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三話-18 譲れない想い




「待っていました。大蓮寺清花」


「そういう貴方は藍さんで間違いはありませんね?」


 車の前に待っていたのはおそらくは大友藍さん。おそらくと言ったのは身に纏う雰囲気が違ったからだ。

 会食の時に見た彼女は僕に対して対抗心を持ちながらも人前だからかオドオドとしていて、話に聞いていた通りに人見知りだというのが嘘ではないと感じさせた。

 その彼女は今は背筋を伸ばし、こちらを真っ直ぐに見るのはここでは一対一で相対しているからか。

 藍さんはこちらの問いに答えるでもなく、こちらに歩み寄って来る。


「私は貴方には負けません。大蓮寺清花!」


 少し前までの僕なら何のことだと言っていたのかもしれないけれど、今なら何となく分かる。

 というか、状況的にはそれしかないと言うべきか。

 兎も角、この大友藍という子は景文さんに好意を抱いているのだろう。それもずっと昔から、強い想いを抱いている。

 彼女ほどの熱量を持つ相手に、受けて立つと言えるほどの想いを僕は持っていなかった。


「貴方の想いは理解しました。その上で、どうぞお好きになさって下さい」


「それは勝者のも余裕というやつですか?」


「いいえ。ただ単純に僕が誰かの行動を制限することはないというだけのことですよ。貴方が景文さんに好かれようと行動するのも、彼が僕に好かれようとするのも、そして僕がどういう決断を下すのかも、全て各々の自由にすればいい。僕は貴方を縛るつもりはないし、同時に縛られるつもりもないだけです」


「決断を、下す? ……あの人に好きだと言われて、何故それを受け入れないのですか」


「逆に聞きますが、貴方は好きだと言われたから付き合うのですか? その前に何かしらの出来事や経験があるからこそ、付き合うという結論に至るのではないですか? 外見や社会的地位、お金持ちなら誰でもいいというのなら話は別ですが」


「貴方は彼に助けられたと聞きました」


「そうですね」


「それでまだあの人に惚れていないのですか? もしかして、助けられることが当たり前と勘違いをしていると?」


「そこまで驕ってはいませんよ。ただ申し上げるとするなら、ここに来る時の約束に僕を危険な目に遭わせないというものが彼にはありました。だから助けて当然とまで言いませんしそのことに感謝もしていますが、恩に着せられるのも違うかなとは思いますね。それに彼もそんなことは望んでいないと思いますよ」


「貴方にあの人の何が分かるというのですか! まだ会って間もない貴方に!」


 どうやら彼の考えを代弁する行為は彼女にとって看過出来なかったらしい。

 事実として彼からはそのように助けてあげたというような態度は見られなかったし、逆に早く駆けつけられなくて申し訳ないという思いは感じ取れた。

 だから法螺を吹いた訳でもないのだけど、彼女としては短い付き合いだというのに知ったような口を聞くなということなのだろう。


「少なくとも、僕を振り向かせる為にそのような狡い真似を彼がしないということくらいは理解しているつもりですよ。彼なら回りくどい手は使っても悪どい真似はしません。それとも、僕の考えは間違っているのですか?」


