第十七話
キューブの点数を確認している暇もなく、妖精たちは空へと飛び出し始めた。二人の王の残した意思に従い、妖精たちは空を舞う。
≪人間たちを殲滅せよ≫
翠のヴェールとなって妖精たちは人が最も集まる場所、王国を目指し始めた。そこに立ちはだかったのはポーラだった。ポーラは呼んだ。
「集団転移!来なさい!ランカーたち!」
全身が炎で包まれた男。煌びやかな宝石を身にまとった女。全身が機械でできている性別不明のもの。そして真っ黒な刀身の刀をもつ男。五人は瞬く間に妖精を倒していくと、あっけなく翠のヴェールは破れほつれ霧散した。
ポーラが高らかに宣言する。
「私たちの勝利よ!」
ポーラは丈一たちに気づくと、転移して丈一の傍に立った。
「あなた、随分無理したようね。王が二人いたのは誤算だったわ。さらなる誤算がそれをかき消したようだけど」
リックが青い顔をしてポーラに尋ねる。
「なぁ、ポーラさん。この世にドッペルゲンガーみたいな魔物って居るか?」
「知らないわ」
リックが青い顔をして呟く
「あいつは、丈一だった…」
丈一は受け入れがたい事実に直面した。どこからともなく現れて、修二と互角に戦った百点のモンスターを一太刀で倒したのは、丈一によく似ただれか、いやおそらくは丈一本人であることを知った。
「まぁ。収穫があって安心したわ。予言の勇者はあなただったってわけね」
「は?予言の…。勇者…?ちょっと待ってくれ。最近そういうの多すぎないか?世界を滅ぼすだの、世界と戦うだの、今度は勇者?ついていけてないんだが」
ポーラが諭す。
「安心して丈一。私たちには為すべきことがある。それを済ませてからもう一度あなたに会いに行くわ」
ジョンが黒い刀身の刀を持つ男に親し気に話しかける。
「おいっ。隼人。てめぇ、仕事は済んだのかよ」
隼人が答える。
「たりめぇだ。ジョン。お前と違って俺の仕事は丁寧で有名なんだぜ」
ハンマーがクラウディアに執拗に話しかける。
「サラ、危ないじゃないか。もうすぐで死ぬとこだったんだぞ!だいたいーーー」
「ハンマー。悪いけど、私、あなたの幼馴染でもないし、恋人でもないの」
そういうとクラウディアは丈一に歩み寄った。
「丈一。今までの非礼を詫びるわ。本当にごめんなさい。許されるとは思わないけど、すぐにランドルフとシェリーは解放させてもらうわ」
「いきなり随分としおらしいじゃないか。なにかあったのか?」
「なにかあったのはあなたのほうでしょう?あの時のあなたの瞳はーーー」
「良くわからんが、人質の解放は最低条件だ」
ポーラが混乱し始めた場の空気を整理する。
「さて、あなたたち、ミッションがすんだらさっさと帰りなさい。私たちにはやるべきことがあるの」
丈一が苛立たし気に尋ねる。
「さっきから言ってるそのやることっていうのは一体何だ」
「魔王の討伐よ。私たち憂国の蝶と、世界ランク一位の万屋修二、ランク二位のアウラ・エクス・マギナ、ランク四位のアサルトバース、ランク七位の渋谷隼人を加えた七人で魔王討伐に挑むわ」
丈一は予想外の答えに絶句した。
「相手は、Aランクミッションをクリアされて、リソースに余裕がないはず。この機を逃す手はないわ」
そこに隼人が話に参加してきた。
「おいおいおい。ちょっと待てよ、その刀。見せてみろ」
丈一は今度は刀か、と辟易する。丈一が刀の柄を握り、渡さない意思を示すと、隼人は遠巻きにそれを見つめた。
「まだ覚醒前ってところか…。くそっ。何回壊したらいいんだ。おい、あんた。この声が聞こえるか?」
『いや、確かに白刀はワイが壊したはずやで。だれかが源力を注いだことでまた復活したんやろか』
丈一は突如聞こえた奇妙な関西弁に動揺したが、表には出さなかった。
「何も聞こえていない」
そう言うと、隼人は眉間にしわを寄せて考え込んだ。そして結論を出すと丈一にこう語りかけた。
「あんた。その刀が喋りだしたりしたら、すぐに教えてくれ。もちろんこの戦いが終わった後に俺が生きていればの話だが」
「あぁ、分かった。よくわからんがきっとそうする」
「頼むぞ」
そういって隼人は去っていった。
『賢明な判断だ丈一』
丈一はミッションクリア時から聞こえる謎の幻聴を隠すことに決めた。丈一は問いかける。
(お前が白刀、ホワイトアウトか?)
