10話
初めての実践魔術の授業の日。校庭に集まるようにと通達が来ていたので、双子と一緒に校庭に向かう。
「ノアくんと兄さんは現代語だったっけ。どう?楽しい?」
「ああ、こうして話せているのに今更とは思ったが、知らない事も多くあるんだなと」
「それは良かった!俺くんも前に習った時はびっくりしたよ〜、文法とか意外と気にしないもんね」
直前の授業はアルが違うものを取っていた為、教室で合流してから向かう事にしていた。てっきり双子は全て被らせてくるかと思ったのだが、ある程度分散させて選択していたのだ。流石にどちらもいない授業は無いが、どちらかしかいない授業はそれなりにある。全部同じだと仲良過ぎるとか言われちゃうよ、とアルは茶化していた。尤も、自由時間は基本的に固まっているせいで、とても仲の良い双子と友人とは思われているらしかったが。
「アルの方は古文だったよな。難しそうだが……」
「それがねえ、流石ウィーブリルって言うべきかな、先生がすっごく教え上手なんだよね。今回は基礎だったのもあるだろうけど、分かりやすいの」
「そうなのか。前に古文学の本を読んだ時は何が何やらという感じだったから、てっきり難しいとばかり」
「簡単でもないけど、勉強だしね〜。もし良かったら、後でテキスト見る?先生が書いたやつなんだけど、かなり凄いよ」
「頼む」
アルの方の話も聞きながら歩く。休み時間は長めに取られているので急ぐ必要は無いのだが、早く着くに越した事はない。その辺の価値観は双子も同じなようで、校庭には一番乗りで到着した。
「……広い」
「広いよねえ、ドームまであるし」
ウィーブリルの校庭は雨でも問題無く授業が行えるように透明なドームがついている、と説明は受けていたが、実際に見ると圧倒されるものがある。ドームを支える為の柱にも運動器具が設置されていたりして無駄が無い。
「この建物を設計した人間は、凄まじい技量の持ち主なんだろうな」
「お、そっち方面に興味ある?それなら美術の先生に建築系の伝手があったと思うし、聞いてみようか」
「それはまた落ち着いてからで頼む」
「はあい」
ひとまず今はこの景色を堪能しよう、と校庭に向き直る。広いグラウンドには芝生のある場所や的のある場所等、用途に合わせた区画が用意されている。そこにドーム越しにきらきらと陽光が降り注ぐ様は、中々絵になるものだった。
感心しながら大きなドームを見上げた瞬間、耳元で精霊達が騒つく。普段はこちらから声を掛けない限りは声を届かせないようにしている彼等が、ざわりと声を上げる。
『危ない』『危ないよ』『ごめん』『ごめんね』
ノアが何か反応する前に、澄んだ音が後ろで鳴った。振り返ると、薄い氷が空中に出現している。氷に絡め取られているのは──金属の礫。あれが、投げ付けられたのだろう。
「傷害は違法行為だよ。言い訳があるなら聞くけど」
氷を操って金属を回収するフィリの横で、アルが笑顔のまま後ろにいた生徒二人に問い掛ける。名前は覚えていないが、確か同学年の生徒だった筈。
「証拠が無いだろう」
「へえ?俺くん達は、君達が魔術を行使するところをはっきり見たけど?」
「獣腹の言う事などに証拠能力があるとでも?」
「……あっそ。もう良いや、好きにしなよ。出来るもんならだけど」
けものばら。知らない言葉だが、嘲るような口調から良い意味では無い事を察する。そして、その言葉が発された瞬間にアルの興味が完全に失せた事も。
アルの態度にカッと顔を赤くした生徒達だったが、後ろから実践魔術を受ける他の生徒が来ている事に気が付いたらしく何食わぬ顔で歩き始める。
「おや、こんな所で立ち止まってどうしたんだい、三人とも」
その先頭を歩いていたオスカーが、こちらに気付いて話しかけてくる。すぐ側にはフランツとリリアもいた。後から聞いたのだがオスカーは生徒会に庶務として入っているそうで、この三人は生徒会で付き合いがあるのだとか。
「ここの校庭のドームが凄いねって話してたんだよ〜。あれ、ガラスだよね?」
