三話-8 景文の本気
景文さんの術は確かに命中していた。あの雷撃はいかに一級の二人と言えども無傷ではいられないはずだ。
肉体的な損傷の回復ならまだ分かる。けれど、衣服までとなるとただの回復では説明が出来ない。
「時間回帰か……。どこかに仲間がいるな?」
「時間回帰? 巻き戻しのようなものですか?」
聞けば景文さんが頷いて肯定してくる。
時間に関する術はかなり希少かつ熟達するにはそれなりの才能と時間を要すると聞いたことがある。
更には浄化の力よりも大量の霊力を必要とする為にそもそもの使い手が絶滅危惧種ほどに少ないとも。
僕が意識を刈り取ったはずの柴井老が何事もなく復活してきたのはそれが理由かと納得する。
そして向こうは術を当てられても全く動じずに大仰に頷いてみせた。
「おうよ。万が一の為の保険って奴だな。本当はお嬢ちゃんの為に用意してたものなんだが……まぁ、こうなったら俺らでいいだろうよ」
時間回帰とやらで復活した柴井老の霊力量は僕と戦い始めた時にまで遡っていた。体力だって身を削って霊力を増進させる前に戻っている。
あれだけ時間を掛けて減らし続けたものも、今や体力も霊力も全回復。対する僕は満身創痍に疲労困憊。
前園老と柴井老だけでも過剰気味だというのに、まだこれ程の術を用意していたのは用意周到氏は。
更には不可解な身体硬直を仕掛けていた第三者もいるようだし、どれだけ僕如きに力を入れているのか。
景文さんに伝えておこうかと思ったところ、彼は一歩前に出て怖いくらいの武威を発露させた。
二対の龍と狼が呼応するように威嚇する。式神は未だに無傷で健在だ。二人が動こうとすればたちまちその牙を突き立てるだろう。
「だけどまぁ、出来て数回ってところだろ? 全快したところで何かが変わる訳でもない」
「本当にそうかね?」
前園老の言葉に疑問を持つも、それはすぐに解消された。
柴井老の発動した転移術によって現れる人影が二つ。そのどちらもがご老公二人と比べても何ら遜色がないほどの実力を持っていることはすぐに察せられた。纏う雰囲気も内包する霊力も常人のそれではない。
「お前達が苦戦とは珍しい。てっきり出番はないものだと思っていたが」
「たった一人連れて来るのに時間を掛け過ぎでは? これなら最初から私が出ていれば良かったです」
男女一組は肩を竦めて自分の意見を述べていた。
それを皮きりに四人は口汚く罵り合ってしまった。柴井老と前園老は別として、他の二人はあまり仲が良くはないようだ。
或いは口喧嘩をするほどの仲だと言い換えられるか。
もしも仲が悪く連携が上手くとれないとしても、彼ら個々人での実力を考えれば然程問題はない。
ここはこちらも手を打つ必要がありそうだ。
「景文さん……景文さん」
「清花さん、もう動いて大丈夫なのか?」
向こうに気付かれないように小声で話しかけると、時間が経って少し冷静になったのか、僕の声がきちんと耳に届くようになっているようだ。
「怪我は殆ど治癒しましたから。それよりも……あれ、何とかなりますか?」
人相から名前まで特定するのは難しいけれど、柴井老たちと対等に話せている時点で同等かそれ以上の実力を持っている可能性は推して知るべきだろう。油断はそのまま敗北に繋がりかねない。最大級の警戒をしてなお足りないくらいだ。
しかし、彼はそれでも不敵に笑った。
「なるさ」
自らの勝利を微塵の疑いもせず、そう断言をした。
消耗をしていたとはいえ、柴井老と前園老の二人を何もさせずに倒してみせて実力を考えれば驕るのも無理はない。
そこに二人が追加されたとはいえ、そこまで問題ではないのかもしれない。
彼に任せきりでも勝てる可能性はある。それは理解している。
「では、時間稼ぎをお願い出来ますか?」
「それはいいけど……何をする気?」
だからって自分が何もしなくていい訳じゃない。狙われている自分のことなのだから自分で何とかしたい。
それに、いいようにやられてばかりなのは我慢ならない。
向こうが数で戦局を操ろうというのなら、こちらは一人で変えて見せる。
