二話-8 力関係
この話の流れではどうあれこの結論に行き着くことは分かっていた。
僕や大蓮寺家が白面に狙われていたことは周知の事実らしいし、襲撃を受けたことも既に全員に知られている。
ならばと保護を名目に自分の陣営に取り込むのが第一目的として、それが叶わない場合は何かしらの形で僕の傍に人を置きたいという発言をするはずだと。それらは咲夜と話し合って予想が済んでいる。
だから別段驚くことではない。寧ろ想定通りに事が進んでいて安心するくらいだ。
「護衛……ですか」
予想の中では危険だからと我が家に避難しないかという誘いがある可能性も見ていた。おそらくは名雪さんからの話を聞いて、特定の相手と恋仲になるつもりはないならと軌道修正をして今の提案があるのだろうと思う。
「つかぬ事を伺いますが、清花さんのご両親はご健在でしょうか?」
「…………」
だからこその答えられないと知っていてのこの質問だ。これからじわじわと追い詰めるような質問がやって来るだろうことは明白で、龍健さんは顔色一つ変えずに続ける。
「我々にはいざという時に手助けをしてくれる存在がいます。それは親だったり、兄弟だったり、部下、同じ退魔師の仲間もそうです。そういった輪の中で助け合い、またお互いに切磋琢磨して日々研鑽を積んでいます。ここにいる我々もそのようにして腕を磨いてきました」
「それについては素晴らしい取り組みだと思います」
「私も強くそう感じております。さて、流れとしては唐突ではありますが、現在退魔師の間では昨今起きた異例の襲撃を受けて最低でも二人以上で妖怪討伐に臨むことを義務付けるような意見が出ているのはご存知でしょうか?」
「いいえ、初耳です。ですが僕に限って言えば無用でしょう。一人でも戦えますし、浄化使いが妖怪の気配や悪意に敏感なのは知られていることです。もしもの奇襲が成功することはないかと」
「我々も浄化使いの感知能力については聞き及んでいます。……が、しかしながら例の大妖怪、通称白面は大蓮寺家の地下に潜伏をしていたそうですね。それも長い間、誰にも気付かれることなく好き放題させていたと」
事実なだけに嫌な情報の出し方だ。浄化の水使いの本家たる大蓮寺家が大妖怪の存在を感知出来なかった事実が疑念を周囲に植え付けられた。
まだどこかに別の潜伏先があるか、別の方法で気付かれずに懐まで潜られることはないのか。不安要素は例に挙げれば枚挙に暇がない。けれど、そんなことを言っていてはおちおち外に出てもいられないのは向こうも承知している。
だからこその護衛ということなのだろう。
「そのことに気付けなかったのは清花さんも同様のはず。次もそうならないとは限らないのではないでしょうか?」
──いや、彼らの最終的な目的は正にそれだったかのかも。
僕を外に出さないで籠の中の鳥にすること。それこそ彼らの思惑の一つなのかもしれない。
「異議あり」
「……何ですか?」
流れに待ったを掛けたのは藤原さん。言ってしまえば彼も龍健さんの仲間であるのに異議があるのはどういうことか。
このまま勢いで押せると思ったところに水を差された形の龍健さんは上手く隠してはいたけれど不機嫌な感情を発していた。
「次の潜伏先については今存在を把握している他の地域の霊脈の調査もして、問題ないという結論が出ているはず。そのことを隠して話を進めるのは公平じゃないな。問題がないのにさもあるように振る舞うのには悪意を感じるぞ。それに、大蓮寺家周辺に関しては特に捜索をされていて完全に問題ないと結論付けられているだろ?」
数秒の間、両者が睨みを効かせて対峙する。やがて折れたのは龍健さんの方で。
「それについては後できちんと説明する気でしたよ。まぁ、少し意地悪をしてしまったのは認めますがね」
仕方なくと言った様子で肩を竦める。その様に藤原さんは心底呆れたように目を細めた。
「あのな、言っておくけどそういうことしてると嫌われるぞ? そうやって自分を護衛にって推そうとしてるんだろうけど、逆効果だぞ。いやマジで」
「御忠告痛み入ります。ですが一つ訂正をすると、私は護衛として立候補するつもりはありませんよ」
「へぇ? お前らしくないけどその理由について聞いても?」
「これでも婚約者がいる身なので。それについては利通も同じでしょう?」
