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三話-15 不退転の決意

※少し加筆修正しました







 名雪さんの言ったことは大方はその通りだけど、一部に誤りがある。

 まず景文さんは結婚自体は出来る。どうにもならなくなったら彼より年上の女性なり別の地域から呼び寄せるなりして相手を作ればいいだけで、この世に彼と釣り合う女性が全くいない訳ではない。それを踏まえた上で名雪さんの言葉を意訳すると、お互いを好き合った恋愛の末の結婚が出来ないという意味になる。

 とはいえ、この辺りの地域かつ年齢を同じくらいに絞ると候補は限りなくないに等しいらしい。

 先ほどは呼び寄せればいいと言ったものの、その人にはその人の人生がある。その別の地方に景文さん程の実力者がいて、その人の結婚相手になる可能性だってあるのだから気軽に呼び寄せればいいという判断は出来ない。

 それに他所から人を引っ張って来た場合、この辺りの地域の女性が舐められる……というより馬鹿にされるらしい。

 若くして高階級の退魔師の相手を自前で用意出来ないのは恥だと認識されるようだ。この辺りの感覚は僕にはあまり理解出来ないけども。 


「————ということらしいんだけど」


『何がということなのよ。一晩の間に色々と起こり過ぎでしょう』


「それは僕が一番言いたいよ。もう自分でも何が何だか分からないくらいなんだから」


 名雪さんたちには一旦考える時間が欲しいということで部屋に戻った。その時に丁度よく起きていて自室にいたらしい咲夜に通話をし、諸々の報告をしたところやはり呆れられてしまったようだ。

 昼食から今に至るまでのことを詳細に話していると結構な時間になっているそれでも咲夜には伝えておかないといけないので他の人たちには悪いけれど、話し終わるまで待っていてもらうか先に寝てもらうしかない。

 景文さんの件も含めて意見を咲夜の聞かないことには動けそうもないから。


『まぁ、まずは無事で何よりね。相手がそこまで本気を出してくるのは想定内ではあったけれど、想像以上ではあったわね』


「うん。次は負けないと言いたいけど、現実は厳しいね。思ったよりも一級の壁は厚かったよ」


『その為の保険の彼よ。運も実力の内と言うし、貴方の日頃の行いが今回の結果を呼び寄せたと思って納得しなさい。もう二度と負けるつもりはないのでしょう?』


「勿論。即時発動可能な霊具を用意して結界をすぐに展開出来るようにしたりとか、新しい術を開発したり覚えたりと色々とやることはもう考えてあるよ。それと……うん。もう人間相手だからって手抜きはしないと決めたから」


『是非そうして頂戴。いくら運が良くても限りはあるのだから』


 今回は相手が殺す気がなかったし、目的があって全力が掛かっては来ていなかった。

 次もそうだとは思えないし、思うべきではない。甘えは敗北に繋がるのだと思い知った。


「武原さんの件と千郷の件も咲夜の意見を聞いておきたいんだけど、いいかな?」


 お猿さんの友人が瘴気に侵され、千郷は清光に会いたいと言っていることについては咲夜も考え込んでいた。


『そうね……。武原勝己の友人の件に関しては急を要するなら検討するとして、貴方の幼馴染については清花が考えて会った方がいいと判断したなら会ってあげていいんじゃないかしら』


「えらくあっさりと許可するね。もしかしたらあのことが露見するかもしれないのに」


『清光と会うだけなのか、隠している事情をどこまで話すのか、それも含めて貴方が判断するの。その千郷という子が真に信用足り得る子なら味方に引き込むのもアリでしょう。願望を抜きにして、冷静に考えて判断した結果なら私は何があっても文句を言うつもりはないわ。あの日の責任は私にこそあるのだから』


