三話-14 身も蓋もなくなった
部屋が施錠される間際に黒尽くめの人に投げ入れられた文奈さんの荒い呼吸の音が聞こえる。
恐らくは途中までは必死に転がり続けていたのだろう。そこまでしてここに来たかったのかと軽く戦慄を覚えていると、その間に僕は千郷と名雪さんによって強制的に挟まれるように座らされ、左右にいる二人は何やら僕の体を確認をしているようであちこちとペタペタ触って来ていた。
まだおかしなところは触ってきてはいないものの、くすぐったい思いをするのは変わらない。
何か理由があるのだろうと耐えていると少ししてから二人は触るのを止めて顔を見合わせた。
「これは、どうなの?」
「あの、ちょっと? そこは流石に……っ」
最後にと僕の胸を下から持ち上げた千郷が問う。名雪さんは強調されたそこをじっと観察してから渋い顔をする。
「……八十三か四は超えてると思う。体が細いから見た目より大きく見えるんだ。それに張りも良くて形も良い。それでいて細いのは痩せ過ぎなんじゃなくて引き締まっているって……あー、思わず舌打ちが出そう」
「まぁ、あれだけ動けるってことは運動もしっかりしてるってことだしね。それでいてきちんと行くべき場所に栄養は行ってるとか、めっちゃ羨ま嫉妬なんだけど」
「羨ま嫉妬?」
変な造語で会話をしないで欲しい。これが普通……ではないはずだけど、交流が増えるにつれてちょっと自信がなくなってきている自分がいる。
モデルの撮影の時もそうだけど、度々本には載っていないような言葉をされると困ることがあったりするし。
尚も二人は間に挟んでいる僕のことを忘れて会話を続けた。
「名雪さんはまだいい方でしょ。元々運動していた方だし、今はそっちの方も育ち始めてるじゃない」
「その分維持が大変なのよ! 体型を維持するのは! そっちこそ綺麗にお腹が引き締まっててズルい!」
「こっちは栄養が筋肉に吸われているんですけど? なんだか最近腹筋が割れてきてるように感じるし……」
顔を見合わせた二人は僕の服を軽く持ち上げてお腹を曝け出し始めた。
「見てよ、これ。筋肉質でもないのに引き締まっていて尚かつくびれまであるじゃない。……は? なんか目で見たらイラッてきたんですけど」
「顔も良くてこんなに男好きな体をしておいて、言うに事欠いて魅力がない? 何言ってるの?」
「むーっ! ん゛ーっ!」
「文奈なんか動かないせいで最近ちょっと太っちゃったからお腹周りを気にしてるんだからね! こんな女優みたいな体型しておいてどうしてそんなに自信がないのよ!」
「ん゛ん゛ーっ!? んごー‼︎ んごごーーーっ⁉︎」
あらぬ方向から被弾した文奈さんが涙目で抗議している。この人が昨夜、僕を襲ってきた人と同一人物だとは思えない。
何というか、今はただの一般人のようだ。女の子同士の会話の中で弄られた可哀想なただの普通の女の子。哀れだけどあの一件のせいで可哀想と思えないのは僕が冷たいのかどうなのか。
それはどうでもいいとして、流れが少し攻撃的なものになってきているのでここらで押さえておかないと後が面倒になりそうだ。
「体型なんて人それぞれでしょう。不摂生な生活でもしていなければそこまで気にするようなことではないと思いますが」
「それは勝ち組として余裕ってやつか!」
血の涙を零しそうな顔で怒る名雪さん。どうやら失敗したらしい。
「いや、別にそんなことはないですが。ちょっと被害妄想じみているので落ち着きましょうよ」
「清花ちゃんはさぁ! 景文とやった模擬戦の時もプルンプルン揺らしてさぁ! 戦ってたアイツが目のやり場に困って凄く戦いにくそうだったし! そんな体で近接戦はダメでしょ! 寧ろ誘惑しているのかと思ったくらいなんだから! ていうか誘ってんでしょうが!」
「えー……」
