第二十話
翌日、リックがいつでも戦えるように準備を整えたとき、突然リックの天地がひっくり返った。リックは体勢を崩して転がる。
「痛ってぇ…」
リックが転移した先は天界だった。辺りは雲海と乱立する神殿で構成されていた。
「おいおい。キューブの時間とズレてるぞ…。まさか俺だけ先に転移したのか?」
リックは仲間が一人もいない状況に戦慄する。リックはできるだけ音を立てないように、辺りを散策した。
リックは行く先々で、死体に出会った。それはモンスターの死体であったり、人間の死体でもあったりした。中にはかなり強そうなモンスターも討伐されていた。
その中で、リックはモンスターと相打ちになったであろう人間の死体を見つけた。しかし、そのモンスターは手足をもがれながらもまだ息をしていた。リックは盾を構えた。
「一点でも多く…」
リックは盾の鋭利な縁をモンスターの首筋を狙って振り下ろした。手に残る嫌な感触。リックは後悔の念に苛まれた。
「うぅ…。すまない…」
白々しくも涙を浮かべて謝る自分を冷たい目で分析している自分がいることにリックは気づいた。
リックが丈一についていけなくなった理由は、源力操作や剣技だけが理由でない事をリックは感づいていた。それは自身の倫理観が緩くなっていることが原因だった。
血で染まるこの世界に知らず知らずのうちに慣れたリックは先ほどの殺害のように、モンスターを殺すことに躊躇しなくなっていった。
それはすなわち丈一の行動にリックの倫理観が反応しなくなったことを意味する。その結果盾の強度は落ちていった。源力操作でのごまかしがきかなくなったころ、丈一は既に手の届かない高みへと登っていた。リックは盾を持ち直して涙をふく。
(今は余計なことを考えるな。生き残ることだけ考えるんだ)
リックがそうして歩いていると、遠くからバイクに乗った男が近寄ってくるのが見えた。バイクはリックの警戒をよそに目の前で止まると、声をかけてきた。
「お前さん。人間か?」
その体は小さな鋼の部品で組み立てられていた。リックはまるで人間サイズの精密な時計を相手にしている気分になった。
「あぁ。そうだ。あんたは違うみたいだな」
「おや。龍人をみるのは初めてかい?乗りな。案内してやる」
リックはわずかな会話で悪意はないことを判断すると、バイクの後ろにまたがった。
「お前さん!名前は!?」
風圧に負けないようにリックは大声で返した。
「リック!そっちは!?」
「ブライトサーガだ!」
バイクがひときわ大きな神殿に入ると、そこには見知った顔がいた。リックがバイクから降りると、声を上げて近寄った。
「シェリーさん!それに安藤さんも!」
シェリーの顔はかなりやつれて見えた。シェリーの周囲には大勢の参加者たちが地べたに寝転がっていた。全員どこかを怪我しているようで、シェリーの回復によって命をつなぎとめているらしかった。
「リック、やっぱりあなたが最後だったのね。この戦争も今日で既に六日目よ」
「俺が最後にってことは他のみんなは俺より先に転移させられてたのか?」
「えぇそうよ。私と安藤は初日から。他のみんなはバラバラのタイミングで転移してきて、ザインたちは今前線で戦ってるわ」
「そうか。それで丈一は?」
「丈一は…」
シェリーが目を伏せた。
「え?なんだよ急に」
シェリーは無言で涙を流した。安藤が会話に参加する。
「じ、丈一君は死んだ」
「は?」
「じ、丈一は昨日転移してきて、渋谷隼人に殺されたんだ」
リックは激昂する。
「信じられねぇ!なんでそんなことになったんだ!」
シェリーが答える。
「分からないわ。途中までは渋谷隼人も私たちと協力してモンスターを狩っていたのだけれど、丈一と合流した途端、急にもめだして、どこかに移動したの。私たちも急いで丈一を探したんだけど、残されてたのは刀と…」
リックは寝転がっている丈一をふと見つけた。布を被せられていたが、その顔は明らかに丈一のものだった。
「おい!丈一!いるじゃねぇか!起きろ!」
リックは丈一に駆け寄り、肩を揺らす。しかし丈一は起きない。リックが毛布をはがすと、そこには胸から下がない丈一の死体があった。
「うわぁぁぁぁ!」
リックは腰を抜かして尻もちをついた。
「死体のうち回収できたのはそれだけ。今、安藤さんが天界から人界に転移する方法を編み出してる」
「あ、あと、一日くらいでできるよ。リック君はそのまま待ってなさい」
リックは現実をうまく飲み込めなかった。
(丈一が死んだ?あり得ない。あいつより先に死ぬのが盾の役割じゃないのか?こんなあっさりと終るのか?)