 あの日、咲夜は千郷が来ることを分かっていて早めに来て僕を連れ出した。

 彼女が僕の周囲に居続けては僕が清花として活動出来ないし、秘密を周りに吹聴する子かどうかは咲夜からすると判断が出来なかったから。

 咲夜としては失敗をしない為の当然の判断ではあったし、僕としても顔を合わせ辛いからと彼女に会わない選択をしてしまった。その結果として更なる千郷の精神的な負担になってしまったことは僕達二人の罪だ。

 だからせめてもの罪滅ぼしとして千郷には今の僕のことをきちんと話したいとは思っている。

 しかし千郷に全てを話した結果として秘密が暴露されて活動が出来なくなるのは困る。

 そんなことはしない子だとは思っているものの、今の千郷は不安定だし、秘密が秘密なので果たしてどうなるかは分からない。

 だけど、それでも千郷のことは何とかしたい。


「千郷のことは僕が説得する。最悪はあの時のことを引き合いに出してでも止めるって誓うよ。だから、あの子に事情を話すのを許して欲しい」


 きっと千郷は僕のことを世間に暴露するようなことをしたりはしない。けれど、僕の判断に咲夜たちの生活まで掛かっている以上は性善説を盲目的に信じることは出来ない。自分の判断でというのはそこまで考慮してという意味なのだから。


『私も同席はするから決して悪いようにはしないつもりよ。何しろ、事情を知った上で貴方の味方になってくれるかもしれない子なのだから。けれどね、一つ心配な点があるの』


「な、何かな?」


『その千郷って子はもしかしなくても清光のことを好きなんじゃないの? 貴方から聞いた話ではそんなような口振りだった気がするのだけど』


「それは……分からないよ。あれからずっと会ってないし、最後に会ったのは何年も前のことだから。千郷の方は自責の念が積もりに積もって清光のことを助けなきゃっていう強迫観念に突き動かされているような感じもしたから、恋愛感情とは別だって僕は思ってるけど……」


『その事件以前に惚れられているということはないの? 何か思い当たることは?』


「僕にはない、と思う。ちょっと自信はないけど」


『小中学生で本来は一過性だったはずの恋心が事件を機に思いが強くなったか、あるいはそれを原動力にでもしないとやっていられなかったか。どちらにしてもその子とは腹を割って話すしかないと私は思うわ。とりあえずは会ってみて、どこまで話すかはその時次第でもいいでしょう』


「うん。許可をくれてありがとう。絶対に悪いようにはしないから」


 あとは僕達次第だ。今の千郷は不安定ではあるものの、完全に崩壊をした訳ではない。立ち直るきっかけさえあればまた以前のような彼女に戻ってくれると、そう信じている。

 ……ここまではいい。ここまではその時に考えればいいことだから。

 問題は残る議題についてだ。

 咲夜もその話題に移るのは少し躊躇いがあるのか、気が重そうに聞こえる。


『それで、なんだけど』


「う、うん。景文さんのこと、だよね」


『えぇ。正直なところ、彼がどうしてそこまで貴方に強い思いを抱いているのか皆目見当が付かないわね。白面と戦った直後に貴方の怪我の具合を見て衝撃を受けていたのは知っているけれど、あれについては私は恋というより正義感とか使命感のように感じていたのよね。その内には相当な想いを秘めていたってことかしら』


「その割には冬香と一緒になって笑ってた気がするんだけど?」


『あれは貴方に粉をかけて適当にあしらわれている土御門くんを笑っただけで、恋愛云々だとかは関係ないわよ。恋愛脳の冬香と一緒にしないで頂戴』


 どうやらそういうことだったらしい。やはり冬香と名雪さんはいい感じの恋愛友達になれるのではないだろうかと思った。

 それはそれでうるさ……騒がしいことになりそうだから僕としては会わせたくはないけれど。


「あの人が言うにはまた奪われると思ったらしいんだけど、咲夜はそんな話を聞いたことはある?」


『ないわね。でも、そのまたっていうのが引っ掛かるところね。そんな話聞いたことはないけれど、言葉の意味合いからして過去に大切な人を失っているのかしら。だとしたら、貴方が白面の分体との戦いで負った傷を見て衝撃を受けていたことにも納得は出来るけれど……』


