三話-9 話し合いの席に着く前に
「退避ッ!」
誰かの掛け声で一斉に僕から距離を取ろうと柴井老の転移術の術効果範囲内に集まるけれど、それを同じ術が扱える景文さんがそれを許すはずもない。
転移術は相殺されたように掻き消え、自力での脱出以外に逃れる術はなくなった。
だからだろう、事実上逃げることが不可能と悟った術士たちは逆に僕の無力化を図った。
僕の身を守る結界を突破しさえすれば満身創痍の僕なんて取るに足らないと考えて。
術師たちの全員が一瞬にしてその判断に至ったのは流石だと言わざるを得ない。欲を言えば発動前に止めるべきだけど、それは直前の戦いの結果からして望むことは難しい。
ご老公たちの行動は正しくはあるけれど間違いでもある。
あえて指摘するのなら、僕の結界がどういうものなのかをまず見極める必要があったということ。
推測も確認も何もしないままに力を振るおうとした末路がこれなのだから。
「これは……」
唯一、結界内で何ともない様子を見せている景文さんが言葉を漏らす。
多種多様かつ強力な術、式神を操る彼でもこの術のことは知らないようだった。
これから戦おうとしていたご老公たちは例外なく地に伏している。立ち上がることはおろか、拳を握ることすらできていない。
そういう結界なのだから当然だ。
この結果を見た時間回帰とやらを使う術師が何かをしたのだろう、ご老公たちの姿が一瞬消えるものの現れてはすぐに崩れ落ちた。
「これは涅槃浄界と言って、戦う意思や対抗心などといった感情を凪いだ状態にする結界です。戦うという意思そのものが結界内では起きません。敵を無力化することに特化した結界といったところでしょうか。妖怪は問答無用で消し去るんですけどね」
結界内は僕の浄化の力で絶えず満たされているため、妖怪にとっては最高に居心地の悪い空間となっている。
発動しさえすれば無敵。それがこの結界だった。
「俺は何ともないようだけど?」
「敵と言ったでしょう? 対象を選別するくらいのことは出来ますから」
味方や自分まで巻き込んでいては結界としては三流以外の何者でもない。ある程度の効果の調節は出来る。
「ただの浄界でもそれなりに相手の力を封じることは出来るんですが、完全にという訳ではないですし。なので防御手段として使っていたんですけどね。こっちの方が防御性能は高いのですが、残念ながら術の完成までに掛かる時間を考えると実用的ではなくて」
「いや、十分実用的だと思うけど?」
張れさえすれば、というたらればの話は戦いの中ではあまり相応しくない。現にそんな時間があるのなら最初から僕をこれを行使していたし、相手もそれを止める為に全力で来ていただろうからやはりこれを使える前提にするのは現実的ではない。
今みたいに守ってくれる人がいるのなら話は別だけども。
「時間が掛かり過ぎて駄目ですよ。敵が待ってくれるような相手ばかりではないのは当然のことですし」
「それなら……」
景文さんが何か言おうとしたところで、遠くから何やら声が聞こえてきた。
そちらに目をやると体のあちこちが汚れた状態の名雪さんたちがやって来るのが見えた。
「はぁ……もう少し後で来いよ」
などという景文さんの呟きは聞いていないことにして。
「何この結界!? うわっ! 触ると足腰の力が抜けていくんだけど!」
辿り着いた名雪さんが結界の外周部、結界の内と外とを隔てている部分に触れて叫んでいた。
今のところは景文さん以外を敵として捉えた状態でいるせいで、文奈さんやご老公たちと無関係かどうか分からない名雪さんたちも弾かれる対象になっている。とはいえ、わざわざ内部に招き入れるというのは結界の効果外に適応するという意味であり、僕を無防備な状態に晒すことと同義。
「どうしましょうか?」
遅れてやって来たのは何か理由あってのことなのか、ご老公たちがやられたから追撃要員としてここへやって来たのか、その判断を僕が下すには少し難しい状況だった。少なくとも今のところ敵意らしいものは感じないけど油断は出来ない。
意見を求めた景文さんは少し考えた素振りの後に頷いた。
「いいんじゃないか? 女子だけ入れてあげてくれ」
「女性だけ、ですか?」
「あー……いや、服が……さ」
「服……あぁ、なるほど」
