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三話-3 初めての感覚




 宝蔵剣護との戦いは僕の勝ちに終わった。

 本来ならば近接戦や術の撃ち合いでも実力を示すつもりだったけれど、占いで不穏なことを言われてしまっては仕方ない。

 そんな状況にならない為にはと考えた末の勝ちは勝ちだからそれはいい。

 ただ、何と言うか消化不良感は否めない。

 要は自分だって体を動かしたい。

 結界で身も守って遠距離攻撃を続け時間経過によって弱体化を狙うという、その戦い方は確かに退魔師としては正解なのかもしれない。それでも、やはり結界に籠って水弾を討ち続けるだけというのは自分の性に合わないのかもしれない。


「という訳で、どなたか組手をやりませんか?」


 結界は既に解除していて、霊力は半分くらいに減ってはいるけれど術を使わない組手ならば問題はない。

 しかしながら、あの結界を見た後ではあまり乗り気ではないのか誰も話には乗っては来なかった。

 浄界を作る為の儀式には場を清める力もあり、そのせいで彼らの戦意まで削いでしまったのかもしれない。

 仕方ないから撤収するかと思っていると、他の人がやらないと見てか声を挙げて景文さんが上着を脱いで身軽な服装になり始めた。


「じゃあ折角だから俺がやろうか。あの大門東司の教え子がどれくらい出来るか試してみたいしね」


 あれだけ強いのだから大門先輩が有名でも驚きはしない。寧ろ景文さんが知っていて嬉しいくらいだ。

 そう言った彼自身の体術は先ほどに一度見た限りではあるものの、高い技能があることは伺えた。

 こちらこそ一度は戦ってみたいと思っていた所ではあったので、これは渡に船というものだろう。


「そういう景文さんは近接戦は出来るんですか? あの時の戦いぶりを見るに術士に寄ってる方だと思っていましたが」


「一応、人並み程度にはね。いざという時の為に体を鍛えることは欠かしてないよ。退魔師は体が資本なのはいつの時代も変わらないし」


「そうですね。不意の一発を貰っても気絶しない程度の耐久性は誰でも必要だと思います」


 景文さんの体付きは宝蔵剣護のように筋肉質ではないものの、その体幹はしっかりとしているから日頃から運動はしているのは見て取れる。

 残念ながら僕には大門先輩のように立ち姿から相手の力量を測れるほどの実力はないので、彼がどれくらいの強さなのかは分からない。

 しかし、それはそれでやってみての楽しみということでもある。大門先輩にも言われたことがあるけれども、我ながら本当に戦いに向いている性格だった。


「では初めは制限有りでやってみましょう。設定は並みからでお願いします」


「了解。そこから少しずつ段階を上げていこうか」


 並みというのは身体能力強化を使わず、一般人くらいのものに落とし込んだ上でという意味だ。

 そうでないとより強く身体能力を向上させた方が勝つに決まっているし、そんなのでは訓練にならない。やるならばお互いに同程度の身体能力にするべきだという考えからこの方法が出来上がったらしい。


「では、よろしくお願いします」


「よろしくお願いします」


 礼をしてからお互いに向き合う。彼の流派は分からないけれど、僕の戦い方は大門先輩から教わったもの。その戦い方の本質は単純に勝つ為のものだ。特定の流派に属するものではなく、対妖怪を意識して改良されたもので人の関節を意識したような技は教えられていないのが特徴だ。

 妖怪は人間の形をしていても中身まで同じとは限らない。首を絞めた所で骨がなかったりろくろ首のように首を伸ばしたり分離して首絞めが決まらないことだってある。そもそも人型の妖怪の方が少ないのだから対人を想定した型にならなくて当然ではあるけれど。

 だからか、戦い方は徹底して相手の攻撃を受けずに捌くことと一撃で相手の息の根を止めることに特化しており、おおよそ人間の格闘技とは呼べないものになっているのが特徴的だ。

 それでも戦闘訓練の時は大門先輩という人間を相手にする訳だから、必然的に人間相手の訓練にもなっているので師匠以外の相手に通用するのかも気になるところではある。それが彼ならば相手にとって不足なしだ。


