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21話

 はい。私がルイス=シャトレです。『極光』は、私が立ち上げた組織と言って良いでしょう。

 ……はい。そうです。私は、組織を纏め上げるのに向いていない。ただ、研究が出来る環境を用意しようと、その為に形として組織があるとやりやすいと言われ、名前を付けました。実際の運営は任せきりでしたね。研究を本当に思う存分出来て、そちらに気を向ける事はしてきませんでしたから。

 それでも、私は『極光』の代表です。名前だけだとしても、そこに責任はあります。だからこそ、私は、魔術師団に、……自首をしに来たのです。

『極光』は、許されない事をしました。叶えられない理想を喧伝し、過激な行動を取り、人の命さえ踏み躙った。そして、その一端を、私は担っているのです。どうぞ、罰を。相応しい罰を。どうか、どうか……お願い致します。


 × × ×


「罰、なあ。僕はどうにも、お前に罪があるとは思えないのだけれどな」

「……そういうとこが向いてないんだ」

「自覚はしているとも」

 甘い事を言う親友の頭を張り倒したい気持ちになる。王族として生まれ、帝王学を叩き込まれながら、ハルは情に篤い人間だ。そこが、決定的に王族に──否、貴族に向いていない。

 法に、規範に、情は要らない。事実があり、それをルールに照らして裁く事だけが求められる。人の上に立ち、支配するのであれば、その道理を身を以て示し続ける必要がある。……この男はそれが出来ない。清廉で、柔らかな男だ。そこが魅力でもあるのは確かだが。

「はあ……シャトレ。お前が組織について知っている事は無いという事か」

「実験の結果なら、全て頭に入っています。それ以外は、何も」

 縄で手足を縛られ、膝を突いて頭を垂れた初老の男──ルイス=シャトレは、驚く程こちらに協力的だ。そもそも荒事にも慣れておらず、剣を見ただけで怯えて言葉を噛む。これが『極光』の代表とは信じ難いが、研究に邁進する余り口車に乗せられたのだろう。実直な人柄は、少し話しただけだがよく伝わってきた。

 ──典型的な研究畑の人間。本質は善に寄っており、組織の統括には向いていない。

 あの資料と自首をした状況だけでここまで言い当てたハルは、改めて人を見る目があり過ぎると言わざるを得ない。情に弱くなければ、王として必要な大体のものを持ち合わせている。

「実験記録は読んだ。人間を使った実験も多かったが、あれは把握しているのか」

「人間を?そんな筈は、他の研究者に任せた実験はありますが……被検体が必要なものは全て、猿や鼠で行うように計画を渡してやらせました。渡された報告書も全部持ってきましたから、確認して下さい」

「あの紙束はそれか。分かった、後で見る」

 分厚い紙束を抱えて師団本部の門を叩いたシャトレは、その紙を師団の人間に見せようとしなかったらしい。拘束する際に取り上げてあるので、今は他の師団員に改めさせている。この尋問が終わったら自分も目を通す、と予定を頭の中に入れ、質問を続けて口にした。

「あの実験には不自然な部分があった。お前は『魔力』という単語をどこで知った?」

 魔力を証明する為の実験群。あれを始める為には、魔力という単語だけを知っている状態が必要だ。

「母親が、死ぬ前に書いた手記に。忘れてはならない、忘れてはならないと言いながら書いていました」

「手記……それは持ってきているか」

「いいえ。すみません」

「では、内容を覚えているか」

「はい」

 実験結果を全て覚えていると言うだけある記憶力のようだ。迷わず頷いたシャトレは、滑らかに説明を始める。

「元は日記をつけていたので、殆どはただの日常の事が書かれています。しかし、必ず最後に不可思議な単語を幾つかメモのように書き留めていました。魔力、幽光、そしてニコライ、と」