笑顔で返す龍健さんと探るように見つめる藤原さん。先に視線を逸らしたのは藤原さんの方で。
「そんなことでお前が諦めるとは思わないけど。まぁ、同じ婚約者がいる身としては同意しておくよ」
藤原さんが引き下がったところで、今度は武原さんが問いかける。
「ってか、龍健さんのとこは一夫多妻制に賛成の立場じゃあなかったか? それで婚約者がいる身でってのは理由としてちとどうかと思うがね」
「優秀な遺伝子を残すという意味ではという但し書きを忘れないでくれると助かるよ。ついでに言うと、君の家でも暗黙の了解で似たようなことがされているのは知っているけどね」
「退魔師の家系はどこもそんなもんだろ。ここ来るような家の生まれで真っ当な夫婦生活してるとこなんてあんのか?」
三人の間で僕の知らない小競り合いのようなものが発生しているけれど、それはそれとして食事が美味しい。
話自体はきちんと聞いているけども、話の主軸が僕になりがちなのでどうしても食べる時間が少ないのは仕方ない。次の料理が来る前に合間合間に摘まんではいるけれど、美味しいせいで会話に集中が出来なさそうだ。
「清花ちゃんって肝が太いんだねぇ。私ならこの空気の中で喉を通る気がしないよ」
僕が美味しそうに頬張っているのを見ていたのか、苦笑いしながら名雪さんがこちらを見ていた。
そんなことを言いつつ、本人の皿は空になっていたけど。
「初めて見る料理ばかりなので味わわないのは勿体ないですし?」
「何でそこで疑問形? 料理の方が興味があるならさ、ちょいちょい挟む男共の下らない争いなんて無視して女の子同士でお話しよっか」
「下らないは流石に可哀想じゃないですか?」
「そうかな? 目的は一緒のはずなのにチクチクと牽制し合ってるところは格好悪いなって思うし、心底下らないって思っちゃうけど」
名雪さんの目は藤原さんに向けて細く鋭いものになっていた。
その視線を向けられた彼は顔を背け、同時に言い争いに参加していた二人もまた名雪さんとは視線を交わさないようにしている。
若い女性退魔師のまとめ役とは聞いていたけれど、こうして実力で勝るはずの男性たちに対しても物怖じせずに物を言う姿を見ると本当にそれだけなのかと思ってしまう。柔和な性格の人かと思っていたけれど、この場で一番怒らせてはいけない人が分かってしまったかもしれない。
「一ついいかな?」
「はい? 何でしょうか、景文さん」
今まで沈黙を貫いていた彼が口を開く。他の人たちもその内容には耳を傾けていた。
「清花さんとしては護衛の件に関しては乗り気なのか? それとも乗り気ではない?」
龍健さんから提示されていた話はまだ終わってはいないということらしい。
大妖怪級の相手が二体以上同時に現出した場合を考えると確かに護衛というのは必要かもしれない。いてくれた方がいいのは僕だって理解はしている。けれど、そう簡単には頷けない問題なのは確かで。
「必要性は理解しているつもりですよ」
「それならここにいる奴らから一人選ぶのはどうかな? こっちから提案したことだから清花さんたちの活動の邪魔はしないし、一緒に戦った手柄は全てそっち持ちでいい。そういう契約だったら結ぶ気はあるかな?」
「こちらが丸儲けするような話は胡散臭すぎて逆に嫌ですが……そうですね、その条件だったら咲夜も呑むかもしれません。他にも色々と条件は付け足されるでしょうけど」
「ならば……」
僕の言葉に反応をしたのは龍健さんだ。既に結論が出たものだと思って気が逸ったのだろう。
ここにいる人たちは強い。それは分かる。それぞれがこうして呼ばれるだけの実力を持った人たちだというのは肌で感じて理解した。
直に戦った訳でも戦いを見た訳でもないから正確な評価は出来ないかもしれないけれど、僕の実力では彼等と互角か、それに近しいとは思う。もしかしたら戦えば負ける可能性だってあるかもしれない。
「ですが————」
それを踏まえて、だ。実際に白面と戦ったからこそ分かる。景文さん以外の彼らは一対一で大妖怪に太刀打ち出来る程の実力ではないと。
浄化の力は妖怪を大幅に弱体化させるから僕でも時間を掛ければ勝てるようになるけれど、彼らにはそれがない。
対妖怪という視点のみで見れば、彼らは僕よりも弱いと言わざるを得なかった。
「僕より弱い人に守って貰うなんておかしな話ですよね」