「では、行きます!」


 まずは間合いを詰めながら相手に攻撃を振らせることを意識する。

 男女の体格差ではやはりどうしても向こうの方が腕が長い分有利だから、同時に攻撃を仕掛けていてはその差の分で負けてしまうから。

 狙い通りに振られた拳を軽くいなしながら少しでも届くように指先を固めた右手で貫手を繰り出す。

 手加減をしているから人体を貫くほどの威力はないけれど、当たればそれなりに痛いのは間違いない。


「う、お……っとと!」


 動きとしては最小かつ最短で最大の効果を狙ったつもりではあるけれど、彼はそれを察知してか体を捻って躱わす。

 それを想定して左手でも攻撃を繰り出すもやはり避けられる。

 動きを予測して逃げる先に避け辛い攻撃を出しているはずだけど、彼は負けじと避け続けていた。


「意外と上手く捌きますね。結構、撃ち込んでいるんです……がっ」


 試しに軽い牽制を撃ち込みながら鋭い本命の一撃を入れようとするも、的確に避けるか受け流されてしまう。

 対人経験は先生である大門先輩以外にはいないものの、そこそこ出来るようになったと思っていた自分の鼻っ柱を折られた思いだ。


「いやいや、捌くので手一杯というか…………っていうか、一撃一撃の殺意が高すぎない?」


「妖怪相手に手を抜く訳にもいかないので仕方ありません」


「俺は妖怪じゃないんだけどな、っと」


「誘われましたか。読んでましたけど」


 貫手で脇腹を狙おうとしたところを距離を詰められて避けられてしまう。

 そのまま伸ばした腕を抱え込まれて抑え込んで来ようとしたので、すかさず相手の顔面を手で覆うように塞ぐ。

 意識が眼前に集中したところで足を搦めて払いつつ目隠しをしていた腕で体を前に押してあげる。


「やべっ」


 上半身と下半身とを逆の方向に押し引かれ、瞬く間に重心が崩された彼は後ろに倒れ込んでいく。

 このまま仰向けに倒れれば僕の勝ちだけれど、そう上手くはいかない。景文さんは倒れそうになる自らの体を後ろに向かって捻り上げて逆立ちの状態になる。僕の蹴りが即座に頭部のあった場所を振り抜くも、その時には体が沈んだ反動を利用して跳んで避けて距離を取られていた。


「今のを避けますか。中々にやりますね」


 似たような状況で大門先輩に思いきり蹴られた身としては驚きの一言しかない。やはりこの男は出来るようだと確信した。

 立ち止まりこちらの追撃がないのを見てか、景文さんは額から流れた汗を拭い引き攣った笑いをしていた。


「いやいや、今のは危なかったって。まじでやられたと思ったよ?」


「完全に入ったと思ったんですけどね。それにしても中々良い感じの動きじゃないですか、人並み程度っていうのは嘘ですか?」


「あぁ、そっちこそ、正直ここまでやるとは思ってなかったよ。こりゃあ、手加減してたらすぐにのされそうだな」


「お互いに手加減はしているでしょうに!」


 再び近づいて殴る、捌く、技を入れようとしては返されを繰り返す。

 的確に返しているつもりでも決定打には繋がらない。あと一歩を何度も何度も繰り返しているかのようだ。

 そうこうしていると焦りが出てきてしまうものだけれど、大門先輩の教えで焦った方が負けという言葉の通りに戦いの合間合間に息を入れて心を落ち着かせていく。それは向こうも同じだからこれで差が出る訳ではないけれど、息を整えさせないようにしたところで勝てる訳ではない。ならば自分の調子を整える方が重要だ。


「ながらの話になりますが、景文さんの腕前って世間ではどの程度なんですか? 僕は世俗に疎いのでそういうのはよく分からなくて」


 手刀を避けられ、詰められた間合いの中で掴まれては外し、投げようと投げられる。


「順位を決めた訳じゃないから正確じゃないかもだけど、大体中の中から中の上ってところかな。達人って呼ばれてる人には流石に拳だけでは勝ったことがないし」


 投げられた時に掴んでいた袖を利用して体勢を崩そうとするも、それを利用されて空中で体操を崩されそうになる。


「なるほど、景文さんって噂通りに凄い方なんですね。素直に尊敬します」


「いやぁ、そんな……」


 更にそれを利用して足刀で攻撃をするも、体を捻って避けられたところで再度相対した形に戻った。

 彼のことは天才や神童、麒麟児だとか色々と噂は聞いていた。実際に白面との戦いの時に見た術の腕前は相当なものだったし、接近戦でもこうして強さを証明しているのは並大抵の努力ではないのだろうと鈍い僕でも察することが出来る。

