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筆談

 さわさわと精霊達が騒めいている。魔術を使っている時とは違う動き方に、好奇心が首をもたげた。どこか楽しそうな彼等の様子は珍しい。基本的に人間らしさというか、感情とかは見受けられない存在なのだ。

 さわさわ、さわさわ。微かな騒めきを辿って歩いていくと、居間に辿り着いた。師団の制服姿の双子が、何やら机に紙を広げている。

「フィリ、アル。何をしているんだ?」

「あ、ノアくんやっほ〜。今はねえ、精霊とお話し中」

「ノアとは違うやり方だけれど。見てみる?」

「気になる、見せてもらいたい」

 おいで〜、と招かれるまま席に着く。広げられた紙は大きく、その上に無軌道に様々な絵や記号が描かれていた。

「これは何だ?」

「ほら、俺くん達は精霊の言葉は分からないじゃん?でもクロイゼルングの血は精霊に好かれてるから、こういうやり方でお話が出来るんだよ」

 ね〜、とアルが空中──精霊のいる方向に向けて笑う。嬉しそうに揺れた精霊達に合わせるように、紙の上に笑顔の絵が浮かんだ。目と口だけの簡単な笑顔だが、その周りにぽわぽわ花まで散らされ始めている。浮かれているらしい。

「最近は学校にいるし、あんまり話せてなかったからねえ。沢山お話ししようと思って」

 片耳が描かれる。聞きたいという事だろうか。頬杖を突くアルは、普段とは少し違う笑顔を浮かべていた。柔らかいのは同じだけれど、少し細まった目がありありと感情を映し出している。もう意識しないと外せなくなった笑顔の外套が僅かにはだけられているのだ。

「友達とね、また同じ教室で授業を受けてるんだ。この前のテストは大変だったなあ」

「でも楽しかった。でしょう?」

「それは勿論!だって勉強会なんて久々だよ〜、分かんないとこ教えあったりするのは初めてかも。青春って感じだよねえ」

「青春……年齢で言えば過ぎているけれど、分かるかもしれない。少なくとも、私達は今学生だから」

「その通り。学生生活が初めてなんだし、今が俺くん達の青春だよ」

 疑問符が浮かんだ。きちんと紙を見ていた双子は話を途切れさせて、直ぐに「ああ」と思い当たった声を上げる。

「青春っていうのは、学生……若い頃?の慣用的な言い回しみたいな感じだよ〜」

「親から離れる時間も増えて、でもまだ庇護される対象になる時期の事」

「そうそう。もしかしたら、人生で一番自由な時期かもねえ。色々な思い出が残りやすいって言われてるかな」

 ぴん、と感嘆符。紙吹雪も浮かび始めた。祝っている?……何故?

 分からないと首を捻るノアとは違い、双子は精霊が何を伝えたいのか把握したらしい。アルが小さく笑い声を漏らした。

「ありがと〜。全力で楽しむね」

「私は、楽しめないけれど……でも、きちんと向き合う」

 普段のフィリは、感情が無い事を隠しもしないがアピールもしない。こうやって、言ってしまえば水を差すような言葉は選ばない。それでも今は口にした。正直に、ただありのままに。二人にとってこの時間は、そういう時間なのだ。

「俺くんは兄さんがいてくれるだけで嬉しいよ」

「それは私も。今はノアもいる」

 二人がこちらに視線をやる。紙の上に浮かぶ記号も、ノアの方に矢印を向けて疑問符を並べてきた。ノアの話を聞きたい、という事だろう。

「二人の友達は、俺の友達でもある。学ぶ事も多いし、楽しい事も多い」

「放課後に皆で一緒に色んな事したりしてるんだよ〜。来週はこの家に遊びに来る事になってるし」

「長期休みの間に、皆の家に順に遊びに行こうと話している。毎回違う体験が出来ると思う」

 また紙吹雪。祝うというよりは喜びを表しているのかもしれない。楽しんでね、楽しそうで良かった。そんな感じがする。

「そう言えば兄さん。今度リリアとフランツに贈る服、ちゃんと調べた?」

「調べた。カタログはこれ」

「良かった〜。やっぱ兄さんと選びたいけど、折角だし皆にも相談しようよ」

「分かった。皆、何か思ったら教えて」

 丸と親指を立てた片手が幾つも浮かぶ。集まった精霊達が我も我もと書き散らしたらしい。重なってぐちゃぐちゃになった意思表示に、アルがまた小さく笑う。

 精霊達は乗り気だが、ノアには懸念が一つ。精霊に、人間と同じような審美眼が備わっているのだろうか。……いないような気がする。これまで付き合ってきて、彼等が美醜を語る場面なんて覚えが無い。

 どうなるか、とハラハラしながら始まった話し合いは、案の定精霊達の意見は参考にならなかった。疑問符と全部素敵だと言わんばかりの全肯定が入り、アルと顔を見合わせて笑ってしまう。世界の為に作られた精霊達は、ただただ人間が大好きなのだ。人間の作り出したものだから素敵だ、という言葉が聞こえてくるようで、滅茶苦茶だけど暖かい気持ちになる。参考にはならないけれど、意見を聞けて良かった。

 ありがとうと告げればまた笑顔と花が浮かび上がる。精霊達とこういうやり方で会話したことは無かったが、中々楽しいと気付かされた。

「今度から、お話しする時はノアくんにも声掛ける?」

「ああ、頼む」

 人とは違う、でも人を大好きな精霊。言葉を交わすだけではなく、こうしてただ笑い合う事が出来るのは喜ばしい。これから先もこういう時間が取れると分かり、ノアは緩んだ口元をそのままに笑った。

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