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アスタナ、崩壊  作者: サムライソード
勇者誕生
19/31

第十九話

 ある日、キューブから映像が投射されて、カウントダウンが始まった。


全天戦争まで

167:59:59


 それは残り一週間を告げるカウントダウンだった。丈一たちは訳も分からぬまま鍛錬を積んだ。


 ある晩、村井との徹底的な修行の隙をついて、リックとシェリーが酒瓶を持って、丈一の下を訪れた。三人は適当な空き家で、盃を交わした。途中から未成年であることがばれたリックはシェリーに容赦なく冷や水を飲まされていた。


「おおい!俺の龍神酒ぇぇ…」


「バカっ。そんな御大層なものじゃないわよ!」


 リックの手をシェリーが弾くと丈一は笑った。それを見てシェリーとリックは驚いた。


「丈一さんって素直に笑えるのね」

 

 シェリーが意外そうな顔をして丈一の顔を覗き込む。丈一は心外そうに首を竦める。


「俺だって愉快な時は笑うさ」


「いや、俺の知ってる丈一は常に眉間に眉を寄せてるか、真顔だぞ。さては偽物か!」


 リックがでかい図体でじゃれついてきたので、丈一は刀の鞘で強めに眉間を突いた。リックが痛みで地面を転がる中、丈一はふと懐かしさを感じていた。


「そういえば、最初はこんな感じだったな」


 シェリーは感慨深そうに言った。


「そうよ。あなたたちは傷つけあってばかりで、その後片付けをするのはずっと私。やってらんないわ」


「ごめんよぉ。シェリーさん。きっと俺も強くなるから」


「強くならなくてもいいの。みんなが無事でいてくれたらそれで。丈一、聞いてる?」


 丈一は呼び捨てで呼ばれたことに気が付きながらも茶化してごまかした。


「すまん、ちょっと寝てて聞いてなかった」


「起きてたぞ!シェリーさん!」


「あら、お仕置きが必要かしら」


 丈一は興味深げに尋ねる。


「お仕置きって?」


シェリーは考え込む。


「そうね…。自己開示をなかなかしない丈一だものね。何か自己開示をしなさい!丈一!」


「自己開示ってなんだよ…」


 リックが嬉しそうな顔をして丈一を笑う。


「そういうのは、自分が恥ずかしいと思ってることを言うんだよ!丈一!」


 丈一は恥ずかしいものと聞いて即座に連想するものがあった。


「一つだけならある…」


「なになに?お姉さんに言ってみなさい!」


 丈一は顔を赤らめながら言った。


「俺のフルネームだ。空条丈一と言う。まかり間違っても略して呼ぶなよ」


 リックとシェリーは顔を見合わせ、笑った。


「まさに主人公にぴったりの名前じゃねぇか!空条丈一。略してジョジョだ!」


「略すなと言っただろうリック!」


「別におかしな名前じゃないわよ。そんなことを気にしていたのね」


 三人は一頻り笑いあうと、束の間の安寧を享受した。シェリーが突然真剣な顔をして丈一に尋ねた。


「丈一、そろそろ向き合うべきなんじゃない?」


「なにに対してだ?」


「あなたが見て見ぬふりしているものよ」


「あぁ、あれか…」


 丈一は一気に興が覚めた。


「あの子、クラウディアの気持ちは真剣よ。真面目に応えてあげたらどうなの」


 丈一は言葉に詰まる。


「いや、そうだな。分かってはいるんだが、なにせ最初が険悪だった分、距離を測りかねているんだ。それに向こうも協力者以上の気持ちはないだろう」


「そんなことはないわ。彼女はあなたを…。いえここから先は本人に言わせましょう」


 そう言うと、シェリーはクラウディアを呼びに言った。リックは酔っぱらっているのか執拗に丈一に絡んだ。


「丈一はどんどん強くなっていくなぁ。置いてかないでくれよぉ」


 丈一は適当にあしらう。


「無茶言うな」


「おいおい。俺は真剣だぜ。兄弟。もしどっちかが足を引っ張った時は容赦なくお互い、切り捨てるんだぞ」


「分かった分かった」


「マジだぜ」


 そういうリックの顔からは酒気が抜けていた。まっすぐ丈一を見つめるリックを、丈一はなぜか見つめ返せなかった。丈一は代わりにリックの言ったことを復唱した。


「マジだ」


そう言ってリックは丈一の手を掴むと糸が切れたように地面に倒れこんだ。


「おいっ!リック!」


 丈一は一瞬冷や汗をかいたものの、リックがただ眠りこけているだけだと知ると、ペシッとリックの額を叩いた。


 それから、丈一はリックを置いて逃げてやろうかと考えたが、それもかわいそうだなと思いなおし、シェリーを待った。シェリーはクラウディアを連れてくると、困惑した様子のクラウディアを残して、リックを引きずって早々に去っていった。