そんな考えに至った彼女の方にこそ僕はドン引きだった。動きを抑制する硬めの下着などで大幅な揺れは抑制はしているものの、柔らかい脂肪の塊である以上どうしたって慣性で揺れ動いてしまうものは仕方がない。
妖怪の中には猫又などのように人形の姿をして相手を誘惑してくる者もいると聞くので、退魔師としてはそういう戦も慣れておかなければいけないはず。彼もそういう色仕掛けに対して女慣れの訓練はしているはずなんだけれども。
「いい加減落ち着いて下さい。男性がいないからといって、良い歳の女の子が少々はしたないですよ」
「そういうところ!」
名雪さんはビシッとこちらを指差す。
「……何がですか?」
「その丁寧語! その仕草! どう見たって大和撫子のそれじゃない! それで男受けを狙っていないなんて嘘でしょ!」
「これはこういう上流階級の人が集まる場に合った礼儀作法に則っているというだけで、普段はもっと話し方も違いますし、立ち振る舞いも別ですよ? だから男受けを狙っているつもりはありません。それは言い掛かりと言うものです」
倉橋さんはそういうことを教育出来る人だったからこそこうして変に疑われることなくいられるのであり、元々の話し方だとここでは悪目立ちしてしまいそうなので封印しているだけだ。
特に清光としての話し方を知っている千郷の前でするのは危険過ぎるで今から変えることは出来ない。
「いつもの話し方ってどういうの? ここでやってみてよ」
「それはもっと仲良くなって私生活でも会うような機会があればいずれその時に。慣れていないので変に話し方を変えたり戻したりするとこんがらがってしまいそうなので、ここではこのままでいさせて下さい。どうしても気になるという場合は景文さんに聞いてみて下さい」
「そこで景文なんだ」
ふーんと、意味深そうに笑う。
彼らとの共通の知人が彼だけだから名前を出しただけなのにこの反応は面倒以外の何者でもなかった。
それを分らせる為にわざとらしく溜息を吐いて見せる。
「白面との戦いの時に一緒にいたのは知っているでしょう。その時に素の話し方をしていただけです。なのでそのような下衆な勘繰りは止めてもらっていいですか?」
下衆と一言でぶった斬られた名雪さんは肩を落とした。
恋愛好きと言えば聞こえはいいけれど、やっていることは野次馬のそれと変わらない。
当人同士の問題に首を突っ込んで掻き回すような行いをしているところは悪質と言って差し支えないだろう。
彼女のような人たちを何と言うのだったか……。
「名雪さんみたいな人をなんと言うんでしたっけ。確か外国語を使った……スイーツ脳?」
「ちょっと⁉︎ 聞き捨てならないんだけど、それ! それを言うんだったら恋愛脳でしょ⁉︎」
「そうでしたか。ご自覚があるようでしたら、もっと節度ある振る舞いをお願いします。名雪さんは女の子のまとめ役と聞いています。そのまとめ役の貴方がそれでは他の人たちまで真似をしてしまいますよ?」
「うっ……そ、それは……」
年下というのは年上の行動を目敏く見ているものだ。それが悪い行いだとしても、意味も分からずそのまま真似をしてしまうこともあるという。
そんな子たちの手本となるべき彼女が率先して噂程度の話に食いついていくのはあまり褒められたものではない。
という建前を使いつつ、追求の手をここらで止めようという目論見だったのだけれど、どうやら成功したみたいだ。
「だって……だってぇ……」
半べそをかきながら両手の人差し指を突き合わせている。どうやら何かの言葉が思いの外に刺さったみたいではあった。
そんな彼女の頭を千郷が優しく撫でている。
「この人、他人の恋愛話が人生の中で一番の娯楽だから。その為だけにまとめ役なんていう面倒臭い役を引き受けてるくらいだし」
「動機が不純過ぎないですか?」
