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三話-2 減衰×減衰




「作戦会議は終わったか?」


 こちらの話し合いの終わりを待っていたらしい宝蔵剣護は向かい側で仁王立ちのまま待っていた。


「他愛ない世間話をしていただけですよ」


「ハッ! その割には色々と持たされているようだが?」


 嘲るような視線が僕の身体に注がれる。景文さんからは符を、千郷からは指輪を貸して貰っているからだろう。


「これらを使うつもりはありませんよ」


「……なに?」


 これらは万が一の時というよりは他の人たちを安心させる為に身に付けているようなものだ。

 どうやら皆は僕の勝敗に関してかなりというか物凄い関心を寄せているようなので、当初考えていた戦い方は止めることにした。


「これから貴方のことを完封して勝利することに決めましたから」


 初めは格闘戦を経てから術の撃ち合いに切り替えていくつもりだったけれど、結局は力尽くで言う事を聞かせるのならは同じことだ。

 彼もここ最近に僕のやっていることは大まかに把握しているのだろうけれど、その中身までは知らないはず。それは他の人も同様だ。

 自分としてもどれくらいの力があの結界にあるのか確かめてみたいとは思っていたので今がいい機会だと考えることにした。

 気になっているであろう霊具に刻まれたものがどういうものなのか、今ここで見せておくのも悪くはない。

 結果次第ではそれはそれでいい宣伝になるだろうから、あとは咲夜に任せることにしよう。


「それでは……始め!」


 龍健さんの号令により戦いの合図が鳴り、まずは様子見と決め込んでいる彼を放置して祓詞を唱える。


「掛けまくも畏き伊邪那岐の大神」


 言葉と共に霊力を凝縮した水球が形成されていく。本来ならば専用の霊具を用いて数日間を掛けてやっと少量出来る浄化の水の極意である神水。それを短時間で作ることはここ一週間に何度も経験した僕にとってそう難しいことではなくなった。

 霊力はそこそこ消費するものの、許容範囲内だ。これを使って全て失うということはない。


「筑紫の日向の橘の小戸の阿波岐原に、禊ぎ祓へ給ひし時に、生り坐せる祓戸の大神等、諸々の禍事、罪、穢、有らむをば、祓へ給ひ清め給へと、白すことを聞こし召せと、恐み恐み申す」


 祝詞と共に清浄なる水がこの場にある穢れを根こそぎ払っていく。

 だけど今回はあの時みたいに神水を飲むようなことはしない。あれは何と言うか、普通ではない気がするからだ。

 古くから伝えられている大蓮寺家に残っている方法こそが正規のものであり、あれは本来のものとは別種の術だと僕は考えている。

 神水を触媒として術を起動する段階に入り、発動する間際に彼は気づいたらしい。

 穢れと共に彼の戦意を奪い去った結果、気付いた時に彼は致命的な失態を犯してしまう。


「────させるか!」


 彼にとっての唯一の正解は僕に結界を張らせるべきではなかった。戦いの合図は鳴っていなくとも、その前から僕に飛び掛かる準備をすべきだった。

 その油断が命取りになると教えてあげよう。


「浄界」


「う、おぉ……っ⁉︎」


 光の壁が僕を中心に半球状に展開される。窓硝子よりも薄いはずのそれは、振り抜けば岩をも破砕するだろう宝蔵剣護の剛腕を完璧に防いでみせた。

 悪意や敵意、害意といった意思のある攻撃に対して強烈な威力減衰効果を有しているそれは意図的に壊すことは実質不可能に近い。出来るとすれば、減衰してもし切れない程の出力で破壊する他にこの結界を突破する方法はない。

 攻撃以外の解除に関しても、解除してやろうという意思がそもそも結界の力に触れる為やはり突破は不可能だ。

 ちなみに雨を降らす必要までは感じなかったので霊力の節約という意味でも結界を張るだけに留めておいた。

 浄罪下では更に攻撃の威力が減衰するので今の状態で破られないならば彼に僕を攻撃をする手段はないということになる。彼がもしも結界を破りそうだったら使えばいいだろう。結界の強度を確かめる意味でも、それまでは高みの見物とさせてもらうことにした。


