第十一話
そこは静かな森林だった。木々の隙間から漏れ出る太陽はキラキラと丈一たちに降り注いだ。しかし、丈一はなぜか気味の悪さを感じていた。
早々に刀を具現化させて周りを睥睨すると、かなりの人数がミッションに参加していることが分かった。隣にリックがいるのはいつも通りで、自分を含めて九人が森の小さな広場に集められていた。
そしてその中には見たことのある顔が二つ存在していた。リックが険しい顔をして呟く。
「ジョン…!クラウディア…!」
リックと丈一が戦闘態勢をとると、周りの面々がざわついた。ジョンは面倒臭そうな顔をして噛んでいたガムを地面に吐き捨てた。クラウディアが慌てて弁明する。
「私たちはあなたたちの敵になるつもりはないの!」
リックが吠える。
「じゃあ、ランドルフとシェリーさんはどこへやった!?」
ジョンが醜悪そうに笑って答える。
「お前らが言うこと聞かなかった時のための人質だよ。おら、言うこと聞かなければあいつら殺すぞ!」
「ふざけんじゃねぇ!やらせるかよ!」
一触即発の雰囲気が流れる。その緊張を解いたのは丈一だった。
「落ち着け。リック。ミッションが始まった以上、そっちに集中すべきだ」
「あら、落ち着いたかしら。少しは状況を理解してくれるお馬鹿さんがいるようで安心したわ」
全員が新たに発言をした男に意識を向けた。その男は背丈こそ平均程度しかないものの胸部や臀部に確かな筋肉を備えていた。特徴としてスキンヘッドの頭に大きな蝶のタトゥーを彫っていた。
「そうだぞ。ジョン。サラがずっと困っているじゃないか。弱者をいたぶるのはそこらへんにしておくんだ」
金髪の穏やかな目つきをした男がジョンを窘めた。
「すまないね。君たち。二人の安全はこの僕、ハンマーが保証しよう。えっと君たちは…」
「…リックだ」
「あぁ!別に君の名前自体はどうでもいい!どうせすぐ死ぬだろうから。えっと君は汗かき君でそっちの君は真顔君にしようかな」
丈一はハンマーに指さされた。どうやら丈一たちのことを心底見くびっているらしいことが分かった。
【怜悧な直感 C】が静かに働く。丈一とハンマーの力の差はそのまま丈一とジョンの力の差だった。つまり、ハンマーも百点をすでに獲得していて何かしらの能力を持っている可能性が高い。
そして何より不気味なのがスキンヘッドの男の力の底が推し量れないことだった。まるで丈一が投げた小石が音もなく深い闇に飲み込まれて消えてしまったかのように底が見えなかった。丈一の視線に気づいたのか、スキンヘッドの男は意味ありげに笑った。
「あらあら、聡い子は好きよ。どれどれ。なかなかいいもの持ってるじゃない」
スキンヘッドの視線の先は丈一の臀部に突き刺さっていた。丈一はさっきとはいつもとは違うぞくりとした悪寒を感じた。スキンヘッドの男は視線を外し、丈一に下手くそな目配せをすると場を取り仕切った。
「キューブ!今回の敵を表示しなさい!」
キューブが半透明なウィンドウを空気中に投影した。
モンスター 森の妖精
ランク A
報酬 五点
広場はどよめきを隠せなかった。Aランク。丈一が2回目に受けたランクがDランクであることを考えると、明らかにレベルが違う。
「へぇ」
「やっぱりね」
「嘘でしょ…?」
「…」
一同がそれぞれ事実を受け止めると、空気が一気に張り詰めた。キューブから投影された画像によると敵はどうやら端正な顔だちをした少女のようだった。
もちろん体が半透明なのと、足がなく、体表が緑色に染まっていることを踏まえると十分モンスターとして認めざるをえない化物らしさがあった。リックは滝のような汗を流しながらも、何かにふと思い当たったかのように声を上げた。
「この中にこの状況が初めてのやつはいるか!?」
面々の顔を見渡すと、一人の女がリックに近づいた。その女は一見すると中学生のようにも見えた。長い黒髪は艶やかな光沢を放っていたが、髪自体は斬りそろえられたものというよりは無造作に伸びたものを放置しているだけのようだった。
「…」
「あんた名前は?」
女は無言で返す。
「…」
「今の状況に混乱してると思うけど、とりあえずキューブに手を突っ込んでみてもらえないか?」
リックの頼みを女は静かに受諾し、キューブに手を突っ込んだ。白い箱が現れ、その中には小さな黒い手袋が入っていた。
