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拾われた子供達:1

「子供を拾った」

 そう言った親友の顔が真剣だったので、反射で出掛けたからかいの言葉は喉元で引っ掛かって止まった。真面目な話だ。それも、割と深刻な。

 とにかく入れ、と魔術師団宿舎の自室に招き入れる。師団長クラスではないから防音はそこまでだが、公共の場で話すよりは余程良い。素直に入ってきたハルが勝手知ったる様子で水差しを手に取った。

「子供達……二人、より正確に言えば双子だったんだが。子供達は、家出してきたと言うんだ。親に問題があった訳じゃないと主張するが、頑なに苗字を言わん」

 でもな、と続けた言葉の先に、ハインツは危うくグラスを受け取り損ねそうになった。

「オーロラ色の瞳をしているんだ」

 その珍しい瞳の色は。規模としては小さく、弱く、しかし特殊な立場から決して簡単には扱えない家の血を色濃く受け継ぐ事を示す。

「……クロイゼルング。だが、見覚えは無いんだな?」

「勿論。そも、あの家にあれ程小さな子供はいない筈だ。傍系までさらうとなると、戸籍を見た方が早い。ハインツ、付き合ってくれ」

「分かった。陛下に申請は出したか」

「ああ。明日には返事が来るだろう」

 他者の戸籍は、見たいと言えば見れるものではない。師団に所属し、出世街道を爆進している二人であっても事前申請は欠かせない。申請すれば見られるという事自体が特別なのだが、それはハルの立場とその親友であるのが大きいだろう。

「子供の様子は?怯えたりしていないか」

「そういった感じはないなあ。警戒はあるみたいだが、信頼ばかりはある程度の時間が無いと得られん」

 懐に入り込むのが上手いハルではあるが、警戒されている状況からでは流石に手間取る。ましてや本当の意味での信頼を勝ち取るには、ただ言葉を掛けるだけでは足りない。行動を以て味方だと示し続ける必要がある。

「そこは心配してない。お前なら大丈夫だろ。……で、名前は」

 戸籍を探すに当たって、苗字は最悪分からなくて構わない。クロイゼルングに連なる事は明らかだから、そこから絞り込める。ただ、名前の方は分かっていなければ探しようが無い。

「フィレアドと、アレシアだと。愛称まで使っていたから、ほぼほぼ本名だろうよ」

「年頃はどのくらいだ?成人はしてないんだろうが」

 小さいとまで言ったのだ、まず間違いなく自責能力の無い年頃。クロイゼルングの家は長男が成人したてでハインツ達と同い年、長女はその一歳下だったと記憶している。それよりは低いのだろう。

「見た目だけだと、十を少し越した辺り……十一、二辺りかね。まだ男女の差がかなり少ない時期だ」

「幼いが、自分の頭でものは考えられる年頃だな。だから家出なんぞしたんだろうが」

 親に問題はないと主張し、苗字を言わないのは、身元が割れれば家族に迷惑が掛かると考えているからだろう。家出した時点で馬鹿程迷惑が掛かっているのだが、それを分からないのはまだ幼いが故だろうと考えられる。総じて、十一、二歳というのは納得のいく年齢だ。

「親元に返すかどうかも、戸籍を見るのと本人達から話を聞いてからか」

「そうだなあ。事情が分からない事には、何が正解かも分からん」

 幸いハルの家は、そういった何かしらを抱えた人間を匿うのに最適とも言える場所だ。皇国の手が少しだけとはいえ入っている、皇族が一人で暮らす為に用意された家。大きさこそ庶民的だが、そこらの貴族の邸宅よりも余程統制の取れた使用人が揃っている。王族ですら下手に探りを入れられない場所だから、しばらくは穏やかに過ごせるだろう。

 まだ顔も見た事のない子供達に思いを馳せる。クロイゼルングで何が起こっているのか、そしてそれに子供達はどう関わっているのか。今はまだ分からない事だらけだが、安心して過ごせるようになる事を願った。


 × × ×


 家族に愛されている自覚はある。これ以上ないくらいに愛して、大切にしてもらっている。言葉で、態度で示されている。

 でも。だからこそ、離れなければならないと思った。

 理由は知らない。分からない。誰も教えてくれないから。ただ、自分と片割れが足手纏いになっている事は明らかだった。

 だって、屋敷の外から見える場所に行ってはいけないと耳にタコが出来ても尚言われ続けている。お客様が来る時は、隠し部屋で静かに待っていなければいけない。お勉強は兄様と姉様、それから父様と母様からしか教われない。使用人にも基本的には会ってはいけなくて、声も聞かれてはいけない。会っていいのは家令、家政婦長、それと乳母だけ。

