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帝の薬壺  作者: 茶ヤマ
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第一話

多少、おかしなところのある中華風ローファンタジーです。

おかしなところがあっても、つつかないで下さると嬉しいです。

 ゴトゴトと車輪の単調な律動が体に伝わる。…右の足にはわずかな振動しか伝わらないが…。

 馬車は知らぬ道を進む。窓からは知らぬ土地の景色が眺められたが、私は目の前の二人の人物に改めて目を向けた。

 共に、黒の(ほう)に革帯を垂らし、頭に冠を被り、(えい)を肩へと垂らしている。何より、この二人のまとう雰囲気…毅然とした、と言うべきか、風格がある、というべきか…そのような雰囲気で、役人であることは疑いようも無い。

 本人たちもそのように身分を明かして接してきた。しかも、帝直属の役人である、と。


 帝…。

 私は数ヶ月前までは、その帝を守るために闘う武人であったのだったな…。

 そう思うと、腹立たしいような笑いがこみ上げてきそうだった。


 この国では、基本的に国内での戦は起きない。代わりにというべきか、周辺の小国との小競り合いはしょっちゅうだ。

 先帝も、先々帝もご気性の荒いおかただったようで、周辺の小国を武力でねじ伏せて、平定させては国を広げていった。ようするに、戦が絶えない治世が二代に渡ったのだ。

 今上帝は、争いを好まぬ穏やかな気質の人物であると聞く。できることならば対外的にも友好関係でありたいと思っているようで同盟を結び争いは避けている。政治は穏やかで、国内はそこそこ豊かに潤っている。

 良い治世であると言えよう。


 しかしながら、その治世は今で二百年余におよんでいる。

 この方お一人の治世で、だ。

 まずもって尋常ではない。

 即位したのが三十六というから、今は御歳、二百四十歳近く、ということになる。


 そのような年齢であるにも関わらず、耳順(六十歳)にもならぬくらいの歳にしか見えぬらしい。

 ますます尋常ではない。

 知命(五十歳)の頃から今に至るまで、病気も怪我もしていないという。

この国が余所から狙われる理由は帝のこの点にあった。


 帝は長寿の薬を持っている。病気も怪我もせず、尋常ではないほど長生きをしているのは、その薬のためであるという。それを同盟を無視した諸国が狙ってやってくるのだ。

 その防衛のための小競り合い。ねじ伏せるのではなく、あくまでも防衛。そして、その小競り合いの一つに私も参加していた…数ヶ月前までは。


「いかがなされたか、柳絮(りゅうじょ)殿」

 私の苦々しい笑みをとどめた表情に気付いたのか、片方の男が声をかけてきた。

「いえ…私はどこに連れて行かれるものかと思いまして…それよりも、私のことは”(りゅう)”とお呼びいただきたい、と申し上げたつもりでしたが」

 私の声は自分でもはっきりとわかるほど、剣呑(けんのん)であった。


 私の家の庭に、大きな柳があった。その柳が私の生まれた日に、初めて柳絮(りゅうじょ)が舞ったそうである。

 季節外れの雪のように。

 一斉に。

 それは見事な景色であった、と私の両親は語ってくれた。

 故に私に、柳絮(りゅうじょ)と名づけたそうである。


 美しい名前であるとは思う。

 ただ…私は男である。男である私には、この女のような名前が、どこか歯がゆかったのだ。

 私は物心ついた頃から剣と弓をおもちゃの如くに扱っていた。年々その腕前は上がり、十代が終わろうとする年の頃には、その腕前は師範が認めてくれる程にはなっていた。

 そのような自分であるから、この女のような名前に無意識のうちに反発していたのかもしれない。

 従軍の際に名を登録する時にも、また、他の兵士たちに名を名乗る時にも、私の名…この「柳絮(りゅうじょ)」という名を名乗るのが恥ずかしかった。

 優しげな名だ、とか、詩の如き有り様だな、などと言われると、ますます歯がゆかった。

 それ故、人前では「(りゅう)」と名乗るようにした。


 私は剣と弓を頼りに戦った。己の力を過信しすぎる程に過信していた。それ故に、とうとう戦で傷を負った。

 慢心からの傷であった。左手と右足が思うように動かなくなった。

 己の腕に自惚れた罪なのだろうか。

 己の名前を恥じた罰なのだろうか。

 片手でも剣は持てるが今までより劣るであろう、そして弓を持つことのできない腕、馬に乗ることもできない足…。

 私は武人ではいられなくなり、故郷に戻ることにした。

 故郷には、親と年の離れた妹がいたのだが、皆、私が戦に出ている間に流行り病であっけなく鬼籍入りした、と風の便りで聞いた。なので、故郷に戻ったところで誰もおらぬのだが。


 傷が理由で隊を抜ける、武人としても除名するための手続きをするため、都に来ていた。

 足を引きずりながら大路を歩いていたその途中で、この役人二人が目の前に現れたのだ。私の傷のことも知った上で、命令するかの如き有無をも言わせぬ口調で告げたのだった。


「帝の薬守として、あなたを任命いたします、共にいらしてください」


 薬守とはどういう職なのか…倉の番人か何かだろうか…。武人として、それなりに活躍はしたが、手足の使えなくなった者へ与える閑職というわけか。まあいい、このまま故郷へ帰り、仕事もなく一人でいるよりはマシか…。

 そういう思いがあり、自棄にもなっていたので「わかった」と答えた…。


 馬車に揺られ、宮廷へと着いた。そこで帝と謁見するのだ、という。

 私はそこで自分の役の大きさを初めて感じ取った。

 動きが悪い足を苦労し折り曲げ膝をつき、不格好ながらも手を(ゆう)の形に整え拝礼をしながら、自分に課せられた役目を拝した。

 しかし、何故「私に」なのだろう…。

 たかが一介の武人上がり…しかも日常生活ですら人並みに送ることが若干困難な身となった私に…。その思いが、絶えず頭をよぎっていた。


 帝は最後に

「柳とやら…宜しく頼みます」

 と穏やかに私に声をかけてくださった。


 私は危うく、拝礼を崩し、顔を上げてしまうところだった。

 これが…二百四十歳にもなろうかという人物の声なのか?!

 噂に違わず、知命(五十歳)と言っても通りそうなほど若い。

 それらに驚いたためでもあるのだが。武人上がりの私に「頼みます」とおっしゃったことと、その口調…。

 それは、言外に「薬をしっかり管理しろ」という意味の他に、何かを案ずる響きが含まれていたからだった。



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