表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/58

2話

 これまで小屋とその周辺の小さな敷地内だけで暮らしてきたノアにとって、王都は広過ぎて目眩がしそうになる。綺麗に舗装された道も歩き慣れないが、道はあまり入り組んでいなかった。これなら王城と師団の敷地を行き来するくらいは出来そうだ。そもそも王城は一番高い所にある関係で見えやすく、そんなに迷うような場所ではないのかもしれないが。

 王城内と変わらずアルが先導、フィリは横を歩く形で案内された師団の敷地は、それまでの道中で見た建物とは少し雰囲気が違う。どっしりしているというか、実用を重視して建てられたのが分かる造りだ。これまで暮らしていた小屋もそうだったので、ようやく見慣れたものに近い何かが出てきてほっとした。勿論小屋よりも余程立派だが、根底にある考え方が一緒だというだけでも馴染みやすく感じる。

 しっかりした門を潜り、開けられている大きな扉を超えるとシンプルな石造りの内装に迎えられる。質素という程ではないが、やはり実用的な面が大きく出ている造りだ。

「ひとまず部屋に案内するね。今日は疲れただろうし、一緒に荷解きしながら夕飯までゆっくりしようか」

 アルの気遣いに感謝しつつ、大きな建物の中を移動する。そういえばアルもフィリも、ここにはいないがハイルフィリアもジルバートも、地味とまでは言わずとも実用性の高い、動きやすそうな服装をしている。それはどこかこの建物に似た雰囲気があって、貴族共にはまるで浮かばなかった安心感を覚えたのはそれが理由の一つなのかもしれなかった。

 案内された部屋は、ベッドが二つある少し広めのものだった。本来は二人部屋なのだそうだが、一人で使って良いという。空いてるベッドは物置にでもしちゃって良いよ、とアルは笑ったが、そんな事はせずとも十分にスペースがあるので却下した。二人用の部屋を一人で使うのだ、むしろ空間が余り過ぎて困るくらいである。

 元々多くなかった荷物はすぐに解き終わり、壁に掛けられていた時計を見てみるとまだ夕飯には早過ぎる時間を指していた。アルも早過ぎるねえ、と言っているので、このまま夕飯とはいかないようだ。

「時間余ってるし、さっき後回しにしちゃったノアくんの事でも話そっか」

 にこ、とこちらを見て笑うアルの後ろで、フィリが何も言わずに椅子を三つ並べている。部屋の中央に置かれたテーブルに、二つと一つが向き合う形で椅子が整った。どこに座るべきかなんて訊くまでもやく分かる。座ったノアの向こう側に、よく似た二つの顔が並んでいた。

 またアルが話すのだろう、と何の根拠もなく思ってアルの方を見ると、綺麗な笑顔で首を振られる。その横で、結局一度たりとも表情の動かなかったフィリが口を開いた。


 × × ×


 ノアは、精霊魔術、或いは契約魔術と呼ばれる技術を知っているか?

 ……うん。一般にはただ魔術と称する事もある。知っているならば言う必要はないかもしれないが、念の為もう一度纏めておこう。

 精霊魔術は、精霊と呼ばれる人ならざるものと契約を執り行い、それにより人類には本来行使出来ない奇跡を起こす技術の事だ。精霊はそれぞれ力を及ぼせる分野が異なり、契約した精霊によって起こせる現象は異なる。

 ああ、分かっている。ノア、君は契約などという行為をした事は無いだろう。それこそが君が特殊と言われる所以だ。そして、君の師匠である総師団長と共通するところでもあり、彼が君を弟子として引き取った理由でもある。

 話を戻そう。通常、人は一つから二つ、多くても三つの精霊と契約を交わす。交わす相手は基本的に人間側から指定出来ない。精霊が気に入る人間を選び、契約するからだ。そして契約した精霊としか意思疎通は行えず、当然行使出来る魔術も限られる。その限られた手の内を如何に使いこなすか、というのが魔術の上手さと呼ばれる指標だ。強さは契約した精霊の格の高さで決まる。