まさかそれだけの為に面倒そうな役を引き受けているだけなんて。他人の恋愛事情に関われないというだけでこうも落ち込むようなものなのだろうか。
千郷の解説に文奈さんが仕切りに頷いているし、恐らくはその通りなのだろうけれども。
めそめそしている彼女を見ているとこちらが悪いことをしている気分になってくるような錯覚さえしてきそうだ。
「……はぁ。とりあえず、話を元に戻しませんか? 結局、僕はここに何の話をする為に連れて来られたのですか?」
「えっと……何だっけ?」
「帰ります」
無理矢理に連れて来られてこれはひどい。席を立って出入り口に向かった僕の腕を名雪さんが力強く掴む。
「ご、ごめんって! 女の子としての魅力だよね! 思い出した! ちゃんと覚えてるからまだ帰らないで!」
このまま振り切って帰ることは出来るけれども、結局何が言いたいのかまでは聞けていないし、帰るのは聞いてからでもいいだろう。
戻って席に座ったこちらを見てホッと胸を撫で下ろす名雪さん。どれだけ恋愛話をしたいのだろうか。
「ふと思ったのですが、自分は婚約者がいるのにわざわざ他人のことに興味があるんですか?」
「それとこれは別腹っていうか? そういうのが好きなのは婚約云々が出る前からだったし、これはもう性分というか。正しくは生き甲斐って言うべきかな。これなしでは生けていけない、みたいな?」
「はぁ……なるほど。さっぱり分からないことが分かりました」
「この人、これでも数ある相談に乗って成功した確率は高いらしいのよ。これでも」
千郷の補足説明?に名雪さんが無言の抗議をしている。
ここへ連れて来た話を聞くのもいいけれど、絡み方が怠いのでこのまま話題を逸らして時間まで粘って逃げ切りを狙うのもありか。
「では恋愛巧者の名雪さんの体験談として、参考までに名雪さんと藤原さんの出会いから馴れ初めまでをお聞きしてみたいのですがいいですか?」
「えっ? 聞きたい? 聞きたいのー? 清花ちゃんってば、澄ました顔して興味ないように振る舞ってるけど内心は興味津々なんだね!」
予想以上に食い付いて来た。これは成功するかと考えていると、横にいる千郷は聞こえるように溜息を吐いた。
「名雪さん、いいように乗せられるのは悪い癖だっていつも言ってるでしょ。それ、もう散々聞かされて私は飽きてるし、その話をするなら今度は私が帰るよ。あと、この子はそんな話には興味ないから。明らかに話題を逸らそうとしてるから」
「えっ」
そうなの、という目で見られても困る。仲間が現れて余程嬉しかったのだろう、段々と悲しげな顔に変化する様は罪悪感を多少感じた。
知識として興味はあるものの、名雪さんと同じ理由ではないことは確かだ。だから真の意味での同志には僕はなり得ない。
「その、参考までにとは考えていますよ? 内容に興味があるとは限りませんが」
「何でよーっ! 千郷ちゃんも清花ちゃんも何でそんなに枯れてるのさ! うら若き乙女が恋愛に話を咲かせないでどうするの!」
「私を入れないでくれない?」
冬香もそんなことを言っていたなと少し前のことを思い出す。
「恋愛好きなのに他人の恋愛観に口出しするんですね。今は興味がないということがそんなに悪いこと何でしょうか?」
「うぐっ」
誰が誰を、いつ、どんな風に好きになるかだなんて、そんなことは人によって違うところもあるはずだ。
今は乗り気でなくとも将来的にはまた違う考え方をしているかもしれない。枯れてはおらず、まだ芽吹いていないとはなぜ考えないのか。
……いや、芽吹くのもそれはそれで困るのだけども。
「千郷さんだって迷惑そうにしているじゃないですか」
「ち、千郷は恋愛がしたくない訳じゃないよね? ねっ?」
「私は……」
千郷が一瞬言い淀む。
「とりあえず会わないことには何も始まらないから」
