第一回潜入任務:1
総師団長権限でフィリとアルが呼び出されたのは、あろう事か宮廷魔術師団の入団翌日だった。
「普通はもうちょっと馴染ませる時間作りません?」
「お前らが馴染んでないのなんざ同期ぐらいだろ。そっちは織り込み済みだ、心配無用ってやつだよ」
「横暴〜」
「言ってろ」
軽口を叩き合う様子は、総師団長と平の団員としては良くない。規律的に。でも自分達と総師団長──ハインツ兄さんは、距離の近い親戚と同じかそれ以上くらいの距離感で何年も過ごして来た。今更変えるのは中々難しいものがある。
「さて、本題だ。お前らが入って来るのに合わせて実行出来るよう、準備を整えて来た計画がある。詳しくはこいつを読め」
仕事でも何でも、抜けが無いように説明するなら文字に起こすのが一番だ。総長が渡して来た紙には、大きく『ウィーブリル魔術学園潜入調査計画書』と書かれていた。
潜入とは穏やかじゃない。というか新人に任せる仕事かこれは、と思ったけれど、取り敢えず全部読んでから文句をつけるか考えるべきだ。
無言で読み進めていくと、どうやら学生として潜入する人材が欲しかったらしい。教師の立場だと仕事も多いし入るのに理由が必要だが、学生ならば入学するのに理由は要らない。
成程、その条件なら自分達はうってつけだ。貴族として顔が知られている訳ではなく、体は幼いまま止まっている。目の色さえ変えてしまえば身分がバレる心配はほとんど無いだろう。
根回し自体は終わっていて、自分達の偽の身分も用意済み。直属の上司に当たるハイルフィリアの実家、ローゼン辺境伯の傍系を名乗る事になるらしい。辺境伯家は権力こそあるものの、名前の通り領地が国の端に位置する関係で顔が知られていない。権力はあるが健全に不透明な家。籍を借りるにはぴったりだ。
そして、肝心の計画目標は。
「──極光」
あの日の、赤黒い日の光景。匂い。倒れ伏す家族達。今も尚心の奥底で痛み続ける傷痕をつけた、ナイフの名前がそこにはあった。
「そうだ。出来るな」
「勿論」
怒りが、嘆きがずっとある。心が休まる日は無くて、でもそれを覆い隠して何でもないように笑う術も身につけた。だから、出来る。敵の手が及んでいる場所で、何も知らないただの学生のように振舞うなんて朝飯前だ。
「良し。本格的に動かし始めるから、取り敢えず荷造りしとけ。念には念を入れて、ローゼンの領地から出発してもらうんでな」
「了解」
「了」
偽装にやり過ぎはほとんどの場合無い。だから出発地点も変えるし、性別だって誤魔化す。そう言えば自分は男性の服装に馴染んでいるけれど、兄さんに女性装が抵抗感を齎さないかを確認しなければ。嫌がっていなくても、本人が分からなくなってしまっただけで何かを感じている可能性はあるのだから。
初仕事にして大仕事になりそうな予感だが、兄さんと離されない事だけで楽しくこなせると確信出来る。女性装に抵抗感が発生しないようなら、兄さんを飾る楽しみもあるかもしれない。
潜入という言葉に似つかわしくない足取りで、アルは総師団長の執務室を後にした。
× × ×
「フィオリア=ローゼンです。よろしくお願いします」
「アルフレド=ローゼンだよ。よろしく〜」
ウィーブリル初等科の二年。十から十一歳の子供達が十人ほど集まった教室で、二人は挨拶をしていた。
フィレアドはフィオリアに。アレシアはアルフレドに。愛称を変えずとも不自然ではないように、と用意された偽名を名乗る。向けられた視線の中に賛美が混じっているのを感じて、達成感に胸を張りたくなった。
兄さんは綺麗だ。体の年頃で言えば可愛いの方が似合うのに、一番に出て来る形容詞は綺麗だと思う。表情が薄いのも相まって、ガラス細工に抱くような感嘆が胸を満たす。
だから、その綺麗さを存分に引き出すように飾った。スカートは標準よりも若干長く、ソックスとガーターで足元を整える。ぴしりと着こなした制服も合わせて人形みたいに見えるだろう。その印象を邪魔しないよう、髪はシンプルに少し編み込みを入れるだけ。ただしレースの付いた小さな髪飾りを添える。自分でも中々に満足のいく仕上がりだ。
色のある話をするには早い年頃の子供達でも、これだけ端的に綺麗だという事実があれば息を呑むくらいはするだろう。だから何だという話ではあるが、こればかりはやっておきたかった。兄さんはこんなに綺麗なんだと自慢したかった。外に出た事がなかったから、初めてきちんと他者と交流する場所に出て来たから。だから、胸を張って見せたかった。僕の兄さんはこんなに綺麗で、こんなに素晴らしいと。
指示された席は隣同士。編入生として追加された席だから当然だ。軽やかな足取りの自分と、落ち着いて一定の足音を立てる兄さん。顔も体もそっくりだけど、性格が違うからあまり間違われた事はない。それでも席に着くタイミングが同じなのは、双子という血の繋がりが感じられるようで嬉しかった。
「こんにちは。ねえ、お話しても良い?」
