三話-4 未来の話
どうやら頭についての怪我は平気みたいなので特には気にしないことにした。
額を抱えて呻き声をあげる景文さんについては無視をして膝枕を外してから水の幕を解除する。
こちらの様子を窺っていたらしい人たちが水の幕がなくなったことに気付いてこちらに向かって来ているようだけど、全員で戻ってくる訳でもなくやって来たのは名雪さんと文奈さんだけだった。ただし、その頭には大量の疑問符が浮かび上がっているようで。
「念の為、医者には待機してもらってたけど……何で額?」
「悪戯をする人に制裁を与えただけです」
空気を切る音のする僕のデコピンを見た名雪さんが気の毒そうに景文さんを見た。
本当にそんな威力でやったら怪我どころではないので実際にやりはしないけども。
ただ、痛みを堪えるように大袈裟に転がる彼に何か思うところがあったのか、景文さんの下へと近づいてから名雪さんは耳元でぼそりと何かを言う。途端に景文さんは動きを止め、そのままうつ伏せになって倒れて動かなくなった。
「何を言ったんですか?」
「んー? 遅い青春だねって言っただけだよ?」
「……? 遅いも何も、そもそもそういうお年頃なのでは?」
僕も景文さんも、名雪さんだってまだ学生の身分を出ないはずだ。ある意味では青春真っ盛りの最中だと言っても過言ではないはず。
だから何故彼の様子がおかしくなるのかは分からないけれど、景文さんにとっては意味のある一言だったのだろうと思うことにした。
「これは手強そうかなぁ……。うーん、修行に人生捧げるとこうなっちゃうのかな。でも文奈がああ言ってたしなぁ。うーん……分からないなぁ」
「……?」
自分なりに理解をして頷いていると、なぜか困ったように呆れられてしまった。考えても意味が分からないので気にしないことにする。
名雪さんも更に何かを言うつもりはないようで、死んだように動かない彼へ向けて名雪さんが言葉を投げかけていた。
「景文、お医者さんを一応呼んでるから行ってらっしゃい。万が一があったら清花ちゃんが責任を感じちゃうかもしれないから」
「……あぁ、分かった。清花さん、起きるまで付き添ってくれてありがとう」
「あっ、はい。お大事に……」
素直に言う事を聞いたかと思えばこちらに顔を向けることなく歩き去ってしまうけど、その足取りは重くて遅々として進んではいなかった。
名雪さんの言葉にそこまでの衝撃を受けたのだろうか。やはり僕と景文さんとでは解釈に違いがあるのかもしれない。それを聞いたところで答えてくれなさそうなのでこれで終わりにはしておく。
そして、彼が去ったことでようやく胸にあった痞えが無くなっていくような気もしたけれど、やはりまだ胸の辺りに変な感覚が残っている気もする。
僕が胸の内の違和感について正体を探っていると、どこからか押し殺したような笑いが聞こえてくる。
「それでそれで?」
言いながらこちらに向いた名雪さんの表情は喜色に染まっていた。これには見覚えしかない。他人を弄るぞという時の顔だ。絶対にそうだ。
先ほどは彼と密着していた時に変な声が出ていた自覚がある為にあまり弄られたくはないのだけど。
「……それで、とは?」
「やだもー、視界まで遮って何をしていたのっては、な、し! ただ膝枕してただけってことはないんでしょう? 一体何の話をしていたの? 一体何をやっていたの!? もしかしてあんなことやこんなことまで⁉︎ ダメダメ! まだ二人は付き合ってもいないんだからね! そんなのお姉さんが許さないんだから!」
「特にも何もないですよ。他愛ない世間話程度で、別に名雪さんが期待するようなこと何も」
ずいっと体を寄せて聞いてくる彼女の体を押し返しながら答えるも名雪さんは納得していないような声を出している。
彼女にとっては残念ながらそんなことは起こっていない。というか、起きるはずがない。
中身が男の僕にとっては景文さんは同性で──同性に対して膝枕というのもどうかと思うけど──恋愛感情はない。
咲夜と特訓した女性慣れのせいか、女性に対してもそういう感情が起こりにくくなっているのは確かだけれど、だからって男が好きになるということもない…………はずだ。