いや、その為には守って貰わないといけないから二人でか。
「結界を張ります。これよりも更に強力なものを」
「これよりも? 防御用としてはこれ以上ないくらいだと思うけど……」
「防御用ではなく、相手を無力化させる為のものです。逃がさず、確実に勝つ為の結界です」
あれは張る為に時間が掛かり過ぎる。だから実戦では到底使い物にならず、こうして守られでもしないと行使するのは現実的ではなかった。
特にあの蜘蛛切という刀がある状況では浄界が幾つあっても心許ない。
確実な安全なんて保証はどこにもないけれど、彼ならば信頼して任せることくらいは出来る。
彼からすれば確実性などない僕の言葉だ。それでも彼は疑うことなく頷いた。
「じゃあそれで行こうか。もし駄目でも俺が何とかするから気負うことなく安心してやってくれればいいよ」
「別に、僕が術を発動させるまでに倒しきってしまってもいいんですよ?」
「そこまでやられたんだ。どうせなら最後は自分の手で終わらせた方が悔いがなくていいじゃないか」
おどけたような仕草で緊張を緩和させようと、あくまでこちらのことを思って行動してくれている彼にふと笑みが零れる。
「ではそういうことで。思いきり頼りにさせて貰いますよ」
「清花さんはそうやって笑っている時が一番良いよ。ここに来てから一度もそういう風に笑っていなかったから実は心配してたんだ」
そう言って景文さんが僕の頭を撫でてくる。
結界は味方と認識している相手とその行為に対しては特に反応しないから物理的に僕に触れることは可能だけど。
「あぁ、ごめん。つい……その、妹とかによくしてたから」
「そ、そうですか。それ自体は別にいいんですが、こんな時にするのはどうかとは思いますよ」
向こうの人たちも呆れているだろうと見てみると、こちら側を見て何故か訳あり顔をしている。
それぞれ込められた感情や理由は違うだろうけれど、四人とも僕たちを見て何かを思っていることは確実だった。
そこに特段悪感情はなく、単純にこちらを観察していて。
だからこそ違和感を感じる。しかし、それを問うても答えることはないだろう。もう既にその段階は越えていた。
「悪い悪い。まぁ、こういうことをするくらいは余裕だってところを見せるから」
後ろを向いている彼はそのことに気付かず、ゆっくりと振り返る。その時にはご老公たちの雰囲気は元の戦闘態勢へと移っていた。
先程の様子が錯覚ではないかと思う程の変貌ぶりだ。
それを指摘する暇はもうない。緊張感が走る中、神水を作りながら結界を幾重にも張り巡らせていく。
蜘蛛切でなければ攻撃を通さないのだから張っておいて損はない。
「三分で終わらせます。柴井老の持つ刀は近づけさせないで下さい。あれは神刀だそうです」
「了解。先に言っておく、その前に終わったらごめんね」
あの老人の気迫を受けても涼しい顔で冗談を言える彼は本当に頼もしい限りだ。味方になれという条件を出した咲夜はやはり先見の明がある。
敵は四人とここにはいないもう一人で、僕は今はまともな戦闘は望めない状況。一対五という先程の僕よりも酷い状況にあるというのに、一切の不安を感じさせないのはその余裕の表情のお陰か。
例えそれが虚勢だったとしても、今の僕には有難い限りで。
だからこそ、応えなければという思いが強く芽生え始める。
「始めます」
作り出した神水を更に濃度を高めていく。浄化の力の純度を更に、どもまでも更に強めていく。
向こうが警戒心を強くしながらも僕を観察しているのを感じながら、限界まで高められた言わば超神水とも言うべき浄化の力の塊を手の平で受け止め、それを飲み干す。
景文さんを含めた全員が驚愕の表情でこちらを見ていた。
全身に浄化の力が染み渡り、僕自身が術を発動する為の媒体となる。
聞こえてくるのは声なき声。神の声とでも呼ぶべきそれは神託を残していく。
『原罪を浄化せよ』
「"神意拝領"。浄滅します」
発動をし始めた術の効果で僕の体内に宿る浄化の力が辺り一帯に対して影響を及ぼし始める。
