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母というもの

 皇国は一夫多妻を容認している。しかし一夫多妻家庭の数が多い訳ではない。これに関しては島国という皇国の土地柄、国民の数が少ない為に家の数も少ないというのが響いていた。やろうにも釣り合いの取れる縁組を何パターンも用意出来ないのだ。そうして続いて来た伝統が、国民性として根付くのは自然な事でもあった。

 では何故容認し続けているのか。これは、ほぼ皇族の為だけに存続しているという明確な理由がある。

 皇族の血は、他国の王侯貴族と比較しても明らかに長く受け継がれ続けている。神話の時代から連綿と続き、その起源すら神話に半ば埋もれていると言えば凄まじさが伝わるだろうか。そこまで長く受け継がれた国家元首の血というものは、当然絶やさない為に万全の対策を施してある。そのうち一つが一夫多妻の容認なのだ。

 皇国の国民は数が少ない。貴族、それも皇族と釣り合うレベルとなれば更に絞られる。絞られた先の令嬢が不妊体質であったり、体が弱く出産に耐えられないとなった際、血筋の尊さは劣っても血を絶やさない為に側妃を迎える。そういう理由の元、皇国では一夫多妻の容認が続いているのだ。

 現皇妃──正妃の立場にある女性は、正にそうだ。天皇と釣り合う身分、年頃、そして皇族足り得る器を持つ令嬢が彼女しかおらず、そして彼女は些か体が弱い。出産が叶わない程ではないが、保険の意味も兼ねて何人かの子供が要求される皇族の立場としては不安が残る。それ故に、事前に説明をしっかりした上で天皇は側妃を迎えた。血筋よりも本人の能力と健康状態、そして皇妃との関係を重視した選び方で。

 皇妃と側妃は元々友人だった。身分差はあるが、それを押してでも仲良くなるだけの気の合い方だったのだという。そして天皇による事前説明が本当に、本当にしっかりとあった為、側妃が迎えられたその日に皇妃と抱き合う姿が見られたらしい。

 大歓迎の中迎えられた二人の妃は、公私共に支え合いながら皇族として立ち続けた。政務の議論には顔を揃えて参加し、どちらかが公務で遠出するなら残された側が帰って来た時のもてなしを準備する。互いを尊重し、愛し、理解し合う。その様は天皇をして「誰と結婚しているのか分からないな」と言わしめた程である。

 そんな二人であるので、子供が産まれた際も助け合っていた。先に身籠ったのは側妃。皇妃は政務の殆どを引き受け、側妃が出産に専念出来るようにした。次に身籠ったのは皇妃。側妃は産後の肥立ちの悪かった皇妃を甲斐甲斐しく看病した。しかし皇妃は妊娠がかなり負担になってしまった為、二度目以降は見送られる事となった。代わりに側妃がそちら方面を何度か担い、皇族はまた血を存えさせたのである。

 つまり何が言いたいか。皇妃唯一の子であるハルにとって、正直母親の違いというものは殆ど感じた事がないという事である。

 母上、と呼ぶのは皇妃だけだ。しかし側妃の方もほぼ第二の母上である。第一と半くらいかもしれない。側妃の方もそうらしく、私的な場では我が子のようにハルと呼ばれる。勿論許可あっての呼び方ではあるし、ハルも母上と呼ぼうか迷ったくらいだ。皇妃と呼び分け出来ないので諦めたが。

 さて。現在、久方振りの二人の母上達との顔合わせ中。茶会の形式を取ってはいるが、半ばお叱りの場だ。理由は勿論家出騒動。

「ハル。私達は怒っているのよ。理由は分かっているわね?」

「ああ。心配を掛けてしまった事、心より申し訳なく思う」

 家出、それも簡単ですぐにバレるようなものとはいえ偽装まで仕込んで行方を眩ませた。簡単には手の届かない他国で、皇族として特に大きな反発も問題も起こさずにいたハルが。

 堪忍袋の尾が切れたのは事実だし、そうして怒りを示すのは無意味ではなかったろう。ただ、家族としてハルを慈しみ続けてくれている人々には心労を掛けてしまった。そんな人々を代表して、二人が茶会を開いたのだ。

「家出なんて、皇族である以上そんなに軽い言葉で済ませられる事ではないの。しかも私達にさえ説明せずに出ていってしまうんだもの。もし貴方が変な所に行ってしまっていたらと思うと夜も眠れなかったわ」

 眉根を寄せる側妃には返す言葉もない。正論でしかないからだ。全くもってその通り、一番の原因は不出来な弟だが、ハルにだって問題はあった。父上と兄上はハルの行動に困ったとは述べたものの、そこまで強く咎めなかった。その代わりに、と一時帰国して母上達と会うように言われたのは、こういう役割分担だったからだろう。

「勿論、貴方の事だからきちんと考えて動いたのでしょうし、結果で言えば丸く収まったけれど……一つ間違えていたら、それこそ王国との外交にすら響きかねなかったわ。ちゃんと、もう一度よく理解して」

「ああ」

 王国の陛下や父上との付き合いは深い。二人の性格や統治の方針も鑑みて実行に移したが、下手を打てば国交にすら罅を入れかねない事態ではあった。

 ここまで黙っていた皇妃が、手のひらを軽く頬に寄せる。可愛らしい仕草の良く似合う彼女は、一児の母とは思えない程に可愛らしい人だ。……見た目だけなら。

「ハル。お前が何を考えて動いたのかは大体分かるけれど、不確定なものを担保に動くなと何度教え込めば脳に刻めるのだろうね?そういった薬でも開発させるのが望み?」

 小さな口から出てくる声は可憐で、しかし上に立ち国を動かす者としての重みをよく含んでいる。まだ笑顔を見せている分怒りは浅いようだが、そうしている内に収めておかねば大変な事になるのは良く知っていた。

「申し訳ございません、母上。根回しが不十分でした」

「具体的に反省点を述べろ。謝るだけなら馬鹿でも出来る」

「次回以降、己の身を使用して意思表示ないしは取引を行う際には、陛下および両妃殿下、皇太子殿下に事前の通知を行い、身柄の安全を確実に確保出来る手回しを済ませてから実行致します」

「ふむ……まあ、及第点といったところか。宜しい、ではここで手打ちとしよう。構わないね、フヨウ」

「ええ。私も納得しましたわ」

 もう二度としない、などと軽率な事を口にしても納得などして貰えるはずもない。そもそもそんなのは的外れな謝罪だ。二人の怒りは、もし万が一ハインツが仇成そうとした時、或いはハインツの用意した守りを突破された時の備えをせずに家出した事に起因している。そこに対する備えを今後どのように行うかを述べなければならない。

 幸いハルの答えは二人を納得させる事が出来たらしい。及第点、であれば満点ではないがまあ満足、程度か。後で兄上に尋ね直してみようと思いつつ、威圧感を仕舞った母上に息を吐く。やっと茶の味が分かるようになりそうだった。

ハインツもがっつり雷を落とされていますが、そちらは正直親も子も慣れてしまっているので面白味がありません。やんちゃな子供を持つと大変ですね。

ちなみに皇妃はカスミという名前です。霞とは程遠いどっしりした精神性の女性。

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