二話-9 疑惑
「権限というのはどういう意味ですか?」
質問をしてきたのは武原さんだった。特に悪意などなく、単純に分からないから質問をしてきたというように見受ける。
「実力で言えばお前の方が圧倒的に強いだろ。分かってるだけでも鵺、鬼、それに分身とはいえ大妖怪まで下したその実績はどれも並みの退魔師にとって鬼門とされるような相手ばかりだ。それだけで退魔師としては二級かそれ以上に該当する。それなのにどうして非力な人間の言葉に従う? どうしてそんな人間に自分の意思決定の権利を渡す? 俺にはそれが理解出来ない」
「それが権限という話ですか。つまるところ弱い人間は強い人間に従えと、そういった考えの下の発言なんですね?」
「それが常識だろ」
「……そうですか。常識ですか」
正直に言えば、彼の考え方こそ僕には理解出来ない。自分より強い人の意見に従うというのなら、強い人が複数いる場合どうすればいいのか。
家庭内で言えば母親など、腕っぷしでは男性には敵わない人というのはいるだろう。しかしながら力が弱いから母親の意見には従わないという人が果たしているのかどうか。
人それぞれの強い部分を認めていくのはいい。
けれど、結局のところは自分で言う事を聞く人を選ぶくせに、強いだの弱いだのに拘るのはそちらの方が自分の意思がないと思う。
呆れてものも言えない状態の僕が言い負けているとでも勘違いしたのか、彼は少し前のめりになってこちらを覗き込んでくる。
「お前は何かしら弱みでも握られているんじゃないのか? だから今は従ってるフリをしているんじゃないのか? こうして物理的に距離を離されたのはそれを危惧してのことだと思っていたんじゃないのか?」
その言葉に込められた感情から彼は僕を心配して言ってくれているのは伝わってきた。ただ、あまりにも飛躍した考えで決め付けが過ぎている。
「待って下さい。一体何がどうして弱みが握られているという話になるんですか?」
「そうでもなければ説明がつかないからだ。宝蔵咲夜がお前よりも上の位置にいる理由の」
「いいえ。それは"有り得ない"んですよ」
「……なんだって?」
何故か彼の仮説の中では咲夜が悪として捉えられているようだけれど、それは大きな間違いだ。その仮説はそもそもの前提が間違っている。
前提が崩れれば仮説そのものが成り立たなくなる。彼はそのことを見落としていた。
「色々と小難しい説明は省きますが、何よりも僕が浄化使いであることが何よりその証明しています」
「……意味が分からねぇ」
もしも彼が思うようなあくどい真似を咲夜がしているのならば、その側にいる僕は浄化使いとして未熟者でしかないのだから。その場合、僕がここにいることはないということになる。浄化使いの知識としてこれこそ常識だと言っていい。
尚も分からないという顔をしている彼に、龍健さんが補足説明をする。
「浄化使いにはいるだけで場を清く正常にする力があります。善良な者には何もないが、心根が邪悪な者に対してはただ居るだけで相当の苦痛があるはずですね。それは浄化使いとしての資質が高ければ比例してその効果は増していく。浄化使いとして歴代でも最強と目される清花さんと一緒にいられるという、たったそれだけでその心根は善良であると保証されているようなものだということですよ。だから宝蔵咲夜が彼女を食い物にしているということは清花さんの言った通り有り得ないということだと理解しなさい」
僕の口からは説明しにくいところを詳細に分かり易く話してくれたことには感謝する。
それで武原さんの方も理解はしたようで。
「……すまねぇ。ただの思い違いだったみたいだ」
もう少し突っかかって来るものだと思っていたけれど、案外すんなりと引き下がる。
彼は態度や言動が粗野ではあるけれど、馬鹿ではない。……いや、性欲馬鹿ではあるけど。考えなしではないと言った方がいいかもしれない。
