三話-1 負けられない理由
食事会の後に本来予定されていたのは男同士の戦いだったらしい。そこで誰が一番強いのかを見せつけ、その勇姿に惚れ込んだ僕の方から結婚相手を選ばせるように仕向けるという趣旨のものだった。しかし当の本人は結婚なんてする気がなく、従ってそんな見せ物をされても心が動くはずもない。
だから本来の予定から内容は変更され、望めば僕と戦えるというものになった。これ自体は僕も望んだことなのでそれは別にいい。
ここにやって来るだろう宝蔵家の人と戦って、勝つ。それで咲夜への圧力を和らげる、ないしは止めさせるのが目的だからだ。
ただし宝蔵家と戦うのはいいとしてもそれだけというのは他の家から反発があったらしく、希望者がいれば他の人も戦ってよしとなっていた。
名目としては僕の力を知りたいから。その実は僕よりも強いことを示したいという思惑があるからだろう。ならば僕はそれに乗っかった上で勝てばいいだけの話ということだ。
そんな訳で、今は食後の休憩も程々に凄く広い体育館のような場所に来ている。
勿論だけど着物で戦う訳にもいかないので戦うつもりのない女性たちは動き易い格好で、男性は戦う戦わないに限らず全員が戦闘用の衣服に着替えて来ている。
僕も全身を締め付けていた物を脱ぎ去り、運動し易いように伸縮性の高い素材で出来ている運動着を着込んでいる。やはり僕は着飾っているよりもこうして戦う為の衣装に身を包んでいた方がしっくりくるし、この方が気楽でいい。
今は戦う前の準備体操をしているところで、その様子を側で見ていた名雪さんが心配そうにこちらを語りかけてきた。
「ねぇ、本当に大丈夫なの? アイツ、女の子が相手でも加減ってものを知らないから危ないよ? 下手したら命の危険だって……」
「咲夜からその辺りのことは色々と聞いているのでご心配には及びませんよ。浄化の力は怪我も治せるので痕が残る心配も要りませんし」
「それはそうだろうけど……」
食事の後は軽い運動をと言った宝蔵剣護は遠くの方で準備運動をしていた。ここにいる中で一番体格が良いのは彼だけど、見た目がそのまま身体能力に繋がらないというのは僕自身がよく理解している。でなければ大門先輩から戦いを学んでいたりはしない。
「これでも近接格闘戦には自信がありますから。僕の師匠は鬼より強いのですよ」
「それは流石に言い過ぎじゃない? ……でも、それくらい強い人の教えなら安心かな」
僕と宝蔵剣護はお互いに怪我がない状態でやりたいということで一番目に試合うことになっている。
そう、試合。これは生死を賭けた戦いではない。それでもお互いの肩に乗っかっているのは自分の誇りだけではない。彼の場合は宝蔵家、僕には咲夜という存在が。つまりはただ試合と言っても負けられない戦いにはなる訳だ。
「名雪さんとしては僕とあの人、どっちが勝つと思いますか?」
「うーん……難しいけど、清花ちゃんかなぁ」
「それはありがとうございます。ちなみに、どの辺りで決めたんですか?」
「だって、アイツ鬼に勝てなさそうだし。実際、鬼みたいな闘い方をする人と一対一では勝ったことはないはずだから清花ちゃんかなって」
「なるほど。それは有益な情報ですね」
僕も真正面から自分の肉体のみで打ち倒した訳ではないし、浄化の力の弱体化ありきでの話なので一概に同列に語れるかどうか分からないけれど、彼が鬼以上の身体能力ではないことは確かということらしい。
それなら後はお互いの技量での勝負となる。なら勝てない道理はない。
「清花さん、本当に大丈夫なのか?」
「景文さん。それに皆さんも」
名雪さんと話し込んでいると僕の傍には大勢の人たちがやって来ていた。
宝蔵剣護を除いたあの食事会にいた全員がここに。
あちら側に誰もいないというのが少し気の毒に思えるほどだけど、幸いにも向こうはそういうことを気にしない性格らしい。
「戦いなので絶対はないですが、それでも宣言します。僕が勝ちますよ」
「俺にもそう宣言していたくらいだし、自信があるのは分かるよ」
「でしたら心配をする必要はないのでは?」
いずれは戦うかもしれない相手として戦い方、性格、過去の記録から既に予習してある。
