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第一回潜入任務:2

 ウィーブリルの初等科に通う子供は少ない。富裕層向けの学校だからだ。貴族に代表される富裕層は家庭教師を雇う事も多く、特に幼少期は親元で学ばせる家がほとんどを占める。高等科になると一気に人数が増えるが、それまでは一学年につき二桁いくかいかないかくらいの人数しかいないのが常だ。

 そんな狭いコミュニティではあるものの、富裕層の子供達ともなれば派閥のようなものは出来上がる。主に保守派の家の子供達が固まって過ごしていて、それ以外が近付きにくいという感じの緩いものではあるが。

「……ってな感じで探りを入れ難いね〜。思想が弱い子から攻めようかと思ったんだけど、そういう子は派閥の中でも立場が弱いから。下手にぐらつかせると後に響くって考えると中々」

「そういうものなのか。家の事情が子供の人間関係まで……」

 よく分からないと言いたげに首を傾げるのは、今回の任務でバックアップを担当している同期の一人だ。名前はベルンハルト。体格が良い彼は、自分達の保護者という体で定期的に面会に来る。ウィーブリルは全寮制だが、親が子と会う時間を理不尽に奪うような学校ではない。保護者が訪れれば面会が可能だ。

「貴族ってめんどくさいよねえ。俺くん達もちゃんとは分かってないけど、それでもめんどくさいもん。ちゃんと社交界に出る人は大変だろうな」

「あれ?でも二人は貴族だよな。貴族の間でも認識に差はあるのかい」

「俺くん達は必要がなくてさ〜。ほら、家を継いだり結婚したり、あとは王城で働くなら社交は必要なんだけど、俺くん達はどれも当てはまらないから。あんまり好きじゃないしね」

「へえ。まあ良いや、今は関係ないし。はい、替えのやつ。回収は変わらず大丈夫?」

 平民出身のベルンハルトは、貴族社会のややこしさにはあまり馴染みがない。それを掘り下げたり無駄に突いたりするような浅慮はしない事も、ここしばらくの付き合いで分かってきた。さっぱりしていて話しやすい、というのが今の印象である。師匠に近いタイプだ。

「うん、大丈夫。解析は進んでるかな?」

「進んではいるが芳しくない、というのが適切だと思うよ。乱れが見当たらなくてね、師団長が唸っている声が絶えない」

 かちゃん、と音を立てて置かれる袋と、持って来た袋を渡し合う。中に入っているのは特殊な鉱石だ。精霊が好むとされていて、魔術の腕前が高ければ精霊の一部を一時的に鉱石に移す事が出来る。今回はこれを第一師団長──ハイルフィリアの精霊の拠り所として使っている。彼女は時空間に干渉する精霊と契約しており、空間の乱れを見つけ出すのが非常に得意なのだ。

 その彼女をして、捜査の進展が芳しくない。相当上手く隠されているか、はたまた本当に何もないだけなのか。しかし、そんな予感はしていた。

「う〜ん、だよねえ。正直俺くん達もそんな気配が微塵も見えなくって。もっと動き回れるように頑張るね」

「今は不自然で入れない場所も、立場や付き合いが広がれば足を伸ばせる筈」

 疑わしいと調査している身として、様々な事に注意を払い続けて生活している。それでも尚、不自然な人の動きを感じ取れていない。初等科の編入生という立場もあるだろうが、今動き回れる範囲には情報が無いと見るべきだろう。

「そうかい。師団長にそう言っておくよ。二人も、頑張り過ぎには注意するようにな」

「ありがと〜。ベルも程々にがんばってね」

 手を振って別れる。穏やかで気遣い上手な同期の姿が扉の向こうに消えるのを確認して、アルは伸びをした。

「さて、姉さん。行動範囲を広げるならうってつけのポストがあると思うんだよね」

「生徒会。私も狙おうと思っていた」

「さっすが、やっぱり以心伝心だね!確か秋の初め辺りで機会があったっけ」

 ウィーブリルの生徒会は、初等科から高等科までに一つずつ存在する。一年毎に人員が入れ替わっていくものだが、春に起こる正式な交代とは別に秋口にもメンバーを募集するのだ。予め生徒会の仕事を体験させて、適性を測るのが目的の募集。今のアル達はそれなりに優等生なので、書類審査で落とされる事はないだろう。

「夏休み前に募集があって、終わった後に可否が分かる。応募の準備をしておこう」

「品行方正アピールしとく?姉さんは良いけど、俺くんはちょっと適当な感じだし」

「それは……わざとらしいかもしれない。それよりは、成績を少しずつ上げていこう。勉強を頑張っている方が、初等科の生徒としては自然だと思う」

「了解。じゃ、そろそろ出よっか」

「ああ」

 ここは面会用の部屋だから、あまり長く居るのも良くない。渡された袋を兄さんがスカートの隠しポケットに入れたのを確認して、頷きあってドアを開けた。

 コツコツ、と硬い床を靴が叩く音を響かせながら歩く事少し。人通りの少ない廊下に、見知った顔がぴょこんと差し込まれた。

「あれ、リリア?珍しいじゃん。面会?」

 ここは事務的な機能が集まった建物で、普通の生徒だと中々訪れる機会は少ない。保護者ことベルンハルトが訪れる二人は定期的に来るが、これまで誰かとすれ違った事はほとんどなかった。

「ううん。あんた達がまた面会だって聞いたから来たの」

「嬉しい事言ってくれるね〜!じゃあ一緒に戻ろ」

 面会は放課後なので、あとは寮に戻るだけだ。女子寮と男子寮は途中まで道が同じだから、アルはいつも兄さんとギリギリまで一緒に歩いていた。今日はそこにリリアも加わって、三人でじゃれ合いながら戻る。

「あんた達の保護者、頻繁に来るわよね。問題児だったりしたの?」

「全然、濡れ衣だよ。家が遠いから心配みたいでさあ、タウンハウスの人を定期的に寄越してるんだ」

「ああ、そう言えばローゼンだったわね。うちの国、山だらけだから実際の距離よりも遠いのが面倒。そう思わない?」

「分かる〜。聞いた話だと、うちの人達って他の国より足腰強いらしいよ。坂道歩きまくるから」

「そうなの?今度お父様に聞いてみようかしら」

 三人でとは言っても、話すのはほとんどアルとリリアだけだ。兄さんがあまり話さない事を、リリアは気にした事がほとんどない。一度だけつまらなくないか、と訊ねたきりだ。その順応性が有り難く、付き合いやすい。

 ばいばい、と手を振って別れた後に、そう言えばリリアと兄さんを二人きりにした事はなかったと思い出す。一瞬だけ心配が顔を出したが、今更大丈夫かとすぐに掻き消えた。

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