「とりあえずは勘違いだったと認めてさえくれれば構いません。ですが、一つ気になるのはまるで初めから咲夜を悪者のように思ってはいませんでしたか? その理由について出来れば教えて欲しいのですが」
「そ、れは……」
「勝己、それでは何かあるのだと変に勘繰られるだけだぞ。何もなければそう言い、あるのならば謝罪の意として理由を吐け。それが失礼を働いた者としてのケジメというものだろう」
それでも頑なに口を閉ざした様子の彼には皆の視線が集まってしまう。
龍健さんが彼の肩に手を置き、真摯に語りかける様子は弟に寄り添いつつも厳しく道を諭す兄そのものだった。
そんな彼の気遣いは伝わったのか、武原さんは一度強く瞼を閉じた後に顔を上げた。
「俺には瘴気で身体を壊した友人がいる」
「勝己、それは……」
まさかその話をするとは思わなかったという様子で藤原さんが驚いている。
「瘴気ですか、見たことはありませんが聞いたことはあります。それが咲夜と関係しているということですか?」
瘴気とは妖怪の出す妖気とは違う、別種の霊力的な現象だと聞いたことがある。本来の意味であれば毒気を意味するそれは、退魔師たちの間ではある特定の事象を示す。それは退魔師にとって捨て置けない根深い問題であるとも。
僕の問いに頷いた彼は神妙な面持ちで続けた。
「呪詛師に侵された毒は強くて普通の治療じゃどうすることも出来なかった。勿論、別の浄化使いにも頼んだ。親にも友人にも頼んで、金も沢山使った。自分に出来ることは全てしたと思う」
そこまで言って、彼は僕を真っすぐに見た。
「でも駄目だった。だからお前に一縷の望みを掛けてお願いをしようとしたんだ」
「しようとした、ということは叶わなかったということですよね? それに咲夜が絡んでいると。……そうなると、頼んでも断られたといったところでしょうか?」
「……そうだ。三回頼んで全て一言で断られてる」
それなら咲夜に悪感情を持つことは有り得るかと思いつつも、果たして今の話を聞いて咲夜が僕に黙っているだろうかと考えた。
緊急性の高いものや公益性のあるものの依頼は条件は何かしら付けるにせよ、基本的には断らないはずだ。そういう依頼もこなしたことはある身としては彼の話には疑問を感じざるを得ない。
「その話を詳細に咲夜に伝えましたか?」
「…………いや、話してない。事がことだけにあまり公にはしてないからな。本当はここで言うつもりもなかった」
暫く考えた後に返された言葉はやはりというべきものだった。それでは流石に咲夜だって頷くことは難しいだろう。僕に直接話が来たってお断りをしていたと思う。
「そちらにはそちらの事情があったように僕たちにも僕たちの事情があります。こちらは何かと弱い立場だったので、他家の干渉を出来る限り念入りに排除していたんです。だから特に理由もなく僕の力を使いたいと言われても許可なんて出る訳がないですよ。以前にそちらに出向いたのはあくまで緊急の応援要請があったからというだけの話で、僕はいつでもどこでも気軽に出張している訳ではありません」
「そう……だったのか」
「それと、それほどの案件ならば何故鵺討伐の時にそれを話さなかったのですか?」
「あの時はお前の力がどれくらいのものだったか分からなかったし、緊急時でその話をする余裕はなかっただろ。それに俺が話を持ちかけたのはその後だ」
「そうですか。それなら尚のこと咲夜は警戒されていたので難しかったと思いますよ。そちらで働いていた人が僕が鵺と戦っていた映像を隠し撮りして、それを世間に無断で流してしまいましたからね」
「それは……そうか、断られて当然だったか。すまねぇ。俺の思い違いだった。そう宝蔵咲夜にも謝っておいてくれ。自分で伝えられたらそうするつもりだ」
状況が状況なだけにおいそれとは口に出来ない話なのはなんとなく伝わったけれど、それを言わないことにはこちら側としても対応は難しかったはずだ。