 隠されている、と気がつくのにそこまで時間は必要無かった。つまり、家族にとって自分達は、いる事を気付かれたら厄介な存在なのだ。

 それでも疎まれていると思わなかったのは、家族が愛を伝え続けてくれていたから。手間をかけてでも隠して、生き延びさせて、愛を示し続けてくれたから。

 家族が愛してくれているのと同じくらい、自分達も家族を愛している。だからこそ、足手纏いのまま生き続ける事が辛かった。迷惑を掛け続ける自分達が許せなかった。

「出て行こう」

「出て行こっか」

 言い出したのがどっちかは覚えていない。多分、同じ時に思い至って、同じ時に実行しようと思った。自分と片割れは、本当に二人で一人だから。同じように不甲斐なさを覚えて、同じように悔しく思っていたから。

 そうして、人の目を盗んでこっそり駆け出した。家には隠し通路も隠し部屋も沢山あって、自分達はそこで生きてきたから人目に触れない事なんて簡単だ。音も気配も殺して駆けて、初めて外に抜け出した。

 広い外は、今までの何倍も情報が詰まっていた。それが怖くて、でも横で手を繋いでくれている片割れがいるから大丈夫。頷きあって、なるべく家から離れるように走り続ける。

 疲れて立ち止まった頃には、もう家がどの方向にあるのかすら分からなかった。それで良いと思った。食べ物も水もどこで手に入れたら良いかなんて知らなくて、空腹と喉の渇きが酷いけど、もう一歩も動けない気がするけど、それで良かった。死んでしまっても、構わなかった。家族の足手纏いにならないで、身元の知れない子供として死ねるなら、それで。

「そこの二人。大丈夫じゃあなさそうだけれど、どうしたんだい」

 片割れと一緒に目を閉じた時、その声は降ってきた。

「親御さんは?逸れたのなら、探すのを手伝おうか」

 穏やかで、柔らかくて、天気が良い日の風みたいな声。その声の持ち主は、道端に座り込んでいる自分達に視線を合わせるようにしゃがみ込んだ。

「逸れてない、です。……家出したので」

 その好意を振り払うような返事をした。わざと。面倒だなと思って、放っておいてくれれば良いと思ったから。親を探そうだなんて思わないで欲しかったから。

「おやおや。では、うちに来るかい」

 しかし、顔を顰めて去っていってしまうだろう、と思ったその人は、変わらない口調でそう言った。

「家出をしたなら、食事も寝る場所もあてが無いんだろう?うちはそこまで広くはないが、二人増えたくらいできつくなる程ではないよ。どうだい」

 初めて、その人の顔をちゃんと見た。灰色の瞳が柔らかい光を宿して真っ直ぐ見返してくる。片割れの方にも視線を移して、同じように柔らかく微笑んだ。

「……親を、探さないでくれるなら」

 片割れがそっと条件を出す。やっぱり同じ気持ちだから、一つ頷いた。

「戻りたくないんだね。……酷い目に遭ったのかい」

「それは違う!」

 勘違いされるのも仕方の無い言い方だったが、それでも家族を悪く言われるのは我慢ならないと声を荒げる。片割れと声がぴたりと揃った。その剣幕に驚いたのか、灰色がぱちぱちと数度瞬いた。

「父様も母様も、僕達を愛してくれてる。酷い目になんて遭ってない」

「僕達も、家族の事を同じくらい愛している。そんな事を言わないで」

 自分達の状況も、言葉も、勘違いを招くのは致し方ないものばかりだ。それを分かっていても、空腹と疲労で回らなくなった頭では感情の歯止めが効かない。片割れと繋いでいる手を強く握り直す。向こうからも応えるように、ぎゅうと力が籠った。

「そう……ごめんなあ、無神経な事を言った。こんな謝罪では軽いかもしれないけれど、許してはくれないかい」

 理不尽に当たり散らされたのに、その人は怒らない。へにょりと眉を下げて、両手を差し出してくれる。片方ずつ、自分と片割れに。

 鏡写しのような顔と目を合わせあって、同じ結論に辿り着いたのを確認して手を伸ばす。一回り程大きな手に触れて、握る。

 この人は、きっと信用して大丈夫。

「ありがとう。じゃあ、行こうか」

 嬉しそうに笑ったその人の手は、よく知る家族の手よりも硬かった。

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