「間違っていません。ですが、彼の好きな好物でなら私の方が多く知っています!」


「うん。それはそうでしょうね」


 まだ両手で数えられる程度しか顔を合わせていない相手の好みなんて知るはずがないし、知っていたら逆のその方が怖い。

 僕に知らないことがあったことが嬉しいのか、身長は僕よりもずっと低いのに見下すように満足げな顔を見せる。


「景文さんが欲しいということでしたら、どうぞお好きになさって下さい。彼が貴方に靡いても僕は文句を言いませんので」


「私は貴方に靡いていることに不満があるのですが?」


「ソウナンデスカ」


 感情的な相手というのは中々に相手をするのは大変だ。お互いに頑張ろうではダメなのだろうか。

 思えばここ最近は年上の相手ばかりと接してきていたからこうして年下の子と接する機会はなかったかもしれない。

 そのせいで少し接し方が分からない。

 聞いた限りでは藍さんの年齢は僕の一個下らしい。だからあまり歳が離れている訳ではないので露骨に年下扱いするのもどうかと思ったり。

 あからさまに年下として扱うのは馬鹿にしていると思われるかもしれないのでここは対等に接していくべきだろう。


「では、藍さんは何をもって納得するのですか?」


「私が! 貴方があの人に相応しいかどうかを見定めます!」


 指が眼前に突きつけられる。危ないのと行儀が悪いのでその手をそっと下ろす。抵抗しようとしていたけど、膂力で僕に敵うはずもなく。


「こ、この……っ! 女の子でこんな馬鹿力を……っ! こ、このゴリラ! 失格! これは失格です!」


「基礎身体能力がそもそも高い退魔師に対して罵倒としてそれはどうなんでしょうかね」


「煩い! この……っ! こ……この…………」


 藍さんは反対の手で僕を押し退けようとして、固まる。

 正しくは僕の胸に手を突き出して、その弾力を確かめて、目を見開いて動かなくなった。

 そう思ったら、今度は体を震わせ出して。


「これで誑かしたのかぁーーーっ‼︎」


「あ痛ぁ……っ⁉︎」


 振りかぶった手をまるで頬を叩くように振り抜かれる。いや、肉体強度的に実際はそれほど痛くはないのだけど、あれほど勢いよくやられてしまうとつい口から言葉が出てしまう。これはもう生物の本能的なものと言っていい。


「こんなモノをぶら下げてっ! どうせこれ見よがしに使ったんでしょう! これであの人を誘惑したんだ!」


「そんなことする訳ないで…………」


 胸に顔を突っ込んできたり、股に顔を突っ込んできたり、裸を覗かれたり、つい先日に彼が行ったことを思い出して、言葉が途切れる。

 それを見逃す彼女ではなかった。


「それ見たことか! こんな贅肉であの人を……っ」


「仮にそうだとして、貴方が数年後にすくすく育って魅力的な体になった時に同じことが言えますか?」


 もう一度振るわれた手を掴み、両腕を掴んで抑える形になる。


「今が重要なんです!」


「今だけで全てが決まる訳ではないですよ」


「それは持ってる人が言える台詞だ!」


「持っていないのなら手に入れればいい、手に入れられないのなら別のモノを使えばいい、僕達の持っているものは不平等だけど時間だけは公平なはずです。無いものねだりで手元ばかり見ていては大事なものを見落としますよ」


「貴方からの説教なんて……っ」


「それで、言いたいことは全て吐き切りましたか?」


 叶うならとことん付き合ってあげたい所だけど、残念ながらその時間はない。

 僕の問いに藍さんは逆上しかけるものの、こちらの顔を見て息を呑んだ。

 もう既に五分は過ぎていて、景文さんは空気を読んで見えないところで待っているのは知っている。車に乗ればいつでも出せる状況にはあるから、話はこれまでだ。

 少しだけ言葉を待つものの、一向に口を開く気のない彼女を見て視線を景文さんの方に移して軽く手を挙げる。

 掴んでいた手を離し、すぐにでも乗れるように取っ手に手を掛けた。


「ないのなら、もう行きます」


 こちらが合図したのを見て彼も動き始めている。

 景文さんがここまで来たら流石にもうこの件についての対話は出来ないだろう、それを分かってか藍さんは僕の腕を掴んだ。


「まだ、です」


「時間がありません。手短にお願いします」


 取っ手から手を離し、もう一度彼女と向き合う。

 今度は胸がどうたらと言うつもりはないようだ。こちらの目をしっかりと見て、自らの掌を握り締めていた。


「あの人が貴方のことを好きなのは知っています。直接お話をして、その意思が固いことも知っています。私は……告白をして既に断られました。泣いて縋っても無駄でした。完膚なきまでに敗北した身です。そんな立場の人間の言うことなんて聞く必要がないことも承知しています」


「うん」


「ですが、もしも恋人になるのなら私を諦めさせるくらいになって下さい。一目で見て割って入るような隙間がないことを思い知らせて下さい、私に諦めさせて下さい」


「分かりました。もしもその時があればそのようにするとお約束します。しかし、僕達は今はあくまでお友達同士です。そのことは理解しておいて下さい」


「……どうせすぐになりますよ」


 そう言うと、藍さんは一礼をしてから建物の方へと走り出した。

 最後に見た横顔には涙があった。泣いていたようだけど、僕にはそれを慰める権利はない。

 あの子からは誰かを好きだという感情が痛いほどに伝わってきた。だけど、僕から景文さんに別の人を選ぶようには言えはしない。それは以前にしようとして失敗したことだから。