『そうだ丈一。私はずっとお前が反応するのを待っていた。しかしなぜ、私を信じ、隼人に私の存在を打ち明けなかった?』
(そんなのきまってるだろ)
丈一は転移していくポーラたちを眺めながら呟く。
「主人公の刀が喋りだしたとき、それは強化フラグだって古来から決まっているからだ」
隣にいたリックが急にぼやいた丈一を見る。丈一は何でもないといってお茶を濁した。
丈一たちは魔王の下へと飛んで行ったポーラたちに次いで、キューブで帰ろうとしたとき、クラウディアがハンマーに言い放った。
「私はもうあなたたちの下には戻らないわ」
ハンマーが吃驚する。
「何を言ってるんだ!サラ!いい加減にしないか!」
ジョンは冷静に尋ねた。
「お前、隼人との契約はどうするつもりだ」
「契約はすでに履行したわ。もう隼人の運命上に彼が望むものはあると確定した」
「いやいや、そんな言葉信じられるかよ。その運命とやらに到たちするその時までは一緒にいてもらうからな。じゃないとギブアンドテイクは成立しないぜ」
「もうそんな悠長なことをやっている暇はないわ」
「それはそっちの都合だろ?」
丈一とリックはサイレントを連れて帰るつもりだったが、思わぬ言い争いに足を止めてしまった。
「これからは丈一たちに私の身を守ってもらう」
クラウディアがそう宣言すると、ハンマーは怒り心頭だった。
「僕よりも、そこの薄汚い男を選ぶわけだな。いいだろう。力づくで教えてやる。君が一体誰のものなの
かを!」
丈一は考える。クラウディアをここで見捨てた場合、ランドルフとシェリーの救出は困難なものになる。だが、今の戦力ではハンマーとジョンの二人を抑えるのは厳しい。リックが丈一の肩を叩く。
「やるしかない、だろ?女の子助けるときくらいかっこつけようぜ。丈一」
それを聞いた丈一は思わず笑う。
「その女の子とやらは随分厄介そうだがな」
丈一はステータスを表示させた。
ステータス【人間】
職業 なし
スキル なし
武器 【白刀 A】
魔法 なし
鞘から刀身まで真っ白になった元【名前を失った刀 B】を抜刀した。
丈一は白いオーラを斬撃にして、ハンマーとジョンに放つ。その攻撃を簡単に避けられると、ハンマーがスキルを発動した。
「【重力操作 N】!発動!」
その途端、体が何倍にも重くなり丈一たちは身動きが取れなくなってしまう。ジョンが鞭を振り回しながら、【テイム N】を発動させた。狙いはクラウディアだった。丈一が叫ぶ。
「リック!」
「ダメだ!動けねぇ!」
どす黒い鉄の首輪がクラウディアに命中しそうになったとき、剣を持った男がそれを弾いた。丈一が見覚えのある顔を見てにやりと笑う。オールバックの男が勇者らしいマントをたなびかせて登場した。
「反射的に守ったが、あってるよな?」
「大正解だ!リーダー!」
ザインはハンマーが発生させる重力場の中でも平気な顔で丈一に歩み寄る。その源力量は以前とは比べものにならず、余った源力を立ち昇らせていた。
「まずは、あいつからか」
ザインはそう呟くと、ハンマーに肉薄した。そのままハンマーの腕を斬り落としたかのように見えたが、それは間一髪、間に入ったジョンのモンスターの腕だった。
ハンマーは【重力操作 N】を解除し、【戦槌 B】に斬り替えて戦う。ザインは冷静に距離をとると自身にバフをかけた。
「ストレングス」
「ディフェンス」
「アジリティ」
同時に三つのバフをかけて、ジョンとハンマーに正対した。丈一はザインの新しい能力を見て尋ねる。
「いったいどんなスキルにしたんだ?」
「【フォース N】。俺の【勇者 A】を強化するためのスキルだ。フォース発動中の俺はけた違いに強くなるぞ」
ジョンがそれを聞いて笑う。
「何がけた違いに強くなる、だ。お前は俺ら二人を抑えるので必死だろ!」
「一人で完璧な人間なんていない。だから仲間に頼るんだ。安藤、転移を!」
丈一はその言葉を聞いたとき、自身が転移されるのだと思った。しかし実際には、新たな人物たちが送り込まれてきた。
それは拳銃を構えた黒い肩と腕の出たニットを着た女と、背筋はしっかりしているが、白髪と、顔のしわからかなりの年齢であろうことが予想される老人だった。ジョンが舌打ちをする。
「ちっ。荒野の戦士と手を組んだのか。めんどくせぇ。ハンマー、撤退だ!」
「待て、まだサラがーーー」