 ここまで言えば大体察しはつくだろうか。

 君の、そして総師団長の特殊性とは、生まれながらにして全ての精霊と意思疎通が出来る事にある。

 これは極稀な特異体質とでも呼ぶべきものだと総師団長は言っていた。一世代に一人いれば良い方だ、とも。反則級の能力だが、それ故に使い方を誤れば巨悪になる可能性も秘めている。総師団長は、君がそうならないようにと心を砕いていた。理解してくれると嬉しい。


 × × ×


 終始淡々と、感情なんて一滴も滲まない声だった。頭がぐるぐると沸騰しそうになっていても、強制的に冷やされるような心地がする。だからフィリが説明を担当したのだろう。物心ついてからこの方、当たり前だと思っていたものが引っ繰り返されれば混乱する。それを落ち着けさせるのに、フィリの語り口は最適だという訳だ。

「総師団長の記録によれば、まずは魔術を使いこなせるようになってから他者との差異を教え、私達を足掛かりに世間に慣らそうと考えていたらしい。しかし、今君は強制的に世間に混ざらなければならなくなった。よって、君が何故隔離されていたのかという理由を最初に説明しておく必要があると判断した。何か質問があるならば言ってくれ。答える」

 ぴくりとも動かない鉄面皮に、静かで聞き取りやすいが感情の無い声。表面だけ見れば冷血漢にでも思えそうだが、話す内容はこちらへの気遣いが見え隠れする。隣に座るアルほど分かりやすくはないけれど、フィリも師匠が保護者として選ぶだけの人間ではあるのだろう。

「……通常、契約出来る精霊は限られているのなら、相手に何の精霊と契約しているかを尋ねるのは失礼に当たるか?」

「場合による、としか言えない。私達宮廷魔術師団では、仲間内の契約精霊は知っている。しかし、魔術を用いて戦闘する事で生計を立てている者は、仲間以外に契約精霊を知られる事を嫌がる傾向にある。基本的には尋ねない方が良いだろう」

「敵に手の内を明かしたくない、という事か。分かった」

 師匠としか触れ合ってこなかったノアの知識と常識は偏っている。それはある程度自覚していた。元々、小屋での暮らしの中でも常識の授業が設けられていたのだ。分からない事を分からないと告げる事に羞恥を覚えない姿勢は身に付いている。

「俺が契約をしなくても魔術を使える事は、言わない方が良いか」

「ああ。人前で力を借りる精霊を予め絞っておき、その精霊達と契約しているように装った方が良いだろう。世間というのは、悪意が至る所に潜んでいるものだ」

 悪意。貴族共の囁き声が思い出された。あれもきっと、悪意の一つの形だ。師匠は襤褸切れだったノアを、悪意の蔓延る世間に出せないと判断してあの小屋に連れて行ったのだろう。実際、ノアは言葉の裏を読むというのが上手く出来ない。師匠に何度か教えてもらおうとした事はあったのだが、いつもいつも意味が分からなくて頭を悩ませた。今は分からなくても良いよ、と笑われたのが無性に悔しかった。今や悔しいどころではなく間近に迫った危機な訳だが。真綿に包まれた悪意を見抜けないのは、世間で生きていく上で余りにも不都合だ。

「……今は、これ以上質問が思い付かない。これから先、疑問に思った時に尋ねる形で構わないか」

「問題無い。しばらくは私達と一緒に過ごしてもらう事になる、いつでも訊いてくれ」

 どうやら、常識に欠けのあるノアを一人で過ごさせる気は無いようだ。正直有難い決定である。まともな振る舞いも出来ないまま放り出されては、どこでどうやらかすか分かったものではない。そしてそのやらかしは、ノアだけを傷付ける訳ではないのだ。

「さて、じゃあお話はここまで!ちょっと早いけど、食堂に行こう。色々説明するなら、時間があるに越した事はないしね」

 パチリ、とウィンクを決めてアルが口を開く。食堂という場所は師匠の話でしか知らないので、ぼんやりとしたイメージだけがある。実際に見れるのだと思うと、思わず胸が期待に高鳴った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