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帝の薬壺  作者: 茶ヤマ
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第二話

「ここです」

 先導して歩いていた官吏が立ち止まり、そう告げた。

「ここ…?」

 予期していたような場所とはあまりにも違いすぎたため、私は呟くような声で尋ねていた。

「はい、ここが“薬”の在り処です。ここで仕事をしていただきます」

 官吏は感情一つこもっていない事務的な口調で告げると一礼した。

 ……倉、ではないのか……

 私が驚いた理由は、そこが半地下になった広い部屋であったためだ。しかも豪華な布団があり、きれいに飾りつけられている。

 ただ、廊下に面した部分には扉ではなく、牢屋の如く鉄格子。いや、如くではない、牢屋そのものだ。

 そして中には、足かせをはめられ、部屋の隅で膝をかかえた……


()()


 私は目を見張り、官吏を振り返った。が、彼は落ち着いた様子で、さも当たり前のような顔をしていた。

「く…“薬”というのは、まさか」

「はい、あの者です」

 その言葉に対し、どう答えて良いものかわからず、私はまた少女を振り返った。二十歳になっておらぬだろう少女。それが“薬”だと!?

 そんな私には構わず、彼は言葉を続け“薬”の説明をする。


「あの者の、涙・汗・血のいずれかを、月に一度、薬として帝が召し上がります。それを摂取するのが(りゅう)殿の仕事です」


 涙や汗や血…?普通に飲んで大丈夫なものなのか?

 そんな心の内を読み取ったかのように言葉が続いた。

「無論、普通にお飲みになるわけではなく、御酒に混ぜて召し上がります。薬として摂取するのは、先ほど言った三種類だけです。

 摂取できなかったからと言って、排泄物はよこさぬように。そのような輩が過去にいたそうですが、当然のことながら処刑です」

「は…排せ…」

 再び絶句した。彼は構わず続ける。

「肉を抉り取ることも禁じます。月に一度、となっておりますが、摂取できるのであれば、その都度差し出すように。一月では取れなかった場合、待てるのは二月(ふたつき)までです。仕事の内容は以上です」


 あくまでも事務的に、そして一方的にそう告げ、彼は私を“薬”のある場所…少女の部屋へと入れた。

 立ち去り際、彼は、ああ言い忘れておりましたが、と付け加えた。


「手は出さぬように」

「…あ…?」

「見目は可憐な少女ですので不埒な行いへとおよぼうとする者は、過去にもおりました。その者には宦官になっていただきました」


 三度絶句し、目を点にしながら立ちすくむ私をよそに、今度こそ彼はコツコツと沓音(くつおと)を立て、去っていった。

 残された私は。

 少女を見て。

 部屋を見回し。

 そして途方にくれた。


「あなたが新しい人?」

 状況が飲み込めず頭を抱え込んだ私に、少女は声をかけてきた。

「あ…ああ、そうらしい」

 そう答え、視線を少女へ向けると、多少何かを考えるかのように小首をかしげ、部屋の隅から私を見上げていた。


「あなたは、刀で切ったりしない?」

「切る?…ええと…とりあえず、説明をお願いできるか?」

「説明って、何を?」

「君が知ってる範囲の全て。薬と呼ばれてることや、この仕事とか…」


 先ほど、官吏の彼が言っていたことが全部だ、と言われてしまえばその通りなのかもしれないが、わからぬことが多すぎる。“薬”本人ならば…。

 少女は私の近くまでやってきた。チャラ、という足かせの鎖の音が、どこか痛々しさを感じさせた。

 間近で見る少女の顔色は白く…白すぎるほどだった。長い間、陽の光をあまり浴びていないことと、若干、血の気が悪いことが原因のようだ。瞳は珍しい淡い金色をしていた。


「私の涙や血が、人の寿命を延ばすらしいの。小さな病気や、怪我も治すみたい。だから、それを取って、この国を治めてるあの帝という人に飲ませてるの」

「…は?」


 我ながら、何ともまぬけな声を出したものだと思う。

 この子の体液が寿命を延ばす?だから帝に飲ませて、治世を長くしている?それで、この子の涙やら何やらを摂取するのは薬守の仕事ということなのか?

 目をしばたいて少女をまじまじと見ていると、彼女はその金色の目で困ったな、というように微笑した後、話してくれた。


 彼女は、この国の西方の片隅にある小さな部族出身で、そこの人々は皆、長寿であるという。部族以外の者と婚姻を結ぶと、その部族外の者も長命になるという。またごく稀に、髪や瞳が色素の薄い色…金に近い色をしているものが産まれ、そういった者は他者を長命にする能力が強いらしい。


「確かに君の瞳は金だな……」

「うん、本当は村にもう2~3人いたんだけどね、ここに連れてこられたのは私だけ」

 数人の官吏が、この少女をここへ運び込んだそうだ。

「…それは誘拐されたと言わないか?」

「うーん…。でも、私の家族にそれ相当のお金は渡したみたいだし、連れてこられる途中の馬車の中で、何度も頭下げられたの。今の御世を少しでも長く続けたいからって」

 それでも、道中の馬車の中、また連れて来られて一月程は、泣いてばかりいたそうだ。

 最初のうちは、その時にためこんだ涙を痛まないように保存し、少しずつ帝へ飲ませていた、ということか…。



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