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4話

 一晩明け、見慣れない天井に一瞬驚く。そういえば、師団の宿舎に移ったんだった、と思い返しながら体を起こす。慣れない寝床で深く眠れるか不安だったが、予想以上に爆睡していたようだ。夢を見る気配も無かった。

 クローゼットから服を引っ張り出して着替える。同じデザインの服しか持っていないのを見たアルが、師匠に怒りながら服を買いに行こうと言ってきたのを思い出す。ついでにフィリも新しいのを買えと怒られていたので、フィリの洋服事情も何となく察せられた。

 顔を洗い、跳ねていた髪を適当に戻してから部屋を出る。昨日のうちに教えられていた部屋のドアを叩くと、アルが顔を出した。

「あれ?早いねえ、おはよう!」

「おはよう。これまでも毎朝このくらいの時間に起きていたから」

「そうなんだ、健康的で良いことだね。じゃあ兄さんを連れ出しに行こっか。今日はお買い物だからね!楽しんでいこう!」

 にこ、と輝く笑顔が向けられる。この顔にも随分慣れてきたな、と思いながら、ノアは頷いた。


 昨日の黒地に銀縁の服は制服だと言うアルとフィリは、私服になると服装の印象が全然違った。

「うちは制服って言っても形は決まってないんだよね。基本の服が黒で、上着は黒地銀縁なのだけ決まってるんだ。形は全部自由にして良いんだよ。専属の仕立て師さんがいてねえ、頼めば作ってくれるんだ。形を変える事ができるタイミングは決まってるけどね」

 そう説明するアルは、淡い色に模様が薄ら見える服を着ている。全体的に色素が薄いのでよく似合っている。多分。……美的センスとかお洒落とかそういうものに触れてこなかったので確信は持てないが、うん、多分似合っている。どうやら身嗜みを整えるのが好きらしく、双子の制服デザインもおおよそアルの意見で出来ているのだそうだ。

 今日も口数の少ないフィリは、制服にそっくりな黒一色。すっきりしたシルエットのそれは、外れのなさそうなものだ。白金色の長髪は出る前にアルに纏め直され、複雑な形になっている。ついでに着けられたレースの髪飾りが、シンプルな印象だったフィリを少し華やかにしていた。

 双子の──正確には多分アルのお気に入りだという服屋に入る。店内は木目を基調にした落ち着いた構えだ。並んでいる服も派手な色や模様は見受けられない。

「ここのは質が良いんだよね、デザインも落ち着いてるし。あと何より、サイズの融通が効くんだ〜」

 確かに二人にとって、サイズ幅が広いというのは重要そうだ。十二、三歳にしか見えない体格ではあるが中身は二十まで成熟しているというなら、自分の好みと身体に合う服は大きく離れてしまうだろう。師匠も年齢に合う服がどうのとぼやいていた事があった。二人の場合、見た目より中身に合わせて選んでいるらしい。

「ぶらぶら見て回って、気になるのがあったら教えてね。試着も出来るから」

 それだけ言って、アルは離れていった。自分も好きに見て回るという事なのだろう。新しいのを買えと言われていたフィリはと言えば、相変わらずノアの横にいた。

「フィリ、見て回らないのか」

「今の服で間に合っているから」

 髪を纏め直されていた時から分かっていたが、どうにもフィリは見た目に無頓着らしい。アルが好き勝手弄るのに嫌な顔はしないが、一人だと手は掛けたくないようだ。

「服はアルが選んでいるのか?」

「うん。私としては、清潔感とある程度のフォーマルさがあれば構わないが、アルは拘りたいと」

「面倒なのか」

「自分では、という意味ではそうだ。アルがやる分には好きにすれば良いと思っている」

 ぽつぽつと会話をしながら服を見る。これまでは師匠が持ってきた服を何も考えずに着ていたが、こうして並んでいるのを見ると好みというものが自分にもあるのが分かってくる。形は体型に対して少し余裕があるものの方が良い。色は彩度の低い色調が好きだ。そういう細かな気付きを重ねて、候補を絞っていく。

「ノアくん、どう〜?」

 少しして、戻ってきたアルは幾つか服を持っていた。どうやらそれはフィリ用らしく、そちらにぐいぐいと見せながら器用にこちらを窺ってくる。

「これが気になっている。あと、向こうにあったのも」

「おっけ〜、全部見よう!その前に兄さん、これはどうかな」

「色は黒が良い」

「いつも黒じゃん、たまには違う色も買ってよ」

「黒が一番汎用性が高い」

「そういう問題じゃないって!そんなんだから喪服とか言われるんだよ」

 ぶつくさ言いながらも無理に押し付けるつもりは無いらしいアルは、持っていた服を畳んでいく。そのままノアが気になるといった服を持ち上げていった。

「ふむふむ成程。どれも堅実で良い感じだねえ。合わせるのもそこまで難しくなさそう」

 色のバリエーションの提案を交えつつ、体格からサイズを考えて選ぶ。ある程度の数になったところで、フィリが店員に声を掛けた。

「試着を頼みたい」

「かしこまりました。こちらへどうぞ」

 案内されるままに個室に入る。サイズや着た時の見た目を確認する為の部屋だそうだ。取り敢えず目星をつけていたシャツに着替えてみる。成程、確かにこうして着てみると分かる事もある。

「ノアくん大丈夫そう〜?」

「ああ。着替えられはしたが……少し袖が短い」

 言いつつドアを開け、アルに見せる。フィリの姿は無かった。先程アルが見繕っていた服を返して回っているのだろう。

「ほんとだ。サイズ一個上も試してみよっか。取ってくるから他の試してて大丈夫だよ」

「分かった」

 手をひらひら振ってサイズ違いを取りに行くアルに頷き、他のものも着てみる。細かな思い違いを修正しつつ、最終的に買うことになった服はそれなりの量があった。

「よし、こんなもんかな!」

 満足げにするアルの横で、フィリが服についていた札を確認する。「予算内。流石、アル」と頷き、店員のところに持って行く。

「会計を」

「はい、少々お待ち下さい」

 店員が服の札を確認する。試着の時も気になったが、あの札にはどうやら意味があるらしい。

「アル」

「ん〜?」

「あの札は何だ」

「ああ、あれ?値札だよ。この服は幾らのお金で買えますよって表示。……あ」

 何かに気が付いた顔で振り向かれる。

「ノアくん、もしかしてお金の事よく分かってない?」

「師匠からは、実地で学ぶ方が早いとだけ」

「総長らしいけどそっか〜、うん、分かった!帰ったらちょっとお勉強しよう」

「頼む」

 その前にあれをクローゼットに仕舞うとこからだけどね、と笑ったアルの視線の先では、店員に渡された大きな紙袋にフィリが埋もれかけていた。

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