第二一話
リックが転移してから数時間後、丈一はキューブの前でカウントダウンを眺めていた。村の仲間がカウントダウン前にも関わらず、続々と姿を消していることから、あまりこのカウントダウンはあてにならないことを知りながらも一人取り残された丈一は無聊をかこっていた。
「そういえば…」
と、丈一は唐突に刀のことを思い出した。村井曰この刀は、自己修理中らしいが、今日にいたるまで一言も喋らなかった。
「おーい」
丈一がコンコンと刀を叩くと刀は返答した。
『なんだ、やっと私のことを思い出したか』
「驚いた。起きてたなら言えよ」
刀はどこか鬱憤がたまっている様子だった。
『はぁ…。私は丈一の修行の邪魔をしないでやったんだ。というか、なんだあの修行。ほぼ殺し合いじゃないか。口を挟む暇もなかったぞ』
丈一はペラペラと喋りだした刀の声が頭に直接響くのに慣れなかった。
「なら、白刀の使用練習の時は喋ってもよかっただろ」
『いやいや、自分が使ったこともないものをどうやって教えろというんだ。なんだ?白い煙が出るから煙幕にでも使えばいいんじゃないか?』
丈一は愕然とした。
「白刀への理解が浅い…。浅すぎる…」
『そら、そんなこと言ってたらそろそろ呼ばれるぞ』
白刀は完全に他人事といった無関心さで丈一に呼びかけた。丈一はその場にジャンプした。着地した先は天界だった。
「ぴったりか」
丈一は流れるような動作で白刀を抜くと、目の前の敵の首を静かに落とした。辺りは血煙で包まれていた。どうやら、戦場のど真ん中に呼び出されたようだ。敵味方の攻撃が入り乱れる中、丈一は踊るように敵の首を落として回った。
「七、八、九…十!」
丈一は十匹目の天使の首を落とすと、薄く笑った。
「これで、百点か。やはり今回のミッションはボロいな」
丈一が百点で得られる新しい能力について考えていると、大きなビルに足がついたような大きさの天使が遠くで倒れた。あたりに暴風が吹きすさび、丈一は吹き飛ばされる。丈一は冷静に唱えた。
「源力操作、空中浮遊!」
丈一の体は宙に固定されて飛んでくる瓦礫だが死体だがを斬り飛ばした。上から戦況を見渡していると、大きな気配がさらに上で戦っていることが分かった。
丈一はその化け物たちに絡まれないようにかつ、可能な限り点数を取れる立ち回りを心掛けた。戦場を練り歩く丈一は敵にとっては踊る死神のように見えた。
「おっと、流石に百点相手にタイマンはるほど馬鹿じゃないさ」
「へぇ、そこは踏みとどまるんだな」
丈一は意識外からの呼びかけに驚き、刀を構えた。そこにはリックと同年代くらいであろうか、まだあどけなさの残る顔つきをした黒髪の男、渋谷隼人がいた。隼人は黒い煙に包まれていた。それを斬り裂いて隼人が丈一に歩み寄る。
「あんた。俺言ったよな。刀が喋りだしたら、俺に言ってくれって」
『おいっ!隼人。まだ覚醒してるかどうかわからへんで!どうする気や!』
「いや、こいつ多分もうおまえの声聞こえてるぞ」
『そんなん聞いてみな分からへんがな。どれどれ、コンコン聞こえてまっか?』
「聞こえてない」
『聞こえとるがな!』
丈一は思わず、答えてしまった。軽妙な謎の声の語り口につられた丈一は、少し悔しくなった。白刀があちゃーと額を叩いている様が、何故か脳裏に浮かんだ。
「はぁ…。あれだけ派手に戦っていて覚醒してないはずがないよな。新しい白刀の使い手さんよ」
丈一が戦闘態勢を取ろうとすると、隼人は両手を挙げた。
「元々戦う気はないんだ。俺は黒刀の使い手、渋谷隼人だ。二回クリアしている」
『ホワイトアウト!今日という日は逃さんで!』
丈一の刀が震える。
『黒縄。考えを改めたらどうなんだ。お前のやってることは間違っている』
「まずは、あんたの仲間の場所に案内するよ」
「まさか、また人質を取ったとでもいうつもりか?」
「そんなわけないだろ…って言いきれないか。第一印象が悪すぎるだろ…。どれもこれもあの女のせいで…」
「あの女って言うとクラウディアのことか?」
「そうだ。あのくそ女に騙されて、お前らの仲間を誘拐したんだ…。その件は悪かったよ」
「今はいったんその件については置いておこう。仲間はどこだ」
「ついてこい」
そういうと、隼人は空を飛び、シェリーと安藤がいる場所に案内された。シェリーは丈一の存在に気が付くと、駆け寄ってきた。
「丈一!無事!?」
「あぁ、問題ない。それよりこいつらは?」
丈一は地面にうずくまっている人たちを指さした。