景文さんは気まずそうに僕を指差し、そして目線を自らの手で隠した。そういうところは相変わらずらしい。
指を刺された僕の状態と言えば、確かに人前に晒すには色々と危ない格好になっていた。
一歩間違えれば露出狂の誹りを免れない程にあられもない姿になってしまっているので、男性陣にはとてもではないが見せられない。女性だけを呼ぶというのは安全面を鑑みても問題ないように思えた。
千郷に関しては人柄に関しては僕が保証出来るし、名雪さんはそこまで戦いに自信があるようには感じない。
何かをするにしても、景文さんなら後手でも対応が可能な範囲だろうと判断した。
「名雪と千郷はこっちに来てくれ! 他の男共はそこで待機だ!」
振り向いて声の出しにくい僕の代わりに声を張り上げた彼の言葉を聞いた二人は顔を見合わせてから結界に触れ、そしてそのまま進んできた。
「うわ、何か入れた! いきなりで何が何だか分からないよー!」
「許可がないと結界の効果を受けるみたい。……で、許可がない人はああなるってことじゃない?」
「え゛ぇ゛っ⁉︎ あ、あそこにいるのはもしかして前園の御爺様に柴井御爺様!? それに御影様と練馬様まで!」
うつ伏せに倒れているのによく分かるものだと感心した。それだけこの退魔師の世界に長いこといるのが名雪さんなのだろう。だからこそまとめ役という立場にいられるのかもしれない。
その彼女は事の重大さにようやく理解が及んだのか、まじまじとご老公たちを見た後に引き攣った顔で僕たちの方を向いた。
「こ、これ……どういうことか説明はしてくれるの、よね?」
まるで僕たちが悪いことをしたかのような語り口だけど、生憎とそれは違う。
手招きで二人を呼び寄せると、怪訝そうな顔でやって来た二人にだけ見えるように羽織ったものを開いた。
「な……」
「うっわ」
同じ──と言っていいか分からないけど──女の子としてあられもない姿になっている様を見て絶句する二人。
流石にこの状況で景文さんが元凶だと思うほどひねくれた考えは持ち合わせてはいないようだ。
僕の惨状とご老公たちとを見比べて、何があったのかは大体推察出来たらしい。
元々あの老人たちはいないはずの人間だ。だから僕から襲ったとは考え辛く、その逆は大いに有り得る話だからだろう。
「これはあの人たちにやられたってことでいいの?」
「正確には柴井という人と前園という人にですが。あとの二人は追加で来ただけのただの共犯者です。あぁ、でも少し手を出してきていましたね」
体が不自然に硬直したのは二人の内どちらかによるものだろう。
僕達からは視線を外して景文さんが名雪さんと千郷に言葉を投げかける。
「ちなみに背中もかなり酷い状況だ。清花さんに自分を回復する力がなければ重傷どころじゃなかっただろうな」
それは彼らの言っていた通り時間回帰で何とかするつもりだっただろうけど、あえて言わないのは印象操作としてある意味的確ではあった。
実際に僕に対して使われた訳でもないし、本当に使用するつもりだったのかは不明なので僕も黙っておくけれども。
言葉を聞いて二人が上着で隠れた背中部分を見る。
「清花ちゃんことを欲しがってるのは知ってたけど……ここまでするの? 血だってこんな流して……っ! あまりにも酷すぎるでしょ……っ」
傷は既に塞がって血は止まっているものの、もしも僕に治癒の力がなければ一生ものの傷になっていた可能性だってある。
それが我が身に起きたらと考えているのかもしれない。名雪さんの顔からは血の気が失せてしまっていた。
「それで? その実行犯は今はどういう状況なの?」
千郷も眉を顰めて不快感を露わにしながらも冷静に事態を見極めようとしていた。
「僕の結界によって立ち上がることは出来ず、話すこともままならない状態にあると思います。このままでも死にはしないので、どうするかはこれから決めるところですが」
「なるほど。その怪我が嘘だというのはあまりにも状況が整い過ぎているし、清花ちゃんが被害者だというのは間違いなく事実なんだと思う」
視線をご老公たちへ向けて。それから老人たちに声が聞こえないように集まって小さく会話する。
「その上で、これはとても面倒な案件よ。公にするとしても権力によって揉み消されたり、場合によっては被害者である貴方達が悪いことにされるかもしれない。慎重に事を見極めないと取り返しのつかないことになるわよ」