「シェリーも強くなったな」


「え?」


「いや、少し前のシェリーだったらリックを片手で引きずるなんてできなかったなと思って」


「え、あぁ。そうね。確かに…。確かに強くなったわ。遠隔回復から全体回復まで、おそらく人界で一番の回復者はもうすでに彼女かもね」


 丈一はクラウディアに尋ねる。


「その人界っていうのは何なんだ」


「人界?えぇ、そうね。教えてなかったわね。人界っていうのはアスタナのこと、つまりは人が住んでいる場所。分かるかしら」


「もう少し詳しく頼む」


「そもそもこの世界ってどんな形をしていると思う?」


「球体じゃないのか?」


「残念。違うわ。正解は立方体よ」


 丈一は予想に反した答えに衝撃を受けた。


「びっくり?球体って答える人のほうが私はびっくりなのよ」


「あぁ。驚いた。続けてくれ」


「立体の展開図を描くとね…」



 霊

魔人龍  

 悪

 天



「こんな感じでそれぞれの世界が繋がっているの。天界、魔界、人界、龍界、悪界、霊界。六つの世界のうち、今私たちがいるのがアスタナ」


「君が守りたい世界っていうのはアスタナのことか」


 丈一はぼんやりとしていた考えがくっきりと輪郭を持って修正されていくのを感じた。


「そうよ。そのはずだったのだけれど…」


「はずだった…?」


「最近になって【運命 S】がある程度コントロールできるようになったの。それで、あなたの未来、いえ、起こりうる未来を夢で見るようになったの」


 丈一は、話の続きを促した。


「例えば、あなたがシェリーと二人で結ばれて亡命する未来。その未来では世界も滅ぶし、シェリーとも死別することになる。不快な気持ちにさせたらごめんなさい。未来のすべてが見えるわけではないから、なぜ不幸になるかはわからないの」


 丈一はシェリーとの友情を損なわれた気持がして、不快になった。


「それで、そんなしょうもない未来を見る位だったら、世界の行く末でも見たらどうなんだ」


「それが…。見れなくなったの。どれだけ他の未来を望んでも夢で見るのはあなたとのことばかり、まるで世界の命運なんてどうでもいいって【運命 S】が言ってるみたいに」


 丈一はクラウディアが重ねようとした手を払った。


「クラウディア、一つだけ俺の質問に答えてくれ。お前は出身や経歴で嘘を吐いたことがあるか?」


「それは…」


 丈一はその反応に確信を得た。


「やはりな…。記憶喪失というのは嘘なんだろう。お前には確かな過去がある。不確かな未来と共にな」


「えぇ。私には過去の記憶があるわ。でもそれは、冷たい水の中で一人ガタガタと震え続けるだけの孤独な記憶よ。別に隠すつもりはなかったわ。ただそうしておいたほうが都合がよかったからそうしていただけ」


「お前は最初、世界の命運と俺が密接に絡み合うから俺に固執しているといったな。今、世界の命運すらも放っておいてすることが、俺の夢占いか?一体、なぜ俺なんだ」


クラウディアは下を向いた。


「あの時…。あの時のあなたの瞳は私のことを愛して愛してたまらないって瞳をしてた。生まれて初めてだったの、あんなに求められたの。だからもう一度、もう一度だけ愛されたいの…。そう思う気持ちは人として当然じゃない?」


 丈一はミッション森の妖精たちの最後を思い返していた。あの時現れた丈一は確かにクラウディアの瞳をとらえて離さなかった。だが、今の丈一にとっては何ら関係のない出来事に過ぎなかった。