一般的に退魔師と言えば男性というのが常識だ。戦うのは専らが男性であり、女性が前線で戦うことは極めて稀であるからそれは仕方ない。
日本での最も強いとされる術士の一人に女性はいるけれど、それでもたった一人だけというのが実情だ。
戦えば女性は男性には勝てない。それが退魔師間での認識。それは強ち間違いではない。
「頭では分かってるんだ。清花さんなら余裕かもしれないけど戦いは何があるか分からないものだし、保険としてこれを渡しておくよ」
「これは?」
景文さんから渡されたのは一枚の札──ではなく、封筒に入った札束のようなもの。何やらびっしりと文字が書き込まれているようだけれど、生憎と彼の術に精通している訳ではない僕では内容は理解出来ない。
聞けば彼は胸を張って堂々と、自信満々な様子で答えてのけた。
「護身用の符だよ。一度だけ身体機能に差し障りがあるような攻撃から守ってくれるんだ。それをとりあえずは三十枚ね」
「多くないですか!?」
「過保護にも程があるだろ!」
僕と藤原さんの突っ込みがほぼ同時に入る。他の人たちもあまりの数に呆れた様子だ。
紙だから大したものじゃなくてもこれだけの数だと重みも違ってくる。戦いに支障をきたすといけないので中身から三枚程抜き取ってから残りは返すことにした。
「ご厚意は有難く受け取っておきます。でも何度も攻撃を受けるつもりはないので残りはお返ししますね」
「……そうか」
少し残念そうではあるけれど、そんな物を懐に仕舞いながらではあまりにも戦い辛いので仕方ないと諦めて貰うとしよう。
それを見てか、藤原さんがねちっこい笑みを浮かべて彼の肩に手を置いた。
「景文、お前結構過保護だったんだな。俺たちが戦う時はそんなモンくれた記憶ねぇぞ?」
「男に優しくしてやる気はないだけだ。全部自己責任だし多少の怪我くらい自分で治せ」
「おぉい! なんだその圧倒的男女差別意識! それを隠す気もないところが逆に凄ぇよお前!」
素気無く払われた手を抱えながら藤原さんが大袈裟に嘆く。
この場合、僕の実力不足を暗に指摘されているのか、単純に心配なだけなのか分からない。
遠目に撮影された鵺との戦いだけで信用に値するだけの情報にはなり得ないのか、あるいはそれ以上の力を宝蔵剣護が持っているのか。
ここは意味ありげな様子でこちらに向かって微笑む人に聞いてみることにしよう。
「文奈さんの占いにはこの練習試合のことはありましたか?」
「大雑把な情報でしたけど、多少は。怪我はお互い特にないと出ているので安心して下さい」
「ちなみにどちらが勝つとかは?」
「それを言ってしまうと結果が変わってしまうかもしれないので言えません。本当は言いたい気持ちはあるんですよ? 後から結果を言ったって『どうせ後出しだから何とでも言える』と言われてしまいますし」
紙に書いておくとか事前に占いの結果でも残しておかない限りそう思われてしまうのも分かる。
占っている側からすれば言われたくない言葉だというのは文奈さんの顔を見ればなんとなく察した。頑張って占っているのにそんな心無い言葉を浴びせられれば誰だって傷つくに違いない。
「占いも色々と大変なんですね」
「そう言って下さるだけで救われる思いです。あぁそうそう! ちなみにですが、興味本位で清花さんの恋人候補も既に占っておりましてね?」
「何てものを占ってるんですか!?」
少しでも同情した僕が間違いだった。先ほどの気持ちを追いかけてどこか遠くへ蹴り飛ばしておく。
「ほう? それは重大案件なはずなのに初耳なんですが?」
やはりと言うべきか、近くにいたせいで話を聞いていた龍健さんが興味深そうにしている。
他の面々もこの話題には食い気味で耳を傾けていて、名雪さんに行ったはずの恋人を作らないという説得の無意味さをすぐに悟った。
結婚する気はないとか言っておきながら将来的に恋人を作る気なのかと。初めて会った僕と古い付き合いの文奈さん、どちらの言う事を信用するのかと言えば占い師であり長い付き合いの彼女の方に他ならない。
良くない空気になりつつある中、爆弾発言をした当人の文奈さんは何てことないように朗らかな笑みを浮かべて。