「ニコライ?知り合いの名前か」

「そう思って尋ねた事もあるのですが、そうではないと。詳しくは覚えていない、ただ、この言葉達と関係があり、忘れてはならない名前だとしか言いませんでした」

 知り合いではないが、忘れてはいけない名前。ありがちなのは恨みがある相手だが、魔力と共に書き連ねるのは妙だ。詳しく覚えていない、しかし忘れてはいけない。矛盾している言葉。年齢を重ねて物忘れが酷くなったという事だろうか。亡くなってしまった人間に訊ける訳もないのだから、その母親の真意は分からないままにしておくしかない。

「魔力については、ひとまずここまでか。では、次だ」

「はい」

 研究成果を詳しく吐かせても構わないが、この類の人間に研究内容を語らせると長くなる傾向にある。監視は外せないが、拘束は解いても構わないと判断出来そうなので、その後で紙に纏めさせるのが良いだろう。

 この男には、まだ他に吐かせたい事がある。そちらを先に口頭で確認しておきたい。

「お前に組織の立ち上げを提案したのは誰だ」

『極光』を実質的に管理していた人物。シャトレの研究に目をつけ、支援し、甘い蜜を啜ろうと画策した人間。

 金の掛かる仕掛けをふんだんに使っている事、人員の豊富さ、貴族社会との癒着を考えれば、保守派の貴族である事はまず間違いない。あとはどれだけ影響力のある名前が出てくるかが問題だ。

 軽く息を呑む音がした。口止めをされていたのだろう。平民であるシャトレからすれば、貴族というのは上位者だ。研究を支援された事で恩を感じている可能性もある。口を割らせる為に何か言うべきか、と考えたところで、シャトレは意を決したように顔を上げた。

「……ラインマン公爵閣下です」

 その口から出た名前は、久し振りに聞く──そして少しばかり因縁のある大物だった。

 この国一番との呼び声高い公爵家。その歴史は古く、建国の際には既にその名が記されている。長く連綿と続く血を受け継ぐ家らしく、保守派を纏め上げる立場を取っている。保守派筆頭ではあるが動向は落ち着いており、公爵本人は過激派を嗜める事もしばしば。宰相を務めて長く、地位ある者が私情に流されてはならないと口にする通り中立に近い立ち位置を守っている。

 しかし、内実は非常に典型的な保守派の思想に染まった家だ。殆どの人間は知らないその顔を、実の子供であるノアを丁寧に虐待した事でハインツは──ひいては宮廷魔術師団は知った。

 虐待。よくある暴力、貧困、そういうものではなかった。ただ、ノアに名前を与えず、権利を与えず、人として扱わなかった。ただそこで息をする事しか許さなかった。

 理由は、酷く小さな事だった。ノアの瞳の色が、公爵家の誰にもない黒だったというそれだけだ。それだけで妻が不貞を働いたと決めつけ、調査の一つもせずに子供を虐待した。保守派の思想の一つに、強い男尊女卑がある。今や貴族女性でも独り身で生きていく術があるのだが、それを「女としての役割を放棄している」と白い目で見るのだ。ノアとその生母に対する公爵の独断専行は、非常に保守派らしいものと言える。

 黒の目。非常に珍しい色合いだ。この色が指す意味合いを知る人間は、この国においては極僅かに絞られる。何せ、黒の目を持つ本人以外には国王の間で口伝しかされていない。王太子ですら知らず、正式に譲位する際に初めて知らされる事だ。

 ──黒眼は、全ての精霊に言葉を伝えられる証。通常であれば不可能な、言語を以てしての意思疎通が図れる者。

 だからこそ陛下は、宰相として務めている公爵からぽろりと溢れた子供の事をハインツに伝えた。保護せよとの命と共に。国益になる存在を飼い殺されるのは洒落にならない、しかし公爵に直接引き渡せと命ずれば理由を探られる。その点ハインツは自由気儘な性格が知られているし、情報網も広い。何よりお堅い保守派の思想が気に食わないと公言している。子供が飼い殺されていると聞きつけて、お荷物なら貰って行こう、人間は人間らしく生きるべきだ、と勝手をするのは不自然じゃない。その子供がたまたまハインツと同類だと判明しても、戸籍すら作らなかった子供を連れ戻す事は公爵であっても難しい。強引に、しかし自然に攫う事さえ出来れば良かった。そうしてノアは、ハインツの弟子になったのだ。

