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アスタナ、崩壊  作者: サムライソード
勇者誕生
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第十二話

 そのモンスターたちは木々の切れ間から注ぐ太陽を全身で浴びていて、半透明の翠の体表を煌めかせていた。どこか幻想的にも見える光景に一同がすくむ中、真っ先に仕掛けたのは丈一だった。


 丈一は刀を持って肉薄し、相手がこちらに気づく前に片をつけようとした。刀を鞘から抜きとり、振りぬく。刀は確実に敵の首を両断したかのように見えた。しかし、モンスターは不思議な顔をするだけで、丈一に攻撃されたことにすら気が付かない様子だった。


 攻撃はすり抜け、刀を振り向いた致命的な隙を見せる丈一を前にしてモンスターはあどけない微笑を向けるとそのまま宙に浮かび上がり、丈一を指さすと、翠の光線を丈一に向かって放った。


「キィィィィィイン!!!」


 その光線は丈一の体を包み込む。その直前、かろうじてリックが割込み盾を掲げて丈一を守り通した。


 リックが驚愕する。


「なんて威力だ!盾がオシャカになった!」


 丈一とリックは素早く引くと、モンスターは追撃をしてこなかった。


「ただじゃれついただけといったところか」


 丈一は攻撃が効かないことに無力さを感じながらも、次の手を探っていた。


「半透明の体に翠の体表。まさに妖精っていったところね」


 ポーラは暢気に分析した。ロッシーが震えながら杖を振り、妖精に攻撃を仕掛ける。


「ウォーターボール!」


 杖の先から飛び出した大きな水の球は妖精に向かって飛んで行ったが、素早い身のこなしで避けられる。妖精は楽し気に体を揺らすとこちらのことを観察しだした。


「おいおい、ちょっと待ってくれ。俺たち三人の攻撃が通用しないってなったら、もう勝ち目なくないか?」


 リックはクラウディアと奴隷一号に目を向ける。


「そこの二人は戦えないし、サイレントに至っては今日が初めてだろ」


「そうね。戦況は絶望的ってところかしら」


「いや、ポーラさん。あんた随分余裕そうだな。あんたもオネェだし、そんなに強くないだろ」


「心外ね」


「じゃあ、あんたがあいつを倒してくれるのか?」


「それは無理よ。だって強そうだもの」


 リックはポーラに自身の調子が狂っていくのを感じながらも、じわじわと広がっていく絶望に打ちひしがれようとしていた。


「まっ。やれるだけやってみましょうか!」


 ポーラはぐっと大きく伸びをすると、全身に力を漲らせた。そして、それは一瞬の出来事だった。ポーラが一瞬、丈一たちの前から消えると、瞬きの間に再び現れた。


 それを見ていた大半は、ポーラがただ一瞬消えただけだとしか認識できなかったが、丈一は違った。ポーラは、今の一瞬で妖精の下まで移動し、その頭をねじり取って、元の位置まで戻ってきたのが見えた。その証拠にポーラの手には妖精の頭がある。リックが遅れてポーラの業を理解して唸る。


「すげぇ…!」


「いえ。これじゃあだめよ」

 ポーラは妖精の頭を掲げると、それは次第に失った体を形成しようとしていた。丈一が驚く。


「こいつ、再生するのか!?」


 ポーラが再生していく妖精の体をつまらなそうに眺めていると、ロッシーが声を張り上げた。


「ポーラさん!そいつをそのままにしてください!」


 ロッシーは杖をふると高らかに叫んだ。


「ウォータープリズン!」


 大きな水球が妖精の頭を覆うと、妖精は初めて苦しそうな顔をした。


「効いてるぞ!」


 リックが光明を見出し喜色を浮かべる。


 妖精はその後、十分ほどもがき苦しんでから、塵となって消えた。ロッシーは額に浮かんだ汗を拭いながら安堵の息を吐く。


「これでようやく一体ですか…」


「ロッシー、あなたの残りのリソースはどのくらい?」


「残り三分の二といったところでしょうか」


「そう。まだ一回目よね?」


「はい」


「今ので、三分の一だとしたら、一日に倒せる妖精は三匹と言ったところかしら」


 丈一たちの目の前には残り二匹の妖精がいた。ポーラが先ほどと同様に二体の首を瞬時にねじり取ると、ロッシーが水の檻を二つ作り始末する。丈一とリックはその間、何もできずにいた。

 

「今日はもう少し森を探索してから、帰りましょうか」


 丈一が思わず尋ねる。


「帰るってどこにだ?」


「そうね。キューブの場所をキャンプ地としましょうか」


「キャンプってことはこのミッションは一日で終わらないってことか?」


「もちろんよ。ざっと見積もって一か月はかかるでしょうね」


 リックはそれを聞いて絶望する。


「タイムアップも許されないのか…」


 丈一たちは森の中の粗雑に整備された道を進むと、湖に出た。水際では、翠の輝きがキラキラと水面に反射して移り、湖は淵から中央にかけて淡い翠のヴェールを被せられたようだった。


 丈一たちが幻想的な光景に目を奪われていると、ポーラが慌てた様子でスキルを発動させた。その瞬間丈一たちは元々のキューブがあった位置に転移させられた。丈一が深刻そうな顔をして呟く。