「クソッ! なんだこれは……っ!」


 殴り、蹴り、体当たりしてもびくともしない結界に彼は悪態をついて苛立たし気に吐き捨てた。


「つい最近会得した結界術です。本来は妖怪を逃がさずに仕留める為のものらしいですが、性質上外部からの攻撃にも強いので防御用としても重宝されていたそうです。その強度は大妖怪の全力の一撃すら受け止めたと言われているそうです」


「それが何だ! こんな結界……っ!」


 宝蔵剣護は己の拳では無理だと悟り、距離を取って術を行使し始めた。


「怪我しても知らねぇぞ!」


 退魔師としては比較的に新興の宝蔵家には一族特有の術というものがあまりない。だから咲夜のような予想外の特化型の子供が生まれたりする。

 他家のように一族のみが使えるような得意とする術がないので、必然的に使えるものは何でも使うといった形になった宝蔵家。その戦い方は多種多様で、一つに決まった型のようなものはない。

 宝蔵剣護の得意とするものは、身体機能の強化と武術、それに組み合わせた様々な術での戦い方だと聞いている。

 その中でも特に得意なのは火や炎、熱に関わるような術で、専らそれを自らの戦闘機動に応用している。

 術を発動した彼は炎を推進剤のように用いて高速移動をし、鉄か何かで覆った拳を振るった。


「オルァッ!」


 更には拳を振りかぶる瞬間、肘から後ろに向けて熱が放出されて爆発的な推進力を得たそれは一時的に鬼の身体能力をすら越える。

 それは決して虚勢などではなく、開いていたはずの間合いを一瞬で詰め寄り叩きつけた拳の衝撃がその威力を物語っている。

 確かにこれは強い。身体能力強化によって鋼と化した拳を高速かつ強烈な一撃で叩きつけられれば一溜りもないに違いなかった。

 僕に当たれば、の話だけど。


「……それで終わりですか?」


「馬鹿な」


 罅どころか僅かに揺らぐ様子も見せない光の壁に驚愕といった様子の宝蔵剣護。

 彼は攻撃に手を抜いたりはしていなかった。それは他の人たちもよく分かっているらしく、彼と同じかそれ以上の驚きの様相を呈している。


「結界術士ですら防ぐのに手一杯だったあの一撃を難なく防ぐとは……」


 龍健さんの感嘆の言葉に景文さんが答える。


「あの結界には攻撃意思のある外部からの影響を著しく減衰する効果があるからな。あれを突破するのは妖怪ではまず実質不可能だし、人間であっても相当困難なのは見て分かる通りだな」


「景文ならあれをどうする?」


「俺か? まぁ、減衰し切れない程の高威力の技を使うとかしかないだろうな。見たところざっと威力の七か八割は削っているみたいだし、その上で結界の強度を越えるには町一つ吹き飛ばすくらいの威力は必要なんじゃないか? まぁ、清花さんの場合は余りある霊力で更に補強すると思うけど」


「それは正攻法では無理だと言っているようなものだろう。搦め手というか、裏技のようなものはないのか? 通常、結界にはそれ相応の対応策はあるが……」


「裏技ねぇ……。第一に術者の霊力切れだろうけど、それはまず有り得ないな。清花さんの霊力の量から考えると今の結界に使った霊力は全体の一割ちょっとってところで、多分その消費した分の霊力はもう回復済みだ。結界を割ったところですぐに張りなおされるだけで意味はあまりないな。それに何重にも結界を張った場合、山を吹き飛ばすような威力でも足りるかどうか。対抗策はあるにはあるけど、結界の性質上でそもそも解除しようとする意思が攻撃する判定に引っ掛かる可能性があるからな。通常の対抗策はあまり意味がないような気がするぞ」


