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19話

 三人で黙々と書類の山に目を通し続けること数十分。良い加減、何度も何度も書類に出てくる一つの単語が気になって仕方がなくなってきた。顔を上げると、それに気が付いたらしい師匠とハルがこちらを見る。

「ノア、どうした?疲れたか?」

「いや。気になった事があるから、教えてもらいたくて」

 生憎この程度で音を上げるほど文字に弱い訳ではない。師匠の問いかけは却下し、気になった単語を口にする。

「この、『魔力』というのは何だ?ずっと当たり前のように出てくるが、聞いた事もない」

 魔力。響きから、そして登場する文脈からして魔術に関連する何かである事は確かに思える。その一方、こんな言葉はウィーブリルですら聞く事はなかった。よほど専門的な用語なのか、或いは。

「俺達も見た事がないんだよな。それに関する研究が鍵なんだろうとは思うんだが」

『極光』が独自に辿り着いたものであるか。

「魔力に関する詳細な記述がある書類は選り分けておけ。今はまだ内容の精査を始めたばかりだけど、情報が揃えば意味が分かるものが増える筈だ」

「分かりました」

 下された指示に頷き、書類を読む作業に戻る。今読んでいたこれは魔力の存在を前提に色々書かれているので、とてもじゃないが分かる訳もない内容ばかりだ。こういったものではなく、魔力自体を研究したような書類があれば選り分けろという事だろう。そういった基礎知識が手に入ってからでなければ、とんでもない勘違いを犯しかねない。正しい判断だ。

 いつかこの文章が理解出来るようになるのだろうか、と思いながら、不気味さすら感じる書類を読了済の山に置き直す。書類の山はまだ無くなる気配はない。


 夜も近くなってきた頃、ハルが「お」と声を上げた。各々が集中しきった静けさの中だったのでよく響く。良い加減暗号か何かに思えてきていた書類から顔を上げると、ハルが椅子をこちらに寄せてきていた。

「これは中々良さそうだ。見てみるかい」

「それは朗報だな」

 嬉しそうに言う師匠も眉間に皺が寄っていたので、どうやら意味の分からない文章の山に嫌気が差し始めていたらしい。元から内勤は気に食わない、体を動かすのが一番楽しいと言っていたので、自由に動けないのも相俟ってストレスはそれなりに強そうだ。一刻も早く健康体に戻れることを願うばかりである。

 行儀悪くずりずりと椅子を近づけてきたハルに渡された書類を、師匠と一緒に読む。紐で簡単に綴じられた束だが、随分と分厚い。それに、神の古さにかなり差がある。長年継ぎ足してきたという事か。一番上に綴じられている最も古い、黄ばんでいる紙にはこう書いてある。

 魔力に関する実験記録。記録は全て時系列順に纏め、管理するように。──ルイス=シャトレ。

「ハインツ、シャトレという名前に覚えはあるかい」

「いや。少なくとも貴族にはいないな」

 恐らく『極光』の重要人物だろうが、権力に近しい人間ではないらしい。それならば何故ここまで大きな組織になったのか。貴族との繋がりなど、一朝一夕に得られるものでは無いだろうに。

 紙束を一枚一枚捲っていく。古い紙も保存状態が良いのか、破れたり読みにくかったりする事はない。様々な実験が時系列順に纏められたこれは、確かに良い資料と言えた。


 最初の頃は、まず魔力というものが存在するのかを調べるような実験を数多く重ねている。存在するのであれば、どのような形でどこに存在するのか、と。

 重ねた実験の結果は、魔力は存在するという事。力、という名前の通り目には見えず、触れもしない。しかし魔術を使うと疲労するのは、この魔力が消費されている為。いわば体力のようなものだ。体を動かせば疲れる、それと同じようなもの。精霊が好むとされている珍しい鉱石を加工する事で、この魔力を観測出来る装置を作ったと書いてある。

 魔力の存在を確認した彼等が次にしたのは、精霊とは何かを解き明かそうという試みだ。魔術を使うのは、厳密には人間ではなく精霊である。精霊の存在が魔力と無関係な筈はない。

『極光』の構成員達による精霊へのコミュニケーションの試みが山程記されている。ここで少し驚いたのは、彼等には精霊と明確な対話を行う術がなさそうな事だ。多少分かりにくい所はあるものの、ノアは精霊と普通の人間と同じように会話が出来る。どうやらこれは特殊な技能だったようだ。現状には関係無い話なので、ひとまず後で申告することにした。早くこの資料を読み切ってしまいたい。

 最終的に、精霊との対話は不可能と判じられたらしい。こちらから何かをして欲しいと要求する事はできても、向こうから働きかけてくる事はほぼない。返答を求めても何も返ってこなかった、とばかり書かれている。