「でも、名雪さんたちからはそういう話は出てきていたりはしないんだよね。本人もそういった悲壮感のある雰囲気は感じないし」


『貴方がそう感じたならその通りなんでしょうね。んー、尤もらしい理由があれば納得も出来るのだけど……』


 それは僕も思っていることだ。結局のところ、彼がどうして僕を選んだかについては本人に聞く以外の方法はない。そこに触れるということは彼と真正面からぶつかることになり、つまりはそこで白黒はっきりとしなければいけなくなる。


「僕はどうすればいいと思う?」


『私個人としては断った方がいいと思う』


 咲夜の意見の予想に反して一刀両断するものだった。


「どうしてそう思うの?」


『貴方の精神がまだ男性との恋愛に至れるほどの成長をしていないからよ。貴方が男性とお付き合いをして何度も逢瀬を重ねていずれは、という想像が出来るのなら彼と婚約するのもありかもしれないけれど、今はその段階にないのではなくて?』


「それは……そうだね」


『今は助けられた時の恩で頭が混乱しているのかもしれないけど、落ち着いて冷静になった時にやっぱり無理となる可能性が高いのだから、おかしな期待を持たせるようなことはしないでおきなさい。それが二人の為でもあるのだから』


 それはそうだと思った。確かに色々とあって今は気分が昂っているだけで、冷静になった後は咲夜の言う通りになってしまうかもしれない。

 景文さんの本気度合いは結構なもののように感じているから、だからこそ軽率な答えはするべきではないということだ。

 しかしながら、咲夜がここまで押し留めるように言ってくることに僅かばかりの意外感を覚える。


「てっきり、この機会に付き合えばって言われるのかと思ったけど」


『貴方、私を何だと思ってるの?』


「いや、事ある毎にそういうのを勧めてくるのは咲夜の方でしょ?」


『冗談にしていい時とそうでない時くらい弁えているに決まっているでしょう。今回は土御門くんが関わっていて具体的な想像が出来てしまう以上、極力言わないようにしていたというのに。……あぁ、もしかして言われることを望んでいたのかしら? だとしたら嫌と言うほど聞かせてあげるけど?』


「えっ。い、いや……そうではないけど!」


『だったら自分でもそういう話題を出さないように気をつけなさい。……でも、そうね。何だかんだで貴方もそういうことを考えるようになってきたのね。白面の時なんか、土御門から今ほどじゃないにしろ好意を示されていたのに全く気づいていなかったでしょ?』


「あの時は、こう……元々そういう人なんだろうなって思って適当に流してたね」


『でも、今回それが本気だったと分かったでしょう? 話を聞くにあの人は貴方に相当入れ込んでいるように思えるわよ?』


「や、やっぱり咲夜にもそう感じるんだ」


『そりゃあね。本人は隠してるつもりでしょうけど、周りから見たら案外バレバレだから。あの時の冬香だって気づいていたでしょうし。その辺りは人生経験の差だから清花が落ち込むようなことではないから安心しなさい』


 全く気づかなかった身としては耳が痛い話だ。確かに恋愛経験も他人の恋愛を観察したこともないので男女の機微には疎いのは事実だけれども。

 やっぱり、こんな僕ではまともに男女の関係なんて築くことは出来ない。

 少なくとも、今は無理だ。

 

『清花』


 咲夜の声で思考が中断する。


『以前に話し合った時に出した結論を覚えている? 貴方の考える女性としての終着点の話よ』


「覚えてるよ。それがどうかしたの?」


『貴方はそこへ至ろうとか、至らなければならないとか考えているでしょうけれど、別にそこに拘る必要はないのよ』


「それは……」


『だって貴方、もう既に十分に強いじゃない。貴方の歳でそこまでの力を持っている子なんてほんの一握り、貴方の成長速度を考えればまだまだ伸び代はあるし、これからの展望も見えているのだったら近い将来に白面にだって勝てるかもしれないわ。だから、もう帰ってらっしゃい。私も今から帰るから、そうしたら家でゆっくりと今日のことをまた聞かせて』