男に膝枕をすることに抵抗感があまりなかったという事実に僅かに、少しだけ、ほんの少しだけ自信がなくなってきている自分がいるけど。
「ほんとうに~?」
「本当にですよ。というか、名雪さんは一体どんなことが起こっていると想像してるんですか?」
「えっと、それはぁ……」
気まずい顔をして視線を泳がせている辺り、禄でもないことなのだろうと予想する。
視線が僅かに藤原さんのところに向かったところで顔を赤く染めているのでやはりと言うべきか。
「名雪さん、いくら自分がそうするだろうからって他の人が同じようにするという訳ではありませんよ」
「に、にゃにを!? 私は別に手を繋いだりキスしたり顔を埋めてやったりなんかしないんだから!」
「…………」
これを自爆と言わずして何と言うのか僕には皆目見当がつかない。
「あー……その、えっとぉ……ね、ねぇ?」
汗を滝のように流した名雪さんの視線の先にいたらしい藤原さんが顔を逸らす。
それほど恥ずかしいことだっただろうかと思い返してみるけれど、特にそういったことは言っていなかったような。
しかし最後の一つに関してはよく分からなかったので質問してみることに。
「あの、前二つはまぁ分かるんですが、顔を埋めるって何ですか?」
どこに、どうして、という情報が抜けているのでイマイチピンと来なかったので尋ねたところ、彼女は顔を真っ赤にして誤魔化すように笑い。
そして逃げ出した。
「〜〜〜っ⁉︎ ご、ごめんなさいーっ! やっぱり今のはなしでーーーっ⁉︎」
「あっ、待てよ! 名雪!」
藤原さんもそれについて行くようにして姿を消した。
そんな様子を見て文奈さんが口元を抑えて笑っている。
「あの子は全くもう、変に突いて自爆するのは相変わらずですね。あれば土御門君のことは笑えないでしょうに」
「文奈さんは言っていることが理解出来ましたか?」
「えぇ、まぁ、出来なくはないですが……。心底下らないことなので聞き流して忘れて下さい。彼氏がいるお陰で頭の中が桃色のお馬鹿ちゃんなだけなんです。……あぁ、いえ、恋愛に関しては彼氏とか関係なく昔から桃色お馬鹿でした。少し訂正しますね」
酷い言い草だったけど、恋愛相談の為にまとめ役をやっているという名雪さんだから擁護は出来ない。
文奈さんは景文さんたちが向かった方向を見ながら、少し遠い目をして呟いた。
「それはそれとして、色々と未来が変わりそうな一日でしたね」
「その未来というものがどんなものなのか分からないので何とも言えませんが……。先程言っていたことは本当のことなんですか?」
今、ここには僕と文奈さん以外はいない。この際なので聞きたいことを聞いてみようと思う。
僕と宝蔵剣護が戦いを始める前に言っていたこと、あの場ではあまり深堀する気になれなかったけれど二人きりの時ならば話は別だ。
「先程というと、清花さんに恋人が出来る可能性のことですね?」
彼女もそのことについては聞かれると思っていたのか、察しが良く僕の質問の意図を理解していた。
姿勢を改めた文奈さんは僕と正面から向かい合う。
「実は今回呼ばれた男性たちは、将来清花さんの恋人になる可能性のある人たちだったんです。それぞれの確率に違いはあるものの、起こり得る未来の分岐の一つとでも言いましょうか。どこに実を付けるかわからない以上、枝は多く残しておいた方が都合がいいんですよ。この言い回しで伝わるかどうかは分かりませんが」
「占いの知識はないので僕にはあまり想像は出来ませんが」
「今すぐに起こり得ることではありませんから想像が出来なくても仕方ないです。いつ恋人になるのか、誰とそうなるのかはこれから続いて行く未来の出来事一つ一つに左右されていくので、今ここで全てが決まる訳ではありませんからね。例えば明日、清花さんが急に宝蔵君のことを好きになる可能性は決して零ではないように、ですね」
「えっ、いや、それはないです。そんな未来は絶対ありませんよ?」
あれはない。もし仮に僕の心が女の子に染まり切っていって最終的に身も心も女の子になり、女の子として異性──つまり男性を愛するようになってしまってもそれだけはないと断言出来る。彼が実は咲夜のことを大切に思って接していたとしてもだ。そもそもの性格が合わなさ過ぎる。