あらゆる邪気を許さず払い清め、邪悪なるもの一才を浄化させていく。
「高天原坐し坐して、天と地御働きを現し給う竜王は────」
僕の詠唱を聞いたご老公たちは額に汗を滲ませ叫ぶ。
「神域接続者だと!? そんな話は聞いていないぞ!」
「あれはマズいねぇ!」
「御託はいい、アレは止めるぞ。出来なければ負けだと思え」
「おい、来るぞ!」
涅槃浄界を展開する為の大祓詞を紡ぎ出す僕に対して四人の反応は実に早かった。
僕を止める為にほぼ同時に駆け出したご老公たちは、しかしそれが叶うことが難しいことを悟ることになる。
「俺の前で彼女に手出し出来ると思うなよ」
開戦の合図は二匹の龍による雷撃。一歩を踏み出したご老公たちの二歩目が終わる前にそれは容易に目標へ到達していた。
直撃と同時に地面を抉り飛ばし、土煙を辺り一面に立ち昇らせる。轟音がその破壊力を物語っており、まともに食らえば先程同様に一撃で戦闘不能になる恐ろしい技だ。絶対に食らえない技なのにそれが連発可能なのがその脅威を際立たせていた。
それを散開して回避する四人に、それぞれの狼と龍が襲い掛かる。
巨体に似合わず高速で動くそれらは容易にご老公たちを捉え、体当たりをして弾き飛ばしていった。
中でも身体能力の高い柴井老は体当たりによる攻撃を凌ぎ切りその場に残ったものの、他三名は近くには既にいない。
「いやぁ、流石は土御門の神童……術の完成度が段違いだねぇ」
「そういうアンタらは相変わらず雑だな。古臭い技術のまま進歩がない」
「言うねぇ。そういう君はその古い技術とやらに勝っているつもりかい?」
「もう勝ってるさ」
「その言葉は勝ってからにして欲しいものだね!」
式神が一匹しかいない状況ならと柴井老は駆けるものの、振るった刀を狼の爪一つで受け止められる様を見て苦々しい顔をする。
「こんな術は聞いたことがないんだけど、今まで手を抜いていたのかい?」
狼がいるせいで景文さんには近づけず、大狼は巨体にも関わらず素早く、刀を振る時には既に間合いの外にいるせいで攻めあぐねていた。
それらの間隙を見逃す訳もなく、術による追撃が絶え間なく放たれる。
四方八方から放たれる高威力の氷の飛礫や超高温の炎が飛来し、柴井老を追い込んで行く。
「手を抜いていた訳じゃない。全力でやる必要がなかっただけだ」
「くっ! つまりそれだけの価値がお嬢ちゃんにあると!」
「価値とかそんな考えばかりだから、俺はあんた達が好きじゃないんだ」
景文さんの姿が一瞬にしてなくなり、次の瞬間には柴井老の間近までやって来ていた。
瞬間、間合いに入ったと同時に柴井老の渾身の一振りが放たれる。
最速にして最高の斬撃を見舞ったそれは意味を為さず。
「だから古いって言っただろ」
いつの間にか柴井老の握っていた蜘蛛切を握っていた景文さんは刀を上段に構えていた。
「やるねぇ」
然しもの柴井老でも振り抜いた体勢から徒手空拳を繰り出すのは間に合わない。
何より、そんな暇を与えるほど今の彼は容赦はなかった。
「あの子と同じ痛みを味わえ」
遠方で振り下ろしと同時に背中に被弾した炎の術によって柴井老は倒れ伏した。
袈裟懸けに斬られた位置も僕と大体同じ箇所であり、全く同じ損傷を与えるというのは彼の怒り具合を如実に表していると言える。
その怒りが非道に対するものなのか、それとも違う意味でのものなのかは分からない。
ただ、その感情の発端が自分にあるということだけは確かではあった。
「まずは一人」
倒した直後に狼が柴井老を咥えて走り去っていく。戦闘不能状態から復活させられる術士が近くにいる状態であの老人をこの場に残しておくと面倒になるという判断だろう。
転移術という手段で戻ってくる可能性はあるけれど、果たして既に遥か先まで行ってしまっている柴井老に復活の術を掛けられるのかは難しいところのはずだ。これで一人は退場したと言っていい。
(それにしても、援護する間がない……)
僕自身、相手を弱らせた上での戦いを主としているので相手の全力に付き合うということ自体がそもそもあまりない。