咲夜に対する誤解が解けたことにホッとしつつ、必要なことを伝えておくにことする。
「誤解は解けたみたいなので、咲夜にまた改めて状況を伝えてお願いをしてみて下さい。この場でどうするかを僕が即答することは出来ませんが、誠実なお願いであれば咲夜も無碍にはしないと思いますし、僕からも話を通しておきます。その結果として力を振るう時は全力でやらせて頂きますが、既に治療に当たっていた他の術士同様に必ずしも良い結果が出るとは限らないことはくれぐれも留意しておいて下さいね」
「ありがとう。恩に着る」
「いえ、お礼は要りません。まだ何もしてはいないので」
言いかけたところで、これも言っておいた方がいいかもと頭に浮かんだことを言っておく。
「そうでした。ちなみにですが、彼女は現在実家に呼ばれて戻っておりまして。もしも仮に彼女が戻って来なかった場合はその話を受けられない可能性があるので、そちらの点もまたご理解頂けると幸いです」
僕という力を使う為の窓口が咲夜なのだから、彼女がいなければ当然として仕事を受けられない。そう口にした瞬間、場に奇妙な緊張感のようなものが迸ったのを感じる。
その頼み事をする為の咲夜がいないのは困る武原さんは強い目でもって頷いた。
「武原家として宝蔵家の方に意向を確認しておく」
「他人事ではないようなので、こちらとしても前園家として意見しておきましょう」
流れを見守っていた龍健さんが言い切ったところで、扉が開く音がした。
「宝蔵家が何だって?」
「うわまた出た」
名雪さんの嫌そうな声に釣られて振り向くと、宝蔵剣護が服を着替えてやって来ていた。
景文さんにいい様にやられたせいか、更に警戒心を高めているのが手に取るように分かる。それでいてこの不躾な態度は最早流石だと褒めてあげたい。
「あんたの所の咲夜ちゃんが無事に帰って来ないと清花ちゃんはお仕事の依頼を引き受けられないってさ。宝蔵家の一員としてそこのところどうなのよ?」
「んなもん、俺が知るかよ。帰りたきゃ勝手に帰ればいいだろ。俺に一々聞くことでもねぇ」
「だから、その帰りたいって本人の意思を邪魔したりしていないでしょうねってことなんだけど」
「あん? ……あぁ、大蓮寺清花と取引をする為にってか? 俺だったらやらねぇが、他の奴らの考えまでは知らん。後ろに大蓮寺清花、その後ろに土御門がいるのは分かってんだから、普通はんな馬鹿な真似はしないだろうが……。だがまぁ、そこに気付かない間抜けがいればやるだろうな。そんな馬鹿の考えまで俺の責任だとは思わん」
突き放したような言い方だけど、特に嘘を吐いているようにも感じ取れない。本当にただそう思っているのだろうと思う。
名雪さんもそれ以上は突っ込めないと判断したらしく、適当に返事をして会話を終わらせていた。
すると今度は意見をすると言った龍健さんが口を挟む。
「じゃあ剣護、君の方から実家の方に一言は言ってくれないか?」
「理由がないな。言っただろ、帰りたければ帰ればいいって」
「それでも帰れないのであれば自己責任だと言いたいのか?」
「力が無ぇ奴は自分の意思すら通せないって当たり前の話な訳だ。それでもってんなら、力のある奴が無理矢理にでも連れて帰ればいい」
そう言って僕の方を見る。そちらがそういった対応をされるというのなら、こちらにもそれ相応をしなければならなくなる。
「もしもそのような事態が起こった場合、こちらとしてはあらゆる手段を用いますし、その後に起こる弊害は関知しませんのでそこのところはよろしくお願いしますね」
「どういう意味だよ?」
僕の脅迫めいた言葉に少し彼の言葉が上擦った。
「単純な話として、今回のように素直に言うことを聞いていると不利益を被るとなれば多少の反発は仕方ないという話ですよ。それが特定の個人や団体ではなく、退魔師という集団に向けられるというだけの話なだけです」