 天は二物を与えずとは言うけれど、彼の場合は正しくその言葉が外れた存在だ。ただし、こうして戦っている近接戦闘術は天性の才能だけでは決して為しえないことで彼の努力なしには成し得ない得難い成果であることは僕が保証する。

 そんな思いもあっての言葉だったのだけども。


「あっ」


「えっ」


 直後にいきなり動きが鈍った彼に僕の動きの静止は間に合わず、しかし異変を感じ取って止めようとしたせいで完全に動き切ることが出来なくて。


「うぉっ!」


「ちょっ⁉︎」


 幸いにも攻撃自体は方向を変えたことで直撃を避けることは出来たものの、景文さんの横を貫手で突いた形のまま倒れる彼に引き摺られるように倒れ込んでしまう。

 周りからもざわっとした声が聞こえるけども、とりあえずは起き上がろうとして────


「ご、ごめん! すぐにどくから!」


「ちょ、まだ動か……っ!」


「ふごっ!? ンゴゴゴっ!」


 僕が勢いがある方だったので彼を押し倒す形で一緒に倒れ込んでしまったみたいで、すぐさま立ち上がろうとした景文さんの頭が僕の胸に押し付けられる。動き易いようにと薄い素材のせいで肌の熱まで伝わってくるかのようだった。

 これまで何度か咲夜や冬香に悪戯で揉まれることはあっても顔をくっつけられたことはない。初めての感覚にどうしたらいいのか分からない自分がいた。

 それに、流石に男に体を触れられたのは初めてなせいか体に奇妙な弱い静電気のようなものが流れてきて体が奇妙な感覚でいっぱいだ。


「ちょ、そこは……んっ!」


 その時の動揺から驚いてしまったせいか、そのまま何かを喋ろうとした結果、生暖かい吐息が服越しに直接浴びせかけられている。


「やっ……息が、くすぐったい……っ⁉︎」


 未だかつて感じたことのない奇妙な感覚に背筋がぞくぞくっとした何かが駆け巡る。

 咲夜に膝枕しながら耳かきをして貰った時とは違う種類の何かで、何と言うか頭を痺れさせるような甘い毒のようなものに感じられる。

 これはいけないと上体を起こそうとするも、彼も現状を何とかしようするせいで上手く噛み合わずに動けずにいた。


「ほ、本当にごめん!」


 言いながら、顔を離した彼は自分の顔を僕の胸から外そうとして僕の胸を"掴んだ"。

 男の人特有の大きな手の平でもって僕の胸を揉みしだく勢いで鷲掴みにしてくる。自分で触るのとは違う、咲夜に悪戯で揉まれた時とも違うおかしな未知の感覚が全身に流れていく。その感覚がどういうものなのかはよく分からないけれど、半ば反射的に僕は手を大きく振りかぶっていた。