リックは絶望の淵に立って考えた。
「終わってたまるかよ…」
リックは立ち上がった。
「キューブ!百点報酬を見せてくれ!」
安藤の下にあったキューブがリストを提示する。
100点報酬
死者を復活させる。
新しい力を得る。
元の世界に戻る。
リック 22点
リックは食い入るようにリストを見ると、死者を復活させると書かれた文言を指さした。
「俺が、百点を取って丈一を復活させる」
「む、無茶だ!五十点や百点がそこらに溢れかえってる戦争だよ!少なくともザインやウィンクが帰ってくるのを待つべきだ!」
リックは首を振る。
「ザインや、ウィンクが生きて帰ってくる保証なんてないし、そもそも百点を丈一に使ってくれるとは思えない」
シェリーがリックの覚悟を受け止め、言った。
「行かないでって言ってもあなた達は行くのよね…。あなた、弟さんのこと忘れてないでしょうね。必ず生きて帰るのよ」
リックは力強く頷く。
「もちろんだ!ブライトサーガさん!俺を前線まで連れてってくれ!」
「親友を生き返らせるため死地に飛び込むか!面白い!乗った!連れてってやろう!」
ブライトサーガはリックを乗せると、猛スピードで前線に向かっていった。
残されたシェリーは耐えていた涙を流す。
「みんなどうして行っちゃうのよ…」
タイトル
ブライトサーガはリックに尋ねた。
「リック、どうやって百点を稼ぐつもりだ!?見たところお前さんそんなに強くなさそうだが!」
「それは今から考える!」
「えぇ!」
ブライトサーガはバイクを止めた。
「ワシもバカの自殺に手を貸すほど暇ではないぞ」
リックは頭を抱えた。
「そうだ…。俺に得点獲得能力なんてなかった…。この盾も自分を守るには使えないし、さっきみたいな
おこぼれを狙うか?」
ブライトサーガはぼやく。
「百点取って、暇つぶしにバイク走らせたら、とんだバカにひっかったもんだ」
リックがそれを聞いて驚く。
「あんた百点とったのか」
「あぁ。この規模の戦争だ。百点を取ったものなんてゴロゴロいるだろうよ」
「それだ!」
リックは思い付きをそのまま話した。
「百点とったやつの盾になってポイントをもらえばいいんだ!」
結局やってることは丈一の盾と変わらないが、百点分の働きをすれば、モンスターを倒さなくてもポイントを獲得できるかもしれない。しかし、百点を軽く渡してくれる者など、相当ポイントに余りがある強者しかいない。リックは気合を入れ直した。
「ブライトサーガさん。飛ばしてくれ」
「ほう、どこにだ?」
「前線の中でも更に前、最前線だ!」
ブライトサーガはそれにエンジンをかけて答えると、さきほどよりもスピードを出して最前線へと走って
いった。戦場は奥に進むにつれて、苛烈になっていった。むせかえる血の匂いで、息苦しくなってきたころ、敵の数が格段に増えた。
「人の前線をなめてたな。こりゃ」
リックにはあたりを飛び交う敵の一匹一匹が百点以上の力を持っているように見えた。
「ブライトサーガさん!ここでいい!ありがとう!」
しかしブライトサーガは返事を返さなかった。
「おい!とまってくれ!」
リックがブライトサーガに向き直った時、ブライトサーガの頭はすでになかった。リックは寒気がして、