名雪さんの言う事は的確でその通りだ。相手は世間的には特級退魔師で地位と権力を兼ね備えている。当然、多方面に顔が効くだろし、情報を自分の都合のいいように操作することだって有り得るだろう。
「あの人たちはすると思う。退魔師として未来を見据えているところは尊敬してるけど、その為なら何でもしていいって考えの人たちだから」
千郷からも名雪さんの考えを肯定する言葉が出る。
この内容から連想するのはご老公たちというよりは……。
「文奈さんもそんな風な感じでしたしね」
「……あの子も関係してるの?」
「えぇ、まぁ、最初に襲って来たのがあの人なので」
特に嘘をつく理由も庇ってあげる理由もないので真実のみを述べておく。
僕の告発を聞いた名雪さんは静かな怒りに闘志を漲らせていた。
「本当ならこうならないように忠告してあげる占い師が積極的に加担するなんて……っ」
額に手を当て、聞こえるくらいに歯軋りをする名雪さんは少し怖いけれど。
「あの子のことは私に任せておいて。とは言っても、私じゃそっちには手を出せないから、これくらいのことしか出来ないけど」
「それで十分だ。俺たちのこと俺たちが何とかする。お前達は自分に危害が及ばないように注意しておけ」
「それじゃ気が済まないよ。私たちを足止めまでして、こんなことならもっと早く来れれば……」
悔しそうに下唇を噛む名雪さん。
「足止めですか?」
初めて聞いたことに問いかけると、ハッとしたようにこちらを見る。
名雪さんや千郷が来れなかったのは言葉の通りなら別の人によって足止めをされていたからと言うことになる。
そういえば景文さんが来た時に特級がどうのと言っていたような気もするし、もしも老人たちの企みに加担する立場ならこの結界によって無力化出来ているはずだからおそらくは事実なのだろう。
よく見れば少し衣服に汚れどころか破れもある二人は自分よりも僕のことを真摯に心配して目を向けてくれていた。
「っていうか、怪我は大丈夫? 肌に痕とか残ってない? ちょっと水の幕とか張れる?」
「えっ? あぁ、はい……出来ますが」
「景文はちょっとあっち向いてあの人たち警戒しておいて!」
「言われなくても覗いたりはしないって」
言われた通りに水の幕を張って周りからは見られないようにする。
景文さんも女同士だからと特に心配する素振りなく後ろを向いた。
「清花ちゃん、しっかり怪我がないか確認したいからちょっと脱いでもらえる?」
「分かりました。お願いします」
羽織っているものを脱ぐと、二人からは息を呑むような音が聞こえてくる。
軽く捲った程度では見れない衣服の有様は他人の目線ではかなり酷いもののようだ。
「これって前園の御爺様の銃撃痕だよね?」
「柴井のエロ爺の切り傷の方が多いけど、特に目だった外傷はないみたい」
背中の方の傷は自分では視認出来ないので分からなかったけども、傷は完全に治癒出来ているようで何よりだ。
二人もほっとしたように胸を撫でおろす。
「世間的な人気で言えばあんな爺さんたちより清姫の方だからね。もし清姫に傷を付けただなんて噂が出回ったら社会的に死ぬところだったよ。怪我が残っていたらその手段を利用することも出来たけど」
千郷の言うことも一理はあるけど。
「怪我は無くなってますし、証拠はこの服くらいですね」
「少しくらい証拠を残しておく?」
「あまりこういう写真に撮られるのはちょっと……」
流石にこの姿を証拠として扱われることには抵抗があった。それは名雪さんたちも同じようで。
「だよね。……ハァ、全くあのエロ爺共は。私たちだけじゃ飽き足らずこんな外部の子にまでエロい目線向けてくれちゃってさ」
「私たちに飽き足らず、というのは……」
戦闘中に柴井老から受けた性的な目線の数々は知っているけれど、まさか二人にまでそんなことをしているとは。
名雪さんは切られて原型のなくなった運動服の跡をなぞる。
「例えばこことか、別に人体にとっての急所とかじゃないでしょ? つまり斬る必要のないところを意図的に斬ってるって訳ね」
「うわぁ……私、もうあの人の顔見れないかも」
千郷が心底気持ち悪いものを見たように不快感塗れの言葉を漏らす。