 咲夜は優しく手を引いてくれている。危ない橋を渡るのなんて止めて、確実にゆっくりと行こうと。

 いつもそうだった。僕が足を止めていれば背中を押してくれて、危ない時には手を引いて止めてくれる。

 それに従っていれば確実に成長出来たし、それはこれからも変わらないだろうと思う。

 咲夜の言う通りに帰って倉橋さんの授業を受ければ成長は出来る。きっと白面にも抵抗出来るだけの力は手に入るはずだ。


(…………本当に?)


 何せ、今ですらあの一級退魔師たちと互角に渡り合える実力がある。少し鍛えればきっと今よりもっと強くなれる。


(敗北はもう許されないのに?)


 神様にだって出会えた。もしかしたらもっとすごい術をもらえるかもしれない。


「そんなのはダメだ」


 時間が、他人が、神が解決をしてくれるなんて期待を持つようになったのはいつからだ。


『清花?』


 もしもそれでダメだったら、次に戦った時に白面に負けてしまったら僕は死んでも死にきれない。

 以前に咲夜は言っていた「強くなる道があるのに進まない理由がない」と。

 全くもってその通りだ。覚悟覚悟と言いながら、僕はいつも後一歩が踏み出せてない。

 この後に及んで足を踏み出せずにいる臆病者だ。

 頭ではなく、心はもう決めているのに。

 そこにそっと蓋をして見ないようにしていた。

 けれど、少し覗き込めば分かる。自分の心には嘘は吐けない。


「確かに、まだそこにまで行くのは怖い。けど、怖いだけじゃいつまで経っても進めない」


『無理に嫌な道を進んだところで望む結果は得られないわよ』


「嫌な道……だと、今は思ってない、かも……しれないんだ。自分の心も含めて分からないことが多くて、分からないからこそ知りたいって思ったんだ」


『知りたい……ね。その知りたがりは葛木の血かしら』


 知らないことを知っていっていけば今より強くなれそうだという打算もある。

 言い訳はしない。景文さんを利用して強くなる目的も確かにあった。

 けれど、それだけが目的ではないことは確かだ。これは嘘ではない。

 強くなりたいというだけでこの選択が出来る程、僕は自分に嘘を吐くことが上手くはない。


「そう、知りたいんだ。その結果にどうなるかはまだ考えられないけど、それを見る為に足を進めたいって今は感じてる。これは嘘じゃないって確信して言える」


『念の為に聞いておくわ。それでいいのね?』


「良いも悪いもないよ。言ったでしょ? 覚悟ならもうしてるって」


 ここまでの意味ではなかったけれども。

 それを理解している咲夜は軽く笑った。


『貴方がその気なら私は応援するわ。……よく、その決心をしたわね。私としてはもう一年か二年くらい掛かると思っていたもの。それ程の事があったのね』


「あんなことがなければ僕だってそう思うよ。それにその過程で僕はもっと強くなると思う。その為に利用するような形になるのは申し訳ないけど……。でも、そうも言っていられない。もう負けられないから」