「末恐ろしいな。大蓮寺家というのはあのような隠し玉を持っていたのか」


「まさか。過去の大蓮寺家の人たちがあの結界を張る為には清花さんが最初に作っていた神水と呼ばれる水をかなりの時間を掛けて作った後に、結界を発動と維持をする為の霊力を溜める為に数日間の祈祷が必要なんだよ。あんな風に一朝一夕で使えるような技じゃない」


「……それをあの短時間で行使し、尚且つ日に何度も行えると?」


「ようやく、どうして彼女がここに呼ばれたか分かったか?」


「分からない奴は知恵遅れにも程がある。どうしてあんな占いが出たのかも理解した。だが、疑問がある。あれの規模は? 持続時間は? 結界は自分を中心にしか張れないのか? 物が物だ。議論の余地はいくらでもあるぞ。知っていることは吐け、景文」


「ちょっとは落ち着けよ。他家の秘術の詳しい話を俺に求められても困る。概要は知ってはいるけど詳細なところは使ってる本人にしか分からないだろうさ。何せ古い文献から得た知識だしな。例の事情によって技術の継承が殆ど出来なかったんだから、こればかりは術者当人に聞く以外ないだろ」


「……答えてくれるかどうかは別として、だな」


 後ろの方でも何やら結界についての討論が行われているらしい。

 景文さんが言っているのは結界についての当たり障りのない部分で、別に話されても問題ない。というより術そのものよりも僕に関しての話題にどんどんと変わっていっている気がするけど。


「余所見とは随分と余裕だな!」


 後ろに気を取られているのが分かったのか、目の前で吠えながら拳が叩きつけられる。

 手を替え品を替え、様々な方法で結界の突破を試みようとしているものの結果は変わらない。

 その時の余波で風圧が辺りに広がっているけれど結界内には何の変化もなかった。


「実際、余裕ですし?」


 何ならお菓子と雑誌を持ってきてここで寛げる自信すらある。結界の維持に必要な霊力は自然に回復する霊力量よりも少ないし、これなら何時間でもここにいられそうだ。

 その態度が許せないのか、彼は憤怒の表情を見せた。


「その生意気な態度もすぐに出来なくさせてやるよ!」


 この結界が破られるというのであればそれはそれで構わない。問題点が浮彫になるのならそれを解決していけばいいのだから。

 そんな実験はいずれどこかでやればいい話であり、今は彼に勝つことが目的なのでそろそろ反撃することにしよう。


「一方的に攻撃するのは飽きたと思いますし、そろそろこちらも動きますよ」


「ぬぅ……くっ!」


 まずは正面から水弾を打ち出していき様子を見る。宝蔵剣護は飛来する水弾に拳を合わせ迎撃していくも、すぐにそれが悪手であることに気付く。身体に外傷はないけれど、水に触れればその量に比例して彼の精神を消耗させていく。

 そこに彼が気付いたところで水弾を単発から連射に切り替えていく。

 凄い早さで駆け回る彼に対し、水弾は辺りを水浸しに変えながらどこまでも追っていく。


「な、にぃ!?」


 異変に気付いたのは彼が逃げ回って僕の周りを一周した辺りから。

 濡れた地面の近くを通った彼は水に濡れた箇所が浄化の影響を受けていることを感じ取ったに違いない。

 近くを通るだけで力を削ぎ、水溜まりを踏んだだけでも必ず削ぎ落としに来る。

 自分で言うのもあれだけれど、戦う側としては結構厄介極まりない性能だ。今までは敵の攻撃を避けながらだったからこちらも必死ではあったのだけど、こうして結界内から好き放題出来るのであれば話はまた違ってくる。

 相手は力を削られるのを容認しながらこの結界を突破しなければ勝ちの目はないのだから。


「逃げ回るだけでは解決はしませんよ」


「んなことは分かってんだよ! ちくしょうが!」


 彼が僕に攻撃するには水弾を回避しつつ既に濡れた場所を避け、尚且つこちらに攻撃を入れなければいけない。それでいて有効打は結界を割れる程の高威力のものに限る。逆の立場なら絶対にやりたくない所業だ。