「ああ、ウィーブリルの建築デザインは巨匠のカール・ヴォルケが担当していた。このドームについても話を聞いた事がある。確かステンドグラスに着想を得たそうだ」
「流石王族は知り合いがビッグネームよね……うちの商会じゃ、カール・ヴォルケなんて雲の上も良いとこよ」
「あの人は偏屈だからな、付き合う相手をかなり選ぶ。気に入られると一気に距離が縮まるぞ」
さらっと恐らくとんでもない人物と知り合いである事を明かしたオスカーに、リリアが苦笑する。そこで無理に伝手を繋ごうとしない辺りが人の良さなんだろうな、と思った。そして双子はもう完璧にちょっかいをかけてきた生徒の事を脳内から追いやったらしい、とも。
「皆、あそこに先生がいらっしゃるから先に挨拶しておかないか?」
「良いね、そうしよう」
フランツが指差す方を見ると、動きやすそうな服装をした男性教員がベンチに座って紙をめくっている。あの教員が実践魔術の担当らしい。軽い調子で同意したオスカーがスタスタと歩いて行くので、後ろについて行く事にした。
「こんにちは、先生。本日からお世話になります」
にこやかに挨拶するオスカーに、教員が顔を上げる。紫色の目は鋭く吊り上がっているが、眉が垂れ気味なのでそこまで取っ付きづらい印象は無い顔立ちだ。
「ああ、わざわざありがとう。自己紹介は後で纏めてするから、授業が始まるまではその辺で好きにしててくれ」
顔立ちはそこまでだったが、性格は中々取っ付きづらいかもしれない。話しかけられただけなのに、ここまで面倒そうな空気を出せるのは才能ではなかろうか。
返事も待たずにまた視線を落とした教師に、学園では無礼講というのは本当なんだなと実感する。多分、学園以外で王太子にこんな態度は取れないだろう。不敬罪というものがあった筈だ。
言われた通り教員から離れた後、オスカーが大袈裟に肩をすくめる。
「やれやれ、振られてしまったな」
「楽しそうで何よりですよ」
字面は嘆いているが、顔が笑っているので楽しんでいるのは伝わってくる。学園でしか出来ない経験に、この王太子は心を踊らせているらしい。立ち居振る舞いから滲み出る気品はあるが、そうしていると街中ですれ違った同年代の子供達とそこまで変わらなく見える。王族とはいえ人間である以上、大きな差は無いという事だろう。
オスカー、フランツ、リリア、アルが喋っているのをフィリと一緒に聞いていると、すぐに鐘が鳴る。授業開始の合図だ。
「時間だ。集まれ」
教員が声を掛ければ、幾つかのグループに分かれて雑談していた生徒達が集まってくる。実践魔術の授業を選択したのは、十名と少しといったところか。全員が話を聞く体勢になった事を確認して、教師が話し始める。
「高等科実践魔術担当、ライナーだ。この授業は任意選択の為、途中で選択を取り消す事が出来る。何かあったら生活担当に相談するように。……よし。では、授業の流れについて説明する」
教員、ライナーは一度生徒の顔を見回し、きちんと聞いている事を確認したのか頷いて説明を続ける。
「一般魔術の授業では論理や魔術の発動を重視するが、実践魔術では戦闘を視野に入れた授業を行う。その為に、まずは魔術を使わず武術の手合わせで体捌きを確認、指導する。武術が出来て初めて魔術を絡めた動きが可能になるからな」
「先生、良いでしょうか」
アルが手を挙げた。「何だ」とそちらに目を向けるライナーの顔に嫌な感情は浮かんでいない。質問があるならタイミングを見計らって自分から訊け、というタイプらしい。
「武器の使用は認められますか?」
「認める。とは言っても本物は使わせられないがな。木剣の類は用意があるから、要望があるなら言え。今日のところはある程度メジャーどころを持ってきているから、ひとまずその中から選ぶように。他の種類が欲しい場合は授業後に相談しろ」
「分かりました、ありがとうございます」
礼を言ったアルは、確か宮廷魔術師団では片刃の武器を使っていた。別の国由来の刀という名前の武器で、剣とは作り方や振り方が違うのだとか。フィリも刀を使っていて、何でも二人の師匠が刀系統の武器の使い手らしい。この国で刀はマイナーだと言っていたので、教員が用意した中にあるかは不安な所だが、無いなら無いで一回の授業であればどうにか出来るのだろう。授業で習うレベルの内容は身に付いているに違いないのだから。