瞬間、辺りが静まり返る。僕がその間に飲み物を飲み、終えると同時にそれぞれ鋭敏に反応をして見せた。
女性たちからは困惑が多数、男性たちからは驚愕と怒気、そして失笑。明らかに怒りを見せているのは一人だけだけれど、年下の女に弱いと断言されればそうもなるのは必然かもしれない。
「聞き捨てならないな。俺がお前より弱いって?」
一番最初に強い反応を見せたのは武原勝己。彼は自らの怒りの感情も隠そうとしない。やはりと言えばその通りの反応だ。
それを咎めようと名雪さんが動こうとするけれど、それを手で制する。
「ハッキリと断言しますが、お猿さんでは白面には勝てません。例え相手が分体だったとしてもです」
「なんだと!?」
「足手纏いがいたとはいえ、鵺二匹に遅れを取る程度の実力では白面の前に何も出来ずに命を散らすでしょう。白面は少し怪我をしたからと撤退を許してくれるような甘い相手じゃありません。足手纏いは御免というだけの話です」
「……っ!」
彼が鵺を葬った時の一撃の威力は認める。けれど、あのような大振りはそうそう当たるものではないし、白面の術は彼のそれよりも早く喉元に届く。
彼の周りにいた部下らしき人なんて真っ先に殺されるだろう。なす術もなく、あっさりと無駄死にする。
どちらも知っている僕に断言された彼は驚きの表情のまま固まり、次第に体を怒りで振るわせていく。
爆発しそうな時、威厳のある声で待ったをかけられる。それは僕と一緒に白面と戦ったことのある景文さんだった。
「勝己、残念だけど清花さんの評価は正しい。お前じゃ白面はおろか大妖怪のいずれにも勝つことは出来ない」
「じゃあお前は勝てるってのかよ!」
「勝ち負けに関して言えば清花さんの言った通り、逃げに徹されたら息の根を止めるのは難しいだろうな。それでも正面切っての戦いなら俺が勝つ。……というより、この場合は清花さんが意地悪なんじゃないか? 白面を引き合いに出されたらまともに戦える奴は少ないぞ?」
景文さんが苦笑交じりにこちらを見る。けれど、それは違う。
「先に大妖怪を想定した話をされたのはそちら側ですよ。当然、白面も仮想敵とするに決まっているじゃないですか」
「あー……そりゃそっか。それじゃあ、無理か。でもなぁ、大妖怪と渡り合えるのなんてそうそういないぞ?」
「それでしたら、そもそも護衛としている意味がないのでは?」
「んんっ、それはごもっともな意見で。……って言われてるけど、お前ら言われっぱなしでいいのか? まぁ、白面の奴と戦い方が似ている俺に勝てない時点で、お前らじゃ護衛は務まらないってことだから今のうちに諦めて俺に任せておけ」
本気の白面とやり合える実力があるかは別として、交戦経験のある彼は得意気な顔をして周りを煽っている。
なんとなく藤原さんの言う彼の"腹黒さ"が垣間見えたような気がした。
そんな彼の言葉を受け取った彼らは僕の放った言葉よりもより一層の激情を見せていて。
「黙って聞いていれば、少しばかり調子に乗っているようだな?」
龍健さんが隠そうともしない不機嫌さをぶつけて。
「ぶっ●す」
武原さんは殺意を漲らせ。
「面白そうだから俺も参戦するぜ。三体一でボコしてやんよ」
藤原さんは面白そうに笑い。
「どう収集つけんのよ、これ」
隣で名雪さんが可愛そうなくらい困ったような声で唸っていた。そのことには少しばり申し訳ないとは思う。
喧嘩を売った景文さんは不敵に笑いながら周りを見ていた。もしかしたら、僕への敵意を引き受けてくれたのかなと思ったりしていたけれど、なんだか結構ノリノリというか、そんな感じがするのでもしかしたら違うのかもしれない。
火をつけた僕が言うことではないのかもしれないけれど、どう収拾をつけようかと悩む。
「アンタ達、静かにしなさい」
そんな中で千郷の凛とした声音が響く。未だに感情が燻ぶってはいるものの、男性陣もひとまずはそれで聞く態勢になった。
「護衛を付けるとしても大妖怪と渡り合う為の力がなければ意味はないというだけの話でしょ。それなら相応の相手と戦うなりして自分の力を示しなさい。少なくとも、大蓮寺と土御門は大妖怪に匹敵するだけの実力があると戦って立証しているのだから。口論で分かるのは口先の上手さだけよ」
言い終えたら興味を失くしたように食事を再開していく。追加で色々と注文しているようだった。僕もしたい。