「あらあら、まだ候補を占ったと言っただけで相手が決まったと言った訳ではありませんよ。結婚しない未来もあり得るのですから。貴方は年長者なんですから、周囲を勘違いさせるような早とちりはいけませんよ?」
「お得意の言葉遊びのつもりですか? 何もないというのなら口にしなくても良かったことでしょう? 君のことだから考えあってのことだとは思ってはいるけど、悪戯に周りを振り回すのは感心しないですね」
「燻る火が消えないようにするのが私の務めですので。誰と誰が恋仲になるのはその人の自由で御座いますれば、その後のこともまた当人同士の問題では? 私の言葉はあくまで切っ掛けを与える程度のものに過ぎません」
比喩表現ではあるけれど、火が消えないようにとはどういうことか。龍健さんは何かを察したようで、訳知り顔で頷いた。
「成程。それは然りですね」
「助言が欲しければ別途ご相談は受け付けます。勿論、お代は頂きますが」
「ちょっと、文奈さん?」
何を勝手に僕のことでやり取りをしているのか、本人を前にしてやっていいことではないだろうに。
助言をくれるという言葉に数名の人が心動いているのを感じて、それで迷惑を被る側になる僕は非難の目を向ける。
すると文奈さんは少し目尻を下げて申し訳なさそうにはしつつも梃子でも動かない態度で返してくる。
「ごめんなさい。先程も言った通り、火が消えないように風を吹かせ続けるのが私の役割なので。ですがこのままではあまりに天秤に偏りがあるのも事実。それでは謝罪の代わりとして、清花さんにだけ少しだけ占いの結果を話しましょう」
「先ほどご自分で言っていましたが、それを言ってしまうと結果が変わるのでは?」
「より良い未来に導くように手を回すのも私たちの役割なんですよ」
「物はいいようというやつですね」
彼女の役回りは裏方と言えば聞こえはいいかもしれないけれど、実質的に裏から人の行動を支配しているようなもので。
本人的にはきちんとした分別を持ちながら、自身の言う「より良い未来」になる為の行動をしているので悪びれる様子は一切ない。
悪意がないことと悪事が出来ないことは決して同じ意味ではない。
こうして一部の情報を開示するというのもまた文奈さんの計画の一部だということは理解しておく必要がありそうだ。
その為には文奈さんがどういう未来へ導こうとしているのか、それをまずは知る必要がある。
「他の人たちには聞こえないように……」
「……では、水の幕を張ります」
瞬時に僕たちを包むように水が包み込む。これなら小声の内緒話程度ならば例え景文さんでも聞こえないだろう。視界がぼやけているから口の形から読まれるということもないはずだ。
耳を彼女の方に寄せると、文奈さんは出来る限り声量を絞って語りかけてくる。
『この戦いに負けた場合、清花さんの結婚相手が九割九分決まります』
『ちょ』
流石に口を挟まずにはいられない情報だったけれど、文奈さんは神妙な面持ちでそのまま続けた。
『実力で上下関係が決まった宝蔵家は大蓮寺清花に対して強硬的になります。それは宝蔵咲夜にも影響が波及し、彼女を守る為に貴方はその身を捧げるでしょう』
『それは咲夜が既に予想していたことです』
『ではこれは余計にお世話でしたね。流石は清花さんが頼りにしている人です。しっかりとしたお方のようですね』
『いえ、元々覚悟はしていたつもりですがより一層の決意をしました』
宝蔵家の人たちの性格を誰よりも知る咲夜はこうなることくらいは言った通り既に分かっていた。
それはあくまで予想で。成程確かにまるで見てきたかのように語る、力のある占い師の言葉というだけで説得力はこうも違うものか。実際に自分のことを言われるのとそうでないのとでは雲泥の差がある。しかも今回はより具体的な未来予想図なだけに信憑性は高い。
『では、予想済みということで占い師としてもう一声』
しかしながら、文奈さんの言ったことは宝蔵家を良く知る者であれば容易に想像がつく話で、その後の僕の対応も話を聞いた後では後出しと言われてもおかしくはない。それは占い師の沽券に関わるということか。
文奈さんは宣誓でもするかのように胸に手を当て、耳元ではなく向かい合って口にする。