聞き捨てらないと尋ねてくるのは龍健さんの方だった。
「その反発というのはどういう意味かな?」
「別に悪さをするつもりではありませんよ? ただ言う事を聞かなくなったり、呼ばれても無視する程度の子供の我が儘のようなものです。こうして理由を付けて引き離され、片方を脅しに使うような事態をこそ僕たちは避けたいので。そうならない為に不要な関りは根こそぎ断つ以外に方法がありませんから」
「こうしてここにいることも不要なことだ、と?」
「極論ですが、物事を大別すればそうなります。僕は一人でも妖怪と戦えますし、今までのように他の退魔師の助けはあまり必要としていませんから。皆さんと知り合えたことが無駄なことだと言っている訳ではありませんが、事実としてそのように成り立ってはいます」
現に今までもそうしてきた。それを許さないというのは僕達ではなく周りの方だ。僕が学校に通うようになったのもここにやって来たのも他からの干渉を受けてのことであって僕たちの意思ではない。
そうして周りに合わせたせいで不利益を被るというのなら合わせなくていいかとなるのは自然の流れだろう。
「それでもこれからはお互いに仲良くやっていこうという為にここへとやって来たというのに、そんな仕打ちを受けてまで仲良く出来ると思いますか?」
「俺は清花さんの言う事に一理あると思うな」
「そりゃそうだ。俺だってそうなる」
藤原さんが賛成の意を示して、武原さんも同意するように頷いた。
周りが敵の状態となった彼は果たしてどういう反応をすのか。
「前提として咲夜は宝蔵家の人間だ。実家に留まり続けたところで、別に非難される謂れはないんだが?」
「戦う力のない娘を一人遠隔地に送り込み、援助は最低限も満たさないような環境の中で自力でどうにかしてみせろと言う親や家族の下に居たいと思う人がいると思いますか?」
「…………」
「僕なら一秒でも早く離れたいと思いますし、それは咲夜も例外ではないのでは?」
やはり問答では宝蔵剣護は弱い。言い負かされ、体をわなわなと震わせている。
すぐに暴力に訴えようという意思を感じる。それを制御する精神は持っているものの、隠しきれる程のものではない。
「剣護、お前また飛ばされたいのか? 次は帰って来られると思うなよ」
「ぐぅっ!」
景文さんの言葉が聞こえた瞬間、彼の武威が霧散していく。
「貴方が咲夜をどういう思いで見ているのかは知りません。けれど、僕の知っている限りの宝蔵家に彼女の居場所はないと思っています。それでもと奮起する彼女の邪魔をするというのなら、僕は貴方達を敵として見なければならなくなります」
「そこまでする価値がアイツにあるってか? 土御門に藤原、前園やここにいる奴らとの関係を断つほどの価値がよ」
「少なくとも僕にはありますよ。貴方には分からないでしょうけど」
そこだけは断言する。景文さんたちには申し訳ないけれど、どちらかを選べと言われたら間違いなく咲夜の方を僕は取る。
会ってからの時間こそ短いけれど、二人で頑張ろうという誓いはちょっとやそっとで崩れるようなものじゃない。咲夜にこれを言ったら重いとか言うかもしれないけれども。
その時、武威を発さなくなった宝蔵剣護が心底疑問だというように純粋な感情で首を傾げた。
「お前達、もしかして愛し合ってんのか?」
「────は?」
僕の頭の中での友情が途端にピンク色に塗り潰されていく。
別に咲夜のことを女の子として見ていない訳ではないし、魅力を感じない訳でもない。
しかしながら、今の僕は女の子だし、お互いにやるべきことがあるから恋愛にかまけている場合じゃないのはお互いにそう理解している。
何より同じ志を持つ仲間として見ているからこそ、そういう目で見ようとしてはいない。