「本当にね。ただでさえ私たちのことを見てくるのに露骨な視線向けてくるっていうのに、機会があればこういうことまでするんだって感じ」
名雪さんはげんなりとしているし、千郷に至っては心底気持ち悪いという感情を隠せていない。
柴井老が本当にそんな意図で斬りつけてきたのかは分からないけれど、女の子目線で見るとそういう風に見える部分があるのは事実なのだろうと思う。意図しない肌の露出に対して忌避感がそこまでないからあまり気にはしていなかった。
ともあれ、傷のことで愚痴り合いをしていても話が前には進まないので、ここは当事者として声を出すことにした。
「あの、千郷さんにお願いしたいのですが、今の状況を簡潔に男性陣に教えてあげてもらっていいですか? この状況をどうにかする為の何か良い案が出てくるかもしれませんので」
「分かった。それじゃあ名雪さんは体を拭く為の清潔な布と体を隠す毛布か何かを持ってきてあげて。これじゃ碌に碌に動きまわれないでしょ」
「了解! 適当なのを見繕ってくるね!」
水の幕を解除し、二人がそれぞれの役割を全うするべき行動する。
景文さんはもういいのかとこちらに問うてきたので、再び上着を羽織り直した僕は大丈夫と答える。
「いくら視線は遮っても完全に声までは遮れないってのにな、あの二人は。まぁ、流石にあっちに聞こえてはいないだろうけど」
「それで、どうします? このままずっとという訳にもいかないですし」
二人がいなくなったことで現実的にどうするかの相談をすることにした。
千郷も名雪さんもご老公たちをどうこうする話にはあまり関係がないし、変に関わらせていらぬ面倒が彼女たちに増えないように。
出来れば二人が帰って来るまでに方針を決めてしまいたいけれど、そう簡単な話でもないのは僕でも分かる。景文さんは面倒そうな顔をして頭を掻いた。
「敗者は勝者の言う事を聞く……って、そんな聞き分けが良い相手でもないからな」
「一応やるだけやってはみます?」
「あんまり信用は出来ないけど、他の手段が最善とも思えないからな。ほんの僅かな善意が残っていることに賭けるのもありか。……いや、ないな。俺が信用出来ない」
「景文さんは何か良い方法はありますか?」
「まず思い浮かぶのは口封じとして記憶の封印または消去するかだな。どちらにしても遺恨が残る可能性が高いし、かといって処分するには相手は大物過ぎる。目撃者も多くいるから全ての隠蔽は難しいだろうな。いっそ、妖怪に食わせて知らぬ存ぜぬを突き通すのも思いついたけど」
とんでもない方法を思いつくなと呆れ混じりの感心をしている中、老人たちの体がびくっと跳ねていることに気付いた。
彼もそのことに気付いていた様子で。
「へぇ」
悪い顔をし始めた彼はご老公たちの下へと歩み寄って行き、見下ろしながら語りかける。
「なぁ、爺さん方。俺からの要求は一つだけだ。死にたくなければこっちの言う事を聞け。聞ける奴は何かしらの動きを見せろ、それくらいのことは出来るだろ」
実際に殺す訳ではないだろうけれど、その気迫は真に迫るものがあり、言う事を聞かなければという想像を相手に抱かせるには十分な気迫だった。あのお爺さんたちがその程度で腰を抜かす訳がないとは思うけれど、もしかするとするかもしれないと少しでも思わせることが重要だ。
どうせ出来ないと高を括っている相手には交渉なんて出来ないのだから。
動くか少し声を出せる程度だけ効果を弱める。
「ま、まずは座らせろ……」
比較的動けるらしい前園老が息も絶え絶えといったように呼び掛ける。けれど、それに返す景文さんの言葉は冷たいものだった。
「いいや、駄目だ。俺がお前達を信用していない。会話はこのまま続ける」
取り付く島もない様子の彼にご老公たちは押し黙ってしまう。
このままでは逆に何も話さなくなってしまうのではないかと危惧していたところ、景文さんはこちらを向いた意味ありげに頷いた。
ここで僕に何か役割を任せたいということなのだろう。ここまで苛烈に怒りを表しているところに僕まで怒り狂っていては収拾がつかなくなる恐れがあるので、僕に飴と鞭の役割で飴の方をやらせようというのかもしれない。
「景文さん、相手はご高齢ですし座らせるぐらいのことはさせてあげましょう。どうせこの結界の中では僕たちの勝ちは揺らぎませんから」