「では、丁度話も出た事だし、各々この箱から使いたい武器を取っていけ。それが終わったら手合わせの相手を発表するので、各自始めるように。治癒魔術の人材が控えているから、寸止めとかは考えなくて良い」
返事をしたりしなかったりしながら、生徒達が箱の中を確認しにいく。アルとフィリは何も取らずに早々に帰ってきた。やはり刀は無かったらしい。
「ノアくんはいらないの?」
「ああ。武器よりも先に素手で戦えるようになれ、と言われていたから。武器を使用した戦闘はまだ習っていない」
「うんうん、しっかりしてるね〜」
慣れない武器は、素手よりも弱いし危険だ。振り方を間違えれば体を痛める事もあるし、武器を持っているという気持ちが隙を生む。だから、師匠はずっとノアに素手での格闘術を教えていた。いざという時、一番信じられるのは自分の体だ。
アルとフィリも同じ考えなのだろう。木剣を取らずに帰ってきたのは、素手でも戦えるという証拠だ。
「それじゃあ組み合わせを発表するぞ」
ライナーが一組ずつ読み上げ、相手が分かった者から離れていく。ノアはアルと、フィリは生徒が奇数だからとライナーと組む事になった。
「よろしく頼む」
「よろしくね〜」
こっちに行こう、とアルに誘われるままに校庭の端に向かう。フィリとライナーもこちらに来ていた。そちらは何か話しているが、アルの方は特に話すつもりはないらしい。手合わせの時間なので異論はなく、軽く開始を確認する挨拶をしてから手合わせに移った。
「そこまで」
ライナーがよく通る声で終了を告げた時、ノアは丁度地面に転がされたところだった。体格は圧倒的にこちらが有利なのだが、流石に現役の戦闘員には敵わない。手加減されている感じもあったので、アルはまだまだ余裕なのだろう。
「これから指導に入る。生徒間でも、何か気付いた事があったら話し合っていろ。間違っているかどうかは後から俺が判断する」
ライナーはそのまま近くにいた生徒達に姿勢等の指導を始めた。最初はこちらに近い位置にいた筈なのに、いつの間にか遠くに行っていた事に疑問を覚える。内心首を傾げていると、フィリが近付いてきた。
「捕まえられた?」
アルが小さい声で訊く。フィリは頷いて、詳しくは後で、とだけ返した。その会話で、入学前に話していた内容が現実になった事だけは把握する。
ノアがウィーブリルに移動する事で、敵の末端を釣り上げられる可能性がある、と言われていた。ウィーブリルは警備に力を入れている学校だが、それでも宮廷魔術師団の本拠地に比べれば安全性が低い。世界最高の魔術師を攫ってみせた相手なら、警備が少しでも薄くなったなら仕掛けてくるかもしれない、と。
それが現実になったのだろう。そして、襲撃者を捕まえた。
襲撃側が有利なのは、奇襲を掛けられる時だ。ノアを狙っている敵対組織が確実に存在していて、ウィーブリルにいる間に仕掛けてくる可能性が高い、とまで読めていれば、こちらは罠を張って待ち構えられる。そうして幾つも張られた罠のうち一つに、敵が掛かった。
ノアはそもそもどんな風に罠が掛けられているかを知らされていない為、どこでどういう風に敵を捕まえたのかは分からない。下手に知れば動きがおかしくなるかもしれないと、自ら無知を選んだ。双子はこういった作戦のプロでも、ノア自身は常識すら怪しかった子供に過ぎない。信頼出来る専門家がいるなら、全て任せた方が良い。世の中には適材適所という素晴らしい教訓がある。
「さて、じゃあ先生が来る前に、俺くんからちょっとだけアドバイスタイム〜」
ぱちん、と手を合わせて笑うアルに向き直る。一つ一つ確認しながらされた指摘は、師匠に教わっていた頃から繰り返し指摘されていた悪癖が大半を占めている。改善案をフィリも含めて話し合っていると、いつの間にかライナーが近くに来ていて、「お前達は自学で良さそうだな」とだけ言って去っていった。




