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拾われた子供達:4

 クロイゼルングのタウンハウスに、隠し部屋や隠し通路があるのは知っていた。子供達はそこで育ったと話していたし、そうでなくてもこの家の特殊性を考えればあって当然だ。しかし、まさかここまで大規模なものだとは思ってもみなかった。

「次はこっち」

 下手したら見える部分と同じくらいの広さがありそうだ。そして隠し通路らしく入り組んでいるので、先導する双子がいなければとっくのとうにどこに居るのか分からなくなっている。最早迷宮と呼べそうな気がしてきた。

 書斎まで最短で向かう通路を、とリクエストしたのに頷いた二人が案内してくれているので、これでもまだ一部なのだろう。そして二人はこれを全部把握しているというのだから恐ろしい。

「凄い記憶力だな」

 思わず口から出た言葉に、子供達が振り返る。その顔は不思議そうで、アルは首まで傾げていた。

「凄くないよ。僕達はここしか知らないもん。二人はもっと色んな場所を知ってるんでしょ?そっちの方がずっと凄いと思う」

 その言葉にそうか、と気が付く。双子はここから出た事がほとんど無い。いくら入り組んでいるとは言っても、十二年もあれば隅々まで探索するのには十分過ぎるのだろう。

「それでも、これだけ広ければ覚えるのには苦労するだろう?凄い事だよ」

 ハルが柔らかく返して、それに頷く双子の顔は納得していなさそうだ。少なくとも方向感覚が優れているのは間違いないので、これからその辺の自覚が育つ事を願うばかりである。

 それからもぽつぽつと言葉を交わしながら歩き続け、何度か曲がった後に出てきたドアにアルが手を掛ける。どうやらそこが書斎に繋がるドアらしい。重たいのか、二人で体重を掛けるように開けていく。がこ、と音を立てて開いた空間から流れ込んでくる空気に、その匂いに、体が強張った。

「待て、」

 金属のような、べったりとこびりついてくる、この匂いは。

「出るな!」

 ──血の匂いだ。

 咄嗟に出た言葉は間に合わない。開いた勢いのまま外に踏み出していた双子が、小さく悲鳴を上げるのを聞いた。ハルと同時に駆け出して、短い距離をすぐに詰めて双子を背に庇う。

 書斎の中は血の匂いで一杯になっていた。床には血溜まりが出来ていて、色からして出来上がってからもう大分経っている。その中に倒れている体は三つ。

「とうさま、かあさま、じいや」

 後ろから呆然とした声が聞こえてくる。家令は爺やと呼ばれていたんだな、と場違いな考えが脳を掠めた。

「ハル、頼んだ」

「そちらこそ」

 子供達を守るのはハルに任せて、事態を把握する為に走り出す。廊下に出ても血の匂いが薄れない事にぞっとした。あちこちで使用人達が倒れていて、その誰もがもう手遅れだとはっきり分かる。

 物音が自分の走る音以外に何も無い事、被害者達が亡くなってから時間が経っている事から考えて、犯人はもうここにいない可能性が高い。隠れて難を逃れた人間がいないか、声をかけて探しても大丈夫だろう。

「誰かいないか!?宮廷魔術師団の者だ、生きているなら返事を!」

 制服を着て来なかったから説得力は薄いかもしれないが、とにかく生存者を探さなければという一心で呼びかけ続ける。家族のスペースを抜けようかという辺りに差し掛かったところで、がこん、と覚えのある音が響いた。先程双子が隠し通路の出口を開けた時に鳴った音とそっくりだ。

 音がした部屋のドアを開ける。壁の一部が外れていて、その向こうからお仕着せを着た一人の女性が出て来ようとしていた。

「大丈夫か、怪我は」

「ありません……あの、あの子達を連れて来て下さる方、ですよね?」

 名前をはっきり言わないが、そうしてぼかされる対象はこの家に一組しかいない。肯定の意味を込めて頷いた。

「あなたは?」

「お初にお目に掛かります、当家の家政婦長を務めさせて頂いている者です。私は、……事情を知る者が最低でも一人は生き延びねばならない、と……家令に、隠し通路に逃げ込むよう指示を受けました」

「その判断は正しい。他に逃げられた人は?」

「……使用人であれば、或いは」

 クロイゼルングの血を引く者──この家の主人家族は、真っ先に殺されたという事か。使用人もかなりの数死んでいるのを見たから、逃げられたとしてもほんの一部だろう。一体誰が、何の為に。

「分かった。詳しい話は本部で聞かせてもらっても?」

「はい。……あの子達は、無事ですよね?」

「怪我は無い。精神的な方までは分からん」

「それで十分です」

 顔色は悪いが、受け答えはしっかりしている。現状をよく理解して、どう動くべきか分かっている人間の顔をしていた。

「二人も一緒に本部で保護する事になるだろう。……表に出す機会は慎重に窺いたかったが、こうなってしまった以上出ない訳にはいかない」

「分かっています。……ありがとうございます、連れて行って下さい」

「ああ」

 双子と接する事を許されるだけあって、忠誠心や判断力、精神力は折り紙付きなのだろう。彼女が生き残ってくれた事は僥倖と言わざるを得ない。双子がよく知っている人物がこれだけ落ち着いていてくれれば、子供達を落ち着けるのにも一役買ってくれる。

 書斎に家政婦長を連れて戻る。血の中に倒れ伏す三人を見て息を呑む音が聞こえたが、すぐにハルの後ろに隠れている小さな体に目線を移したようだった。

「フィリ様、アル様……!」

「……マリー……?」

 駆け寄る彼女に一瞬体が動いたハルだったが、すぐに状況を理解して身を引く。双子と現場の間に体を置き続けるのは変わらないが、抱き止める役割を譲ったのだ。

「大丈夫、大丈夫ですよ。マリーがついています。……安心出来る場所に、行きましょう」

 二人を優しく抱き締めて、ゆったりとした声で語りかける。両手は背中をゆっくりと撫でていた。

「悪いが、移動するぞ。……あまり長くいるべきじゃない」

 安心するまで待ってやりたいのは山々だが、この環境は明らかに双子にとって精神的な傷を増やす事しか出来ない。可能な限り早く、安全な場所に引き上げるべきだ。

「わかりました。……お二人とも、目を瞑っていて下さい。大丈夫です、もう怖いものは見えません。マリーを信じて下さい。ね?」

 家政婦長の声に、まだ青白い顔のまま双子が目を閉じる。ハルが一声かけてフィリを抱き上げたので、ハインツはアルの方を抱き上げた。

「行こうか。まずは屯所だ」

 師団は王都の守りの一角を担う組織なので、各所に騎士団と合同で使用している屯所がある。そこを利用して都内の警備を回しているのだ。ここからだと本部より屯所の方が近いから、まずはそこで事情を説明して現場の保全や捜査の開始をしてもらう。ただし屯所に人を保護する場所はないから、そのまま本部まで向かう事になるだろう。

 通用口に停めてある馬車に乗り込む。双子の存在を明るみに出さないように商人のふりをして来たので、あまり良い馬車ではないが仕方ない。ハルと三人を中に入れて、ハインツは揺れが抑えられる最速で馬車を走らせた。

 屯所に着いて、最低限のやり取りだけ交わしてまた本部に向かう。馬車の中でどんな会話があったのか分からないが、扉を開けた時に双子が泣いていて驚いた。子供をどうやって慰めたら良いのかなんて知らないハインツは何の役にも立たず、家政婦長とハルが宥めて降りられる状況にするまで周囲にいた師団の人間に事情を説明して準備してもらう事しか出来なかった。

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