急いでバイクから飛び降りた。バイクはそのまま直進し、壁にぶつかると大破した。
「くそっ!」
リックは盾を構えて走り出す。幸い、源力のあまり多くないリックは敵の的にならず、素早く建物の陰に隠れることができた。周囲を観察する。多くの参加者が戦いを続けていた。
レベル的にはザインレベルでようやく戦いの参加資格があるようだ。チームを組んで戦っているところが多く、ザイン以上の強者たちですら目を離したすきに死んでいることがざらにあった。
「わからねぇ…!ザイン以上の強さなんて…。俺の物差しを超えてる」
リックはインフレした戦闘についていけてなかった。それでも執念深く、参加者をじっと観察していると、一人、見覚えのある顔がいた。
リックはその顔をどこで見たのか必死に思い出そうとしたところ、前日の安藤の説明の際に魔王に挑んだ生存者の一人であることを思い出した。
「たしか、名前はアウラ・ゼウス・ナントカ!」
その女は赤毛で勝気な目つきでリックの印象に残っていた。女は空を飛びながら、地上に三人の仲間を引き連れておそらく百点以上のモンスターと戦っていた。しかし、どうやら苦戦を強いられているようで、女は苦々しい顔をしていた。
敵は翼の生えた人型の彫刻で、空にいる女を抑えながら、地上からの攻撃を巧みに制していた。女は近づかれては距離をとり、何とか攻撃をしのいでいたが、見るからに苛立ちを募らせている様子だった。
「あぁ!くそ!魔王城でタンクが死ななければ、こんな目には…!」
リックは目敏く、女が苦戦している点を見つける。それは見ての通り、相手からの直接攻撃だった。地上の仲間に指示を出そうにも、敵の攻撃が妨害となって、指示が出せない。ここにリックの付け入るスキがあった。
「練習だと、苦手だったんだよな。空中浮遊…」
しかしリックにはやるしかなかった。足に源力を溜めて解き放つ。リックはそうやって得た推進力を武器に敵に飛び込んでいった。
「なんだ?」
女はそれを見るとその隙に仲間の一体を空に浮かべた。地上から突然飛び出してきた人型ロケットは素早く敵から距離をとると、今度は女に向かって飛び出してきた。女は源力でその突進を防ぎ、首根っこを掴んで確認した。
「なんだ?貴様は」
「俺の名前はリック。あんたランキング二位のアウラだな!俺を雇ってくれ!」
アウラは突然の申し出に思考は止めつつも腕は止めなかった。手早く敵を仕留めると、周りに敵がいない場所に着地し、話を聞いた。
「百点くれたら何でもする!」
「お前、武器は?」
「【倫理の盾 C】だ!」
「ほう。それでここまできたか」
アウラはしばらく考えてから、了承した。
「分かった。まずは貴様の盾を進化させる。今何点だ?」
「22点だ!」
「80点やる。【倫理の盾 C】を破棄して、ガチャを引け。上手くいけば良いものが手に入る。ちなみ
に私用で百点を使ったら殺す」
リックは一瞬、丈一をこの百点で蘇らせることを考えたが、アウラの言葉が本気であることを悟ると、アウラが持っていたキューブに手をかざす。
リック 102点
100点報酬
死者を復活させる。
新しい力を得る。
元の世界に戻る。
【倫理の盾 C】を破棄しますか?
YES/NO
リックは迷わずYESを押した。
100点報酬
100点を使って新しい力を得ますか?