『貴方と交際出来る権利が与えられるのだからそれくらいは許して貰わないとね。向こうだって下心はあるでしょうからお互い様でしょう』


「……交際?」


 気になった言葉につい聞き返してしまった。いや、そのことが頭になかったと言えば嘘になるけど。

 でもそれは流石に行き過ぎというか、自分の感覚ではそれはまだ遠いと感じていて。


『違うの? 土御門景文と結婚を前提としたお付き合いをするのではなかったの?』


「いや、最初はお友達からというか……交際はその次というか……だって相性とかあるし、いきなりは何だかなって思って……」


『…………随分と遠回りな覚悟ね』


「う゛っ」


 咲夜の言いたいことは分かる。分かるけれど、一足飛びに駆け上がるには時期尚早が過ぎると思っている。

 もし、仮に、例え今から交際をしたところで失敗する可能性は高いと思う。心はまだそこにまで追い付いてはいない。

 まずは自分のことをよく理解してからじゃないと。

 上手くいく可能性もゼロではないものの、今の僕ではあまりにも公算がなさ過ぎる。

 それなら少しずつでもいいからより安全で確実の方がいい。

 それに過程をすっ飛ばすのは知りたいという欲求からは程遠い行為だから。それはあまりやりたくはない気持ちがある。


『責めている訳ではないわよ。寧ろ、貴方がしっかりと冷静でいてくれて大いに助かるわ。当たって砕けろ精神で玉砕されては困るもの。これを成長と言っていいのかは分からないけれど、確実に変化はあるようね。少し前の貴方だったら私から提案したとしても断っていたもの』


「そうだね……その通りだと思う」


 今だって明確に未来像を思い描ける訳じゃない。出した答えにまだ少し抵抗感はある。けれど、それは未知のものに対しての恐怖感であって拒絶する類の感情ではない。でなければ以前のように気分が悪くなったりしていると思うから。

 ただ、それが本当に良い変化なのかは自分ではよく分からなくて。


「咲夜はやめた方がいいと思う?」


『どうかしらね。強くなって欲しいから早めにやって欲しい気持ちと、もう少し気持ちの整理が出来てからでもいいんじゃないかっていう気持ち、どちらも同じくらいあるのよね。……いえ、私としては慎重を期した方が好ましいわね。失敗は許されないのだから』


 やはり咲夜も失敗する可能性を考えているということだろう。それで僕が恋愛に関して及び腰になると後々に差し障りがあると考えているのかもしれない。沈黙がそのまま咲夜の思考時間として僕は言葉を待つ。

 少しして、咲夜は座っている椅子の背もたれを軋ませながら話す。


『……どういう心の変化があったの? 貴方の言葉できちんとした理由を聞かない限りはやっぱり許可は出来ないわ』


「心の変化、か」


『危ないところを助けられて、婚約者に立候補されて、貴方が好きだと告白をされて、それをどう受け止めたの? その時、どう感じた? それを少しずつでいいから言葉にして聞かせて頂戴』


 聞かれて、思い出して、考える。あの時は色々とあって冷静にそのことだけを考えられていた訳ではないけど、今ならその時のことを思い出して自己分析することが出来る。


「感謝も勿論あったけど、正直には戸惑いの方が大きかったかな。咲夜たちから見るとあの人の態度は分かり易かったみたいだけど、僕からすればいきなりのことで正に晴天の霹靂って感じだったから」


『それはそうでしょうね。同級生たちの告白は結構その場の勢いというか、失敗するだろうことを前提にダメ元でやっている子が多かったもの。真剣ではない、と言い換えた方がいいかしらね。彼はその逆、もう奪われたくないということは手に入れて離したくないということだから、真剣に貴方と向き合おうとしているのでしょう。それが貴方にもしっかりと伝わったのね』


「そう……だね。景文さんからはその真剣さが強く伝わってきたんだ」


『彼のその想いに対して清花はどう感じたの? 嫌だとか、重いとか、拒絶するような意思はあった?』


「そういうのは特になかったかな。それとは別に……何というか、そう、疑問の方が強くって」


『それがどうして自分を好きになったのか分からないということね』


「うん。どうして僕なんだろうって気持ちがあったんだと思う。それが何でなのか、それを知りたいと思ったんだ』


 彼からすれば僕はあの日に初めて会った程度の人でしかないはずで、それがどうしてそこまでの気持ちに至ったのかを知りたいと感じた。

 事実として白面と戦う前の態度からは今のような感じは一切感じられなかった。変わったとすれば大蓮寺家の奥に作られた秘密部屋にいた白面の分体を倒した後辺りからだろう。今になって思えば冬香の笑みの理由もはっきりと分かる。