自分の土俵で戦えるのならその方がいいし、これ以外で戦えはしないので変える必要もないけれど。
それでも今の二人の戦いを見ていて思うところがないわけでもない。
「来い、剣鬼」
新たに放たれた式神からは巨躯の鬼が現出した。鬼ではあるけれども、妖力ではなく霊力を原動力として動くから僕の影響を受けない。
大きさは大狼よりも大きく、それはさながら巨人が動き出しているかのようだ。
人間で言うところで片手剣の大きさのそれが巨大鬼の大きさに調整されて手にされていて、更には鎧を着込んで防御も意識しているのは術者の意向によるものか。まさに堅牢、それでいてその巨躯に似合わない素早さは果たしてどんな敵を想定しているのか。
まだあんなものを隠し持っていたことに驚きだけど、その驚きは老人たちの方が大きいみたいだった。
「行け」
命令を聞いて瞬時に地面を駆けた鬼は、狼に及ばずとも巨人としては有り得ないような速度で敵に肉薄していく。
「おいおい」
走る慣性をそのままに叩きつけられた剣は鈍器のそれと変わらない。人間の倍ほどの大きさのそれは相当の質量を持って地面を破砕する。
まるで隕石が落ちたかのように地面の大きな陥没を生み出しながら。
しかし鬼の攻撃は終わらない。敵が攻撃を避けたと知るや二撃目の体勢に入る。
式神とは思えない技巧さ、式神とは思えない質量攻撃に新たに駆けつけたはずの一級術士は舌打ちを漏らす。
「二対一は卑怯じゃないかね!」
「寝言は寝て言ってろ」
一級術士にとっての敵は式神の剣鬼だけではない。速さだけならそれ以上の狼が隙間を縫うように接近し爪を振るってくる。
恐らくは一級術士の扱う術は念力。所謂超能力に分類される力を振るっていた。
周囲にあるものを術者の意のままに操るという力は一級ほどの実力ともなると途轍もない力を秘めている。
遠隔から手を触れずに相手の動きを止めることはおろか、場合によってはそのまま絞め殺すことだって可能なほど極めて汎用性が高く、それでいて扱いが難しい力だったはずだ。
その力でもって瓦礫や巨岩を軽々と投げ飛ばしてはいる。人に当たれば即死は免れないけれど、それは剣鬼の鎧を貫くほどではない。
「出力が低い。精神集中が足りないな」
念力は狼と鬼の動きを封じるには至らず、景文さんへの攻撃は届かず鎧に阻まれて意味を為していない。
超能力における念力は基本的に一対一、或いは自分側の味方の数が多い場合なら絶大な効力を発揮するというけれど、強力な二対の式神に対しては力が分散してしまって思うように力を行使出来ないのだろう。それを景文さんは鍛錬が足りないと斬って捨てていた。
そうして単純に力不足で二人目は撃沈していく。鬼の剣は念力で威力を殺されながらも人ひとりぶっ飛ばすには十分な破壊力を持っていた。
「二人目」
景文さんの側には霊力の損耗以外の損害はなく、相手は二人退場。復活は今の所ない。
一級と言えば人類の中でも最高峰の退魔師の呼び名だ。一人ひとりが大妖怪と戦えるだけの実力を持っている……はずだ。
少なくとも、柴井老の技は達人の域にあったように思えるし、二級であれば鬼が相手でも余裕で勝つことは可能だろう。
前園老だってほぼ不可避の弾丸とそれに付与される様々な効果は呪いと言っていい代物のはずで。名前は知らないけれど念力の人も相当実力は高いように見受けられた。
にも関わらずのこれだ。実際に戦いを見ている者の意見としては景文さんの実力が高いという結論に至る他ない。
「まさかこれほどとはな」
龍一匹ならば何とかなったのだろう。深手を負いながらも前園老が姿を表した。
「背中の怪我はアンタだろ? 龍健の祖父だからって容赦はしねぇからな」
「小僧にして貰おうとも思っとらん。それよりも、あちらはいいのかね?」
前園老が顎で指し示したように、僕の近くには新しく来た術士の内のもう片方が忍び寄って来ていた。
手に持っているのは恐らくは蜘蛛切と同様に浄化の力を帯びている武具だろう。対策はキッチリとしてきたというわけだ。このままでは先程と同様に結界が破られる可能性は高い。