 ただ、何も収穫が無かった訳ではない。魔力を観測出来る装置にも使われた鉱石が、実は魔力を人から吸い取って保管しておける事が発覚していた。精霊とコミュニケーションを取ろうと四苦八苦した末の偶然の産物だったが、これを使ってまた色々と実験を重ねている。どうやら魔力を吸い取り過ぎると疲労が行きすぎて倒れるとの事だった。師匠は、もしかしたらこの効果で意識を落とされていたのかもしれない。倒れた後も吸い上げたらどうなるのか、という実験に関しては、一番上の紙に書いてあったルイス=シャトレという人物から差し止めを食らったらしい。不満らしきものが汚く書き留められていた。

 ここまで来ると残りは僅かだ。精霊とコミュニケーションを取れる可能性のある人物としてクロイゼルング──精霊に好かれる血筋と、師匠、そしてその弟子であるノアの存在を確保して被検体にしようとしている様子が見て取れる。そして、師匠を捕らえた後に精霊達の制御が効きにくくなり、その原因を確かめようと実験計画を立てている途中で師団が突入したらしい。不自然に記録は途絶え、終わっていた。


「……これはまた、随分と不自然な実験だな」

 読み切った師匠が、不機嫌そうに声を出す。

「魔力という言葉を証明する為に実験が始まっている。見つけたものに名前をつけたんじゃない、名前ありきで存在を探してる。これはどういう事だ」

 師匠の眉間に寄った皺を指で押し広げながら、ハルが変わらず柔らかい声で返す。

「さてなあ。この資料を簡単に纏めて尋問部隊に渡そうとは思うが、下っ端が知っているかは分からん。確実に知っているとすれば上層部」

 眉間から移動した指が、黄ばんだ紙の一部分を叩く。

「例えば、このルイス=シャトレなんかを押さえなければな」

 ルイス=シャトレ。資料の中にも何度か出てきた。間違いなく重要な立ち位置にいる人間だ。何も知らない訳のない、確保出来れば間違いなく真相に近付ける。そんな人間。

 しかし、どこから探れば良いかまるで分からない。師匠曰く、貴族にシャトレという家は無いそうだから、恐らくは平民。平民となると、探さなければならない幅が広過ぎる。立場が低いというのは、それだけ情報が残らないという事だ。ここに来て、これだけ情報が山程集まっても振り出しに戻る感覚を味わうとは思わなかった。

 はあ、と重苦しい溜息が響く。それが自分の口から出たものだと一拍遅れて気がついた。

「ノア、疲れたなら休むと良い。何、ここにはまだこれだけの山が残っている。多少は情報もあるだろうよ」

 穏やかなまま変わらないハルの態度が、酷く有難い。焦らなくても大丈夫なのだと、疲れも不安も見せない姿で示してくれる。その厚意に甘えて、少し休憩を取る事にした。部屋から退出し、凝り固まってしまった背筋をほぐす。目一杯身体を伸ばしていると、近くの部屋が少し騒がしくなった。何か新しい情報でも入ったのか。尋問部隊、とハルが言っていたから、そこの成果が出たという線はありそうだ。

 取り敢えず歩きがてら話を聞きに行こうかとそちらを向いたところで、ドアが開いて師団員達が出てくる。そのうち二人が──群を抜いて小柄な二人がこちらに歩いてきて、あ、と声を上げた。

「ノアくん!おはよ……じゃないか。こんばんは〜」

「こんばんは、だな。アル、フィリ」

 双子。フィリとアル。フィリの方は目が覚めた時に付き添ってくれていたが、アルは仕事に出ていて会わなかった。フィリの方も師匠の部屋まで案内したら仕事に向かってしまったが、意外と早く再会出来た喜びに口元が綻ぶ。アルの方も嬉しそうに笑っていて、フィリは分かりにくいものの僅かに口角が上がっていた。二人も同じ気持ちのようで、それがまた嬉しさを増幅する。

 しかし嬉しさにいつまでも浸ってはいられない。双子は仕事をしている最中な訳で、つまりこちらに歩いてきていたのも仕事の一環だとすぐに分かる。視線で促せば、アルも分かっていると頷き返してきた。

「総長に会いたいって本部に来た人がいるらしいんだよね。総長はここにいるし、無理に動かせる状態じゃないから断ろうとしたんだけど、どうしても総長にって聞かないらしくて」

「師匠に?……名前は分かるか?」

 ざわりと胸の辺りに嫌な感触があった。名前を聞かなければならないと、強く感じる。このタイミング、師匠を名指しする事、断っても退かない姿勢。

「えっとねえ」

 師匠でなければ、駄目な理由。

「ルイス=シャトレだって」

 黄ばんだ紙の中に刻まれていた名前が、頭の中をぐるぐると回っていた。

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