ジョンは手早くキューブを操作すると、転移した。広場に残された面々は戦闘態勢を解除した。女が言う。
「私の名前はウィンク。もう一人は村井さん。あなたたちはリックと丈一ね。よろしく」
二人は差し出された手を握り返した。
「ところでとんがり帽子をかぶった女の子を見てないかしら?」
「あぁ、その子なら…。死んだよ…」
リックがそう告げるとウィンクは目に涙をにじませた。
「やっぱりそうだったのね…。嫌な予感はしてたわ」
リックが慰めた。
「彼女は強かったよ」
「ありがとう…」
丈一がクラウディアに向かって言う。
「クラウディア。人質は解放されるんだよな?」
「もちろんよ。拠点につき次第解放するわ」
ザインが呆れたように言う。
「丈一、こいつがスパイの可能性はまだあるよな」
「ある、が、今更拠点の場所を知られるくらい問題なかろう。それに人質を解放できなければ斬ればい
い」
クラウディアはそれをきいて青い顔をする。
「あと、この子だ。何も言わないから便宜上サイレントと呼んでいる。ポーラ曰く強いらしい。今回は空気に溶け込んでいたがな」
「わかった。全員を連れて村に帰るぞ」
安藤はその声を聞いて村に彼らを転移させた。そしてクラウディアはシェリーとランドルフを村に転移させた。リックと丈一はシェリーとランドルフの身を案ずる。
「シェリーさん。なにもされてないか?」
「えぇ、大丈夫よ。心配かけたわね」
シェリーは健康そうな顔つきだった。それに比べてランドルフは暗い顔つきだった。ザインが心配して声をかける。
「ランドルフ、顔色が悪いが大丈夫か」
「あぁ、すまねぇ。ザイン。ポイントは全部渡しちまったよ」
「そうか、それは悔しかっただろうな…」
「それだけじゃねぇ。俺は降りちまった…」
「降りる…?どういう意味だ?」
「亡命しちまったんだ…。ミッション参加権を捨てて、王国へとな…」
ランドルフはそう言うと弱弱しく笑った。
「つまり、もう一緒に戦えないってことか?」
「そういうことになる…」
辺りに重い空気が流れる。口を開いたのはクラウディアだった。
「私たちは、元々、ミッション参加を望まない人たちからポイントを集めて代わりに戦っていたの。亡命した人たちは元の世界には戻れないけど、殺し合いから降りることはできるわ。この中で他に亡命希望者は居ない?」
手を上げるものは誰もいなかった。リックが恐る恐るシェリーに尋ねる。
「シェリーさんはしないのか?」
「えぇ、しないわ。迷ったけれど、私はまだ二人と肩を並べて戦いたいもの」
リックは感激する。
「シェリーさん…」
ランドルフが言う。
「俺はあいつらの元に戻るよ」
ザインは静かにうなずく。
「今までよくやってくれた」
クラウディアがキューブを操作し、ランドルフが戻るのを見届けると、ザインが声を張り上げた。
「若干手狭になったが、荒野の戦士たちもこの村で過ごすことに異論はないな」
二人は異論を出さずにこの村で生きることを決めた。全員がバラバラになった時、丈一はシェリーに声をかけた。
「長い間ろくでもないやつらと生活していて、気が張っただろう。ゆっくり休んでくれ」
「いえ、案外ろくでもない奴らというわけでもなかったわ。ジョンも話してみれば意外といい人だし、リーダーも私のことを守ってくれてたわ」
「そうなのか。ジョンがいい人というのはにわかには信じがたいが…。リーダーは確か渋谷隼人だろ?」
シェリーは若干顔を曇らせた。
「彼について、一つ印象に残ったことがあるの」
それはシェリーとランドルフが村に残って丈一たちを待っているときだった。村のキューブが急に隼人とハンマーを転移させ、シェリーとランドルフを瞬く間に制圧してしまった。シェリーはその時のハンマーと隼人の会話を聞いていた。
「どうする?無理やり亡命させることはできるけど、スマートじゃないやり方になりそうだ」
隼人が答える。
「無抵抗な女を虐めるのは主人公らしくねぇな」
「じゃあどうする?」
「ほっとく。女に無理やり言うこと聞かすとか、生憎、アンチヒーローものは嫌いなんだ」
シェリーはその会話から丈一のことを連想した。
「偶然だと思うけど、丈一と言い回しが全く同じだったから、何かつながりがあるんじゃ何かと思って」
丈一はそれを聞いて、寒気が走った。白刀が身震いをしたような気がした。
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