僕は大祓詞を口にし続けているから対応は難しい。水弾程度で怯む相手でもないから何とかする為には一時中断する以外にない。
それでも、僕は動かずに唱え続ける。
「その手を打つには遅すぎだろ。もっと数がいる内にやるべきだったな」
後ろから急襲して僕の詠唱を止めるのが目的だったのだろうけれど、今まで龍と戦っていたのにいなくなったとあっては自然とこうなることは予測出来る。景文さんの言う通り、自分の存在が紛れることの出来る最初の内にすべきだった戦法だ。
「早……ッ!」
相手が倒したのは多分二人で協力して倒したただ一匹だけ。その他の狼二頭と龍一匹が未だに健在だ。
柴井老を連れ去った狼はとっくに帰還しているだろうし、もう一匹の方はそもそもこの場を離れていない。
それらがここに至り何もしていない訳がなく、狼らしくどこまでも的を追跡して敵を追っていた。
まず僕の後ろにいた人が一匹に轢かれ、跳ねて跳んだところをもう一匹が叩き落した。さながら空気の入ったボールが如く地面から跳ねた肢体。
「あ」
浮き上がる中、鉄塊を振りかぶった剣鬼がいたことに気付いたのが最後の景色となったことだろう。
流石に刃の付いた方で斬った訳ではなく腹の方で叩いた形にはなっていたけれど、流石にあれは死人が出てもおかしくはなかった。
そんなことが背後で行われているということに若干の寒気がするも、被害者となった人は自業自得だということで納得して欲しい。
「さて、残るはあんただけってことになるけど?」
「……降参だ。いやはや、若いというのは恐ろしいな。これでも一級の位を持っているんだが、自信をなくしてしまうよ」
「俺の感覚で言うと、アンタはいいとこ二級だよ。一級っていうのは今の人たちの基準かつ年功序列で忖度しているだけだろ。昔の人たちはもっと強かったし、もっと巧みだった。まぁ、それは妖怪もだけどな」
「まるで知っているかのような言葉だな。実感が篭っている」
答える気はないという景文さんの視線を受けて前園老はやれやれという風に肩を竦める。
無言で構えた景文さんの手によって背中から術を撃たれ、最後の一人が前のめりに倒れた。
これで四人。まさかのまさか、本当に僕の詠唱が唱え終わる前に終わってしまった訳だ。
「呆気なかったけど……まさか、これで終わりじゃないよな?」
その言葉の意味するところは疑問に思う前に瞬時に理解した。
倒れ伏していた前園老の姿が消えた。
「本当に何度も何度も面倒くさい奴らだな」
端的にそう言い表した景文さんの意見に僕も大賛成だった。
一度ならず二度までも、更には蘇生されないようと狼によって遠くへ連れ去ったはずの人たちまで戻ってきてしまったのだから。
それは向こうも同じようで、大敗したという事実は変わらないので戻ってしまったことに対して微妙な心境のようだ。
四人は僕達と戦い始まる直前の位置にまで何事もなかったかのように戻る。しかし、その顔は優れないようだった。
「そう言うなよ。こっちだって好きでこんなことしてんじゃないからさ。負けて退場したはずなのに強制的に戦わされるこっちの身にもなってくれないか」
「なるかよ。時間回帰してる奴はもうぶっ倒れてるんじゃないか? 流石にあんた等を丸ごと戻すのは霊力の消費は半端ないはずだ」
「そうかもしれないし、またこうなる可能性もあるけれどね」
「大人数での儀式か、霊力を肩代わりするような物でも用意してるって? それを今、ここで使うのは馬鹿のすることだろ」
「あらら、全部バレちゃってるよ」
僕にはそれがどういう意味なのかは分からないけれど、反応から察するに景文さんの指摘は的を射ているということだろう。
ご老公たちは不承不承ながらも全力で戦うという雰囲気を出す。
でも、景文さんはもう気付いている様子だ。こちらを見てから無言で頷いた。
彼が稼いだ時間によって僕の詠唱は完全に整った。体内で圧縮し純度を増し続けたされた浄化の力は既に臨界値に達している。
ご老公たちが動き出すよりも早く、僕の術の発動の方が早かった。
「涅槃浄界」