 人の気持ちはそう簡単には大きく変化しない。したとしてもそれは一過性のもので、時と共に薄れていくもののはずで。

 しかし、彼の想いは燃料を得て燃え上がっていく炎のように大きくなっていったように思う。


『告白を聞いて嬉しいとか、そういう感情はあった?』


「それはなかった……と、思う」


『そう。告白を迷惑とは感じなかったけど歓迎する気持ちでもない。ただただ告白されたことにそのものに、どうして自分を選んだのかに対して疑問を感じているということで合ってるかしら?』


「言葉にするならそれがしっくりくるかな。だから、僕も彼が好きだからすぐにお付き合いをしようだとか、そういう気持ちはなくて、今はただ頭ごなしに拒絶をするんじゃなくてきちんと彼の話を聞いてみたい。それから僕がどうするのか判断をしたいって思ったんだ。……これで伝わったかな?」


『顔を見て直接話している訳ではないから全てを理解したとは言えないかもしれない。けど、概ねは理解出来たつもりよ』


 その言葉に少し安堵して息が漏れ出る。


「それで、僕はどうした方がいいのかな。このことも自分で結論を出した方がいい?」


『そう言いたいところだけど、今回に限っては二人で出して結論ということにしましょうか。結果も責任も二等分。今までもそのつもりでいたでしょうけど、今回はあえて明言しておくとしましょう』


「何だかそう言われて少し楽になった気分だよ」


 咲夜が責任逃れに言ったこと訳ではないことくらいは理解している。本当は自分の責任だと言い切ってしまいたいと思っていることも。

 けれど、それでは僕が納得しないことを理解しているからこその発言だということも分かっているから。


『彼についてどう考えているかは理解したわ。それじゃあ、それを踏まえて今後の方針を決めるとしましょう。清花は土御門の告白を今すぐは受け入れはしない。その返事は清花の気持ちが固まってからとする。もしも早急な返事、または交際かそれ以上のことを求める場合はこの話は白紙にすること。最低でもこれくらいの約束は取り付けたいところね』


「了解したよ。話をするのは今の方がいいかな? それとも明日の方がいい?」


『出来れば他者が介入する前に決めてしまいたいところではあるわね。きちんと冷静に物事を判断出来ているようだし、向こう次第ではあるけれど今日の内に話し合ってもいいと思うわ。無理だったら日を置いて邪魔者がいない中で話し合いはした方がいいでしょうね』


「じゃあそうするね。他に心配な事とかってある?」


『出来ればこのまま通話したままの方がいいのだけど』


「そ、それは流石に可哀想だよ。景文さんの立場からすると断りづらいだろうし、僕も会話を聞かれてるって思うと上手く話せないかも……」


 何せ内容が内容だから、恥ずかしい言葉も言うことになるだろう。必要かもしれないけれど、そのやり方はあまりにも彼の思いに対して配慮が足りていないと言わざるを得ない。隠れて通話を続けるのも騙しているようで悪いのでこれもなしとする。


『仕方がないわね。でも終わったらきちんと報告をするのよ?』


「わ、分かってるよ……」


『本当に分かってるの? 貴方って時々大事なことを忘れていたりするから心配なのよね。この前も事前に言っておいたことをド忘れしていたみたいだし?』


 おそらく霊具作りの時のことを言っているのだろう。確かにあの時は衝撃が強過ぎて報告するということが頭からすっぽ抜けてしまっていたのは事実だ。術の内容を頭で理解して危険はないと判断出来たことも忘れてしまった要因の一つではある。

 それは言い訳だと分かっているから反論したりはしないけど。


「それについては鋭意努力するということでどうか」


『話しにくいこともあるでしょうから多少は許すけど、通話で聞かない分はしっかりと話してもらうわよ。まぁ、貴方は嘘を吐けない子だから聞き出す分には別に苦労しないのだけど』