「それは、やり過ぎ……だよっ!」


 体勢的に全力でとはいかないものの、それは向こうも同じで身動きは取れない。

 上半身のみを使って振り抜いた平手は思いきり彼の頬を叩いた。


「ぶふぉ、ぁ……っ!」


 肌と肌がぶつかり合う音が小気味よく響く中、景文さんは地面に倒れ伏した。

 気が動転していたからか、碌な受け身もとれずにそのまま勢い良く地面に側頭部をぶつけてしまったせいで沈黙したまま動かなくなってしまった。

 どうやら気絶してしまったみたいだというのは見れば分かることで。


「あっ、あれ!? 景文さん? 景文さーーーん?」


 血こそ流れていないものの、いきなり目の前で気絶されれば誰だって動揺もする。

 とりあえず応急処置として浄化の力で頭部のぶつけた痕は治しておいたけども、景文さんが目を覚ます気配はない。


「あらら、景文の悪いとこが出ちゃったかー」


 呆れながら近づいてくるのは名雪さん。他の皆もそれぞれの想いでもってやって来ていた。

 女性陣は主に心配な様子が感じられる。思い切り胸に顔を埋められたりガッツリ触られたりしていれば確かにそうなるか。

 清花としての僕に関心の薄い千郷でさえこれにはしかめ面に変えていた。


「大丈夫ですか?」


 景文さんに馬乗りになったままの僕に文奈さんが手を差し伸べてくれたので手を取って立ち上がる。


「ありがとうございます。お恥ずかしい姿を見せてしまいました」


 気を失ったままの彼が気になるけど、とりあえず先に文奈さんにお礼を述べる。

 視界の端の方では若干一名、名雪さんの妹であるという藍さんが難しい顔をして黙り込んでしまっている。

 目線から僕に対して何か言いたいみたいだけど、側から見ると僕の方が被害者側だから何も言えないでいるといった所だろうか。

 僕が彼女の方に意識を向けていると、名雪さんに無理やり視線を戻された。


「そんなのどうでもいいから。それよりも大丈夫?」


「はい。僕の方が上だったので怪我とかは特に……」


「そうじゃなくて」


 千郷が額に手を当てて天を仰ぐ。その反応に何か間違いをしたのだと気付いて言い直す。


「僕は大丈夫です。組手をしていたらこういう不慮の事故はよく起きるものなので。一々気にしていたら修行なんて出来ませんから」


 彼女たちが心配をしていたのは怪我とかではなく心の方だったらしい。

 女の子としては普通好きでも無い異性に体を触られるのは嫌だし、触ってきた相手に嫌悪感を抱くものだと咲夜からは教えられている。

 生まれ持っての性別が違う僕にとってはそこのところの感覚が薄い。

 今回も胸を触られて変な感覚がしたから払っただけで、自分の体に触られること自体への忌避感はそこまでない……と思っている。

 だから最後のビンタはそのつもりがなく半ば無意識というか、思わず手が出てしまった。自分でもどうして手が出たのかは分からないのが正直な感想だ。今までは胸を揉まれた程度は何とも思っていなかったというのに自分でも不思議には思っている。