 閑話休題。

 兎も角、そんな凝り固まった家の名前が出て来たのは予想外では無かった。しかし、ビッグネームが過ぎて対処は難しい。宰相は血の重みだけで着ける地位ではなく、公爵自身が有能だからこそ国一番の地位を保っているのだ。陛下でさえ、この件で表立った処罰は取れないだろう。『極光』は確かに悩みの種だったが、国難と言えるほどのものではなかったから。あの家に処罰を与えるには弱い。それ程に、ラインマン公爵というのは大きく盤石な存在だ。

「あの、……嘘ではありません」

「分かっているよ。そう怯えなくて構わないとも、僕達はお前の為人をきちんと分かっている」

 思考に気を取られて黙ったのを疑われたと取ったか、シャトレが自ら口を開く。それを宥めるハルは、飴と鞭の飴の部分を買って出ているのだろう。ハインツはシャトレから情報を引き出す事に専念すれば良いようにしている。親友の配慮に感謝しつつ、考え続ける。

『極光』の軸は、シャトレだ。この男の知識、発想、そういうものを補助する形で精霊と魔力について調べ続けている。シャトレの身柄を押さえた今、組織単独で動く事は可能か。これまで蓄積した経験から独自の動きを続ける可能性は否めない。保守派の貴族を引き込んで活動してきた以上、ここで突然立ち消えればラインマン公爵家の保守派内部での立場に影響が出るだろう。それを防ぐ為にも、何かしらの活動は続ける方が有力か。

「ラインマン公爵との連絡はどうしていた」

「家に、閣下からの使いが定期的に来ていました。……もう来ないでしょう」

「だろうな」

 自分の手駒、それもあまり表沙汰に出来ない類の手駒が敵の元に自ら向かったのだ。その動きを把握出来ないようではラインマン公爵は務まらない。シャトレが無事に師団に辿り着けたのが奇跡的なくらいだ。

「……そういえば、お前はどうやって師団本部まで来たんだ?公爵の事だ、監視はあっただろう」

「私の契約精霊は光です。普段は夜に灯りを頼むくらいしかしませんが、頑張って周囲に溶け込ませる魔術を使ってもらいました」

「公爵はお前の実力を見誤ったという事か。成程な」

 人の目に写る姿を変える魔術は、光の精霊の中でもそれなりに力のあるものにしか使えない。シャトレは契約している精霊の力が強い事を、公爵に伝えていなかったのだろう。普段は簡単な魔術しか使わないのであれば、油断を突いて一度くらいは監視を撒ける。そうして本部に駆け込んでさえしまえば、と考えたのだろう。正しい判断だ。

「分かった、尋問は一旦ここで終わりだ。後で細かい質問を纏めて渡すから、書類にして提出しろ。身柄はうちで預かる。処遇は追って伝える、だが元の生活には戻れないものと思っておけ」

「はい。どんな処遇であっても受け入れます」

 また頭を垂れたシャトレの手足の縄を解き、外で待機していたベルに渡す。監視兼護衛は継続、拘束は無しの旨を伝えて空き部屋に入れさせるように言うと少しばかりほっとした顔をした。明らかに罪悪感から師団に来たシャトレを拘束しているのは気が進まなかったのだろう。そこで情に負けないのが師団員だが、それはそれ、これはこれというやつである。