「……彼がもう少し妹に優しさを見せていたらあったかもしれないということですね。これについては自業自得ということで」
ぶつぶつと独り言を言っているけれど僕に筒抜けなのは別に隠すほどのことではないということか。
怪しく目を光らせた文奈さんは探るように問い掛けてきた。
「では武原君と前園君は如何ですか? 彼らは今はまだ発展途上ではありますが、これから力を付けていく有望な若手なんですよ。これからの未来でもお二方は活躍が約束されています。私が保証してもいいですよ」
「いや、ですから……」
「藤原君は個人的にはあまりお勧めは出来ませんが、性格からして伴侶を大事にする人ではあります。名雪と喧嘩をしなければいい夫婦生活を送ることも出来ると思いますよ。きっと子沢山に恵まれるでしょう」
「………………」
「ならば土御門君ならばどうでしょうか? 一番のお勧め物件ではありますし、その実力は折り紙つきです。安定感という意味では退魔師の中でも屈指のものだと思いますよ。共に命を掛けて一緒に戦ったと聞きましたし、どうでしょう? 一向の余地くらいはあるのでは?」
「それは————」
それを引き合いに出すのはズルいと思う。
白面の時に手助けをして貰ったし、霊具を作る際にも色々と助言を貰った恩もある。宝蔵剣護のように嫌いになる要素がある訳ではないから、殊更に断るのも気が引けるというか。だからといって恋仲になるつもりなんて毛頭ないけれど。
「あぁ、困らせたい訳じゃないんですよ? 私が言いたいのはそういうことじゃないんです。ただ、可能性はいくらでもあるのだと。今の状況が人生の全てではなく、未来は色々で様々な形があるのだと知っていて欲しいのです」
「知ってはいるつもりですが」
未来のことが分からないなんてことは当たり前の話で、今こうしている自分だって過去の自分からしたら想像だってしていなかった。
けれど、文奈さんが言いたいのはそういうことではないのだろう。
彼女は空中に想像している何かを掴み、実物としては存在しないそれを自らの両手に乗せる仕草をする。
「皆そう思っていても目に移る範囲の可能性でしか未来を想像出来ていないんです。本当はあと少し手を伸ばすだけで掴める別の未来もあるということを知らなければ行動に移せない。それって、何だか勿体ないとは思いませんか?」
言っていることは理解出来る。より良い未来がもしもあるというのならその方が良いのだろうと思うから。僕たちはこれが最善と思って行動してはいるけれど、他から見ればもっと良い選択肢があったのかもしれない。
しかしながら、それがただの善意からの言葉ではないこと僕を分かっている。
悪意こそ確かにない。僕を嵌めようという意思は少なくともないのも確かだろう。ただし文奈さんからの助言には僕を助けたいという意思はなく、助言をすることで僕の動きを変えたいという思惑が強く、何より強く伝わってくる。
言うなれば、未来の情報と引き換えに操り人形にしたいということだ。
だからこの人の言うことには反射的に身構えてしまうのだと、頭の中の冷静な自分が判断していた。
「それが恋人どうのに繋がると? 僕にはそれが誘導をされている可能性があると感じていますが」
「そんなことは……」
「悪意がなければ感知出来ないと踏んでいるのも分かっていますよ。お生憎様ですが、貴方の考えは伝わっているものだと思って下さいね」
「……っ」
一番敏感に感じるのは確かに悪意や妖力だ。この二つに関しては微かに匂う程度のものでも敏感に感じ取ることが出来る。
けれど、力が強くなる毎にそれ以外のものに関しても感知能力は強くなっていて、それは人の感情全般に作用されるようになっていた。
本来悪意とは断定されないような微弱な人の意思、例えば今の文奈さんのように僕の行動を左右しようという意図的な工作。その意思を悪意程ではないしろ感じ取ることが出来る。
これは悪意を判定する為の情報を得る際の余分な情報をそう認識しているだけだと思うけれど、何にせよ今ほど助かる場面もそうはない。