 それに触られた部分が未だに変な感触が残っているようで胸の内側がモヤモヤするというか変な気分だ。

 これに関してはその内に治るだろうと判断して平気と答えたけれど、名雪さんたちの顔は心配から戻ってはいなかった。


「それでも知らない内に傷ついてたりするんだから。強がったりせずに辛かったら何でも言ってね?」


「ありがとうございます、名雪さん。文奈さんと千郷さんも」


 二人も僕の心配をしてくれて来てくれたので頭を下げてお礼を言っておく。

 すると、僕の顔を見て大丈夫だと判断したらしい三人の顔が悪いもの……というよりは悪そうなものへと変貌していくのが分かった。


「いえいえ。しかし、土御門君があんなことをするなんて珍しいというか……」


「珍しいっていうか、全く見たことも聞いたこともないんだけど。あの人でもあんな狼狽え方するんだなって思ったくらいだし」


「そうですねぇ……。私でも初めて見たかもしれないです」


 長い付き合いだという名雪さんと文奈さんでも見たことはないらしい。


「ああして至近距離まで近づく女性がいなかっただけでは? 戦える女性退魔師がそもそも少ないですし」


 質問してみると、三人が首を捻る。


「それはあるかも……。まぁ、だからといってあれはないけど」


「ないですね」


「ないわー」


 女性三人が凄く厳しい。正に擁護の余地なしといった様子で取り付く島すらなさそうだ。

 この輪の中に入りきれないところが僕が女の子に成り切れていないところなのかもしれないと思いつつ。


「それよりも、とりあえず景文さんを移動しないとですね。頭を打っているので念の為にお医者さんにも診て貰ってもいいですか?」


 硬い床で寝転んだままには出来ないし、頭を打ち付けたので本当に大丈夫なのかも心配なところではある。

 僕の言葉に三人は顔を見合わせて暫く目線で会話した後に頷き合って。


「そうだね! でも変に動かしたりするのもあれだし、この場で寝かせておこうかな」


「お医者様には私の方から連絡をしておきますのでご心配なきよう」


「私は一応大人たちに電話で説明してくる。名雪さんは男たちの相手しててよ。何か目線が邪でウザいし」


 名雪さんが提案し、文奈さんが携帯端末を取り出し、千郷はどこかへ歩いて去って行ってしまう。

 まるで最初からそう決められていたかのように華麗な連携で持ってそれぞれ歩き出していく。

 残った名雪さんは気絶した景文さんを笑いものにしている男性陣の方へと向かって歩き出していて。


「えっと、僕は何をすれば……」


「それじゃあ清花さんは景文を介抱して膝枕でもしてあげて下さいね。流石に固い床に寝かせたままだと体に悪そうですか。そう時間は掛からないはずだから平気ですよね?」


 言いつつ文奈さんも離れて行き。


「さぁ、忙しい忙しい! 景文ったら本当にもう! 清花ちゃんにとことん迷惑を掛けるんだから! ほらっ、男たちは散った散った!」


「えっ、と……」


 急にテキパキと指示を飛ばし合ったりして何事かと思っていたら三人はそれぞれ役割を割り振られてさっさとどこかへ行ってしまう。

 龍健さんたち男性陣も名雪さんによって追い払われて遠くへと行ってしまった。

 まだ近くにいると思っていた文奈さんも見渡してみてもいつの間にかいないし、どうやらこの場に二人で取り残されてしまったらしい。

 直前に三人から感じた悪戯心から察するに僕と景文さんとをどうのこうのしたい思惑が透けて見えた。

 その一環としての最後に言っていた膝枕なのだろう。隠す気もない程にあからさまだったからそれは僕じゃなくても察せるだろう。


「んー…………」


 三人の思惑に乗るのは癪だけど、気絶した彼を固い床に寝かせておくのは確かに何とかするべきで、それは彼を医者に診せよう提案した僕がよく分かっている。そしてこの場には枕になりそうな物は何もなく、景文さんを安全に移動させるには人手が足りない。

 完全にしてやられたという思いはありつつも、怪我人の前には恥ずかしさとかは二の次としておくしかない。


(仕方ないか)


 念の為、周囲から見られたりはしないように水の幕を厚めに張っておく。遠くから感じる視線の辺りから落胆したような様子が感じられることからやはり監視をされていたらしい。

 あまり高さが出ないように正座の状態から足を崩し、太ももの部分に景文さんの頭を横向けに置いた。

 短めの髪の毛が肌をくすぐったり突き刺すように感じたりして変な感じだけど、とりあえず安定することは出来たので良しとする。

 とりあえずお医者さんは呼んでくれているみたいなのでそれまではこのままでいればいいだろう。


(咲夜にはして貰ったことあるけど、自分がするのは初めてだなぁ……)


 彼女はどんな気持ちで僕にこれをしていたのか。膝枕をする側とされる側とでもは見える景色も感じ方も違うのだなと認識した。

 何より違うのは毛髪だろうか。変身前は景文さんのように短髪であったものの、今では長髪で髪質も変化しているので肌触りからして全く違う。

 今ではこちらの方に慣れてしまっている為に忘れがちだけども、元々は自分もこんな髪の毛をしていたのかと改めて思う。


「…………遅いなぁ」


 ここにはあまり人を呼ばないと聞いたし、そもそも山の中だから医者が来るのはそれなりに時間が掛かってしまうのかもしれない。

 あまり長時間やっていると痺れてしまいそうだなと思いながら、暇だからと景文さんの髪の毛を弄って時間潰しをしていると暫くして目を覚ましたらしい景文さんが困惑したような声をあげる。


「んん……うん? うん????」


「あっ、起きましたか。意識はしっかりとありますか? 自分の名前は分かります? 分かるなら打った頭の方は大丈夫そうですか?」


「いや、大丈夫……だけど。何これ、どういう状況?」


 周りに視線を向けても誰もいないし、僕に膝枕をされている状況を必死に理解しようとしている。

 僕でもいきなりこんな状況だったら戸惑いもするか。


「僕が頬を叩いた時に頭を打って気絶してしまったので体を痛めないように膝枕をしています。どうして他の人ではなく僕がこれをすることになったのは……何と言うか、押し付けられたからですかね。他の人たちは逃げ足が速くて」


 足早にここを離れていった人たちの顔を思い出す。好奇心と悪戯心に満ちたその顔を。

 あれは明らかに僕と景文さんの関係性を誤解している顔だった。あれほど説明したというのに女の子というものは恋愛話にどこまでも飢えている。こんなことをしたところで意味なんてないというのに。


