで!リックもあなたを生き返らせるって言って行って!リックが帰ってきたから良かったけど、帰ってきてなかったら…」
シェリーはもう泣きつくしたと思っていたが、ぽつりと涙をこぼした。
「帰ってきてなかったら、私だけ残されたのよ」
丈一は戸惑いながらも謝罪の言葉を口にした。
「す、すまない。シェリー、でも」
「でもじゃない!どうせ意地の張り合いで死んだんでしょ!」
丈一は言葉に窮する。
「私、もうカンカンに怒ってるんだから」
そんな様子のシェリーにおずおずとリックが何かを言いだそうとする。
「シェリーさん。実はーーー」
「あれ。報告通り全然サルたち逃げてんじゃん。チョーヤバそうじゃね」
リックを遮って、男の声が広場に響いた。その男は髪を茶髪に染め、耳に派手なピアスをつけた喪服の男だった。その男の後ろからぞろぞろと喪服の連中が広間に現れた。安藤が警戒する。
「お、お前たちはなんだ?」
茶髪の男が笑いながら答える。
「お、お、お、俺たちは、ま、ま、ま、魔人でーす。ぎゃははは」
丈一が刀を抜いた。
「何しに来た?」
「サルどもの駆除に決まってんだろ」
リックが確認する。
「つまりは俺たちの敵でいいんだな?」
「さあーねー」
内心丈一とリックは恐れていた。それは突如現れた謎の敵に、ではなく、未だ怒りを鎮めていないシェ
リーに対してだった。シェリーが短く号令をかける。
「リック、丈一」
二人は肩を震わせて答えた。
「「は、はい!」」
シェリーが喪服の集団を指さす。
「あのふざけた集団を殲滅しなさい」
リックが盾を構えた。
「応ッ」「承知」
二人は喪服の集団に飛び込んだ。
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