 本来なら別に彼女と約束をするようなことではないのは分かっている。

 けれど、何故だか必要なことな気がした。だから約束をした。


「……そろそろいいですよ」


 食事会をする前に僕と名雪さんの会話を盗み聞きしていた彼が今の会話を聞いていない訳がない。

 そろそろと出て来た彼は何だか少しバツが悪そうで。


「その……何だかごめん」


「別に謝るようなことではないでしょう。これは僕と彼女の問題なので」


「でも、俺が早くに対処していたら君に迷惑を掛けることはなかったから」


 そうは言うけど、こうなるまでは人見知りだという藍さんからの告白は受けていないだろうし、その状態でフるというのは不可能だ。

 こうして景文さんに浮いた話が出たことで彼女の重い腰が持ち上がっただけで、そうでなければ彼女が思いの丈をぶつけることもなかったはず。

 自分の性格のせいで出遅れたという自覚があるから彼女は引き摺らずに引き下がったのだろうし、この結果は相手が僕でなくともなるべくしてなったという感が強い。ただ、それでも藍さんの持つ想いは本物だったことは確かだ。


「人の純粋な想いを迷惑だとかは思いませんよ。これは僕が受け止めるべき想いなので、フった側の景文さんには関係ありません。そのことに関してだけは理解しておいて下さい。だから後であの子を叱るとか、そんなことはしないで知らぬ振りを突き通すんです。いいですね?」


「分かった。清花さんがそれでいいなら俺はもう何も言わないよ」


「はい。それでは車に乗って————」


 言いかけたところで、建物の中から慌ただしい足音が聞こえてくる。

 この清閑な空間に似つかわしくない走り方をしてまでここに向かって来るとなると余程の理由がありそうではある。

 見ればそこには僕に目掛けて真っ直ぐに走って来る名雪さんがいた。


「清花ちゃんッ‼︎」


「名雪さん?」


 そのままの勢いで僕に抱きついてきた彼女を倒れないように受け止めると、名雪さんは離さないとばかりに強く抱きしめてくる。

 何が何だか分からないこちらに答えをくれないまま震える肩を抱く。


「何か言ってくれないと分かりませんよ」


「……ごめんね。あんな態度して。感じ悪かったよね」


 密着して抱き合っている形なので顔は見えないのだけど、声からして鼻声だし、もしかしたら泣いているのかもしれない。

 全力で走ったせいで乱れてしまった髪の毛を整えてあげる。


「あの場面だけを見たら誰でも誤解するのは仕方のないことですから、別に怒ったりしていませんよ」


「ありがとう……先にそう言わなきゃいけなかったのに……本当に、ごめんね」


「だからいいですって。全く、まだ全てが終わった訳ではないのに一人で突っ走って来ちゃって」


 視界の中ではこちらに向かって来る人影がある。藤原さんの所にも護衛を残さなければいけないので全員という訳にはいかないけど。

 このままではいつまで経っても発つことが出来なさそうなので、大事なことだけは伝えて去ることにしよう。


「藤原さんのご実家を頼って下さい。僕から言えるのはそれだけです」


 彼から辿った気配の中に藤原家らしき存在はいなかった。藤原家の人間が関わっていればもっと抵抗があっただろうし、その存在感を感じ取れたはず。

 逆に名雪さんの血に近しい霊力があったことから大元は大友家かそれに近しいところになる。

 大友家といえば呪術関係の力を持つ家系だと昨晩に咲夜から聞いた。それが何かに関係して僕に敵対意識を持っているのかもしれない。

 今回のことでそれなりの損害は与えられただろうけれど、だからこそ報復を考えて名雪さんは実家には戻らない方がいい。

 彼女は馬鹿ではない。錯乱状態にあっても冷静に物事を判断する能力は失われていないはずだと考えての助言だったけれど、龍健さんの言った通り他家のことなのでこれ以上の手助けは僕は出来ない。

 だからしっかりと聞き届けて欲しいところではあるけれど、こればかりは名雪さん次第だ。


「一先ずの安全さえ確保してくれれば、その後に僕がどうとでも出来るので。何かあれば咲夜を通して連絡して下さい」


「何で、そこまでしてくれるの? 今日会ったばかりで、あんな態度までしたのに」


「優先順位こそありますが、出来ることなら全ての人を助けたい。それだけの話ですよ。これでも浄化使いなもので。それに、あの時に足止めを何とかしてまで僕のところまで駆けつけてくれましたから。そのお礼とでも思って下さい」