「お願い。私のことをもう一度愛してちょうだい」


 丈一は冷淡な眼差しでクラウディアを見ると、にべもなく断った。


「残念だが、お前の都合よく世界は動いていない。お前は目的達成のためなら人の情も理解せず、強引な手段をとる女だ。俺がお前に惹かれる要素はない」


 丈一はそう言い切ると泣きじゃくるクラウディアを放置して、空き家から去った。それ以来丈一はクラウディアのことを今まで通り、存在しないものとして扱った。シェリーは一度無言で丈一の肩を殴ると、言及してこなかった。


 全天戦争まで残り二十四時間を切った。全天戦争に合わせて、キューブが調整したのか、ミッション中のものは居なかった。ザインが全員を集会所に集めた。


「ここにいる全員、全員だ。明日を乗り越えて、必ず生きて再会するぞ」


 ザインの静かな決意表明ともとれる宣言は全員の心にしっかりと響いた。


「まっ…。僕はネイティブだから、呼ばれないんだけどね…。たはは」


 空気の読めない村井の空笑いは集会所に虚しく響いた。丈一は集会所から村井を退場させると、場を仕切り直した。


「安藤から何か情報はないのか?」


 安藤がパソコンから視線を離さずに、答えた。


「も、もちろんあるよ。それが僕の存在理由だからね」


 安藤はキューブを操作し、空気中に映像を投影した。


「こ、今回はクラウディア特別顧問を雇い入れて、現地の情報を中心に調べたよ」


 クラウディアは相変わらず暗い顔で下を向いている。安藤はクラウディアと丈一の顔を見比べ、パーティー内の人間関係をそこで色々察し、クラウディアの変化には触れなかった。


「ま、まず、先日丈一たちが受けたAランククエストの後に人間対魔王の人魔戦争が起こった。その結果がこちら」


 スクリーンには大戦の参加者が記載されており、複数の顔写真があった。バツ印がついている写真が複数枚あった。七名のうち、バツ印のついていないのは三名。ポーラ、ランク二位の女、渋谷隼人の三名だった。


「せ、生存者はわずか三名だね。」


 リックが声を荒げる。


「嘘だろ!修二さんが負けるわけないって!」


 丈一がリックを抑える。修二の顔写真には確かにバツ印がつけられていた。


「魔王は修二以上に強かった、というだけだ。受け入れろリック」


 リックは涙を拭って、前を向いた。感傷に浸る余裕すらなかった。


「つ、続けるよ。その後【魔王】築地慎吾は一週間後に天界へ全勢力を挙げて進行する意思を示した。それに追随する形で、龍界、悪界も天界へ宣戦布告した。魔界に敗れた人界も宣戦布告せざるを得なかった」


 リックが話を遮る。


「もう人界は魔界の言いなりなのか?」


「な、何もしなければ、人界が魔界に完全に屈服する日も遠くないだろう。それをさせないのが、僕らの使命といってもいいだろうね。まだ灯は消えてない。僕たちもいち早く王国に行って、反撃に参加すべき…なんだけど、まずは全天戦争を生き残ろうって話が今なんだよね。ここまでが前提知識だ。いいかい?」


 全員が理解を示すために頷いた。


「さ、さて、天界についてだけど、モンスターの点数は最下級で十点。最上級は千点だ」

 シェリーは唖然とする。


「千点って冗談でしょう…?」


「さ、流石に上級モンスターは魔、悪、龍が担当するだろうね。エンジェル(天使)、アークエンジェル(大天使)、プリンシパリティ(権天使)の下位三組がおそらく人の担当になると思うよ下から十点、五十点、百点だ」


 丈一は身震いする。


「どんどんインフレしてきたな」


安藤が補足する。


「お、同じ百点でも、丈一が戦った妖精の王よりは弱いと思うよ。そこの優劣には詳しくないけど、妖精の王は百点の中でもかなり上位にいる部類らしい。あらかじめ敵の画像を入手したから、共有しとくよ」

その画像たちは天使の彫刻のモンスターだった。シェリーが呟く。


「これガイアでかなり有名な彫刻たちね」


「ガイア?」


「私の出身地よ」


 安藤の話が終わると、ザインが号令をかけた。


「皆、一点でも多く点数を持って帰るんだ。俺たちはまだ弱い。逆境をも力に変えるんだ」


 丈一たちは最後に全員でとるに足らない話をした。それは全員の緊張をとるためでもあったし、それをすることで、元の日常に必ず戻るという決意の表れでもあった。

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