「初めて会った時から、文奈さんからは僕のことを自分の思い通りにしようという意思を感じていました。貴方が占いで何を見てどう思ったのか、どれを最善の未来だと断じたのかは知りません。ですが、それによって僕だけでなく咲夜たちにまで影響が及ぶのなら看過は出来ません。その結果、僕の大切な人たちが涙を飲む未来を僕は許容する事は出来ないので」
「そ、そんなつもりはありませんよ。私は清花さんにとってより良い未来になるように導いて差し上げようと、ただそれだけなんです。信じて下さい」
焦る様子を見せる文奈さんだけど、それは演技だということは伝わっている。
それで騙される未来が僕にあったのだろうか。だとしたら、とんだ間抜けな自分がいたものだ。
こんなにも分かり易い嘘があるというのに。
「今、僕にとってと言いましたね。しかしながら、その未来というのは僕や咲夜の幸福を突き詰めたものではないはずです。貴方には僕の意思を無視してでも成し遂げたい目的がある。違いますか?」
「……違いません。私は全ての人にとっての幸福の道を求めていますから。それこそが私の目的と言って差し支えありません」
狼狽える様子もなく、ハッキリと告げられる。
その言葉にはしっかりとした芯のある想いがあることを僕は感じていた。心から、本当にそう思っているのだろう。
出来ることなら僕だってそれを願いたいし叶えたい。
けれど現実は個人に出来ることは限られていて、誰かを救う為には誰かの手を放さなければいけないのが現実だ。
だから僕と咲夜は自分たちに出来る範囲で人助けをすると決めた。
多くの人にとっての安寧の道は、未来を占うことが出来る彼女だからこそその道を進むことが出来る。しかしその道を踏破することは自分の力では無理だからと他人を動かすことによってそれを為す気でいる。そう出来ると信じて疑っていない。
全てを救うという文奈さんのその言葉に嘘はなく、だからこそ面倒だと思った。
僕の意思を尊重してそっと後押ししてくれるのが咲夜だとしたら、僕の意思を無視してでも強引に連れ出していこうするのが文奈さんのやり方だ。
その性急さは未来を知っているからこそのものだとは理解出来るけれど、僕としては咲夜の方針を尊重したい。
道を選ぶのなら用意されたものではなく自分で考えて選びたいから。
「そうですか。であれば、僕に文奈さんの助言は必要ありません」
「何故でしょうか? 先程の宝蔵剣護に負けるかもしれないというお話は必要なかったということですか?」
「有体に言えばそうです。彼の戦いを見ていて思ったのは、仮に結界を用いなくても僕が負けることはないということです。恐らく、僕が負ける可能性というのは本当に万に一つという程度の確率でしかないのではないですか? だとしたら、そんな起きようもないような話で人の思考を動かそうとしている文奈さんの方をこそ僕は警戒するでしょう」
「それは少し穿ったものの見方ではありませんか? 確かに作為的な部分があることは認めますが、それでも私の情報は役に立つと思いますよ。ほんの一時の感情で拒絶するのは得策ではないかと」
「えぇ、そうかもしれません。ですが、文奈さんの求める結果は僕の求めるものとは違うので必要がないのです」
「では、清花さんの求める結果とは何でしょうか? 私はそれに出来得る限り寄り添えると思いますよ。何もここで一思いに切り捨てることはないはずです。どうか懸命な判断を……」
自分の目的を持ちながらも善意でもって語りかけてくる相手ほど厄介な人はいない、というのは咲夜の言葉だったはずだ。
この人の言葉には浸かれば抜け出せない魅力を感じる。
予言を何度も的中されればきっとこの人を信じてしまうようになるのだろう。名雪さんがその典型例だったように今なら思う。
望む未来があることを知っていれば安心するし、望まない未来なら変えればいい。
しかし、それを遂行するには文奈さんの言葉を心から信じる必要があった。
その果てには文奈さんの思い通りの未来のみを突き進む奴隷人形のような自分がいる未来を幻視した。
「先ほど、全ての人にとっての幸福の道と仰いましたが、文奈さんにとって僕と景文さんたちの優先順位は同じですか?」
