3話
「……でかい……」
食堂に一歩踏み入れたノアの喉から絞り出されたのは、そんな感想だった。
でかい。兎に角でかい。想像の十倍はでかい。これがただ食事をする為だけの場所だと言うから恐ろしい。
「うちは数十人規模だし、そんな大きな方じゃないと思うよ〜。まあでも、二人用の家しか見た事ないならびっくりしちゃうのも無理ないかなあ」
「嘘だろ」
「ほんとほんと」
けらけら笑うアル曰く、王城の食堂はここよりも広いらしい。勤める人数の桁が違うので、諸々の共用フロアの広さが全然違うのだという。恐ろし過ぎる。そんな場所で落ち着いて飯が食えるものかと思ってしまうが、慣れれば大丈夫なのかもしれない。今のノアには未知の世界過ぎて何も分からないが。
「ノア。こちらに」
思考がとっ散らかってしまい、動けなかったノアの手がフィリに引かれる。ついていくと、何やらトレーが山積みになった場所に案内される。
「このトレーを一枚持ち、列に並び、注文をそこの窓から伝え、札を貰う。後は列に並び続け、トレーを渡せと言われたら札と共に渡す。食事が載った状態で返されるので、好きな席で食べる」
「メニューはねえ、メインが肉か魚かの二種類だけだよ。だから、気分でお肉かお魚かを伝えればそれで大丈夫!」
食事を貰うシステム自体はシンプルなようで安心する。メニューも数が少ないのは有り難い。選択肢は少ないが、慣れていない場所であれこれ迷う余裕は無かった。
「じゃあ早速貰いに行こう。困ったら助けてあげるから大丈夫だよ」
前はアル、後ろはフィリと二人に挟まれてトレーを取る。中年の女性にアルが「お肉頂戴〜」と話しかけて札を貰っている。「あんたは?」と視線がこちらを向いた。
「魚を」
「はいよ、これ」
手渡された札は青い。先程アルが貰っていたものは赤かったので、どうやら色でメニューを見分けるらしかった。後ろでフィリが魚の札を貰う声が聞こえる。そのままアルの後ろについて前に進むと、慌ただしく料理をしている人達の姿が見えた。
「トレー寄越しな」
「はあい」
今度は男性がアルのトレーを回収する。程なくして戻ってきたトレーには、湯気の立つ器が幾つか載っていた。
「よろしく頼む」
「おうよ」
にか、と笑ってトレーを受け取った男は忙しなく動き回り、手早く器に食事を盛り付けている。「出来たぜ」と渡されたトレーには美味そうな食事が載っている。
「感謝する」
「おう」
そのままフィリの対応に移った男に背を向け、アルの後に続く。席をどこにするか迷っている風なアルを呼ぶ声が聞こえた。
「アル、フィリ!こっちだこっち」
そちらを見ると、男が一人と女が二人固まって座っている。振られている手に振り返し、アルがこちらを見て「大丈夫?」と尋ねた。別に人が増えて気後れする程繊細ではない。頷けば、アルはそちらに向けて小走りで合流しに行く。いつの間にか斜め後ろにいたフィリと共に、ノアも集団の方へ歩いた。
「何だ何だ、可愛い子が増えてるね。その子が迎えに行った子?」
クリーム色の髪をした小柄な女性がノアを見て目を輝かせる。にっこりと大きく作られた笑顔は明るく、アルに近しい空気を感じた。
「うん、そうだよー。紹介するね。ノアくんだよ、総師団長の弟子」
「ノアくん!良い名前だね!ぼくはヴィカ、ヴィカ=スミルノヴァだよ。アルとフィリの同期!よろしくね」
クリーム色の髪の女性──ヴィカが手を握ってぶんぶんと振ってくる。握手にしては些か激しいが、そのつもりなのだろう。「振り過ぎ」と止めた深い赤色の髪を纏めた女性が、ノアに視線を移しで薄く微笑む。
「初めまして。私はカトレア=ハイゼルフィッツ。カティって呼んでくれて良いわ」
カトレアの後ろ、先程声をあげてアルとフィリを呼んだ茶髪の男が温厚に笑う。体つきもがっしりしていて、どことなく熊を思い起こさせる男だ。
「初めまして、ノアくん。俺はベルンハルト=ハンプトン。皆にはベルって呼ばれてる。双子はマイペースだし、困った事があれば俺達にも気にせず相談してくれ」
差し出された大きな手を握りながら、初めて聞く単語に首を傾げる。「うん?」と誘われるように首を傾げたベルンハルトに、ノアは遠慮なく疑問をぶつける事にした。
「すまないが、双子というのは何だ?アルとフィリの事か?」
五人全員がぱちりと目を瞬かせる。ちょっとした動作が似通っているのは仲が良い証拠だろう。実際、性別に構わずヴィカがベルンハルトの肩を叩きまくっている。家族以外の異性は下手に触れ合わない方が良いと教わったが、家族に近いくらいには仲が良いようだ。
「ねえねえベル、どう説明すれば良いかな?ていうかどこから?子供が出来る仕組みとかからかなあ?」
「一旦落ち着けヴィカ。えーっと……基本的に、大体の場合は子供は一度に一人しか産まれない、という事は理解しているかい?」
「ああ」
どこまでノアが理解しているのかの確認から入ったベルンハルトに頷く。子供がどのようにして産まれるのかという話は、師匠に軽く説明してもらった事があったのだ。
「そうか、良かった。双子っていうのは、一度に二人が産まれた時に使われる言葉だ。同時に産まれた子供達を、双子と呼ぶ。アルとフィリはそうなんだ」
「初めて知った。感謝する」
「いやいや全然。これからも気軽に訊いてくれよ」
「そうだよー!沢山質問して沢山学ぶのは良い事だからね!」
頭を下げると、温かい言葉が降ってくる。アルとフィリが──双子が仲良くしているだけあって、優しい人達のようだった。
「さて、早く食べてしましましょう。折角のご飯が冷めちゃうわ」
ぱん、と軽く手を打ち合わせ、カトレアが促す。皆でいただきます、と声を合わせてから口に運んだ料理は、小屋の食事とは味が違うけれど美味かった。