「今、私が治療してるの。リックは見た?」
「見ていない」
「もう五日目なのに…。本当にまだ転移させられてないだけかしら」
「リックなら大丈夫だろう。こんなところでくたばるような男じゃないしな」
「それならいいけれど…」
丈一は安藤に声をかけた。
「安藤!無事か?」
「う、うん。大丈夫!シェリーが隼人と繋がっててくれたおかげで、比較的安全な場所に無事避難できた
よ」
「守られていたっていうのは本当なのか…」
隼人が口を挟む。
「うちのバカたちは協調性ってものがないから、いろいろ迷惑かけただろ。悪かったな」
「どうやらリーダーは少なくともそのバカじゃないみたいだな。いろいろ言いたいことはあるが、結果オーライということにしておこう」
「助かるよ」
「丈一だ」
丈一と隼人は手を握り合った。隼人が口火を切る。
「丈一、勇者因子って知ってるか?」
「名前だけ修二から聞いた」
「そうか、じゃあ何も知らないんだな」
『私も知らない』
『お前、知らんの!?』
「じゃあ俺にまずは説明させてくれ。俺の目的に深くかかわる話だ」
隼人が口うるさい黒刀を黙らせる。
「勇者因子とは、喋る刀たち、いわゆる魂刀の所有者に宿る因子のことだ。魂刀は五本ある…らしい。俺の情報も黒刀のものがほとんどだから、あやふやな所がある。許してくれ」
「世界の説明はしなくてもいいよな?この黒刀、黒縄誠一は悪界から生まれたもので、その白刀、ホワイトアウトは龍界で生まれたものだ。天界で生まれた熾刀はセラフィム。後は、魔界の魔刀と人界の一刀」
「これもかなりアバウトな話なんだが、一刀は既に過去で消滅し、魔刀はこれから未来に生まれるそうだ。俺はこの五本の刀によって生まれる勇者因子を集めている。なんのためかって?」
「それは神を殺すためだ。この立方体の世界の中心にある無の世界。そこに神は存在している。そいつはこの世界にキューブとかいういかれた概念を持ち込んだ張本人で、言ってしまえば、諸悪の根源だな。そいつを殺してこの殺し合いを止めるのが俺の目的だ。無の世界に行くためにすべての勇者因子を集めることが鍵となる、そこでーーー」
丈一はそこで質問をした。
「勇者なら既に【勇者 A】っていう職業はあるが、それは関係あるのか?あと、消滅した一刀についてはどうするつもりだ」
「【勇者 A】?そんな職業聞いたこともないが…。その件は俺には分からない。消滅した一刀については勇者因子自体がどこかに残っていることにかけて、探すしかない」
丈一が本題であろうポイントにメスを入れた。
「それで、その勇者因子とやらはどうやって集めるんだ?」
「所有者に負けを認めさせることだ」
「なるほどな」
隼人が丈一に向き直る。
「丈一、急で悪いが、負けを認めてくれないか」
「あい、分かった。俺は敗北を認める」
『…』
『…』
「…渡ったか?」
『全然わたっとらんで!』
「だよな…」
丈一は小首をかしげる。隼人が諦めたかのように言った。
「心の底から敗北を認めないとダメなんだ。こういうのは」
丈一がいぶかしむ。
「待て、前任者はどうした。そいつから白刀の勇者因子は受け継いでないのか」
『前任のあずさも同じやったんや。そう軽々と負けを認めへんかったわ。そして…』
「…あぁ。俺が殺したんだ」
「それでも勇者因子は移らなかったんだな。それほどの覚悟があったのだろう」
隼人が丈一に尋ねる。
「丈一、どうすればお前は負けを認めてくれる?」
「まぁ、殺してくれたら移るんじゃないか?一旦殺して、百点で蘇生するっていうのはどうだ?」
『いや、この男はきっとそれを負けと認識しないぞ』
『せやんなぁ…。どうしましょ…』
隼人は腹を据えて、言った。
「ここに熾刀セラフィムがある。勝った方、いや生き残ったほうがこいつを得れるってのはどうだ」
『なっ!隼人、それはお前が命辛々奪い取った刀やんけ!』
「生き残った方っていうことはやるつもりだな。隼人。今」
隼人は黒刀を握り、丈一を見据えた。
「あぁ、そうだ。場所を変えよう」
「待て、その源力量、本調子とは言えないようだが…」
「殺される前に敵の心配か?丈一、ハンデだよ」
丈一は不敵な笑みを浮かべた。
「面白い」
シェリーが口を挟む。
「ちょっと待って!二人とも急になにをしようとしてるの?」
「シェリー、すまない。また無茶をする」
「待っーーー」
二人は制止する周りの声を無視して人も天使もいない場所に移動した。