「相変わらず、露悪的な言い方が好きだなあ。元の生活には戻れないって、少なくとも悪くはならないだろうに」

 水を注いだコップを渡してくるハルに、分かって言ってるだろと軽く睨んでから受け取る。

「犯罪者に対して甘い態度は取れないだろ。俺は」

「そうだなあ。陛下から赦免が出るまでは、あいつは犯罪者だものな。あの才能は貴重だ、陛下は保護の方向に動くだろうが……一応、僕からも働きかけておくかい」

 犯罪者の赦免には、陛下の裁可が必要だ。公爵に利用され、そして国としても利用価値のあるシャトレにはまず間違いなく赦免が出る。どういう形でかは分からないが、研究の支援はされるだろう。それを皇国の皇弟として後押ししようかと提案するハルに、首を横に振った。

「いや、良い。お前の立場を使う程分の悪い賭けじゃない」

「そう。では、僕はあいつと仲良くなっておこうかね。口を利きやすい相手は欲しかろう」

「助かる。頼んだ」

「頼まれたよ」

 柔らかい物腰のハルは、人から話を聞き出すのが非常に上手い。警戒していても、するりと潜り込むように口を割らせるのだ。縮こまっているように見えるシャトレの懐に入るのもお手の物だろう。今日の尋問で飴を担当したのも、安心して話せる相手だと印象付ける意味合いが含まれていたかもしれない。

 これで、シャトレから情報を引き出す構えは出来た。では次は。

「精霊と対話する場を設けないとな。俺だけじゃなく、ノアも含めて」

「おや、二人いないと駄目なのかい」

「駄目とまでは言わないが、ノアがいるのといないのじゃ違う」

 ハインツも、精霊と言葉を交わすことは出来る。彼らの言葉を聞き取れる。しかし、ノアは別格なのだ。

「何が理由かは分からんが……精霊がより気に入っているのはノアの方だ。俺だけで訊ねるより、ノアが訊いた方が詳細に分かる」

 訊けば、話しかければ返事はある。でも、自分ではそこ止まり。ノアのように、危険を警告してくる事はない。精霊に、自主的な動きを起こさせられない。理由は不明だし、普段なら関係ない話だけれど、今回ばかりはノアを巻き込む必要がある。より詳しく、多くの事を聞き出さねばならないから。

「ノアに渡す資料を作る。手伝え」

「はいはい。シャトレの報告は待たなくて構わないね」

「研究内容が必要だとは思えないからな。あいつの母親が残した単語と、シャトレがどういう立ち位置だったのかが分かれば足りる」

「シャトレを同席させる気なのかい」

「一番理解してるのはシャトレだからな」

 一言えば十まで通じるハルは、話していて非常に楽だ。ついでに事務仕事が得意なので、こうして手伝わせるのもいつもの事である。ハルが仕上げた書類は、自分の意を汲まなかった事がない。そのせいもあってか、ハインツの処理する書類はハルが触れても良いと陛下からも許可が下りている。二人で一人とカウントされているらしかった。

「ストレッチしてるから、草案纏めてくれ」

「早く身体を万全に戻さないとなあ。とは言え、無理はしないでくれよ」

「分かってる。カトレアは怒らせると怖い」

 筋力が落ち、柔軟性も失われた身体を戻す為、基礎訓練のストレッチを軽くしたメニューをするようにと医療班から言われている。担当になったカトレアは、それ以上は禁止だと綺麗な笑顔で告げてきた。かつてその笑顔を無視して雷を食らった経験があるので、大人しく従うに限る。本当に。

 それは大変そうだ、と笑うハルもそうだが、普段穏やかな人間ほど怒ると手が付けられない。許すラインが広い分、それをはみ出るという事は許し難い事とイコールで結ばれるからだ。未だに忘れられない昔のハルの怒りは、それはもうとんでもなかった。思い出すだけで具合が悪くなる。早めに脳内から穏やかな二人の怒りの思い出を追い出して、ストレッチに集中しなければ。

 コップに残っていた水を飲み干し、ハルに背を向ける。向こうも同時にテーブルに向かう為に踵を返した。こういう呼吸の合い方が、親友と呼ばれるんだろう。穏やかで、柔らかくて、有難い関係だ。今回世話になった事を口実に、また何か贈るとしよう。物で繋がる関係ではないが、気持ちはいくら表しても足りないのだから。

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