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5話

 金。通貨。ものを得る時、対価として支払うもの。働きへの対価として貰えるもの。

 師匠からは概念としてはこういうもの、としか教わらなかった。あとは実際に買い物に行けるようになったら教えるよ、とだけ言われて後回しになっていた、と伝えると、フィリが黙って丸い金属を幾つか机に出した。

「まず、お金の単位から話そっか。長さとか重さは習ってるんだったよね?」

「ああ」

「オッケー、それと同じでお金にも単位があるんだ。イェンって呼ぶんだよ」

 机に並べられた金属、貨幣と呼ぶそれをアルが一つずつ指差す。

「まずはこれ、銅貨ね。これは一つで一イェン。次にこれ、銀貨。一つで十イェン。これは金貨、一つで百イェン。あとは国とかの大きいやり取りでは白金貨も使われるけど、個人じゃ使う事は無いかな」

 イェン、と発音してみる。普段使っている言葉とはズレた響きだ。少し言いにくい。

「……この単位、発音しにくいな」

「ああ、元はこの国の生まれじゃない人が制定した単位なんだって。詳しい事は残ってないけど、通貨に単位を設けたのも、貨幣同士の価値を定めたのも、銀行制度もその人が考案したって言われてるんだってさ」

「銀行?」

「うん、今から説明するね」

 フィリが貨幣を回収して袋に入れる。金属同士がぶつかる音が綺麗だ。

「銀行っていうのは、お金を預けておける場所のこと。自分で持ってても良いんだけど、額が大きくなってくると管理が大変だし、盗まれたら大変でしょ?だから、国が管理してる銀行に預けておく事が出来るんだよ。好きな時に引き出せるし、好きな時に預けられるようになってるんだ〜」

 うちはお給料も銀行を介して貰ってるんだよ、という言葉に、確かに金をひと所に纏めておいて全部盗まれたら悲惨だな、と思う。給料も高くなれば手渡しは怖いだろう。そもそも銀行は国が管理しているそうなので、国に仕えているらしい宮廷魔術師団はそこを介した方が便利なのかもしれない。

「通貨については理解した。感謝する。それとは別で、買い物中に気になった事があったんだが」

「何〜?」

 にこ、と笑いかけられる。その顔が壊れない事を願いながら、疑問を口にした。

「アルとフィリは、どうして身体と実年齢がそこまで離れているんだ?」

 笑顔は、壊れなかった。壊れなかったけれど、固まった。その後、少し困ったように眉が下がって、アルの視線が横に振られる。その先にいたフィリは、一つ頷いた。

「それについて話すには、魔術における代価と呼ばれるものについて説明しなければならない」

 淡々と。感情の無い声は、この二日程で随分落ち着くものになっていた。


 × × ×


 代価。代償と呼ぶ事もある。これは、本来であれば適性の無い精霊と無理矢理契約する時、人間側が支払う何かしらを指す言葉だ。

 そもそも精霊との契約というのは、人間側から相手を指定する事は出来ない、という話をしたと思う。だが、何事にも例外は存在するものだ。全く推奨されない行為だが、一応こちらから指定して契約を結ぶ事は出来る。

 人間からの指定によって契約する行為の危険性は、自分本来の格よりも高い精霊や、相性の悪い精霊と契約してしまう可能性が極めて高い事にある。そういった契約を結んでしまうと、精霊は不足や不満を人間側から何かを取り立てる事で埋め合わせる。取り立てられる内容が代価であり、この内容は精霊が決める。

 代価を取られる時、最も多いパターンが寿命を取られる事だ。他にも、精霊の好みや気分で様々なものが取り立てられる。五感、言語、肉体。大体の場合、人間から見て代価は契約と釣り合わない重さになる。実際、無理に契約を結んだ人間のほとんどは何かしらの要因で即死している。生き残っても数週間、年単位で生き残るのは相当な幸運に恵まれないと不可能だ。

 ここまで言えば大体察しはついただろうか。私達の体は──正確に言えば肉体的成長は、精霊との無理な契約における代価として取り立てられている。

 私は肉体的成長と感情を、アルは肉体的成長と性別を取り立てられた。二人揃って生死に繋がらない代価だったのは幸運としか言いようがないだろう。師匠には自殺志願者かと死ぬ程怒られた。君にはこのような心配は不要だが、周囲でこのような無茶をしようとしている人間がいた場合、止めた方が倫理的に正しいだろう。


 × × ×


「肉体的成長……つまり、二人はそれ以上体が成長しない、ずっとその年頃の見た目だという事か」

「うん。どういう訳か髪や爪は伸びるが、背丈が伸びたり骨格がしっかりしたりする事は無い」

 代価というのはそういう、不条理とも言えるような取られ方をするものらしい。詳しくは本を持ってくるからそれで勉強すると良い、と言ってくれるフィリの横では、少し気まずそうなアルが目を閉じて座っている。

「……アルは、どうしたんだ」

「えっとねえ、うん、……その、性別を取られた事を知ったら、距離取られちゃわないか心配してたから……」

「何でだ?」

 距離を取る、とは。しかも性別が無いという事で取られると思っていたとは、どういう事なのだろう。

「無性って、気持ち悪いというか、性別が無いと扱いにくいって思われる事もあるし」

「そういうものか?俺は何も思わなかったが……代価の不思議さの方が余程気になる」

「精霊は、私達人間よりも世界の根幹に近い存在だから、そういった現象を起こせるそうだ」

「世界の根幹……」

「詳しく話すと長くなってしまう。今日はここまでにしよう」

「わかった」

 本当は今すぐにでもこの好奇心を満たしたいが、何も時間に追われている訳ではない。気付いた時には身近にふよふよと纏わり付いていた彼等が遠い存在のように言われたのは気になる。気になるけれど、これから先は長いのだから別に急がなくても良いか、と自然に思えた。それに驚く。この二日で、自分は随分この二人に馴染んだようだった。

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