そして僕の方を見る。おそらくは、だから清光に会わせろということだろう。
彼女がしっかりと前を向いて歩き始めるには僕と腰を据えた対話をする必要がある。無論、それは男としての姿で。
頷いた僕を見て彼女はほっと息を吐いた。
「あ〜、千郷は昔から清光君一筋だからねぇ。いつも好き好きって言ってるし」
なんて、何気ない名雪さんの一言が炸裂した。
それを聞いて少しだけ自分の顔が強張ったような気がするけれど、気がつかれていないだろうか。
いや、いないみたいだ。弄る対象が僕よりも千郷に向いてしまっているみたいだから平気だった。
「な、なななっ! そんなこと言ってない! 捏造しないでよ! それに別に清光とはそういうんじゃ……っ!」
さらっと流すかと思いきや、今まで澄ました顔をしていた千郷が初めて動揺していた。
これには僕も意外感を覚えて注目せざるを得なかった。
「でもお見合いも婚約の申し出も全部それを理由に断ってるじゃない。それで何でもないっていうのは流石に無理があるとは思わない?」
「だから、そういうのとは違うって言ってるでしょ! ただ単に、自分だけが幸せになるなんて出来ないっていうか! これ前にも話したことあるでしょ!」
自分の知らないところではそうなっていたらしい。千郷がこんな場所に来るまでに力を身に付けていたことも驚きではあったけれど、言葉遣いはちょっと乱暴でも心優しい彼女に婚約者がいないのはそれが理由だったらしい。
逆の立場になってみれば、確かに負い目を感じて相手とも上手くいかない未来が想像出来る。責任感が強く、少し思い込みが激しいところがある彼女からすれば今の状況は至極当然のことなのだろう。婚約者を決められそうになって両親に食ってかかる千郷の姿が容易に想像出来る。
僕とは関係のない話だったならそのまま聞き続けていたけれど、流石に当人がいるのにその話を聞き続けることは出来ない。今度は僕から話を元の流れに戻すことにした。
「名雪さん、話がまた逸れていますよ」
「えっ? あっ、あぁ! ウン、モチロンワカッテルヨ?」
これは無意識だなと理解した。咲夜は道筋を立てて話すので目的がハッキリとしているのでサクサクと話が進むけれど、名雪さんの場合は道程で見えた気になるものに度々寄り道をしているような印象だ。理論派と感情派の二人の違いといったところだろうか。
咲夜との会話に慣れている自分からすると、少し話すと横に逸れていくのが気になってしょうがない気持ちはある。
どちらかと言えば名雪さんの方が女の子らしい会話内容なのだろうけれど、こればかりは性格と環境のせいだろう。
「名雪さんが最初に言っていたことは肉体的なことだったと思いますが、それが僕が女の子としての魅力だということでいいですか?」
「その結論に至るのはまだ早いよ! それはただの要素の一つであって、それが全てではないの。女の子の魅力っていうのはね、総合的なものなの! 外見も勿論だけど、内面だってとっても大事。優しいとか思いやりがあるだとか、そういうのが大事なの!」
「内面、ですか」
そこが一番引っ掛かりを覚えるというか、寧ろ外見のみを指して言ってくれた方がすんなりと受け入れられるのだけれども。
「あの景文がどこをどう気に入ったのかは私には分からないけど、アイツは外見だけで人を好きになるような性格じゃない。そこだけは胸を張って自信を持って言えるわ。これは幼い頃から一緒に過ごしてきた幼馴染としての意見ね」
「ん゛ー! ん゛ーっ!」
簀巻きのまま文奈さんも大きく頷いていた。すると千郷も語り始めた。