『戦いの最中、宝蔵剣護は貴方の動揺を誘うでしょう。彼はその隙を突き貴方の喉元へと刃を突き立て高らかに勝利を叫ぶ』
これは予言らしい予言だ。戦いの内容までは流石に彼の性格や感情から読むことは出来ないし、具体的でもあるから信憑性はあった。
その情報があれば、心に備えが出来て動揺もしなくなる。負ける可能性はグッと減っただろう。
言葉に含まれる想いには色々と思うところはあるものの、なるほど、確かにこうして占い師の助言が欲しくなるのも分かる気がする。
『こんなものでどうでしょうか? 少しはお役に立てましたか?』
『助かりはしましたが……言ってしまえば、これは未来を変えてしまう言葉だったのではないですか?』
『脅された処で怯まずに返り撃ちにする未来もあったので問題はありません。というか、これ以外の勝ち筋が彼にはないのですよね。あまりに見苦しく、彼にとっても生涯に禍根を残すような出来れば採りたくない選択だったのでそれを失くすという意味でも重要なんです』
そういうことらしい。最後の方は何を言っているのかさっぱりな部分もあったが。
彼女のどこまで話すか、何を話すかの基準は僕には分からないけれど、とにかく情報をくれた訳なので今は深く気にしないことにした。
話は以上とのことなので水の幕を解除する。途端に詰め寄って来るのは景文さんと龍健さんの二人。
「何を聞いたんだ?」
「私たちにも教えて欲しいのですが」
好奇心とかではなく、真剣にその情報が気になっているのがその顔色から伺えた。
とはいえ、今の話を他の人に話してしまっていいものか判断が僕にはつかない。文奈さんの方を見ると、彼女は頷いた。
「私から聞いた情報をどう扱うのかはその人にお任せしていますのでお気になさらず。占い師としては、話した方が良い結果に繋がると思いますよ」
文奈さんの助言に従いつつ別に話したところで不利益が出る訳でもないので他の人達にも話すことにした。
負けるとどうなるか、戦いの最中に何が起こるか。それを聞いた人たちの反応は以外と統一されていた。
怒りと言う名の感情を。
「やっぱりこれいるんじゃないか?」
改めて、というか更に厚みの増した封筒を渡そうとしてくる人。
「良ければ先に私が戦って弱らせておきましょうか?」
何やら思惑があるらしい人。
藤原さんに関しては腕を組んで何やら考え事をしている様子。武原さんは何でか準備体操をしていた。
「その話を聞いてもやる気なの?」
名雪さんが心配そうに聞いてくるけれど、僕はこの程度で止まる気はない。
「もし仮にここで退けば、宝蔵家はそこに付け込んでくることは分かっていますから。それは彼を事前に弱らせても同じです。やるならお互いに全力でやらないと意味がないんですよ」
「清花ちゃん……」
それでもやはり心配なのは変わらないか。有力家の娘として他家に嫁ぐ前提で育てられた大友家の名雪さんは戦いという戦いを経験したことはないという。文字通り、命を掛けた戦いなんてものは特に。
あったとしても、それは幾重にも安全の保証がされている中でのものだ。
退魔師の子供はそうやって戦いの経験を重ねていき、やがては立派な大人になって今度は自らが率いていく立場になる。
そんな環境で育ったならば、僕のやっている行為は自殺行為にも等しく見えてるのだろう。
「これくらいのこと、一人でやっていれば何度も経験することですのでご心配なく。というより、皆さん僕が負けると思っているんですかね?」
文奈さんが言った未来はあくまで可能性の一つ。言っていたことを彼が本当にするかも分からないし、それに対して僕が動揺して負けてしまうのかもまた分からない。
その程度で負けるだなんて露程も思ってはいないけど、他の人からすれば実力の知っている宝蔵剣護の方が勝つと思ってしまうのは無理のないことで。
それでも不安要素があるとするのなら、それは僕の対人戦の経験が少ないということくらいか。
「あの人は勝つ為なら何でもするからな」
その手口は知っているのか、しかし武原さんはあまりそのことに対して良い気持ちは持っていないようだ。