 避けようとしてもいずれは水に捕まるのは明瞭過ぎる程の必然で、時間が経てば経つ程有利になっていく。

 だというのに、彼は一向に攻めに転ずることなく逃げ回るばかり。そこに策略は感じず、ただ逃げているだけのように見える。


「もしかして、僕の霊力切れを狙っていますか?」


 浄化使いの霊力消費が激しいのは有名な話なのでそれは戦略としては正しい。

 僕の情報は伝わっているだろうけれど、実際の霊力量や自然回復速度はどれくらいなのかまで詳細に知っているのはその場にいた景文さんくらいのもの。

 名雪さんたちが僕と宝蔵剣護が戦うのを止めたように、僕の戦闘能力は鵺や鬼に勝てるといった情報のみなのだと思う。

 一撃の重さを念頭に置けば、確かに僕が負ける可能性はあったのかもしれない。


「残りの霊力量はあとどれくらいだ。俺は何時間でも続けられるぞ」


「いえ、常に全回復しているので微塵も減っていませんが」


「は?」


 彼の目が大きく開き、こちらの霊力量を探って来る。

 そして動きを止めた。

 こちらも続けていた攻撃は止めはしたけれど、流石に勢い余って一部はそのまま当たってしまう。

 流石にこのまま攻撃し続けるのもアレなので、止めてあげる。

 それを全く意に介さずに彼はこちらに視線を向けた。


「どうして少しも減っていない?」


「回復しているから以外に理由がありますか?」


「…………?」


 腕を組んだまま大きく首をかしげる宝蔵剣護。

 しかし熟慮の末、ようやく事の真実に到達したらしく真面目な顔をして頷いた。


「霊力が急速回復する特異体質か。その血、稀有だな」


「退魔師であれば今時は珍しくもないと思いますが」


 戦闘中であれ僅かにでも回復出来るに越したことはない。葛木家はその能力のある血筋を取り込んできた歴史があり、その結果としての僕のこの体質という訳で。それは大なり小なり他の家でも似たようなことはやっているはずだ。

 僕の場合は更に化装術の恩恵が重なっているので血のお陰のみという訳でもないけれど。

 狼なら更に速い足を、鳥ならもっと自在に飛ぶ為の翼を、魚なら水の中をより素早く動く為のヒレを。牙を、爪を、大きな体躯を、強靭な鱗を。

 対象を知れば知る程強くなる性質の化装術。しかし、それら野生動物として生きる為に必要な強い武器を持たない人間に変身した僕は、生来から持っている霊力量と回復速度という武器を伸ばし今に至る。

 それが女の子になったことで使えるようになった浄化の水と特別相性が良かっただけの、必然と偶然の入り混じった結果が今の僕だ。


「……やはり欲しいな」


 ぼそりと呟いた言葉だけれど、向こうに意識を集中させている僕にはきちんと聞こえた。聞こえてしまった。

 欲しいというのが人材という意味でならまだいいけれど、別の意味でということなら非常に面倒だ。

 彼から発する"それ"が今まではやんわりとだったものが明確に、輪郭を帯びるようにくっきりと見えてしまった。


「ええと、攻撃が通らないのであれば僕の勝ちということでいいですね?」


 兎にも角にも有効打がない以上、彼が僕に勝つことはない。事前に決めごととして勝負が決まらない場合は僕の勝ちということにしている。

 向こうは僕に回復手段があるからと承諾をするはず。しかし、彼はどういう訳か首を横に振った。


「いいや、勝負は続ける」


「この結界をどうにかする方法があると?」


「物は試しだ」


 懐から取り出した符が起動し、宙に文字を刻みながら光と共に刀が取り出される。

 その刀自体が霊力を持ち、何かしらの力を持っているのは明らかだった。

 あれも霊具の一つであるものの、僕の作った物とは分類としては全く別種になる。

 人がそう在れとして作る物ではなく、年月と共に次第にそう成っていったものがあれだ。

 使われ続けた時に籠った想いや蓄積された年月がそのままその霊具の性能に繋がると聞いたことがある。

 この方法で成った物が宝具や神具とされる場合が多いとも。その想いの分だけ力は増していくことになるからだ。想いが強ければ、その分だけ強力に。


「名を風切という。これで斬れない物はない」


 先程の唖然とした様子は何だったのかという程に今は自信に満ちた顔をしている。

 確かに業物には違いないだろうし、秘められている力には結界が破られてしまうかもと危惧する程の圧力を感じる。

 世界に一振りしかないだろうそれをこんな戦いに持ち出すのはどうかと思うところはある。別に物に頼ってはいけないという取り決めはしていなかったからそれは別に違反という訳ではないけれど。