「それは……ごめんな、アイツらが」


「かなり面白がっていましたからね。後で弄られるのは覚悟しておいた方がいいですよ」


「……だろうなぁ。色々とやらかしたし。まぁ、らしくないことをしたと自覚はしてるんだけどさ」


 あの時、動きが一瞬でも止まりさえしなければこのようなことにはなっていなかったはずだ。

 明らかに動きがおかしかったので気にはなっていた。


「どうしてあの時止まったりしたんですか?」


「あー……その、言い難い話なんだけど、さ」


「はい」


「素直に褒められるのって慣れてなくて」


 意外な言葉が返ってきて少しの間だけ言葉を返せなかった。


「……素直に、ですか? でも神童だとか天才だとか言われているって聞いてますが……」


 少なくとも、咲夜に世間のことに関して疎いと言われた僕だって彼のことは知っているくらいだ。褒められ慣れていないだなんて、そんなことが有り得るのだろうかと疑問に思う。けれど彼の言葉に嘘はないことは確かだった。

 首を傾げる僕に彼は言いにくそうに言葉を付け加える。


「正しくは女の子に、だけど」


「…………?」


 付け足された情報によって更に分からなくなる。こういう場は何度も経験しているみたいだし、実質的なお見合い場となっているらしいこの場所で何度も女性には会っていることだろう。彼の実力を考えると女の子だって褒めそやすに違くなく、その逆は想像がしにくい。

 その上で彼の言葉から意図を読み解くと、素直にという言葉に意味が込められているのかもしれない。


「つまり、今まで出会った女の子たちは嘘で褒めていたと思っている、と?」


「流石に嘘とまでは言わないよ。凄いとか、上手だって言ってくれる言葉に疑いを持った訳じゃない。ただ、表面的な……今の実力だけを評価されているだけで努力した過去や内面を見ていないっていうか……」


「なるほど……一緒に修行でもないと分からない部分ですからね」


 僕もそのことには理解はある。

 今の僕はそこそこの身体能力に加えて豊富な霊力を使っての浄化の力があり、それを駆使して何とかやってきている。その過程には両足を失い、二年もの間病室で孤独に過ごして、人生の全てをそこに捧げたと言っても過言ではないほどの労力をこの化装術に捧げた結果が今だ。決して初めからこうだった訳ではない。

 けれど、そんなことは他人は知らないは知る由もない。

 悩んだ時間の多さも、吐いた血反吐の量も自分以外は誰も知ることはない。

 知らないからこそ彼らは言う、『自分にもそんな力があったらな』と。

 同じ退魔師のはずの女の子だってそれは変わらない。いや、寧ろ戦うことをする必要がない女の子たちこそ縁遠い話なのかも。


「まぁ、そんなとこだ」


「……努力なんて、知っている人さえ知っていればいいって僕はそう思っていますけどね」


 彼くらいになれば沢山そんな声を投げかけられたのだろう、その言葉にはある種の落胆のようなものが混じっているような。

 同じ努力をしている人なら相手の実力の背景も読み取ることは出来るけれど、全ての人がそうではないことは端末の世界を通じて僕も知っている。

 名前が広まってから間もない僕に対して、ただ運が良いだけの奴と批評する人がいるのと同じだ。

 それでも咲夜、倉橋さん、大門先輩、少なくとも三人は僕の頑張りを認めてくれているし、いつも気に掛けてくれている。今の生活を続けられればそれで十分だし、それ以上は望まない。


「……そうだな。俺にもそういう人はいたから分かるよ」


 景文さんが誰を思い描いているのかは分からないけれど、僕と同様にそんな人がいるのなら良かった。

 良い顔をして思い出に耽る彼は様になっている。さぞ沢山の女性にモテるのだと想像が出来る。

 僕の膝の上でなければもっと格好がついたのだろうけど


「それで、いつになったらどいてくれるんですか?」


「…………」


 視線を泳がせて気まずい顔をする。


「大丈夫そうならもういいですね?」


「あいたたたた! まだ頭が……」


 言いつつ、彼は頭頂部を抑える。


「打った場所はそこじゃないですよ」


「……バレた?」


 その仕草すらもわざとらしい。というよりはわざとだ。間違いない。

 気分が高揚でもしているのか、普段ではしないようなことをしているみたいで顔が凄く赤いけど、それはさておき。


「浄化使いに対して嘘を吐く人にはお仕置きが必要ですね」


「えっ?」


 茶目っ気を出した顔に裁きを与えるべく、僕は額を狙って渾身のデコピンをお見舞いした。

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― 新着の感想 ―
[良い点] うーん、えっち…… 初めての感覚に戸惑うTSっ娘はいいぞ……
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