「何だ、違うのか? そこまで入れ込んでいるからてっきりそうなんだろうと思ったんだが。先に言っておくが、俺は別に非難しているつもりはないぞ」
「えぇ、理解しています。でも、一応言っておきますけど、僕たちは……お、女の子同士なんですが。そもそも同性同士じゃ恋愛に発展すらしていませんよ?」
「何言ってんだ? 今時同性同士ってのは珍しいがないこともないだろ。退魔師でも子供さえ生めば後は好きにしたらいいって考えの奴もいるくらいだしな。上位の退魔師に適用されるかは知らんが、恋愛自体は自由を謳ってるはずだ。だから別にお前たちが好き合っていても義務さえ果たせば問題はないだろうよ」
同性同士の恋愛について学がない僕は理解がし辛いけれど、そういうものもあるのかと一応の納得はしておく。
何だか衝撃的な疑惑をぶつけられたせいで思考がとっ散らかって纏まらない。どう返すべきなのか正解が見当たらない。
「はぁ、そうなんですか。勉強になります。……うん? でも、何だか妙に詳しいですね…………もしかして?」
疑問が疑惑へと結びつき、思い至った僕の視線と皆の視線が一点に集中する。色濃い疑惑の眼差しだ。
流石にこれには宝蔵家の嫡男でも怯んだか、慌てたように手を大きく振る。
「おいッ‼︎ 違ぇよ!? 話に聞いたってだけで、俺は至って普通の異性愛者だ! 誤解をするなよ⁉︎」
何だか一気に空気が変わったというか、さっきまでの会話をすると違和感を感じそうというか。今の状況で口に出すような言葉が僕には見当たらなかった。
代わりにと言ってはあれだけど、古くから彼のことを知っている人たちがここには沢山いる。そういう人たちがこの空気をどうにかしてくれるはずだ。
右にいる景文さんから順番に。
「剣護が"そういう趣味"だったとは知らなかったな」
「強い奴が好きっていうのもそういう意味合いが込められているとか?」
「だとしたらここにいる我らは危うくないですかね?」
「俺は一抜けするわ」
「お前ら……っ」
男性陣の視線が一度宝蔵剣護に向けられ、そしてまた離れる。
あからさまに弄り倒そうという思惑が透けて見えるけれど、他ならぬ当事者はこの状況を看過できないらしい。
全身を震わせ、両の拳を握りしめて目を血走らせて今にも襲い掛かってきそうだ。
それを抑える為に景文さんが真面目な顔をして手で制する。
「落ち着け剣護、冗談だ。お前が最初に疑ったような発言をしたんだ。これくらいは許せよ」
「ぐ、ぬぅ……」
事実なだけに言い返せないのが口惜しいらしい。
景文さんたちもあまり言い過ぎると爆発しそうだと考えているらしくこれ以上は刺激しない方向みたいだ。
暫くすると、宝蔵剣護はわなわなと震わせていた体の震えを止め、勢いよく椅子に座り込む。
「あー……もういい。咲夜については無事に届けさせるように家の方には俺からも言っておく。これでいいか?」
「えっ? えぇ、まぁ……はい」
一体どういう風の吹き回しか、全て面倒になったとでも言いたげな様子で物分かりが良くなった。
「そんなに簡単に執り成してくれるなら最初からしてくれればいいのに」
「これ以上は飯が冷める。どうせこの後は体を動かすんだろ。だったら俺の用事はその時でいい。この程度の雑事で煩わされたくない」
その言い分に名雪さんが嘆息して呆れたように首を横に振った。
彼もそれ以上は語るつもりはないのか、目の前にある食事たちを一口で食べ終えては次の料理を注文している。大きい図体をしているので食事の量も半端なさそうだ。僕が少ないからと味わって食べている一皿一皿をまるで飲み込むように平らげていってしまっている。
彼のことは一旦考えないようにして、発言を振り返ると気になることがある。
「あの、体を動かすというのは? この食事会の後のことはあまり聞いていませんでしたが」
「大人たちの都合ですが、男性たちには自分たちの力を見せつけて何とか清花さんの気を引いて欲しいみたいでして」