「……清花さんがそう言うのなら」
渋々といった様子で言葉を発した彼だけれど、ご老公たちに隠れてそれで大丈夫という手信号を貰ったので間違いではなかったようだ。
なので、少しご老公たちに掛かる力の負荷を和らげた。立ち上がって立てる程度に、でも戦うことは出来ないくらいに。
立ち続けるのも可哀想だという僕の言葉を受けてから景文さんが土で不格好な椅子を作り出した。
もう少し造形に拘るくらいは出来るはずなのにあえて安物っぽく作ったのは流石にわざとか。
四人の対面に作られた僕たち用の椅子は超豪華仕様になっているし、意図的で間違いなかった。
「話し合いの前に、とりあえず清花さんの着替えだけ済ませよう。流石にそのままでずっとはいられないだろうし」
「いえ、その前に話し合いをさせて下さい」
流石にこんな公衆の面前で着替えたくはないし、着替える為にわざわざ建物に行くのも面倒で時間の無駄だ。
出来ることならこちらを早く終わらせてしまいたい。何より、自分がどこまで意識を保っていられるか分からなくなってきたから。
血を流しすぎた。頭は痛いし、体中に斬られた時の痛みや撃たれた時の痛みが残っていて、それが再熱したかのように全身が熱い。
それでもここで気を失えば結界が解かれてしまうかもしれないし、そうなった場合に果たしてご老公たちがどう出るか分からない。
ここは意地を通してでも眠らずに最後までいるべきだ。
「いや、でも……」
「そう言うと思って急いで体を隠せる大きさの物を持ってきたよ」
この問答すら無駄だと切り捨てようとしたところ、建物の方に行った名雪さんが戻って来ていたようだ。
「名雪さん。ありがとうございます」
随分と早い帰りに驚いたけれど、それだけ必死になって走ってくれたと言うことだろう。名雪さんは肩で息をしながら笑いかけてくれた。
「大丈夫そう? 辛いなら支えるけど……」
「いえ、平気です。それよりも話し合いの場にいると巻き込まれかねないので少し離れていて下さい」
「……分かった。何かあった時はこっちに合図を送ってね。私は清花ちゃんの味方だから」
「ありがとうございます。そうさせてもらいます」
名雪さんがくれた毛布のお陰で全身を隠すことは出来た。てるてる坊主みたいになっている恥ずかしさはあるも、そんなことを言っていられる状況でもないので進行を進めることにする。
「それで、貴方達の処遇についてですが」
言いながら、先ほどの決意を胸に浄化の力をご老公たちに浴びせかける。
「ぐっ⁉︎」
「な、んだ……これ……は」
まずは前園老と柴井老から。一切の手加減抜きの浄化の力が妖怪と同様の出力でもって彼らを襲い始める。
「手加減をしていたつもりはなかったのですが、結果的にそうなっていたことをお詫びします。もしかしたら殺してしまうかもしれないと、殺人を犯すことに忌避感があって人に対しては全力で力を振るえていませんでした」
今が全力だとすると、先ほどまで戦っていた時の力は四割か、多くて六割といったところ。
それは僕ではなく今まさに浄化の力を体感しているだろう二人の方が実感していることだろう。
「でも今は違います。貴方達を真に敵と見做し、全力で力を振るうことに躊躇いはありません」
僕自身が浄化の力によって何らかの被害を受けることはない。だから彼らが今どんな思いをしているのかは分からないけれど、その苦しみは感情を通して手に取るように分かる。
魂を焼かれるというのはどうやら僕の想像する以上の痛みを伴うようだ。
二人が痛みに耐えかねて胸元を抑え出した辺りで出力を弱めていく。
「どうでしょうか。交渉が決裂した場合、今の痛みが一生続くと思って頂ければと思います」
浄化の力が体内に残留し、僕が離れた後でも効果を発揮し続けるのかは不明ではある。けど、やってみて出来ないことはないはずだ。
二人もその可能性を切って捨てられないから一様に顔を青くして僕の言葉を聞き入れていた。
「まぁ、清花さんが手を下す前に俺が片付けるけどね」
僕と景文さんと挟むように狼が構えて高らかに吠え、背後には剣鬼が何があっても動けるように控えている。更に頭上には二体の龍が口元から雷気を発しながら眼下の人間たちを睥睨していた。