「私はそんなに長い付き合いじゃないからなんとも言えないけど、あの人が女に現を抜かしているっていうのは見たことも聞いたこともない。だからこそ、この集まりの中で見せた数々のきこ……不可思議な挙動には私たちだけじゃなくて男たちもかなり驚いてた。少なくとも、あんなにあからさまに惚れてるような様子を見たことは絶対にない。あれだけの力を身に付ける為の修行をしているあの人が感情を隠せてないってことは、今まででそういう経験をしてきたことがないってことなんじゃない? だから、これは彼の初恋なんじゃないかっていうのが私たちの意見」
二人の意見としてはそういうことらしい。千郷にしてはやけに饒舌なのは話を自分から逸らしたいからに違いなかった。
言いたいことは概ね理解はしたけれど、正直な話としては具体的な要素がないと実感し難いところではある。結局はどうして好意を持たれているかは謎のままだ。
「お二人は過去に景文さんの好みとかって聞いたことはあるんですか? ……あぁ、変な邪推は止めて下さいね。訂正するのにまた話が逸れるので」
おかしな笑みを浮かべかけた名雪さんに牽制を入れておく。彼女はやや残念がった様子で答えた。
「直接は聞けてないけど、男子の間ではそういう会話はあったみたい。そういうところの結束は硬いみたいで誰にも教えてもらえなかったけど」
それは……分かる。流石に女の子相手に好みの相手の話は出来ないだろうし。それは女性だってきっと同じはずだ。
「これはもう、直接聞いてみるしかないですかね」
「それは……ちょっと可哀想な気がするけど」
「一度直接聞いてしまったんですが、二度目は止めておいた方がいいですか?」
「あっ、もう聞いちゃった後なんだ。それでもなんだ。うん。……頑張れー、景文。相手は結構手強いぞー」
これは戦いでという意味ではなく、恋愛的な意味でいうことだろう。その意味するところは僕と恋人になるのは難しいといったところか。
僕が誰かと恋をするというのは自分でも想像が出来ないのは確かだ。好みの相手の特徴だって定まっている訳でもなく、初恋だってまだだから恋という感情がどんなものなのかも分からないまま転身によって性別が変わったせいでおそらく僕は女の子に対しても恋愛感情を持ちにくくなっている。
だからといって男性を恋愛対象として見ている訳でもない。
文奈さんの占いを信じるのであれば将来的にそうなっているのだろうけど、少なくとも今の自分にはその未来を想像出来ない。
その時ふと、どうして名雪さんがここまで積極的になっているのかが疑問に思えてきた。彼女は当初、僕のことを警戒しているような口振りだったというのに今では景文さんとの仲が進展することに賛成しているようにさえ感じる。
「そういえば、名雪さんは僕のことをあまり良く思っていない様子でしたのに、どうして今はこんなに積極的なんですか?」
「えっ? えっと、それはぁ……」
「幾ら積まれたんですか?」
「ち、違うから! お金なんて貰ってない! そういうのは私の主義に反するから!」
「でしたらどうしてですか?」
「いや、だって景文のあんな姿を見たら応援したくもなるでしょ」
僕のことを助けに来た時はまだ名雪さんたちは到着はしていなかった。
ということは僕の知っていないことで何かしら彼女たちが今の考えになったきっかけがあったはずということらしい。
「あんな姿とは一体何のことですか? 僕にも分かるように説明してください」
「それは……」
名雪さんは千郷と視線を交わす。千郷は少し悩んだようだけど、考え込んだ後に頷いた。
それを受けて決心の固まったらしい名雪さんはこちらを向く。
「本当は本人がいないところで言うつもりはなかったんだけど、本人は語るつもりはないだろうから私が代わりに言うね」
頷くと、彼女は一度大きく息を吸ってから語りだす。
「清花ちゃんが襲われている時に私たちが足止めをされていたっていう話はしたでしょ? あの時、私たちとは別に景文にだけ一体一の形で足止めがされてたんだ」
