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8話

 生徒会室に行け、と言われた時点で双子には会うべき人が分かっていたらしく、直に会うのは久し振りだとアルが嬉しそうにしている。そんなアルを嗜めないフィリも、悪く思ってはいないのだろう。そもそも感情がほとんど消えてしまっているらしいので何も感じていない可能性の方が高いが、こちらが勝手に思う分には自由である。

 高等科の校舎の二階、奥の方に生徒会室はあった。コンコンココン、とリズミカルにノックしたアルが、返事も聞かずにドアを開ける。果たして今のノックに意味はあったのだろうか。

「やっほー、フランツ、リリア!久し振り〜!」

 元気の良い挨拶を受けたのは、男子生徒が一人と女子生徒が一人。男の方は紺色の髪に薄い水色の目、女の方は蜂蜜色の髪に萌黄色の目。男子生徒が大きく溜息を吐くのと同時に、女子生徒は輝かんばかりの笑顔で──フィリを抱き込んだ。

「ほんっと久し振りだし、相変わらずほんっと可愛い〜!ねえフィリ、またコーディネートさせてくれるわよね?あんたに似合いそうなワンピース、待ちきれなくて買ってあるの!」

「俺くんも混ぜてくれるんだよね、リリア?」

「当然じゃない!また新しい髪型も教えてあげるわね」

「やった、ありがとう!」

 にこにこ笑い合う二人は大変楽しそうだが、真ん中に挟まれたフィリの表情は全く変わらない。あれは何もこだわりがないから好きにさせておこうという態度だ。女性に抱き付かれている状況だというのに、心に細波一つ立っていないらしい。

 それにしても、気になる事が一つ。

「フィリは男じゃなかったか?」

「前回の潜入時、私は女性として入ったから。女性の服装に拒否感もない」

「そうか……」

 アルとフィリは、性別による特徴がかなり薄い時期の体と声をしている。顔立ちも整っているし、フィリの方は髪も長い。女性であると言い張れば通せるのかもしれなかった。だからといってそうする必要があったのかは分からないが。

「リリア、取り敢えず抱きつくのは止めろよ。外聞が悪い」

「心配しなくても、生徒会室以外では抱きついたりしないわよ。今回は男子の制服着てるし」

「そういう問題じゃないから」

 何なら頬擦りしそうな勢いのリリアを嗜めた男子生徒、消去法でフランツと分かった彼は疲れた様子で頭を押さえる。何やらジルバートと同じ気配を感じる男だ。つまるところ、苦労人気質の。

「……それにしても、フィリが男の制服着てるのに違和感はあるが、お前は今回もそっちなのか。アル」

「見た目を男の子にわざと寄せてるし、男の子の服の方が動きやすいからね〜。しっくりくるし」

 リリアへの注意を諦めたらしいフランツが言及したのは、アルが元は女性なのに男性のような格好をしている事だ。どうやら前回も男子生徒として潜り込んだらしいアルは、性別を取り立てられる前から女性らしい服装や振る舞いが苦手だったという。性別が無くなったのは悪いことばかりじゃなかったよ、と教えてくれたのだ。だから、私服も男物か中性的な印象のものが多い。

「しっくりくる、か。その割にフィリを飾り立てるのには熱心じゃないか」

「可愛い物も綺麗な物も好きだからね。好きな物と自分が身につけたい物が違うのって、そんなに変?」

 こてん、と可愛らしく首を傾げてみせているが、特徴的なオーロラ色の瞳は冷たく光っている。返答を間違えば手か足が飛んでくるのではないかと思わせる威圧感だ。

「普通だろ。俺の買い物リストを見て笑った奴が何人いたと思ってるんだ」

 尤も、ここで妙な返しをするような人間と、双子が親しい訳がないのだが。

「男が手芸上手くて悪いか、と笑顔で迫ってやってるがな、毎回」

「お陰様で儲けさせてもらってるわ、製作者を知らないお嬢さん方が喜び勇んで買い求めるんだもの」

 悪い笑顔を向け合っているフランツとリリアは、本の中で描かれていた悪巧みをする子供達を思い起こさせた。仲が良いようで大変結構である。

「そろそろ、ノアに紹介しようと思うが構わないか」

 このままだと収拾がつかなくなると判断したらしいフィリに話を向けられて、ようやくフランツとリリアの視線がこちらを向く。どちらにも一瞬探るような色が浮かび──信頼出来る人間なのかという警戒であり、恐らく二人からすれば日常的な疑いからくるものだ──すぐにたち消えたそれを気取らせないかのように笑顔が浮かぶ。

「初めまして、俺はフランツ=ライアン。高等科生徒会の書記だ」

「私はリリア=フェルプスよ。同じく生徒会の会計。よろしくね」

「よろしく頼む」

 入学前に、ウィーブリルの大まかな組織図は教えてもらっている。生徒会というのは学園内の自治組織のようなもので、大人達と子供達を繋ぐ役割を担っている。子供達の目線から見た意見や問題を解決したり、上申したりする組織。成績や素行の面の評価から選ばれるそれに属しているという事は、少なからず優秀だという事とイコールで結ばれる。

「この二人はねえ、ノアくんと同い年だよ〜。今年入学なんだ」

「と、いう事は、クラスも同じか」

「そうね、一緒に頑張りましょ」

 ウィーブリルでは、初等科から高等科まで全て、一学年につきクラスは一つだけ。高等科では計四十名程が一つの教室で学ぶ事になる。選択授業が多くある為に完全にずっと一緒、という訳ではないが、ある程度以上の関わりは持つ事になるだろう。

「ところでノアくん、服にこだわりはあるかしら?」

 急に話の方向が変わったが、リリアの目がきらきらと輝いているのを見ると変に流すのも憚られる。何ならアルもきらきらした目でこちらを見てきた。先程も会うなり盛り上がっていたし、同好の士というやつなのかもしれない。

「こだわりは、多分無い。そもそも服を選んだ事がほぼ無いから」

「あら、それはまた……やり甲斐があるわね」

「そうでしょリリア。こないだ服買いに行った時に大体の好みは把握してるから、細かい詰めは俺くんに任せて」

「頼もしい事この上ないわ」

 頷きあうアルとリリアの背後に、どことなく蛇を幻視したノアは思わず半歩下がる。その様子を見たフィリから、端的な説明が飛んできた。

「リリアは、王国トップクラスの商会の子で、自分だけじゃなくて他人を綺麗にするのも大好き。多分、次の休みはリリアに服を見繕われると思う」

「嫌だったら断って構わないぞ、ノア君」

「嫌ではないが」

「なら、付き合ってやってくれ。かなり楽しみにしていたから」

 苦笑するフランツに、リリアから「何他人事みたいな顔してんの、あんたもよ」と声が飛ぶ。どうやらここにいる全員が、次の休みを押さえられたらしかった。

「敵わないな」

「多分一生」

 やれやれと肩を竦めたフランツと無表情のフィリのやり取りは、慣れた者の風格を感じる。ここに通う間に自分もこうなるんだろうな、というぼんやりとした予感があった。

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