「…………いいえ」
「そうですか。そうですよね。それを聞いてある意味では安心しました」
嘘はバレると分かっているからこその沈黙、そして観念して認めたといったところか。
知らない誰かよりも知っている身近な人の方が大切なのは至極自然なこと。いずれにせよ、壮大な大義名分を持っていても文奈さんも自分の想いを持つただの人だったということだ。
「僕にとっての優先順位は僕の周りにいる人たちです。彼女たちを蔑ろにするかもしれない提案や指示には従えません」
「蔑ろだなんて、そんなことは……」
「では、今ここで文奈さんの考えの全てを聞いてもいいですか? 何時間掛かっても構いません、全てを話して欲しいんです。その結果に未来が変わったとしても、今の考えを聞きたいんです。僕に貴方を信じさせてはくれますか?」
「それは…………出来ません」
そう、出来ない。それは分かっていた。話すと未来が変わってしまうのなら、その内容は出来るだけ少数の人にかつ出来るだけ絞った内容のものになるのは仕方のないことだ。場合によっては一切話さず、秘密裏に人を動かすこともあるはず。
比較をする訳ではないけれど咲夜は僕を見つけて協力をお願いしに来たその時に全てを話してくれた。
未来予想図、自分の想い、現実的な計画案、それらを余すことなく赤裸々に。その想いに押されて彼女に協力したと言っても過言ではない程に。
であれば、影からコッソリと人を操ろうという文奈さんの行動はあまり受け入れられそうにない。
それは咲夜の誠実さに対する裏切りになりかねないから。
もしも全てを打ち明けた上で咲夜と協力してくれるのであれば、文奈さんの望む未来というものに僕も手を貸していたかもしれない。
しかし、それが出来ない以上は道は別たれたも同然だった。
「何も話せないけど自分を信じて言う通りにして欲しいだなんて、そんな都合の良い話はないでしょう。僕はこれからも咲夜の指示で動きます。場合によっては文奈さんの助言を聞き入れる未来もあるかもしれませんが、それでももう妄信的に受け入れることはないでしょう。ですので、これからは僕に伝えたいことがあったら咲夜を通して頂ければと思います」
ここに来てから随分と敵対してしてしまうような行動をしてしまっているのは自覚している。
本当なら皆の輪に加わり、これからも仲良くしていきましょうと肩を組んでいくのが正しいのかもしれない。
けれど、その輪に加わる条件が自分たちと結婚しろだとか、自分たちの都合のいいように動けだとかいうのなら、僕は決してそれに従うことは出来ないし仲良くなんて出来ない。
正直に言えばいい加減結婚結婚と鬱陶しいし、どれだけ僕に子供を作って欲しいのだと辟易する思いだ。
逆にその気も失せてくる程の押し付けがましい行為にそれでいいのかと逆に問いたくもなる。
「帰る前に一つだけ聞きたいんですが、どうして僕にそこまで恋人を作って欲しいんですか? その先に何があるっていうんです?」
僕の宣言を聞いてから考え込むようにしていた文奈さんが顔を上げる。
その顔は最初の時から見せていた穏やかな態度から一変して、冷徹というべき顔に変貌していた。
いや、この場合は仮面を外したというのが正しいのかもしれない。
冷たい眼差しとなった文奈さんは感情が抜け落ちた声音で答える。
「貴方の子供が重要なんですよ。あの鬼の巫女に次ぐとされる潤沢な霊力と、浄化の力を引き継いだ子供の存在が」
「それが僕の子供として生まれるってことですか?」
「占いの結果としてはになりますが、その占いが五十人以上の腕のある占い師たちの多種多様な様々な方法で、同時期に行ってほぼ全く同じ結果が出たいう統計があればどうですか?」
「それは」
ちょっとというか、かなりドン引きだった。子供を生むつもりなんてないというのに、僕の未来を勝手に占って勝手に色々と決めていることに。
今の僕の力は化装術あってのもので、例え子供が出来たとしても遺伝はしないものだと思っていたから意外でビックリはしたけれど。それ以上に僕を占った占い師の数に驚きが大きい。なぜそれ程の人数で占うに至ったのか。