それを見てこれ以上の口答えは許さないという姿勢は全員理解出来たようで、それぞれの反応を見せて口を閉ざした。
昂った気が落ち着いたのを見て名雪さんが深い溜め息を吐く。
「清花ちゃんも、強いだの弱いだのには凄く敏感だからあんまり煽っちゃ駄目だよ? ああいうのには男の子たちは特に煩いんだから」
「申し訳ございません。以後気を付けるようにします」
「本人も反省していることだし、色々と思惑はあったでしょうけど、護衛も務まらないような人に結婚相手が務まる訳もなし。という訳でとりあえずこれ系の話は一旦終了ね? それでいいでしょ? 分かった?」
話として名雪さんが区切りを付けてくれたことに感謝していると、部屋の外から何かが近づいてくる音がした。
足音で分かるのはそこそこ体重のある人ということくらいか。おそらくは最後の一人だろうけれど、何やら雲行きが怪しい。
「相変わらず間の悪い……」
何事かと周囲を伺っていると名雪さんが頭を抱え、千郷と文奈さんがそっと耳栓をしていた。そうしている間にも大きな霊力の反応を伴ってやって来たそれは、扉を無造作にこじ開けた後に無遠慮にこちらにやって来る。
この場にいる全員が嫌そうな顔をしているあたり、禄でもないような人のようだ。
そしてそれは、見た瞬間に僕も察してしまった。
「何やら面白そうな話をしているな」
高身長、筋肉質な肉体、勝気な表情──そして彼女に似た特徴を持つ彼を僕は知っていた。
「宝蔵剣護」
「おうとも。初めましてだな、清姫」
高い位置から見下ろすのが好きなのか、僕の間近にまで来て見下しながら笑う。
「その名で呼ばれたのは久し振りですね。一応初めましてと言っておきましょうか。大蓮寺清花です。咲夜は無事に家に着けましたか?」
「あぁ、それを確認してからこっちに来たからな。それで遅れたんだが…………まだ決まってはいないようだな?」
周りを見渡して、察したように呟いた後に小馬鹿にするように笑う。その意味するところは何となく分かってしまった。
その様子にうんざりとした声で名雪さんが物申す。
「剣護、それについては今纏まったところだから蒸し返さないでくれない?」
「纏まった? ……の割には別に特定の相手を選んだ様子ではないようだが?」
「大妖怪と戦って勝てないような相手を護衛には出来ないということよ。もしも自分なら勝てるというのなら相応の実力を形で示して結果を出して。出来ないのなら戦力外だから黙ってて欲しいんだけど」
「言うな。気の強い女は嫌いじゃない。……おい、そう睨むな利通。別に他人の物に手を出すほど捻くれてはいない。俺はコイツに手を出す気はない」
言外に誰の物ではないものには手を出すということだけれど、僕にとっては面倒にしか聞こえない発言だった。
強気な態度に強気な発言、実力が伴わなければただの痛々しい人だけれど、彼は景文さんのように若くして前線で戦う退魔師だ。だから戦いの経験もそれなりにあるし、強敵との凌ぎ合いも数多い。
咲夜から聞く限りでは、宝蔵家の中で当主の次に強いとされているのがこの宝蔵剣護という青年らしい。
このままでは彼が立候補してくる流れになりそうなので断ち切っておくことにする。
「実力を示せっていうのは名雪さんたちが言い出したことで、本当に示したところで護衛として認めるかは話が別ですよ」
「あぁ?」
僕は護衛として成り立たないという話はしたけれど、成り立てば護衛として起用するなどとは一言も言っていない。
名雪さんはバレちゃったという顔でお茶目を演じているけれど、その実は計算ずくでなし崩し的に僕に認めさせるのが狙いだったのだろう。
「もし就いてもらうとしても、僕にとって護衛として必要なのは退魔師としての実力よりも僕たちとの相性、要は咲夜と仲良く出来るか否かです」
護衛という立場にかこつけて交際や結婚を迫ってくるような相手は真っ平御免だし、僕の素性を暴こうとする人も駄目だ。
そして何より、僕を扱う立場にいる咲夜は戦う力のない非戦闘員で、そんな彼女を蔑ろにするような人とは人付き合いすらしたくはない。
その点で言えば宝蔵家というだけで選択肢としては有り得ない。
「なので、宝蔵剣護さん。貴方は最初から不適合なので護衛としては雇えません。もしもその気でいなかったとしたら勘違いをしてごめんなさいですが」