「それについては柴井老が言っていましたね。確か、特級が来ていたとか」
「そうなんだ。それでヤバいと思って私たちも目の前の相手を倒して加勢しに行こうと思ってたんだけど……」
そこで一度言葉を止めると、その場面を思い出したのか名雪さんは少し口角を上げた。
「景文の奴、清花ちゃんが襲われているって聞いた瞬間にその特級の人をぶちのめし始めちゃって。特級って言うくらいだからこの日本で一番強いとされている人たちだよ? それを一方的にボッコボコにしちゃったの。特級の人も意地で食い下がりはしてたんだけど、その時の景文の気迫ったらもうその人以上だったね。まさか私たちも景文がそんな力を持っているとは思っていなかったし、それをずっと隠していたって初めて知ったの。でも、今までずっと隠し続けていた力を見せたのが清花ちゃんの危機の時だっていうなら、これはもう応援するしかないじゃない?」
どうやら僕が前園老や柴井老たちと戦っていた裏ではそんなことが起こっていたらしい。
確かに、白面との戦いの中でも彼は力を隠したがっていたし、それが彼なりの考えあってのことなのだろうとは思っていた。
それを僕を助ける為に隠さなくなったのだとしたら、彼にとって僕の存在はそれ以上なのだと信じるしかない
「ここまでしたんだから結婚しろ、なんて景文は言わないだろうしさ。力を隠してたようにこれからも何があったかなんて言わないと思う。だから勝手なお世話だけど私が話しちゃった。清花ちゃんも、何も知らないままなのも嫌でしょ?」
「……そうですね。話してくれて良かったと思っています」
どうやら僕のところに駆けつけて来たのは特級術師との戦いの後らしい。まさかその相手に勝ってるとは思わず、無視して来たか代わりに名雪さんたちが戦っていたのかなと考えていたけれどどうも違ったみたいだ。
そうなるとやはりどうしてという疑問が再浮上するけれど。
「そう言ってくれて良かったよ。これで『勝手にやったことですよね』とか言われたら流石に景文が可哀想だったし」
「そんなこと言いませんよ?」
「でもお礼に付き合ってあげたりはしないでしょ?」
「それとこれとは話が別なので」
名雪さんはその言葉に肩を落とす。
その次の瞬間にはケロッとした顔でなんて事ないような顔をしていたけども。
「まっ、それはいいや。こんな事で無理強いしてたら私たちの方が景文に怒られちゃうからね」
「ちなみにこれは清花には秘密にしておくように言われてたのは秘密。私は話してないから」
「千郷ちゃん?」
どうやらそういうことらしいので話を聞いてしまったことは秘密にしておこう。
名雪さんが急に梯子を外してきた千郷に詰め寄っているけれど、千郷もこれは伝えるべきと思ったから止めなかったのだろう。
果たして僕はこの事実をどう受け止めればいいものか。
「清花ちゃん」
「はい? 何でしょうか」
「正直な話、景文が何を思って力を隠してきたのかは知らないし、何で清花ちゃんなのかも知らない。やっぱり清花ちゃんの言った通りに私からじゃ内面の話は出来ない。そこは景文に聞かないと分からないし、聞いたところで正直に答えてくれるかも分からない。でも、アイツは嘘が大嫌いで正義感でお人好しなんだ。だから……」
そこで一区切りさせて、名雪さんは僕の手を強く握る。
「ぶっちゃけ、今の景文に釣り合う女の子って本当に貴方以外にいないの! だって特級倒しちゃったし! 特級倒しちゃったし! だからお願い! アイツのこと、真剣に考えてあげて! でないとアイツ、相手がいなさ過ぎて生涯独身になっちゃうから! 流石にそれは可哀想だから!」
なんてことを文字通りぶっちゃけた。
僕と千郷の「えぇ……」という引き気味の声が重なったのは致し方のないことだった。