……というか、その未来では僕は男の人と子作りをしているということになる訳なのだけれども。
そんな個人間のことを占っている占い師たちにはかなり思うところがある。端的に言えば余計なお世話だ。放っておいて欲しいと願わずにはいられない。
人の心に土足で踏み込むような行いに占い師たちのことが嫌いになりそうだ。
そんな僕の心中を無視したように文奈さんは平坦な声のまま続けた。
「女児であれば前述のように、男児であれば浄化の力は引き継げませんが霊力量と身体能力はそのままに伴侶となる相手の血筋の術を扱うことが出来ます。つまり、大蓮寺清花という存在の複製が産めば産むだけそのまま数を増やすのです。その子らが育ち、やがて子を成せば更に数を増やすこととなるでしょう。それが世の中にとってどんなに望まれることか分かりませんか?」
字面だけ見れば重要性は高いと見るべきなのだろうけれども、彼女はとても大切なことを忘れている。
例え文奈さんの言ったことが世の中にとって大切であったとしても、そこには僕の心があるのだということを。
「あのですね、そんな風に人の私生活に土足で踏み込むような真似をして嫌われないと思っているんですか? 逆の立場なら、生涯に一度しかないかもしれない自分の結婚相手を裏工作で操作されることに何とも思わないんですか?」
「思いません。それが女として弓削家に生まれた私の役割ですので」
その返答の中に僅かに心が揺らいだのは感じた。本当は自分の願いがあるのかもしれない。
だけど、その次の瞬間にはすぐに強く蓋で閉じるように心を閉ざしてしまった。
その根底にあるのは強い信念。自らがそれが正しいからと断じた故の頑なな想い。これを変えるのはちょっとやそっとの説得程度では意味がない。
「……文奈さんの考えは分かりました。それでも言わせてもらうのなら、僕はこれからも多くの人を救っていくつもりですが、何かあれば僕は身近な人のことを優先します。名前も知らない不特定多数よりも顔を見て言葉を交わした近くの人を確実に救いたい。無理に手を伸ばして大事なものが転げ落ちてしまわないように、無理のない自分に出来る範囲で頑張るだけです。その為に結婚することが邪魔だと判断したのなら、僕は誰とも一緒になることはありません」
今の僕の力と同じだけの力を持った子供が量産されれば確かに将来的に助かる人は増えるだろうと思う。
それが占いの結果、ほぼ確実に起こるというのなら無理をしてでも僕の意思を誘導しようとするのは理解出来た。
今回集まった人たちのどれほどがその話を知っていて、その上で行動をしているのかは分からないけれど、知っているという前提でいるべきで。
ふと、景文さんはどうなのだろうかと考えたけれど、彼の立場で知らないことがあるのかとその考えを捨て去った。
「文奈さんにとっては最善の未来でも、僕にとっては不確かで不安定な未来です。話をして貰えないのなら分かり合うことも出来ない。だから、その手を取ることは出来ません」
「……どうやら意思は固いようですね。まぁ、分かってはいましたが。これも想定の範囲内です」
文奈さんの纏う空気がガラリと変わる。話が無理ならと戦う態勢に心が切り替わった。
なぜ今なのか、それを瞬間に理解した。
僕が景文さんを気絶させ、ここから退場させたから。
その未来を知っていた文奈さんは、だからこそ今この瞬間にここにいる。
彼がいなくなった状態ですることは一つ、実力行使しかない。
途端に膨れ上がる複数の気配に僕の意識も切り替えられていくのが分かった。
「隠れている人たちを動かすつもりなら、その前に警告だけしておきます」
「何でしょうか?」
「僕は敵と味方を都合よく切り替えることは出来ませんから、敵となるならば今後顔を合わせる度に痛い思いをすることになりますよ」
「ご忠告ありがとうございます。しかし、覚悟の上です。その程度で済むならば安いものでしょう」
文奈さんは上等と答え、手を掲げた。
彼女の意思は固い。だって、最初からそれのみを目的としているのだから。
「清花さん、貴方に譲れないものがあるように私にもまた譲れないものがあるのです。その為ならば、私は悪にでもなりましょう」