「結局遅れて何も出来なかったけどね」


「来てくれたことが重要なんですよ」


 名雪さんは悪い人ではないのは知っているから。事情を少しでも知ってしまったから助けてあげたい。言ってしまえばそれだけの話だ。


「それ、理由になってないよ」


「では、また今度色々と教えて下さい。まだまだ知らないことばかりなので、先輩の女性退魔師がいてくれると凄く助かります」


「そういうことなら任せてよ! もう色々と何でも教えてあげる! 退魔師の奥さんってすることとかが沢山あるんだから!」


「いや、そういうのではなく……」


 純粋に今まで聞けなかった女性退魔師ならではの苦労だとかを聞きたいのであって、別にそのことを聞きたい訳ではない。


「いいからいいから! 今回のお礼もいずれ必ずするから、絶対にまた会おうね!」


 講義しようとする僕を名雪さんは強引に車に乗せ、ガラス越しに手を振ってくる。

 反対側には景文さんが乗り込み始めており、すぐにでも車を出せそうだ。


「……それでは、また。他の皆さんにもよろしく言っておいて下さい。急な帰宅で申し訳ないとも」


「そんなことないよ。咲夜ちゃんの方が大事なのは皆分かってるから。引き留めちゃってごめんね。……出して下さい!」


 名雪さんの声で運転手が車を走らせる。あっという間に離れる距離、後ろを振り向くとずっと手を振っている名雪さんがいた。

 お互いに姿が見えなくなるまで手を振り合い、見えなくなったところで僕は前を向いた。

 車は行きに通った林道を走行中だけど、もう僕達を監視する目はない。

 もう誰の目も気にする必要もないので一度心を落ち着けてから言葉遣いを元のものに戻すことにした。


「……結局、あれは大友家の仕業ということでいいの?」


 昨晩に咲夜からは警戒すべき家として教えられていた。

 何でも、名雪さんの実家の職業が関係しているらしいけれど、詳しいことは咲夜も知らないらしい。

 その事情を知っているみたいで、彼は訳知り顔で深く頷いた。


「十中八九そうだろうね。あそこは呪術を生業としている家だから。術の特性上、霊具で売上を出せないから収入源の大半が妖怪退治による成功報酬なんだ。だからといって襲って来る理由にはならないから、嫉妬が主な要因……いや、それは流石に幼稚過ぎるか」


 呪術関係のものは霊具としては存在はしても万人受けするようなものではない。一番欲しがる一般人には最も受けが悪いと言っていいだろう。

 彼らが妖怪退治で収入の低下を恐れているのだとしても、そもそも活動地域が違うので僕を襲う理由としては薄いと感じる。


「文奈さんは僕がいずれ日本の為に役立つと言ってたけど、それが何かあるのかな?」


「どうだろう。あの結界があれば確かにとは思うけど、展開中のところにわざわざ相手が飛び込んで来る訳でもないし」


「そういえば、誰かが何だか色々と結界について言っていたような気がするけど、何て言ってたかな?」


「うーん……。何だったかな。確か強度とか持続時間とかかな」


 始めは霊具の大量生産かなとも思ったけれど、霊具作成の腕はそんなに簡単に身につくものではないし、使い捨てにするには器が勿体無さ過ぎるし数も足りなくなるだろうことを考えると現実的ではなかった。


「そっか。考えても分からないから、これについては咲夜と相談するしかないかな。……それで話は変わるけど、あの二人はこれからどうなると思う?」


「あの二人って言うと、利道と名雪のことだよな?」


 頷くと、彼は考える仕草をしながら思索に没頭する。


「名雪は跡取りという訳じゃないから嫁に出して家同士を繋ぐ、言わば政略結婚の道具でしかない。だから藤原の本家の方の意向次第じゃないかと思うな。名雪はもう家には帰れないだろうし、実家と縁を切った娘を嫁として迎い入れるかどうかが争点になるかもな」


「藤原さんは立場はどんな感じなの? 家の方針には逆らえない?」


「アイツは次期当主だけど今はまだ足場を固めている最中だな。弟たちも優秀だし、何かあれば引き摺り下ろされることだってあるかもしれない。幸いにも家族の中にアイツを追い落とそうとする子はいないみたいだけど、今回のことは少し手痛いな。家族が何も言わなくても周りが何か言い出しかねない」


