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20話

「『極光』の重要人物だ、即座に身柄を押さえろ。拘束してそのままここに連れて来い。毒を噛まないように気を付けろ、情報を吐かせる」

 シャトレの名前を聞いた師匠は、端的に指示を出してベッドに沈み込む。双子は指示を伝える為に出て行ってしまったから、部屋に残ったのは三人だけだ。サイドチェストに近い位置にいたハルが水差しを手に取る。渡されたそれから乱暴に水を注ぎ、師匠は一息に飲み干した。

「何を考えてると思う、ハル」

「分からんなあ。ただ、悪意は無さそうに思うがね」

「理由は」

「お前がここにいると知らず、本部の方に向かったからさ」

 頭が痛いと言いたげな師匠の圧は、正直怖い。ハルが変わらないのが本当に救いだ。

「向こうからしても、状況をきちんと整理すればこの学園にお前がいるのはすぐに分かる事だ。それを分からないって事は、まともに情報を得られてない可能性が高い。元々きちんとした組織じゃあないんだ、末端が制御出来てなくても不思議じゃなかろう」

 それに、と視線が黄ばんだ紙束に向く。

「あの資料からも人格は多少読み取れる。シャトレの本質は善性に寄っていると、僕は感じたな」

「……実験の差し止めか」

「ああ、そうだ」

 魔力を吸い取る実験の差し止め。気を失っても尚吸い取り続ければ、どうなるのかは想像に難くない。それを差し止めたシャトレは、倫理に反する事を良しとしない感性を持っている。ハルはそう言っているのだ。

「実験の責任者に何度も名前が上がっているのも含めれば、典型的な研究畑の人間という印象だなあ。自分の興味に勝てない人種だ。組織の統括には向かん。もしかすると、今の『極光』は歪んだ末なのやも、というところまでは考えられるな」

「推測に過ぎない、を付け加えろ。お前に言われると本当にそう思えてくるだろ」

「ふふ、お褒めに預かり光栄だ」

 くつくつ笑うハルは、確かにやたらと説得力がある。話が具体的だからかもしれない。まだ推測に過ぎず、その根拠も実験記録だけという状況でも、まるで何もかも分かって言っているかのように聞こえてくるのだ。

「褒めてない。直せ」

「嘘をついている訳でもないのだから、直すも何もなかろうよ」

 ふふ、と柔らかい笑い声が耳に心地良い。どこまでも穏やかで、優しくて、安心出来る、そんな声だ。

 窓際の椅子に座り直して、師匠とハルが話すのをぼんやりと聞く。窓の外では空の色が変わっていく最中だった。赤く焼けた後、暗く深く沈み込む。この変わり目を見るのは、昔から好きだ。聞き慣れた声と穏やかな声の応酬を聞きながら、ゆっくりと移り変わる空を眺め続ける。

 ゆったりとした時間は、カトレアが夕飯の準備が整ったと声を掛けに来るまで続いた。


 × × ×


 ルイス=シャトレが移送されてきた、と知らされたのは、翌日の朝一番だった。

「早いな」

「師団長がいるからね〜。あ、ノアくんは師団長の精霊って知ってたっけ」

「ハイルフィリアから聞いた事はないが……空間系なのは分かる」

「そうそう。だから、ここと本部を魔術的に繋ぐ許可を貰って直送便にしてもらったんだよ。馬車飛ばしても良いんだけど、馬もタダじゃないしねえ」

 魔術もタダじゃない気はするが、それは言っても無駄だろう。宮廷魔術師団は、その名の通り魔術を仕事の道具として扱う人間の集まりなのだから。魔術で短縮出来るならする、そもそもその腕を金で買われているから。そういう価値観の場所なのである。

「取り敢えず凶器は無し、毒も仕込んでない、動きも全然戦闘慣れしてないって事で、拘束と監視だけ付けてある感じだね。あんな人が『極光』で重要な地位にいるんだってびっくりしたよ」

『極光』。師団とイタチごっこを続けてきた、過激な団体。師団との武力衝突も珍しくないような団体の重要人物が、何も仕込まず、ただ師団の本部に現れた。アルが首を捻るのも当然だ。

「総長命令で、総長と師匠で聞き取りをするって言ってたけど……ノアくん、何か知ってたりする?総長の部屋で、書類一緒に見てたらしいってのは聞いたんだけど」

「一応」

 書類は見た。内容も知っている。ただ、ハルが何を以てあそこまで具体的にシャトレの人柄を推測したのかは皆目見当もつかない。師匠は分かっていたのだろうか。それとも、分からずとも構わないくらいハルを信頼しているのか。そこも、ノアには推し量れないところだ。師匠と他の人の関係性について、ノアは何も知らない。

「じゃあ後で教えてくれる?尋問が終わるまで入ってくるなって言われててさあ、俺くん達はもう何が何だか分かんないんだよ〜」

「分かった」

 師匠からもハルからも、秘密にしろと言われていない。そもそも機密であれば、師団の人間ではないノアの目には触れさせないだろう。

 そして。何より。

 ──今度は、根絶やしにしてやる。

 そう唸ったあの日のアルが、いるから。ぐらぐらと煮え立つ怒りを湛えて、それを今も尚覆い隠して笑い続けているアルがいるから。

「全部話そう。どこが良い?」

「ノアくんの部屋で〜。あそこ、落ち着くんだよねえ」

 この、笑顔が。一時は曇ったとしても。失われる事が、無いように。自分に出来るのは、ただ隠し事をしない事。

 アルの横で静かにこちらを見ていたフィリが、手を握ってくる。それを見たアルがもう反対を握って、嬉しそうに笑った。

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