 そっちがその気ならと、僕も腹を決める。


「浄界」


 この場は清い空間で満ちているので再度祝詞を唱える必要はなく、神水さえあれば浄界は張ることが出来る。


「浄界」


 神水に多くの霊力を注ぎ込めばそれだけ多くの結界を作ることが出来るし、消費した傍から霊力を注げば新たに神水を作り出す必要もない。


「浄界、浄界、浄界」


 この結界はお互いに邪魔をし合う物ではなく、寧ろ近くにあればあるだけ相乗効果のように強度を増していく。

 一枚目で削られた攻撃は二枚目では効果がないものになっていくし、それが何枚と続けば更に堅固な城塞となる。

 都合七枚目となる結界が張られ、僕を守る壁がより強固になった様を見て彼は————


「おい、これどうすんだよ」


 こちらをじっと見ていた観客に向けて聞いていた。


「知らないよ」


 半笑い状態の藤原さんが答えた。


「でも実際、こうなったらどうすんだ? 景文さんならどうにか出来るのか?」


 呆れ顔で溜息を吐いた武原さんが景文さんに尋ねる。問われた彼は高笑いしながらふんぞり返っていた。


「いやいや、無理無理。無理だろ、あれは。減衰に減衰に減衰されて攻撃そのものが意味を為さなくなる。あぁいや、ちょっと待て…………いややっぱ無理だ、やっぱり結界解除の法も攻撃の意思ありと見られて効果が打ち消されてる。攻撃以外に方法はないのにそもそも攻撃が通用しなくなってる」


 何やら術か何かを仕掛けていたようだけれど、それは効果が発揮されなかった。

 攻撃も駄目で裏道も駄目と見るや、後ろで待機していた人たちがぞろぞろとこちらにやってくる。

 龍健さんは結界を拳の裏で叩きながらその効力の程を確かめては唸っていた。


「つまり結界が解除される条件は清花さんが自分で解くか霊力不足になるしかないってことか?」


「つまりはそういうことだな。本当に他に方法がないかは検証しないと分からないけど、思いつく限りは専用の力を持った神具くらいしかないな」


「成程。お前がそう言うのならそうなんだろうな。……それで剣護、お前はまだ戦うつもりか?」


 不貞腐れたように彼は刀を放り出し、一枚の符と変えてそれを懐に収める。


「止めだ止め。次に戦う時はその小賢しい結界を張る暇を与えない」


 そのまま踵を返してこの場から去ろうという彼に、名雪さんが待ったをかけた。


「行くのはいいけどきちんと負けを認めてから行きなさいよ。そういうの、男として格好悪いわよ」


「ぬ、ぅ」


 物凄く嫌そうに、渋々だけど、本当は言いたくないという顔をしている。

 言いたくないのであれば別に言わなくてもいいのだけど、周りからの圧力に耐えかねたらしい彼は僕の方に向き直って。


「今回は俺の負けだ。だが、次は負けん」


 そう言い捨ててこの場から去ろうとしていく。

 その前に、きちんと断りを入れておかなければ。


「いえ、もう必要ないので二度と戦いはしませんよ」


 生憎とそんな時間は僕にはない。この集まりが終われば帰ってまた修行に学校に妖怪退治の日々が帰ってくる。このようにお互いの術を出し合って競い合っている暇なんてある訳がない。

 僕の言葉に周りが笑う中、宝蔵剣護は盛大に溜息を吐いて去って行った。

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