6話
王都の中を歩いたり、アルとフィリの仕事について行ったりしながら学び続け、一ヶ月程が経った。師匠が小屋の中では使わないからと後回しにしていた常識についての勉強はおおよそ終わりと告げられ、そのまま勧められたのは学校に通う事だった。
「ウィーブリル魔術学園ってところがあってね。かなり本格的な授業をしてて、外国からも入学希望が来るような学校なんだよ。うちはほとんどがウィーブリルに通ってた経験があって、総長もそうだったんだ」
「魔術の扱いを学ぶなら、ウィーブリルが一番だと思う。私達も教えられない事は無いが、その道のプロに任せた方が何かとやりやすいだろうから」
そんな前置きの後に渡された資料は、入学希望者向けに学校が配っているらしいものと、無味乾燥な報告書形式のものの二つ。前者はまだ分かるが、後者はどういう経緯でここにあるのか皆目見当もつかない。
とっつきやすそうな学校公式らしい方から目を通す。どのような校風なのか、カリキュラムの組み方は、等の基本的な事は大体書いてある。その中で、一つ気になる記述を見つけた。
「全寮制、とあるが……確か、俺は安全性を考えてこの宿舎で寝泊まりしているんじゃなかったか」
全寮制、要は生徒は全員専用の寮で生活しろという事である。見たところ貴族の子供も通うような学園らしいので警備はある程度しているだろうが、ノアの現状では生半可な警備で満足するわけにはいかないだろう。
「ああ、そこについては許可貰ってるから大丈夫。学園側に警備の強化要請と、俺くん達が同行すれば良いって事になってるよ」
「二人が来るのか」
「そうだよ〜。学生として同行する事になるね」
「学生……」
確かに、子供そのものにしか見えない二人であれば、教師とかの大人側として入るよりはそちらの方がやりやすかろう。理解はする。するけれど、これまでずっと大人として接してきた二人が、突然子供として振る舞うと告げられると違和感が拭えない。
「実はねえ、俺くん達、前にもウィーブリルに学生として潜入した事あるんだよね。だから、怪しまれない立ち回りはばっちりだよ」
「それは誇れる事なのか?」
「微妙なところ。ただ、その時に作った人脈はまだ生きているから、役に立つ経験なのは確か」
地理や校則を分かっている人がいてくれるのは確かに有難い。それに、ここ一ヶ月で分かった事もある。これはもうゴタゴタ言っても始まらないやつだ。アルだけでなくフィリもマイペースというか、自分の基準が第一な部分がある。どうでもいいと判断した事について言及しても、まともな返答は期待出来ない。潜入についてもこれに該当するという訳である。
「ウィーブリルを勧めはするけれど、入学するかはノアが決める事。これまでとは全く違う環境で、色々な人と触れ合う事になる。それをどう思うかよく考えて、決めて欲しい」
そんな双子だが、信頼出来るのはこういう──ノアに関する決定を、いつもノアに下させてくれるような、そんなところから人間性を汲み取れるからだ。
人慣れしていないノアが、なるべく多くの目に晒されないようにと食事の時間にすら気を配ってくれていた。何か疑問が浮かぶ度に丁寧に答え、関連する書籍を持ってきて満足に学びを得られるようにしてくれた。師匠の話を聞かせてくれと頼んだら、小屋で過ごしていた時と同じような姿も違う姿も沢山話してくれた。
だから、こうして学園の話を持ってきたのも、それがノアの為になる事だからだ。与えられる情報に不足が無いようにと、通常よりも深い話を記した書類まで添えて、それを見て決めるのはノアだと選択させてくれる。
得難い保護者を得た。一ヶ月は短い期間だが、その短さでもノアは二人の事を信頼に値すると──師匠と同じ程信頼出来ると感じている。師匠が保護者として指名するだけはある。この一ヶ月の間、週に一度程度しか顔を合わせられなかったハイルフィリアとジルバートも、きっとそうだ。本当に、良い人達に恵まれている。
「分かった。資料を読むから……今日中の返答は無理だと思う」
「それは勿論!好きなだけ時間掛けて大丈夫だよ。分からない事とか気になる事あったら訊いてね〜」
にっこりと笑うアルの言う事は、全て真実ではないだろう。学校というものは、確か決まったスケジュールがある筈だ。入学にも時期があるのだろうから、いつまでも悩んで良い訳がない。それでも、焦らなくて良いと伝えたいのだろう。この話自体、スケジュールに余裕を持って持ちかけられたに違いないのだから。
「ありがとう。しっかり考えさせてもらう」
「うん、そうしてね」
その気遣いを。思い遣りを。受け止めて、返せるようになりたい。
まだ、この状況の根本的な解決法が見えた訳ではないけれど、そんな目標を抱くようになった今、渡された資料を見る気持ちは晴れやかだった。
学校は本筋からズレたように見えるかもしれませんが、一応本筋に関係のある流れではあります。