「ただの黒い手袋に見えるな。なにか能力はあるか?」
丈一が興味深そうに女に尋ねたが、女はまたもや無言だった。丈一が手袋をつかみステータスを表示すると、それは【手袋 E】であることが分かった。
その後もリックが女に何度か話しかけるも有効な返答は帰ってこなかった。とりあえず、言うことは素直に聞くことは分かり、便宜上名前はサイレントと呼ぶことにした。
サイレントは手袋を装着するとどこか満足そうな表情を浮かべたように丈一には見えた。けたたましいアラーム音が鳴り響く。
「よしっ。じゃあ行くか」
「そうだね。サラ、一号。行くよ」
「私は行かないわ」
ハンマーがクラウディアの毅然とした態度に狼狽える。
「な、なにをいってるんだ?サラ、良い子だから一緒においでよ」
「言ったでしょ。私はサラじゃない。クラウディアよ」
「まだ記憶が錯綜しているのか…」
ハンマーは何度もクラウディアの説得をしたが、クラウディアは頑として譲らなかった。そのやり取りにうんざりしたジョンが言った。
「分かった分かった。好きにしろよ。その代わり、奴隷一号はつけるからな」
奴隷一号、そう呼ばれた男はこの世のすべてに絶望を感じているような目つきで世界を眺めていた。髪はぼさぼさで服もほつれが目立ち生気といったものがまるでなかった。ハンマーが奴隷一号に詰め寄る。
「一号。分かっているな。サラが少しでも危険を感じたら、君の命をすぐに投げ出して彼女を助けるんだぞ。いいな!」
奴隷一号は虚ろな瞳をハンマーに返すとジョンが奴隷一号の尻を蹴った。奴隷一号は抵抗もせず地面に転がされる。ジョンが侮蔑の目で見下ろすと吐き捨てるように言った。
「大量生産品に期待なんてしちゃいないが、てめぇの役割くらいは果たせよ」
スキンヘッドの男が、奴隷一号を立たせると、呟いた。
「惨めね。修二」
スキンヘッドの男が服についた土を払うと、まるで自分に言い聞かせるように言った。
「もうすぐで終わりだから」
その様子を興味なさげに見ていたハンマーとジョンは武器を取り出すと、さっさと森の奥へと消えてしまった。
「さて、自己紹介でもしましょうか。私の名前はポーラ。あなたは?」
ポーラは丈一に視線を移す。
「俺の名前は丈一。こいつは相棒のリックだ」
「よろしくな」
リックが軽く会釈をすると、クラウディアが名乗った。
「私の名前はクラウディア。こっちの子は一号くん。修二君って言うのね。ポーラさん、あとで色々聞かせて」
クラウディアはどこか動揺した様子だった。それは今まで名前も知らなかった男の過去を知るものが突然現れたことによる心の揺れだった。
「残りはサイレントちゃんと、あなたね」
大きなとんがり帽子を被った小柄な少女が蚊が鳴くような声で答えた。
「私の名前はロッシーです。よろしくお願いします」
控えめな様子の彼女は小さな杖を握りしめ顔面蒼白だった。
「このクエストのランクAなんですよね。私たち生き残れるんでしょうか...?」
「まぁ十中八九無理ね」
ポーラがあっけらかんとした様子で答えた。
「どうしましょう...!?」
ロッシーは慌てふためく。
「全員の能力を開示してもらうわよ。いいわね」
ポーラが有無を言わさぬ凄みで全員の能力を聞き出した。まとめると全員の能力は以下の通りだった。
ポーラ【転移 B】
ロシー【水属性 C】
クラウディア【運命 S】
奴隷一号 スキルなし
リック【倫理の盾 C】【ブレイブハート D】
丈一【怜悧な直感 C】【名前を失った刀 B】
サイレント【手袋 E】
ポーラがクラウディアの【運命 S】を聞いて目を見開く。
「分かってはいたけど、一筋縄では行かないようね」
クラウディアが弁明するように言う。
「実は私のスキルのことよくわかってないの。この世界に来るまでの記憶がなくて、きっとそこにヒントがあると思うのだけれど」
ざわつく面々をポーラは手を叩いて落ち着かせた。
「まずは雑魚でも狩ってレベルを計りましょうか」
その一言で異様に静かな森を全員で散策すると、丈一は違和感の正体の一部に気が付いた。
「風が吹いていない…?」
空気が森の中だというのに停滞しているような、どこか窓のない部屋に閉じ込められたような息苦しさがあった。そして森の奥から現れたのは、キューブが表示した通りのモンスターたちだった。