休み時間、兄さんの机に椅子を寄せている最中だったアルに話しかけて来たのは一人の少女だった。髪が可愛らしくセットされていて、ざっと見回しただけのアルの記憶にも残っている子だ。
「うん、大丈夫。姉さんは?」
「私も平気」
頷く兄さん──今は姉さんとなっている人は、表情が動かないながらも友好的な態度を保っている。それを汲み取れる人かどうかを見極めようと少女を振り返ると、きらきら輝く瞳が目に入った。
「良かった!あのね、私、綺麗な人とか可愛い人が大好きなの!もっと綺麗にするお手伝いがしたくなるんだもの。ねえ、今度プレゼントを持って来ても良い?フィオリアに似合う髪飾りがあるのよ!」
本当に、心の底から嬉しそうに笑う。少なくとも好意しかないのは確かなようだ。
「その前に、名前教えてくれない?俺くん達は自己紹介したけど、受けてはないからねえ」
「……忘れてたわ。ごめんなさい。私はリリア、リリア=フェルプスよ。よろしくね」
熱意が有り余って突っ走ってしまったらしい少女が、気まずそうに笑いながら名乗る。少々抜けている部分もありそうだけれど、それ故に信用出来ると思った。嘘を吐いて、こちらを騙すような器用さは無いだろうから。
「うん、よろしく。ねえ、姉さんに似合う髪飾りってどんなの?」
「よく聞いてくれたわ。やっぱりフィオリアのイメージに合わせるなら薄い色よね、冒険より定番で様子を見るのが定石。だからメインは真珠、周りに白い蔦で装飾してあるの。フィオリアを見た瞬間にあれが思い浮かんだのよ、もう絶対、ぜえったいに似合うわ」
勢い良く話し始めるリリアは楽しそうだ。本当に、兄さんを綺麗にしようとするのが楽しいんだろう。言ってしまえば同類だ。アルは対象が著しく狭いけれど、それでも同類と言えるだろう。多分。
「確かに凄く似合いそう。でも、真珠使ってるなら高くない?貰うには高級過ぎる気がするよ」
「元々販促用に渡されたものだから問題無いわ。むしろフィオリアが着けてくれたらこっちが得するわよ」
「販促用……ってああ、フェルプスってそういう」
フェルプス商会。庶民向けから貴族向けまで手広く手掛ける、王国一の商会だ。リリアはそこの娘で、髪飾りを着ける事で広告塔として仕事をする為に渡されたのだろう。それがより似合う人間に使われれば、より広告効果が見込める。だから気にせず貰ってくれと。
「そう。あれは綺麗だし気に入ってるけど、私よりフィオリアの方が似合うんだもの。フィオリアの元にあるべきよ」
笑顔の絶えないリリアに、自分の気に入りが自分より似合う人間に対する嫉妬は見えない。マイナスな感情なんてこれっぽっちも存在しない顔だ。真実善良で、裏のない少女。少しばかり違うけれど、家族が見せてくれていた笑顔を思い出した。
「そういう事ならありがたく貰おうかなあ。姉さんが綺麗になるのは大歓迎だからね!」
今のレース付きの髪飾りも気に入っているが、この洒落者の少女の見立てであれば新しい髪飾りも似合う事だろう。蔦が付いているのであれば、植物や花の意匠が盛り込まれた服で纏めれば統一感もある。きっと清楚な美しさが出るはずだ。
「……さっきからアルフレドの方が乗り気よね。もしかして、髪の毛のセットとかはアルフレドがやってるの?」
「そうだよ。姉さんはあまり興味が無いから」
兄さんは見た目に頓着しない。見苦しいかどうかは気にするけれど、綺麗になろうとか格好良くなろうとかいう気概が無い。多分、美しい人に動かされる心が無くなってしまったから、そこに価値を覚えなくなってしまったのだろう。
それを咎めるつもりはないし、悲しむつもりもない。兄さんは自分から動くことはないけれど、アルが動いて兄さんを磨くのを止めることもない。それだけで十分以上だ。
兄さんに笑いかけて、髪の毛を軽くいじる。艶やかな白金色は、自分の髪と全く一緒。それでも、兄さんの髪だと思えばより輝いて見える。だからこそ飾るし、美しく整える。それを楽しく思う。
「あら、じゃあもしかして迷惑だったかしら」
「いや。私自身は興味を持てないけれど、他の人がしてくれようとするのは嬉しい。好意だから」
嬉しい、なんて思ってはいないだろう。アルに対しては感じたとしても、他人にはそんな感情を抱けない。ただ、それを表に出していては世の中を渡っていけないから。それを分かる程度には大人になったから。
「ほんと?それなら遠慮なく。フィオリアって綺麗だから、飾り甲斐があるのよね」
「分かる〜。色々楽しめちゃうんだよね。俺くんも勉強しながらだけど、似合うのが多過ぎて困っちゃうくらいだよ」
珍しい初等科の編入生、それも双子。ガチガチに保守派の教育を受けたのだろう学生の鋭い視線もある中、こうして何も気にせず話しかけてくれる相手は大事にするべきだ。
打算半分、純粋な嬉しさ半分で笑いかける。どれだけ続く任務かは分からないが、この子と本当に友人になれる時間があれば嬉しいなと思った。