「そうなると、彼が名雪さんを守る為の主張を押し通すにはある程度の"何か"が必要ということになるんだね? 多少の失敗を帳消しにするような何かが」


「そういうことになるな。力、ないしは何かしらの成果が求められることになると思う」


「はぁ……本当に、家の束縛がない今の環境が恵まれているなって感じるよ」


 葛木家はそういう意味では束縛が少ない家だった。そもそも研究が大好きな一族だし、家族よりも研究対象が優先な人たちだ。その環境で育った僕だから親や上の立場から色々と言われるのはあまり慣れていない。

 だからそういう時の対応はあまり経験が少なく、助言もあまり出来そうになかった。


「景文さんならこういう時はどうするの?」


「俺なら拳で黙らせるだけだけど」


「それはとっても素敵な解決策だね」


 その原始的な解決方法には前世での経験が多分に影響されているような気がするけれど、今の実力主義の退魔師事情からしてみればそれも正解ではあるのかもしれない。少とも力がなければ抵抗することすら出来ないのだから。


「利道が気になる?」


「というよりは名雪さんの方だね。実家を切り捨てた後で藤原家にも拒絶されたら行き場がないでしょ?」


 戦いには向かないという彼女では一人で生きていくことは難しい。それに後ろ盾がいなくなったとなれば大友家が黙っていない可能性すらある。

 その一端を担ってしまった身としては行く末が気になるのも当然というか、それを気にしないほど冷血漢ではないつもりだ。


「それなら清花さんにも出来ることはあるよ」


「というと?」


「名雪と仲良くしてあげればいい。一緒に出掛けたり、ご飯を食べたり、それだけで彼女が切り捨てられることは無くなるよ」


「それだけでいいの?」


「たったそれだけのことを出来る人がいないからこそだよ。君からあの霊具を貰うことが出来る可能性のある人がどれだけいると思う?」


「そう言われると確かに。完全に縁が切れない限りは利用価値はあるということだよね。で、それを考えるとさっきのあれは……」


「まぁ、そこは名雪もただまとめ役を任されるだけじゃないっていうか。仲違いしたままは嫌だっていう思いも嘘ではないから多めに見てやってくれないか?」


 あの時に感じた感情に偽りはなかったし、そこは信じていい。その中に多少の打算があるのは多くの人たちと接していた彼女の経験がそうさせたのだろうから、そこはあの状態でも冷静に行動した名雪さんを褒めるとしよう。


「感心しただけだから別に何とも思ってないよ。でも、それだけだと状況の解決にはならないよね?」


 今のは名雪さんが簡単には切り捨てられないというだけの話で、何の解決にもなっていない。

 しかし、景文さん訳ありげに笑った。


「そこまでは清花さんが考えることじゃないよ。アイツが……利道が考えて何とかするべき問題だ」


「そう言いつつ自分は何をしようか考えてるでしょ」


「俺はアイツとは昔馴染みだからな」


 これで簡単に切り捨てるようなら彼を見る目が変わってしまいそうだったけど、別に景文さんはそんなことを気にして発言したりはしていないだろう。

 ただ単純に友達を助けてやりたいという善意からの発言に違いなかった。


「今回の大友家のやったことは許されるようなことじゃない。付け入るところがあるとすればそこだろうな。とはいえ、やり過ぎて家そのものが無くなるとそれはそれでこっちもやり過ぎになってしまう。だけど第三者が仲介をするにも咲夜さんまで襲うのは流石に擁護出来ないから、被害者ではあるけど咲夜さんに調停役をお願いするのがいいかもね」


「僕がやるとそのまま叩き潰してしまいだからね。咲夜ならきっといい感じに纏めてくれると思うよ。……その分、色々と覚悟はして欲しいけどね」


 彼女なら理性的に物事を進めてはくれるだろうけれど、だからこそ感情によって左右されないという面もある。

 今回は事が事だけに譲歩をしてあげる事情がないからやり過ぎない範囲で最大限に搾り取ることになると思う。

 それくらいのことはしないと相手は懲りずにまたやってくるだろうし、他の似たような思いを持っている人たちを黙らせることが出来ないから。


「そこは仕方ないと割り切って貰うしかないね。…………多少の見せしめは必要だろうし」


 最後にぼそっと言った言葉は聞いていないことにする。

 それから暫く車を走らせるとようやく宝蔵家……咲夜がいる場所に辿り着くことが出来た。


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