YES/NO
リックはアウラに見守られながらYESを押した。すると初めてミッションに参加したあの日のように、キューブから白い箱が出てきた。リックは高鳴る胸の鼓動を感じながら、箱を開けるとそこには真っ白な盾が入っていた。
「ステータス!」
ステータス【人間】
職業 なし
スキル なし
武器 【誓約の盾 B】
魔法 なし
リックは食い入るように誓約の盾の説明を読む。
「己がたてた誓いの重さだけ盾の強度は上がる…!これなら!」
リックが顔を明るくしてアウラを見たが、アウラは失望の色を隠しきれていなかった。
「ちっ。外れか。どうせ使い物にはならん。八十点損することになるが、無駄死にさせるよりはましだろう。いね」
「なっ。待ってくれ!俺は百点を集めないといけないんだ!なんでもするから仲間に入れてくれ!」
「貴様、私の前で二度も軽々しくその言葉を使ったな…!」
「軽々しく使ってなんかない。本当に何でもする!親友の命がかかってるんだ!」
アウラはリックの必死の形相を見て考える。
「…そこまで言うなら分かった。ただし、場合によっては貴様に死ぬより恐ろしい目に合ってもらう」
「分かった。頼む!」
アウラは即答するリックに呆れながら説明する。
「貴様に【廻滅契約 N】を受けてもらう。この契約は貴様を強化する代わりに百点報酬での蘇りができなくなる」
リックは蘇りができないということを理解すると、頷いた。
「そうか…。死んだらそこで終わりなのか。当たり前だけどな…」
「その後、私の【聖戦遊戯 N】の元、共に戦ってもらう。その盾では基本補欠になると思うし、補欠に
はそれ相応の支払いしかできないが構わないな?」
「なっ!それは困る!俺は百点がないと困るんだ!」
「じゃあこの話は無しだ」
アウラはそう告げて無情にも飛び去ろうとした。しかしそれをリックが呼び止める。
「待て!俺の武器は誓いの重さによって硬さが変わる…」
「そうだ。しかし所詮はB。この先の戦いで通用するためにはこれから先、生涯の源力を捧げたぐらいでは話にならんぞ」
「あぁ。わかった」
遠くで人と天使が戦う音が聞こえる。
「俺はーーー」
大きな衝撃音があたりに響いた。どうやらその戦闘は人の勝利で終わったらしい。
アウラが目を見開く。
「貴様、話を聞いていたか?それともバカなのか?」
「ちゃんと聞いてたし、俺はバカじゃない。俺はこの誓いをたてる!」
リックがそう宣言すると、盾は薄く光り始めた。リックがその盾を装備すると、源力の扱いが格段に上達
したのが分かった。
「貴様、そこまでする理由はなんだ?何が貴様をそうさせる?」
「言っただろ?親友を蘇らせるんだよ」
「しかし、それでは…」
「俺は元々、初回のミッションもクリアできずに死ぬ運命にあったと思うんだ。そこを偶々、才能のあるシェリーさんや丈一に救われてなんとか生き残ってるだけで、俺はラッキーだったんだ」
「そりゃあ、最初はそれを認めたくなくて、丈一にも歯向かったさ。コテンパンにされたけどな。でもな、今思うと俺はその頃から、魅せられてたんだ。この暗い世界で丈一っていうまばゆい輝きに」
「だから、丈一はこんなところでくたばってる場合じゃないんだ。あいつにはきっと大きな役割がある。俺にとって…」
リックはあの時修二に言いそびれていた言葉を思い出す。
「…俺にとって丈一はもう弟と同じくらい大事な存在なんだ。ってあんたに言ったってわかんねぇよな…」
アウラは目を瞑って静かにその話を聞き、リックの覚悟の重さを計っていた。
「いや、少しは理解した。その男に貴様は憧れていていたんだな」
「そうかもな」
「では【廻滅契約 N】を受けてもらう。これを受ける前と後では魂のレベルが違うぞ」
「よっしゃ!来い!」
リックは言われるがままにアウラにありったけの源力を渡すと、アウラはそれを何倍にもして返した。輪廻から解放された魂は、万物から源力を授かり、源力量の制限を取っ払った。リックは万物とつながる初めての感覚に身震いする。
「これが魂の力か…」
「さて、行くとしようか。リックの役割はタンクになる。ヒーラーから回復をもらうんだ。わかるよな?」
「あぁ。ゲームと同じで仲間を守ればいいんだろ」
「何を言ってる?これはてんで駄目だな」
「え?」
リックは困惑する。アウラがにやりと笑った。
「タンクの一番の役割は敵をキルすることだぞ」
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