「それこそ脅しもするし騙し討ちもする。景文さんは大蓮寺が勝つ確立はどれくらいと見てるんだ?」
「単純な実力で言うなら負ける要素はないな。あるとすればさっき言ってたみたいな搦め手によるものだろう。そんな手で勝って勝ち誇っていたら俺が家ごと滅ぼすけどな」
何だか全体的に宝蔵剣護に対しての当たりが強いのは気のせいじゃないはずだ。誰もあちら側にいないこともその証左だと言える。
「皆さんってあの人のことを嫌いなんですか?」
何気なく聞いてみたところ、皆一様に複雑そうな顔をする。
素直に嫌いだと口にすることは出来ないけれど完全に否定も出来ないといったところだろうか。
この場合どう受け取るのが正解かは分からないけれど、少なくとも好きだと胸を張って言える人はいないように感じた。やはりというか何というか、ああいった俺様気質の人には好かれにくいらしい。
「戦い以外に関してはそこまで悪い奴じゃないんだけどな」
藤原さんが一応擁護はしているけれど、出来ているかは微妙なところかもしれない。
「卑怯卑劣なことをするのも戦いに関してのことだけで、普段はそういうことをする奴じゃないのはまぁ確かだな」
「そう言う景文はアイツとは逆に普段裏工作のようなことばかりしているから人のことをとやかくは言えないな」
「あぁ?」
「んだよ? 事実を言われて怒んなよ」
「怒ってねーよ。第三者面して良い人面してるけど実際は貪欲に狙ってるお前にだけは言われたくないってだけだ」
景文さんの冷静な言い返しに藤原さんの言葉が一瞬詰まる。
「……別に狙ってねーよ?」
「利通?」
「い、いや違うぞ! これはアイツが勝手に言ってるだけで! 俺はそんなつもりは……っ!」
それを見逃さずに隣にいた名雪さんの責めるような視線が突き刺さっていく。
流石は婚約者、僅かな挙動も看破していった。対する彼は後ろめたさが隠せておらず、詰るような視線にたじたじといった様子。
そんな有様を見て男性陣はせせら笑う。
仲は良さそうだと思っていたのだけれども、今この瞬間だけは違うのかもしれないと思い直していた。
「ねぇ、アンタ」
そんな中、今まで頑なな程会話には参加していなかった千郷が話しかけてくる。
「なんでしょうか?」
「負けたらアイツの嫁になるのは別にいいけど、その場合の宝蔵咲夜の扱いはどうなると思う?」
「色々と言いたいところはありますが、質問に答えるとするなら、恐らくは彼女は用無しと判断されてどこかへ嫁がされるか僕に対する人質として手元に置いておくかではないでしょうか」
これは咲夜の予想ではある。恐らくはそうなるだろうなというのは占いがなくても想像が出来た。
「その場合、当然だけど雇っている人たちは路頭に迷う訳よね」
「元々が宝蔵家で働いていた人たちですから、流石にそんなことはしないと思いますよ。僕の心証が更に悪くなるだけですし」
「清光は? 彼は元々宝蔵家で働いていた訳じゃないし、その後も雇って貰えると思う?」
「……それは」
"大蓮寺清花"の心証を考えれば雇うのだろうけれど、果たして退魔師としては使い物にならない人をあの宝蔵家が雇うかと言われれば個人的にはないと考えてしまう。おそらく、葛木家に返されることになるだろう。その時にどうやって清光に戻るかが問題だけど。
「それが答えってこと? なら、約束を果たす為に絶対に負けないで」
千郷を清光に合わせること、それが叶わなくなるのならばという彼女の意思は伝わって来た。
元々居た場所がアレだから、今度こそ会えなくなるような場所に行ってしまうと考えているのかもしれない。
懐を探った彼女は何かを取り出すとそれを僕に手渡してくる。何かの霊具だろうか、赤い宝石の嵌った指輪が手渡される。
宝石の部分から何かの霊力を感じるのでやはり霊具で間違いない。
「これは?」
「土御門のとは違うけど護身具の一つよ」
「……有難く借り受けます」
彼女の思いを受け止めなければならない者としてこれを受けない訳にはいかない。それで負けた日にはどれだけの怒りを買ってしまうことか。
そうなるつもりは毛頭ないけれど、彼女を安心させるという意味では受け取る以外ない。
千郷を元の彼女に戻す為にもこの戦いは負けられないものとなった。