疑問に思っていると文奈さんが説明をしてくれた。しかし、その内容については理解が不能だった。
「はぁ……な、なるほど……?」
僕は元々が女性じゃないから分からないのかもしれないけれど、多くの女性退魔師にとっては異性の退魔師としての実力というのはとてもとても大事なものらしい。それは霊力の量であったり、どれくらいの階級の妖怪を倒せるかであったりと様々だ。怪我無く安定して高階級の妖怪を倒せればより沢山の生涯収入になる。一々戦う度に怪我をしていてはいつかは死んでしまうかもしれないし、若くして未亡人は嫌だからと結婚相手には安定した戦いをする強い人を好む傾向にあるという。
その辺りの知識は倉橋さんからみっちり教えこまれている。男の身からすれば聞きたくないような話も含めてだけど。
「結婚などの話をするつもりはないと僕の意向は既に伝えたつもりですが、それでもやるんですか?」
「それは理解してます。ですから少し内容を変えようかと思うのですが、清花さんはそれでもいいですか?」
「内容によりますが、他の方はそれでいいんでしょうか?」
景文はそういう場が用意されていると過去に言っていた。体を動かす場というのならこの場面でほぼ間違いない。
それでも一応聞いておくと、元々この提案をしていただろう景文さんが立ち上がって男性たちを見下ろす。
「お前達の見せ場とか別に見たくもないし、それでいいよな?」
さも当然のように放った言葉に怒号が二つ。ガラの悪い怒鳴り声だけど、二人を見ているとここまで頑張って礼儀作法を身につけた意味を考えてしまいそうだ。怒りを隠せない二人をあしらっている景文さんに対し、藤原さんが深い溜息を吐いた。
「お前は言い方を気を付けろ、言い方を。言っておくけど、古巣に帰って来たせいかここに来た時より化けの皮が随分と剥がれてきてるぞ。ほら、清花ちゃんも呆れてるし」
指されたことで景文さんの視線がこちらに向くけど、僕は視線をそっと逸らすことしか出来ない。
「いや、そんなことはありませんよ。ただ仲が良いんだなーと思っただけです」
確かに、慣れてくるとこういうことを言う人なんだとは思ったけれども。
仲が良ければ軽口を叩くくらいは普通にするし、僕と咲夜だって同じようなものだからそこに何か言うつもりはない。
多少の悪口くらい許容するような関係は得難いものだと思うから大事にするべきだ。
それでも、そういうことは身内がいる場でのみする方が良いとは思うけど。
そんな僕の反応が効いたのか、景文さんはビシッと藤原さんに向けて指差した。
「……よし、利通。午後の予定はまずはお前を全力で叩きつぶすところから始めようか」
「とばっちりだな、おい! しかも俺関係ねーから! 全部お前の自爆だからな!」
わいわいと喧嘩をしながらも楽しそうにしている姿を見ながら食事を再開する。
この後は男性たちは戦いについて思いを馳せているのか妖怪退治のことについて熱く語りあい、僕は時折される質問に答えながら名雪さんと文奈さんと料理について談笑をするのみになった。
次の料理が運ばれる度に何故だか更に過激なものになっていた言い合いを名雪さんが喝を飛ばして黙らせ、暫くしてまた熱く言い合いを始める。その繰り返しなのにどの人も慣れた様子だった。その様子は古くから続く友達のようで、本当に仲が良いのだなと再認識することになった。
チラシの裏の落書き
宝蔵剣護の愛読書は女の子同士のアレ。同性愛云々についてはそこから。ちなみに恋愛に関しては自己申告通り異性恋愛の模様。あくまで趣味は趣味。
武原勝己の疑うような発言は清花を心配してのもの。鵺討伐で手柄を譲られたと恩義と、清花の着物姿で舞い上がったりで、もしも困っているのなら助けたいという純粋な思いから。(助けて清花から「ありがとう大好き!」とか言われる妄想をしているとか、していないとか)