彼が僕目的でここに来たのかどうか分からない以上、断言をするような物言いは失礼にあたる。
けれど、彼の表情を見る限りではどうやら例には漏れないらしい。
「女の分際でよく吠える。浄化使いなんて所詮は嫌がらせ程度にしかならん弱者の力だろう? そんなもので己を高く見積もっているつもりか?」
彼の戦闘記録は咲夜に見せて貰ったことがある。戦ってきた過去の相手は一番高くて一等級と高めだけれど、どれも高階級退魔師との複数人での討伐だし、それもたったの一回しかない。他の記録でも常に複数人での討伐ばかりだ。
一級だろうと二級だろうと一人で討伐している身からすれば、口の割には随分とぬるま湯に浸かっているなと感じた覚えがある。
「キャンキャンと煩いですね。大口を叩く前にまずは大妖怪の一匹でも仕留めてから言って下さいよ。実際に戦いもしていないのによくもまぁ口が回るものですね。実は退魔師としてより芸人の方が才能があるのでは?」
「コイツ……」
「折角ですから宣言をしておきますが、もし仮に僕が認めたとしても咲夜が拒絶した場合もまた護衛として雇うつもりはありませんので悪しからず」
言い返せなくなった時点で僕の勝ちだと思いつつ、これでは争いは同じ次元の者でしかと思われてしまうところだと気付く。
倉橋さんと大門先輩から、彼が咲夜に辛く当たっていたと聞いていたのでつい強めに当たってしまっていたようだ。
その彼は怒りに任せて殴りかかってくるかとも思って身構えてはいたけれど、すぐに襲い掛かってくるような真似はしなかった。
それというのも、強烈に放たれた武威が部屋全体を突き抜けたからだ。
「退け、剣護。これ以上彼女が嫌がるような真似はするな」
「土御門、てめぇは一々口を出してくるな。他人頼みの貧弱な式神使いは穴倉にでも引っ込んでいろ」
「約束を忘れたか? 彼女に対して実力行使のようなことはしないと、それがここに来る条件だと伝えたはずだ」
「知らねぇよ。ここに来た以上、力づくで言う事聞かせれば済む話だ」
「そうか、お前はそういう奴だったな」
もう問答は無用だと察したらしい景文さんが指を切る。
「なら少し頭を冷やして来い」
瞬間、宝蔵剣護の後ろで空間が裂けるように開き、何の抵抗する間もなく彼はその暗闇に呑まれて消えた。
一見すると白面の使っていた妖穴を生み出す術にも似ているようだったけれど、よく見た限りでは違う術のようだ。
そこに吸い込まれた彼の断末魔のようにも聞こえたそれは、もしかしたら死んでしまったのではないかと思ったほどだ。
近くの池のような場所で巨大な水飛沫と彼が落ちる爆音が聞こえたので無事なのは確認出来たけれど、不意打ちとはいえ宝蔵家の次期当主候補を一瞬で術に嵌める手腕はやはり天才と呼ばれるに相応しいと感じる。
「今回に限り、俺は清花さんの護衛も仰せつかっている。あまり無体な真似をすれば実力行使で排除しろという指示も貰っているので心するように」
宝蔵剣護も気を抜いていた訳ではないのは僕も分かっている。景文さんが口を挟みだす前の段階から彼は常に景文さんに対して警戒をしていた。それでも為す術なくこの場から追放されたのは格が違うと感じずにはいられない。
貧弱な術使いと蔑んでいた割にはあっさりやられた彼を思うと少し溜飲が下がる思いだ。そこは景文さんに感謝してもいい気がする。
周りもあまりの早業についていけず、反応が出来たのは全てが終わってからだった。
「……アンタにそこまでの指示を下せる人って誰よ」
「宝蔵咲夜さんだよ。これに失敗した場合、俺は二度と清花さんと顔を合わせられなくなるっていう約束でね。例えお前達でも清花さんを害そうとした場合は全力で妨害させて貰うからな」
戦う力がなくて宝蔵家では失敗作ともされている咲夜が土御門家最高傑作と呼ばれる景文さんに対して強気な発言をしているのを知ってか、名雪さんは二の句が継げないようだった。間近で聞いていた僕も思いきりが良過ぎるなと感じていたくらいだし気持ちは分かる。
誰しもが口を閉ざす中、しかしながら一人だけ空気を全く読まない人がいた。
「話には聞いていたけどよ。どうも分からねぇんだが、どうして宝蔵咲夜にそこまで権限があるんだ?」
思わず千郷の方を見ると、一緒にしないでという嫌そうな顔で返されてしまった。