「ね、根掘り葉掘り聞かれるってことは覚悟しておくことにするよ」


 本当に言いたくないことは言わなくていいことになっているけれど、余程のことがない限りはそんなことにはならない。あったとしても他人の秘密くらいのもので、つまりは僕自身のことは大体隠せないものと思っていい。


『さて、じゃあ早速土御門に連絡を』

「待って。そっちの話についてが終わってないよ」


 僕についての報告は終わった。次は咲夜の番だ。彼女は彼女でこちらのことを心配していただろうけれど、僕だって咲夜の方のことはずっと気に掛かっていた。こうしてさっさと会話を終わらせようとするということは何かしらの出来事があったに違いなくて。


「咲夜、残りの霊具の数はいくつ?」


 咲夜に持たせた霊具は五個。電話越しでは嘘がバレないとはいえ、霊具の数が減っていればその時に嘘は露見する。だから咲夜は嘘は吐けない。


『残り三つよ』


「やっぱり……」


 一つならまだしも二つも消費している辺り、やはり宝蔵家には咲夜は行くべきではなかったと確信した。


「それで、今どこ? 椅子が軋む音がしたからどこかの部屋の中にいるのは分かっているけど、まさか宝蔵家にまだいるって言わないよね?」


『そのまさかよ。元々あった自分の部屋に今もいるわ。私物らしい私物は殆ど持って行ったから殺風景な部屋だけど、これはこれで開放感があっていいわね』


「そんな冗談を言ってないで、早く帰るんだ」


『……清花がそんなに真剣な声で私に意見を言うのは滅多にないことね』

 

「咲夜、二度は言わないつもりだよ。早く帰るんだ。景文さんには悪いけど、話し合いは後にする。僕もすぐに帰るから」


 二つも霊具を消費するなんて異常事態に決まっている。それが分からない咲夜ではないはずなのに今も冷静に話をしているのは何故なのか。

 この時間だと公共機関は使えないし、車を使うのは家の人が許さないかもしれない。

 それなら自分が迎えに行くと荷物を片付けだしたところで咲夜から静止する声が聞こえてきた。


『待ちなさい。霊具については性能実験のようなもので消費をしただけで私自身が襲われた訳ではないわ。だから身の危険はないわ。こうして冷静に話が出来ているのがその証拠よ』


「……本当に?」


『私を信じなさい。だから今日のところはここで寝泊まりをして早朝にゆっくり帰ることにするわ。だから貴方も早まったことはしないように』


 少なくとも、咲夜が危険な状況ではないことは理解した。

 もしここで僕が信用せずに咲夜の下まで駆けつけてはかえって彼女を困らせてしまう可能性もあるか。


「……危ないようだったらすぐに連絡するんだよ? 夜中だからって遠慮しないでよ?」


『分かってる。それよりも私は貴方の方が心配でこの後の家族会議に頭を回せるか心配だわ』


「それはどうもご心配をお掛けしたようで。僕もそっちのことは気にしないようにするから、そっちも僕のことを信じておいてよね」


『言うまでもないわね。それじゃ、お互いに検討を祈るってことで』


「うん。それじゃ、また後で」


 咲夜との通話を切る。結構な時間を掛けてしまったけれど必要なことだった。

 これからのここで起こり得ることについても咲夜なりの考えを聞けたから、もし何かあったとしても冷静に対処することは出来るはずだ。

 なのでそのことは一旦頭の隅に置いておき、僕は景文さんに通話を掛けることにする。

 繋がったのはすぐのことで、僕があのことで話し合いたいと言うと彼はドタバタと部屋の中を駆け回ってから承諾の返事をした。

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― 新着の感想 ―
[良い点] そそそそれって、前向きに検討するってことですかァ!? てっきり咲夜さんは反対するかと思ってたんですけど、意外です……!
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