「数百…。いや、おそらく千は居たな」

 ロッシーが意識を取り戻し、恐る恐る言う。


「あのキラキラしてたのって全部妖精ですよね…」

 ポーラが腕を組み唸る。


「さて、どうしたものかしら」


 それから日が暮れるまで妖精の対処法を話し合った。結論として、今回クリアは諦めて、残りの期間を生き残るために個々の能力を向上することを目標とした。


「あなたたちには、源力操作を覚えてもらうわ」


 ポーラはリックと丈一に向かってそう告げた。リックが頭にはてなを浮かべる。


「源力…?」


「そうよ。源力、簡単に言うとあなたたちがスキルを使うのに源となる力よ」


 丈一が尋ねる。


「それをすることによってどんなメリットがあるんだ?」


「そうね。今持ってる力の増強に繋がるといえばわかりやすいかしら。スキル、身体能力、五感などなどすべての能力が飛躍的に向上するわ」


 丈一はその話を聞いて、思い当たる節があった。前の任務でのドラゴンを倒す際、地球にいたころとは比べ物にならない身体強化を体験した。その原因が源力だと考えれば納得がいく。


「体の内部に意識を集中させなさい…って丈一はもうできてるみたいね」


丈一は体内に意識を集中させながら、頷く。


「あぁ、そうみたいだな」


 リックはそれを聞いて焦る。


「いや、全く分からないぞ…」


「慌てなくても、大丈夫よ。リックは盾の強化にアウトプットはできてるから、あとは意識してそれを使うようにするだけ。逆に丈一は刀へのアウトプットができてないわ。刀に源力を乗せられていたら、あの妖精も切れたはずよ」


 丈一はそれを聞いて困惑する。


「俺の刀は普通の刀だぞ。何か能力があればアウトプットしやすいんだが…」


ポーラはそれを優しく否定する。


「丈一。それは甘えよ。源力操作の達人になると、木の枝でさえ敵を斬り裂く武器にするものよ」


 日が暮れても二人の修行は続いた。急な夜襲を避けるため、源力操作を行えるロッシー、ポーラ、感知系スキルである【怜悧な直感 C】を使える丈一が交代で見張りをすることになった。


 丈一が見張りをしているとき、クラウディアが静かに丈一の傍に寄った。


「見張りご苦労様。話したいことがあるのだけれどいいかしら?」


 丈一が返事をする前にクラウディアは丈一の隣に座った。丈一はそれを嫌がったが、逃げる場所もないのでそのままにした。


「こちらからも聞きたいことがある」

 

 丈一は話の主導権を握らせないよう、先手を打った。


「いろいろ聞きたいことならあるが、まずお前はどうして俺に固執しているんだ?」


 クラウディアは少し考えてから返事をする。


「固執…そうね。私はあなたに固執しているわ。そうせざるを得ない状況にいるの」


 丈一が追及する。


「それはいったいどういう状況なんだ?」

「私、ある大きな使命があってこの世界に来たの。私のスキル【運命 S】ってあるでしょ。それがその証拠」


 丈一は黙って続きを促す。


「それで、お昼の時にも言ったけど、この世界に来る途中でどうやら記憶を失くしてしまったみたいなの。その中で唯一知ってることが、あなたが使命に大きく絡んでいるということ。だから私はあなたを頼りにしないといけないっていうわけ」


 丈一はクラウディアの言葉をゆっくりと頭の中で理解して、質問した。


「その使命とやらは、失敗するとどうなるんだ?」


「滅ぶの」


「は?」


「世界が」


 クラウディアはそう言い切ると深くため息をつき、頭を抱えた。丈一は胡乱げな瞳でクラウディアを見つめる。


「分かってる。私がただ頭のおかしい人間なだけかもしれないことは。でもあなたが居ることで私の使命は部分的には肯定されているの。あなたを信じることはわたしが自分の正気を確かめる唯一の方法でもあるのよ」


 丈一は確かに嘘をついているような様子ではないことは分かったが、クラウディアの尋常ではない様子に話の真偽はつけられなかった。丈一は感じたことを正直に話した。


「今お前が嘘をついていないとしても、お前が誰かにその話を真実だと思い込まされていて、真の狙いは別にあるのかもしれない。あまり信用のできる話ではない」


 クラウディアは暗い顔をして言った。


「やっぱり素直には信じてくれないわけね」


 丈一は付け加える。


「そもそも、こちらはシェリーとランドルフを人質に取られているわけで、友好的な関係を築きたいなら、その二人を解放してからだろう」


 クラウディアは沈んだ様子で答える。


「もちろん、確証を得られたら解放するつもりよ」

 

 丈一はその発言に驚いた。


「確証を得られなければ解放しないのか?」


 クラウディアは思い悩みながら絞り出すように声を出した。


「えぇ」


丈一はようやく合点がいった様子でクラウディアを詰問した。


「なるほどな。ジョンの言葉がすべてだったわけだ。人質を殺されたくなければ、言うことを聞けって訳だな」


「そうとは言ってないわ!ただあなたが私を信用できないように、私もあなたのことを百パーセント信用できていないの。ただそれだけなの」


「交渉の前提は信頼だろう。それとも何か俺を信用できないのはその使命とやらが関係しているのか?」


 クラウディアはその言葉を受けると、話の勢いが一気になくなった。クラウディアは苦渋の決断として、丈一の言葉に嘘偽りなく答えた。


「…えぇ。そうよ」


「つまりは、俺とお前は本来敵対する仲であったというわけだ」


「違うわ」


「じゃあ何だというんだ?」


「あなたが世界を滅ぼすの」


丈一は思ってもみなかった言葉に目を剥いた。


「俺が…?世界を滅ぼす…?」


「そうよ。そうならないために協力してほしいの」


「いや、訳がわからない」


 今度は丈一が頭を抱える番だった。それから二人の会話は平行線を辿った。人質を解放させたい丈一と確証が得られるまで丈一のコントロールを握りたいクラウディアの話し合いは、ロッシーが来るまで着地することはなかった。

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